Business & Economic Review 1997年11月号
【OPINION】
国民参加型の危機管理体制を構築せよ-「内閣機能の強化」にとどまらないシステムの構築を
1997年10月25日
今回、行革会議において、省庁再編と同時に内閣機能を強化する必要性が主張され、集中討議の結果、組織面と法制面で改善が図られる運びとなった。この背景には、1995年初の阪神大震災以来、政府の危機管理能力が度々問われたことへの反省がある。とりわけ、非常時における内閣総理大臣の指揮監督権限に対して法的裏付けが未整備な現状に配慮し、今回の見直しは総理の権限とその補佐体制の強化を中心とする見通しである。
近年、わが国を相次いで襲った危機を顧みると、司令塔不在によって拡大した被害を個人・企業の自助努力と連携でようやく凌いだり、行政責任が曖昧なため無用の混乱を招くなど政府の対応には問題が山積しており、今回、行政の最高責任者たる総理大臣にトップダウン型のリーダーシップを発揮させようという仕組みは評価に値する。総理を補佐する特別職には、専門知識と経験、関係方面との調整力を発揮して従来縦割りで行われてきた災害・事故対策を抜本的に改革する、あるいは専従スタッフを活用して専門施策を研究・立案する役割が期待される。このため、新設予定の内閣危機管理官(仮称)ポストには省庁のしがらみとは無縁な政治任用者をあて、十分な予算と権限、陣容を配する一方、適切な評価体制を整え、責任を厳正に問うことが求められる。
以上のようにトップダウン型の危機管理体制に期待するところは多いが、これをもって危機管理システムの完成とするのは早計である。阪神大震災やロシア船重油流出事故等を挙げるまでもなく、国(中央政府)のみに依拠した「危機管理」には限界がある。地方自治体や企業、非営利団体(NPO)、あるいは海外との協同・連携を視野に置き、国民参加型の周到なネットワークと整合的な仕組みを構築しなければ、独り国(中央政府)の体制を強化しても効果は期し難い。
アメリカの事例をみると、危機管理統括機関「連邦緊急事態管理庁(FEMA)」の使命は、連邦・州等の公的機関だけでなく、企業や市民、ボランティア等をコーディネートした総合的な危機管理の実現であり、平時においては地方に対する技術的ガイダンスや訓練の支援、非常時においては、救援活動を行う現地機関(消防・警察・軍等)に対する統一的な指揮・総括、復旧対策資金の手当てと配分、被災者支援窓口(DAC)の一元管理等に真価を発揮する。「自らの身は自ら守る」ことを基本に、「非常時に際して、社会の全構成員が各々果たすべき役割を全うし得る環境整備こそ最善の危機管理」というFEMAの理念には学ぶべきところが多い。
わが国においては、危機管理は行政部門のうちでも専門性が高く、国民参加型のシステムと本来相容れないものと受け取られてきた。しかし、社会の複雑化、多様化、情報化の進行を受け、今後は専門知識・装備に裏付けられたトップダウンのリーダーシップと様々な主体の営みとを有機的に結びつけ、社会全体の持つ潜在力を十全に発揮させうる仕組みこそが求められる。その意味で、現在検討の対象となっている内閣機能の強化は危機管理システムの一部をカバーする試みに過ぎない。わが国の安定性と強靱性を高めるには、自己責任に目覚めた個人への信頼を基礎に、社会の構成主体が等しく参加する危機管理システムを構築のうえ、専門的な危機管理の仕組みと接合することが重要である。具体的には以下のような施策が考えられる。
第1に、国、自治体、企業、市民、NPO等の担うべき機能と権限、活動の期間や範囲を明確に位置づけた危機管理のグランドデザインを描く作業が必要である。複雑多様な機能が都市に集積したわが国では、個々の企業、あるいは国民一人一人が事故・災害の現場に臨んで限られた情報資源を最大限に活用・共有し、柔軟で機動的な意思決定とリーダーシップを発揮する仕組みやメンタリティが求められる。このような基本理念を踏まえつつ、それぞれの主体の役割と責任・権限を明示した危機管理のガイドラインを早急に作成し、周知徹底すべきである。
第2に必要なのは、省庁や政府機関あるいは自治体ごとに分担されている事故・災害対策を相互に関連づけ、広域的、総合的な危機管理システムに編み上げる作業である。現在、防災は国土庁、警察は都道府県、消防に至っては市町村単位であり、総合的な対応を阻害するとして批判を浴びている。しかし、非常時において、最も有効な緊急対処が可能なのは現地の事情に明るい組織であるし、平時においても分権型組織の方が政策分野の特性や地域事情を生かして望ましい行政サービスを提供しうる利点もあり、一概に統合化をいうべきではない。平時の体制から危機管理システムへ迅速円滑な移行を果たす仕組みを構築することが現実的な解決法であり、具体的には、(1)危機と平時の切り替えの判断基準、判断を下す権限所在の明確化、(2)危機対応へ移行する施策・活動とそれ以外との峻別およびリストアップ、(3)危機に対応した情報伝達・指揮監督系統、および関連組織の連携方法(省庁間、国・地方間のカウンターパートの特定、連携分野に関する上下関係の設定、権限代行順位の設定等)の明確化、(4)広域連携に備えた国・自治体間および自治体間の基本作業手順の共通化、等が必要である。
第3に、危機管理システムを現実に作動させ、評価し、改良する仕組みの構築が必要である。基本マニュアルと訓練要領の作成、社会各層から参加を得た訓練の実施、評価基準の作成とフィードバック方法の考案等に着手すべきである。なかでも、わが国は従来の大規模災害・事故において適切な事後評価を欠いたために過去の教訓を生かせなかった経緯があり、評価制度の確立は急務である。評価スキームには、実際の危機に対する反省はもちろん、訓練に参加した自治体や企業、市民等が抱く素朴な疑問や不安をも反映する仕組みとし、専門家の視点から改善を図るだけでなく、一般企業、国民にとって理解・対処の容易な危機管理システムを目指す日常的な努力が求められる。
危機管理体制の強化の必要性は長く指摘されてきたにもかかわらず、省庁横断的な仕組みが必要なことや省庁の横並び意識もあって、放置されてきた分野である。行革会議を舞台に省庁再編が真剣に討議されている現状は、わが国の立ち後れた危機管理システムの再構築に向けてまたとない好機といえる。政府は、内閣機能の強化に問題を限定せず、広く国民参加型の危機管理システムの構築に着手することが急務である。