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Business & Economic Review 1997年09月号

【OPINION】
マンデル・フレミング・モデルが示唆する日本経済の将来

1997年08月25日  


消費税率が引き上げられてから4カ月近くが経過したが、駆け込み需要の反動影響が長期化する様相をみせるなど、景気の先行き不透明感が容易に払拭されない状況が続いている。景気回復の基調は崩れていないとはいえ、先の日銀短観等からも明らかな通り、回復の基盤は決して盤石ではなく、いくつかの不安材料を抱えて走っているというのが、現下の日本経済の姿であろう。

第1は、外需依存への傾斜である。短観の主要企業の売上計画をみると、内需が前年比+2.2%に対して輸出が同+6.6%と輸出頼みの構図が改めて浮き彫りになっている。為替相場が110円台に維持される限り、日本の輸出競争力からみて黒字が拡大基調をたどることは避けられない。日本の黒字拡大に神経を尖らせるアメリカとの摩擦の火種が燻っているわけである。

第2に、業種別・規模別のバラツキが一段と拡大している。明らかに「強い」といえるのは、大企業製造業だけであり、その他のセクターとりわけ中小企業非製造業は業況がピークアウトした観さえある。しかも、やっかいなことに業況の改善が遅れているセクターほど、低金利依存度が大きい(中小企業非製造業の1996年度の経常利益増加額に占めるネット支払金利減少の寄与率は6割近い)という問題がある。

第3は、設備投資の回復に今一つ弾みがつかないことである。これは、非製造業や中小企業を中心にバランスシート調整圧力が依然として大きいことを物語っている。加えて、中期的な財政赤字削減路線が旗幟鮮明になるなかで、緊縮財政のデフレ作用が企業経営者の中期的な期待成長率に何某かのマイナス・インパクトを与えている可能性も否定できない。

要するに、現下の景気回復を支えているのは歴史的な超低金利政策とそれが生み出した円安であり、他方で緊縮財政政策が景気回復力を相当程度減殺しているということである。こうした超低金利と緊縮財政のポリシーミックスが長期間持続すると、何が起きるのか。

伝統的な経済理論であるマンデル・フレミング・モデルに従えば、変動相場制のもとでは金融緩和と財政引き締めのポリシーミックスは、金利低下→円安による外需の拡大を通じて景気を刺激する一方、財政緊縮のデフレ作用は長期金利の低下で相殺される。この意味で、正に景気は理論通りの展開をたどっているかのようにみえる。しかし、超低金利の長期化は行き過ぎた円安と対外不均衡の拡大を招かざるを得ない。5月以降の政策当局主導の円安是正はこうした危険を未然に摘み取ることを狙ったものだが、これまでのところうまく行っているからといってお手軽な口先介入の効果が未来永劫続く保証は全くない。円安の再進行の後に来る急激な円高リスクは深く静かに蓄積されているといえよう。一方、仮に110円台半ばの水準に円相場をコントロールすることに成功した場合はどうか。固定相場制下のマンデル・フレミング・モデルの教えるところは金融政策の効果が無効(金利低下の効果は、対外資本流出を通じたマネーサプライの減少で相殺される)となり逆に財政政策の効果が有効となる、つまり為替安定を維持する場合、財政デフレが厳しさを増すことを意味するのである。

いずれの結果も日本経済の将来に暗雲を投げかけるが、ここで言いたいことは、規制緩和等の実効ある構造改革を伴わないまま歳出の一律削減といった量的な財政赤字の削減がハイピッチで進められる場合、中期的にみて持続的な成長を損なうリスクが高まるということである。日本経済のISバランスからみて、財政赤字削減に見合う民間部門の投資超過幅拡大(=設備投資の拡大)がなければ、その最終的な尻は海外部門の投資超過幅拡大(=経常黒字の拡大)という形で跳ね返るのは、内需拡大よりも財政再建を優先した80年代前半の経験が教えるところである。企業部門のバランスが3年連続の貯蓄超過(資金余剰)という異常事態が続くもとでの財政赤字削減は確実に経常黒字の拡大を招く。ちなみに、OECDによると一般政府(除く社会保障基金)の財政赤字の対名目GDP比率は、ピークの96年の▲7.3%から97年▲5.8%、98年は▲4.7%に縮小する一方、経常黒字の同比率は96年の1.4%から97年1.9%、98年には2.3%まで拡大する見通しとなっている。97、98年の2年間で2.6%ポイントも赤字を縮小させるといった削減ピッチは、2003年までに3%という目標を達成するために99年度以降の5年間で残り1.7%ポイント(年平均0.3%強)を削減すればよいことを考えると、かなりハイピッチの削減といえる。

昨年10月に本欄(「財政赤字削減を巡る視点」)において税体系の歪みや非効率な財政体質を温存したまま性急な財政赤字の量的削減を強行することの危険性を指摘し、歳入・歳出両面で財政の中身を見直す構造改革が不可欠との提言を行ったが、現下の状況は中身の見直しが遅滞する一方、予想以上に早いペースで財政赤字の量的削減が進められようとしているとの印象を拭えない。強引に赤字を減らすのではなく、構造の抜本的な見直しによって赤字が自動的に減るような仕組みを工夫することこそが真の財政構造改革であろう。

しかし、財政赤字削減についての国民的コンセンサスが形成され、具体的な分野ごとの赤字削減目標が決められるといった形で財政再建のレールが完全に敷かれた現在、赤字削減ペースを緩めることは景気後退という代償なしにはもはやできない選択かもしれない。となると、今やらねばならないことは、財政赤字削減のツケが対外黒字拡大ないしは景気低迷の長期化に結びつかないように民間投資を刺激する各種の構造改革を急ぐ以外にない。そのためには、次の3点の断行が焦眉の急である。

第1は、民間の事業フロンティア拡大に直結する規制緩和と財政のアウトソーシングである。昨年度の設備投資の牽引役は、規制緩和効果が大きく表れた情報通信と小売業であったが、今年度はこの2業種が主役の座を降りる一方で、それに取って代わるリード役が見当たらない。本年の経済白書では、今後の規制緩和効果が期待できる分野として、電気通信、航空、電力、銀行、小売業の5業種を取り上げて効果分析を行っているが、重要なことは白書自身も指摘している通り、「市場規模が大きく潜在的な市場拡大が見込める分野に高いプライオリティーを置く」ということである。その意味で、今後の新市場拡大の起爆剤となりえる有力分野として、放送と通信の融合、人材派遣業の原則自由化、日本版ビッグバンの推進、医療・福祉サービスの民間へのアウトソーシングを一刻も早く断行することが必要である。

第2は、企業経営者の成長期待を高める税制改革、とりわけ今や世界一の高さとなった法人実効税率の欧米諸国並水準への引き下げである。周知の通り、通貨統合を目指して財政赤字削減に邁進するドイツでさえ、98~99年度の2年間で法人税率を現行水準(45%)対比10%程度引き下げる方向性が打ち出されているほか、過熱気味の景気拡大が続くイギリスでも先般成立した補正予算において、本年4月に遡って法人税率を2%引き下げる(大企業31%、中小企業21%)ことが決定している。このままでは、わが国のみが世界の潮流から取り残されかねない。法人税率の引き下げは、早くからその必要性が叫ばれながらも財源の問題で先送りされてきたが、もはや一刻の猶予もない。とりわけ、厳しい環境に喘ぐ中小企業に対しては、租税特別措置の見直しや将来の課税ベースの適正化を担保とする形での税率引き下げが急務である。

第3は、外資の参入促進を通じた規制・低生産性部門の活性化である。日本経済全体の活性化を図るためには、優れた技術・経営ノウハウを有する外資系企業の参入を政策的に促進・誘導するという視点が重要である。とりわけ、情報通信、金融・保険、建設・不動産、卸・小売等の各分野においては、生産性が高く優れた商品・サービスを有する外国企業が少なくない。外資参入を阻む要因として各種のアンケート調査結果から浮かび上がるポイントは、(1)人件費・不動産関連コスト・物流コスト等のビジネスコストの高さ、(2)政府規制・許認可の煩雑さ、(3)系列取引・各種の商慣行、(4)人材確保の困難さ等の点である。こうした点のさらなる改善の必要性は当然のこととして、ここでも大きなネックとなるのは、法人税、所得税、不動産関連諸税等、わが国の税負担の重さである。現在、外資系企業に対する税制面での支援措置は「輸入・対内投資法」に基づく欠損金の繰り越し(最長10年)程度に止まっており、税制面でのインセンティブの付与が不可欠である。その際、公共投資の削減で打撃を受ける地域経済をいかに活性化するかという観点からも地方レベルで税制面の政策誘導の強化を含めて環境整備に努めることが望まれよう。
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