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Business & Economic Review 1995年02月号

【OPINION】
地震のリスクと地震予知のリスク-企業・産業・社会のリスク管理の提唱

1995年01月25日  


日本総合研究所では一昨年からわが国の「地震予知」のあり方、とりわけ「地震の予知情報を受けて社会はどのように対応すべきか」を取り上げてけた。われわれがこの課題を提起するのは、巨大地震による災害がわが国産業社会にとって最大のリスクの一つだからである。

「駿河湾を震源とするマグニチュード8クラスの巨大地震が近い将来に起きる」という東海地震説が契機となって「大規模地震対策特別措置法」が施行されて本年で16年になる。この法律では地震予知が可能であることを前提として、観測データに異常が発見された時に「地震防災対策強化地域判定会」が開催され、地震の前兆と判定された場合には内閣総理大臣から警戒宣言が発令され、各分野において巨大地震の発生を前提とした対策を講じることとなっている。

巨大地震が発生した場合の被害が甚大であることは言をまたないが、問題は地震の予知そのものがかなり不確実であること、換言すれば、前兆が認められても実際には地震が起こらないということがあり得ることである。現在取り決められている対応措置によれば、東海地域では鉄道とバスが止まり、デパート・スーパーマーケットが閉鎖され、銀行・郵便局が窓口を閉め、病院の外来診療が中止される。しかし、この対応行動が実施されると、まず東海地域におけるほとんどの産業活動が停止し、さらに東海地域ばかりでなく、関東、中部の全域にわたっても通信システムの輻輳、社員が帰宅することによる企業活動の停止などの深刻な影響が出ることが予想される。

われわれの試算によれば、この影響はほとんどの産業分野に及び、その経済的損失は、一日当たり約7,200億円に上る。警戒宣言が発令されて3日間の間に実に2兆円異常の損失が発生することを意味している。この損害は企業活動に対して深刻な影響をもたらすばかりでなく、業種によっては倒産に至る企業もでる。予知通りに地震が起きればともかく、起きなかった場合には経済的損失だけが残ることになる。このような甚大な影響のために、実際には地震警戒宣言は出せないのではないかという現実的な危惧が存在する。結果として、皮肉にもわが国社会は地震予知技術の成果をなんら享受することなく、東海地震を待っているに等しい状況にある。

この状況は、わが国の社会システムが既にこのようなリスクに対してフレキシブルに反応できる限度を超えて複雑化していること、そして、地震予知が現在の段階でも多分に不確実な要素を含んでいるという事実が大規模地震対策特別措置法を根幹とするわが国社会の地震防災システムに全く反映されていないために生じている。この課題に関するわれわれの主張を一言で表現するなら、「地震予知の空振りを許容できる社会システムを早急に作り上げ、実際に巨大地震が発生した場合にも的確な予知情報が伝達されて損害を最少化する体制を構築すべきである」ということになるが、実はこの課題はわが国社会全体のリスク対策に関する重要な課題を提起している。

第一に、わが国において企業、産業、社会のリスク対策(危機管理)の視点が根本的に欠落してはいないだろうか。個々の企業を対象としたリスクを例に挙げるなら、地震災害をはじめとした自然災害、事業環境の著しい変化、貿易規制、知的財産権の危機などであろう。これらのリスクの低減を目的として、産業界または業界団体ごとに対応指針が取り決められている場合があるが、これらの対応指針がリスクの実態とかけ離れているために逆に免罪符となっている場合さえある。

第二に何をリスクとして認知するかにおいて甚だしいアンバランスがないだろうか。地震災害に関して言えば、対策の完成度は別としても「東海地震」や「関東地震」はリスクとしての認知はなされている。一方、地震予知がはずれることによって発生する社会経済の損失はリスクとしては認知されていない。また、同じ地震でも首都圏の直下型地震はリスクとして認知されていない。リスクとしての認知がなされない限り、その対策にも全く手がつかない。このリスクとしての認知にあたって日本社会の画一性、閉鎖性、効率第一主義が冷静な思考を阻害してはいないだろうか。

第三にリスクとして対処する場合には、これらの前提となる事象には必ず何らかの不確実性が伴うことを忘れてはいないだろうか。この不確実性を冷静に分析し、このリスクが現実となった場合の被害を最小限に食い止めるための具体的手段を用意することが必要なのであるが、事象の確実性に問題があると具体的な対策にまで思考が至らないことが多い。リスクが現実となった時の企業、産業、社会の損害を最少化するためには、極論するなら「狼少年」と共存するフレキシビリティが必要である。

そもそもリスクとは自身では認識できない場合が多い。この意味で本誌においても、わが国に存在している企業のリスク、産業のリスク、社会のリスクを積極的に取り上げていきたいと考えている。
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