Business & Economic Review 1995年02月号
【TECHNOLOGY】
産業廃棄物処理ビジネス活性化の鍵-オンサイト・インキュベーション戦略
1995年01月25日 産業インキュベーションセンター 萩原一平
1.成長が期待される産業廃棄物処理市場
産業廃棄物の年間排出量は近年急増しており、昭和60年度の3億トン強から平成2年度の約4億トンへと増加、一般廃棄物の年間排出量と比べるとその8倍に達している(図表1)。しかし、こうした産業廃棄物の排出量の急増に比べ、ごみ処理装置市場における産業廃棄物処理装置の市場規模は著しく小さなものにとどまっている。
例えば、都市ゴミ処理装置の市場規模が約4,600億円であるのに対し、産業廃棄物処理装置の市場規模は、わずか約20分の1の243億円にすぎないのが実態である。この数字からもわかるように、産業廃棄物処理装置の市場規模は未成熟な状況にあり、今後、大きな拡大が期待される分野といえる。
また、ロンドン・ダンピング条約の発効 (95年末)により海洋投棄が今後困難となることから、従来海洋投棄されていた産業廃棄物の大半が一気に陸上処分に回る可能性が強く、これによる処分場不足の深刻化が懸念される。この問題を克服する面からも、焼却、溶融固化などを行う減容化装置をはじめとした産業廃棄物処理装置市場の拡大が期待されている。
さらに、平成4年9月に制定された「産業廃棄物処理に係わる特定施設の整備の促進に関する法律」により、産業廃棄物処理に関するモデル的な施設整備の促進や優良な処理業者の育成等支援策がスタートしており、政策面からも産業廃棄物処理市場の育成が求められている。
しかし、こうした環境変化、支援等の実施にもかかわらず、産業廃棄物処理装置の市場はここ数年、100億円から350億円の間で停滞しているのが実態である。
2.市場の成長を阻害する3つの要因
産業廃棄物処理装置に対するニーズの高まりにもかかわらず、産業廃棄物処理装置の市場が大きく成長しない理由として、以下の三つの要因が考えられる。
(1) 不安定なユーザー市場
要因の第1は、ユーザーである産業廃棄物処理業者を取り囲む環境が不安定なことが挙げられる。産業廃棄物処理業界は数万社におよぶ中小企業を中心に構成されており、日本の代蕪Iな廃棄物処理企業でもアメリカの業界No.1と比較すると年間売上ベース、従業員数ベースとも200分の1程度の企業規模であると言われている。このため、業者間での過当競争に陥り易く、また企業体力も脆弱な状況にあるため、値崩れが起こり易い国「になっている。加えて、排出事業者側の操業状況や経営状況により発生する廃棄物の量が大きく左右されること、排出事業者が自ら自家処理を行うケースも増加していること等の要因も加わり、市場の安定化が難しい状況にある。さらに、廃棄物の複雑化はリサイクルを従来に比べ困難にしコストを増大させる要因となっている。このため、バージン材料に対する再生材料の価格競争力を損なう状況を生み出している。
(2) 不釣り合いな産業廃棄物処理関連規制
第2の要因は、産業廃棄物処理をめぐる施策の不整備である。産業廃棄物処理施設を建設するためには、廃棄物処理法以外に、都市計画法、建築基準法の規制を受ける。これらの規制における手続き業務の簡素化が求められ、施設整備に関する規制緩和も必要になっている。その一方で、いわゆる公共の直接関与という形で第3セクター方式による処理施設の整備が進められている。こうした煩雑で複雑な規制、第3セクター方式による処理施設の拡大は、既存の産業廃棄物処理企業の経営を圧迫する。
また、不法投棄や不適正処理の低減を図るために廃棄物処理法の改正により、排出事業者や処理業者に対する規制が強化されている。もちろん、産業廃棄物処理は民間企業の責任で行うという行政の立場から考えると、規制強化も重要となるが、それとあわせて、排出事業者による分別排出の促進、処理量確保と負荷平準化のための広域処理システムの確立、処理業者における処理技術の開発や処理装置の導入に対する支援など優良処理業者の育成施策を実施することが必要である。すなわち、「排出事業者」と「廃棄物処理業者」、「規制強化」と「規制緩和」、「公共関与」と「公共支援」という相対する二つの要因対してバランスのとれた施策を実効することが求められるのである。
(3) 不十分な適正処理技術の開発
第3は、解決すべき困難な技術課題が山積していることである。規制強化に伴い分別排出を行う排出企業が増加していると言われるが、製造プロセスの高度化により廃棄物が複雑化し、廃油をはじめとして簡単には分離できない複合的な廃棄物が多く発生しており、再資源化や適正処理を促進するためには分別・分離・分解技術を中心にいくつかの解決すべき困難な技術課題が依然存在する。また、中小製造業の場合、自ら適切な廃棄物管理を行う技術力や管理力がない場合が多く、処理業者に全てを任せる国「になりがちであり、安価で簡易な分別・分離処理装置の開発も重要な課題となっている。
3.市場活性化の鍵「オンサイト・インキュベーション戦略」
以上のような、産業廃棄物処理装置市場の制約要因を取り除くためには、新たな市場パラダイムの創出による市場の活性化が必要である。このパラダイム転換の鍵を握るのが「オンサイト・インキュベーション戦略」である。
「オンサイト・インキュベーション戦略」(図表2)とは文字通り「オンサイト」、すなわち、(1)廃棄物処理の現場において、廃棄物の特性を考慮し、排出事業者や産業廃棄物処理業者のニーズに合った新しい技術の開発を行い、開発した技術の実証試験、さらには同現場における本格的市場導入までを一貫して行うことや、(2)公共関与という枠組みを活用して企画段階から地方自治体の支援や指導を受ける形で開発を行うことにより、
・技術開発のニーズ志向化
・開発期間の短縮化
・実証評価とオーソライゼーションの短縮化
を図る「技術インキュベーション」である。
さらに、このような「技術インキュベーション」を通して優れた技術を開発するとともに、優良な廃棄物処理業者の育成と市場競争力の強化を図り、新たな「産業廃棄物高度中間処理市場」を創出する「マーケット・インキュベーション戦略」でもある。この新市場の創出が成長の制約要因を取り除き、産業廃棄物処理装置の市場規模拡大に大きく貢献することは言うまでもない。
4.「オンサイト・インキュベーション戦略」が目指す三つの機能
「オンサイト・インキュベーション戦略」は前述のように「技術インキュベーション」と「マーケット・インキュベーション」 を目的とした戦略であるが同時に、以下の三つの機能を実現するためのトリガー的役割を担うものである。
(1) 中間処理産業ハブ機能(図表3)
産業廃棄物処理の中心的役割を担うのは、やはり中間処理企業である。しかし、廃棄物処理業の多くは零細な収集・運搬業者であり、適正処理を行うための優良中間処理企業の数は少ない。また、適正処理を行えば当然処理コストは高くなり、このような中間処理産業が必ずしも業界において競争力があるとは言いがたい。このため「中間処理産業ハブ機能」では、「オンサイト・インキュベーション」活動を通じて、このような状況にある中間処理産業を活性化し、産業廃棄物処理の中心に据えることを目指す。具体的には、(1)様々な排出業者からの廃棄物を処理し、減容化・無害化して最終処分場に送り出す、(2)選別・濃縮して再利用のために他の製造業に販売する、そして、場合によっては、(3)能力的に自社処理が不可能な余剰廃棄物を他の処理業者に分配するなど、中間処理業者が自ら受け入れた産業廃棄物を適切に管理する管制塔の役割を担うことが求められる。また、そのような役割を演ずるために、廃棄物の排出情報や廃棄物の再資源化・再利用に関する情報を集中的に管理することも必要となる。すなわち、優良中間処理企業のハブ機能強化を「オンサイト・インキュベーション」により実現することを目指すものである。
(2) ゾーン・ディフェンス機能(図表4)
従来、産業廃棄物処理業者は、それぞれ個別に排出事業者との関係強化に努めてきた。産業廃棄物処理業者と排出事業者の関係はいわゆる「マン・ツー・マン」の関係であったといえる。ところが、このマン・ツー・マンによる関係は排出事業者の業績等に大きく影響されるため、排出事業者の経営状況や操業状況が安定している時はきわめて良好なビジネスが可能であるが、現在のような景気低迷期になると、状況が一変してしまうこともあり得る。このような不安定な関係を低減するためには、排出事業者との関係を「マン・ツー・マン・ディフェンス」から「ゾーン・ディフェンス」方式へ変更する必要がある。すなわち、「ゾーン・ディフェンス機能」では、複数の中間処理業者がネットワークを形成し、複数の排出事業者から様々な異なる廃棄物を受け入れ、中間処理することにより、業務の効率化と安定化を目指す。この時、重要になるのは「ゾーン・ディフェンス」方式に相応しい中間処理技術の開発であり、「オンサイト・インキュベーション」活動を通じて、この技術開発を行うことが求められるのである。
(3) カスケード・ロジスティクス機能
平成2年度に発生した産業廃棄物のなかで、直接再生利用に回された量は8,800万トンであり、昭和60年度の10,400万トンに比較してわずかであるが減少している(図表1)。また、排出量に対する中間処理後の再生利用も含めた再生利用総量の比率(再生利用率)は昭和60年度の38%から平成2年度の41%(図表1)とほぼ横這いの推移となっている。直接再生利用量の減少と再生利用率の停滞という二つの事実は、製造プロセスの高度化と製品の複雑化による廃棄物の複雑化、ならびに市場競争原理による安価なバージン材の普及により資源リサイクルが進んでいない現状を示している。また、焼却・破砕など中間処理における減量化が推進されているが、最終処分量の減少は昭和60年度(9,100万トン)から平成2年度(8,900万トン)にかけてわずかに200万トン(図表1)であり、増加する排出量により減容化の効果が薄れていると言える。「カスケード・ロジスティクス」とはこのような廃棄物の再資源化率を高め、最終処分量を限りなくゼロに近づけるために、排出段階から最終処分までの廃棄物の流通経路を最適化し、製造工程から排出された廃棄物を他の製造業の原料として再利用し、そこから排出された廃棄物を他の製造業の再生原料として利用しながら最終処分することで廃棄物の最少化を図る物流システムである。この「カスケード・ロジスティクス機能」を実現するためには、
①廃棄物の「広域処理システム」構築
②廃棄物の「カスケード・リサイクル・システム」構築
③排出企業における「排出源管理システム」の確立と「分別排出システム」の構築
が不可欠である。すでに、「カスケード・リサイクル・システム」の構築により廃棄物をゼロにしようという取り組みは始まっており、その代表的な例として国連大学による「ゼロ・エミッション構想」を挙げることができる。排出企業、再生材料を利用する製造業、そして中間処理を行う廃棄物処理企業のニーズを把握しながら「カスケード・リサイクル・システム」や「分別排出システム」を構築するためには、「オンサイト・インキュベーション」が重要な役割を担うことは間違いない。
5.「オンサイト・インキュベーション戦略」の展開
廃棄物問題は最も身近な環境問題である。とりわけ、一般廃棄物の8倍に上る産業廃棄物の発生は深刻な問題であり、この問題の解決を抜きにして環境問題を語ることはできないと言っても過言ではないだろう。産業廃棄物処理産業における「オンサイト・インキュベーション戦略」は、この問題解決に向けた具体的な取り組みとして提案されるものである。この取り組みのキー・プレーヤーはもちろん優良産業廃棄物処理業者であるが、公共支援を行う地方自治体、分別排出を促進する排出事業者、そして新しい処理技術を開発する産業廃棄物処理装置メーカーの参画が不可欠であることは言うまでもない。そして、何よりも重要なことは、地域における「環境産業の創出」と「廃棄物問題の解決」を実現するシステムの構築に向けて、地方自治体が民間企業と共同で最も問題を直視することができる現場において「オンサイト・インキュベーション」を行うことである。
このような地方自治体の「公共支援」と民間企業の「戦略的提携」によって「技術インキュベーション」と「マーケット・インキュベーション」を行う「オンサイト・インキュベーション戦略」は、今後、廃棄物問題のみならず様々な分野における新市場の創出において重要な役割を果たすことになる。