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Business & Economic Review 1997年08月号

【論文】
1997~98年度わが国経済見通し-構造転換期の景気回復と多極化の進行

1997年07月25日 調査部


要約

1997年度に入り、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動影響が一部で顕在化している。しかし、少なくともこれまでのところ、予想外のデフレ作用が発生する事態には至っていない。こうした情勢下、企業の景況感は引き続き回復傾向を維持している。

97~98年度のわが国経済の行方を展望すると、まず、97年度上期は、駆け込み需要の反動影響に加え、緊縮財政によるデフレ作用が強まる結果、前期比年率0.3%のマイナス成長に陥る見通しである。しかし、年度後半には財政面からのマイナス影響が減退するなかで、緩やかな回復傾向への復帰が徐々に明確化する展開が展望される。その結果、97年度全体の実質成長率は1.7%となろう。

次いで98年度では、財政構造改革が本格的に立ち上がるなか、97年度を上回る公共事業費の削減が行われる。しかし、国内民需で個人消費や設備投資を中心に拡大メカニズムが底堅く持続する結果、引き続き回復傾向が維持されよう。成長率は2.3%に上昇し、わが国経済は2%台の成長軌道へ復帰する見通しである。

今回の景気回復は従来と根本的に異質である。当初、業種別に格差が存在しても景気回復の果実が均霑するなかで格差は漸次縮小に向かい本格的な拡大メカニズムが始動する、という過去のパターンは成立していない。これは、バランス・シート調整等、構造問題の根深さに格差があることに加え、情報化やメガコンペティション、あるいは規制緩和等、内外の新たな潮流変化に対する対応・ポジションが業種別・規模別、さらに個社別に異なっている帰結である。

しかし、こうした多極化の動きは、力強い景気拡大を阻むマイナス要因として否定的に捉えられるべきでない。むしろ、わが国経済が、内外の構造変化に直面し、戦後半世紀にわたって維持されてきたキャッチ・アップ型システムやフルセット型産業構造からの脱却が不可避となるなかで、伸ばすべき分野を伸ばし、縮小すべき分野を縮小することによって新たな経済・産業構造への転換を図る前向きの動きとして積極的に捉えるべきである。

わが国経済再生の実現に、財政構造改革の断行は不可欠である。もっとも、一律削減方式は財政改革の基本理念に違背する。個別政策ごとに、必要性や効果の違いが反映される弾力的な財政構造改革システムの確立が必要である。

経済構造改革や金融システム改革等、財政構造改革以外の一連の改革も、わが国経済のサプライ・サイドの強化に不可欠である。しかし、米英対比、わが国は改革断行に大きく立ち後れているうえ、改革推進に向けた国際的なスピード競争が一段と激化するなかで、漸進的推進は許されない。改革テンポが緩慢なものにとどまる場合、改革のプラス効果が期待薄なだけでなく、逆に、彼我のギャップ拡大によりわが国競争力が低下するなかで、財政改革遂行に伴う短期的なマイナス影響が顕在化する懸念が大きい。

このようにみると、早期かつ抜本的な改革断行は喫緊の課題である。改革の成功は、国内での民間活力の再活性化に加え、外国資本の流入にも寄与しよう。6大改革のうち、一段と抜本改革が要請される重要課題を整理すると、(1)参入・価格規制の廃止と独占禁止政策の強化を基軸とする公的規制の撤廃、(2)グローバル・スタンダードを目指した税制改革、(3)公的機能の民間へのアウトソーシング、の3点が挙げられよう。

1.わが国経済の現状

1996年度のわが国経済は、個人消費や設備投資等の底堅い内需に加え、消費税率引き上げを控えて駆け込み需要が下期に盛り上った結果、実質3%成長を達成した。

しかし、97年度に入ると、96年度下期に盛り上った駆け込み需要の反動が、小売業等個人消費関連業種を中心に顕在化している。まず百貨店では、全国売上高が4月に前年比14.0%減と大幅な減少となった後、5月も同5.1%減と4月対比マイナス幅は縮小したものの、2カ月連続のマイナスとなった。

一方、駆け込み需要の中心となった耐久消費財をみると、乗用車では、新車登録届出台数が4月の同14.0%減から5月同11.7%減と2カ月連続して2桁減となった後、6月も同6.6%減少した。これに対して白物家電のうち冷蔵庫では、国内出荷台数が、底堅い買い替え需要を背景に4月の同9.8%増に続いて5月も同5.4%増加しており、反動によるマイナス影響自体が必ずしも明確には見受けられない。

このように反動影響の度合いは分野毎に異なるものの、総じてみれば、少なくともこれまでのところ、予想外のデフレ作用が発生する事態には至らず、逆に、時間の経過とともに反動影響は減衰の方向に向かっている。こうした情勢下、企業の景況感の推移をみると、総じて回復傾向が維持されている(図表1)。

もっとも、97年4月以降、表面化してきたマイナス影響は主として96年度下期に盛り上がった駆け込み需要の反動による面が大きい。このため、今後、消費税率引き上げによる物価上昇や、租税・社会保障負担等の公的負担増加による実質可処分所得減少のマイナス影響が次第に顕在化するとみられるなかで、そのマグニチュードの大きさは依然不確定であり、引き続き景気の先行き不透明感が残存している。

2.97~98年度わが国経済の展望

1) マクロ経済動向

それでは、今後のわが国経済の行方をどのようにみるべきか。まず、97~98年度のわが国経済のコースについてみると、次の通りである(図表2)。

(1) 97年度

97年度上期には、96年度下期に盛り上った駆け込み需要の反動影響に加え、特別減税の廃止や社会保障負担の増大、さらに公共事業費の抑制等、緊縮財政によるデフレ作用が集中して顕在化することは避けられない。その結果、97年度上期の実質経済成長率は、前期比年率ベースで▲0.3%と若干のマイナス成長に陥る見通しである。

しかし、年度半ば以降、緊縮財政によるマイナス影響が減退していくなかで、国内民間需要を軸とした緩やかな回復傾向への復帰が徐々に明確化する展開が見込まれる。97年度下期には前期比年率ベースで実質3.2%成長が達成され、97年度全体では実質1.7%成長となる見通しである。

(2) 98年度

98年度は財政再建路線が本格的に始動する、いわば「財政構造改革元年」となる。こうしたなか、公共事業費の削減が97年度を上回る規模で行われよう。

しかしながら、国内民間需要サイドでは、個人消費や設備投資を中心に拡大メカニズムが底堅く作動する結果、引き続き回復傾向が維持されよう。実質経済成長率は2.3%に上昇し、再び2%台の成長軌道に復帰する見通しである。

この97~98年度見通しについて、財政面からのデフレ作用および景気の牽引役が期待される国内民間需要等の動向を中心に、敷衍してみると以下の通りである。

2) 緊縮財政のインパクト

今回の緊縮財政は、(1)公共事業費の抑制と、(2)増税および、(3)社会保障負担等公的負担の増加、の3つのルートを通じて、97年度以降、わが国経済にデフレ作用を及ぼす見通しである。具体的には、次の通りである。

第1は、財政再建路線が確立されるなかで、公共投資が、97年度以降、一転してマイナスに作用するとみられることである。 まず、97年度の公共投資規模についてみると、次の通りである。

96年12月20日、事業規模で3兆7000億円、低所得者対策等も含めると4兆2000億円規模の96年度補正予算が策定された。予算執行上の日程からみて、96年度補正予算の景気浮揚効果は97年度にズレ込んだ可能性が大きい。そこで、ゼロ国債や例年追加される災害復旧費等を除き、需要創出に直結する、いわゆる「真水」部分を計算すると、96年度補正予算の追加的需要創出額は2兆300億円と推計される。

しかし、この96年度補正予算のズレ込み効果を考慮しても、97年度の公共投資は、96年度補正後(進捗ベース)対比ほぼ4%のマイナス(名目ベース、実質では5%強のマイナス)となる見通しである(図表3)。これは、(1)96年度の公共投資が、史上最大規模となった95年度第2次補正予算のズレ込みによって上乗せされた分、97年度はその反動影響を受けることに加え、(2)97年度当初予算が前年度当初予算比で実質マイナスとなるためである。具体的には、国サイドでは、一般会計の公共事業関係費が前年度当初予算対比ゼロとされる一方、地方自治体サイドでは、地方単独事業が地方財政計画ベースで同1%を上回るマイナスとされている。

さらに、98年度には、財政構造改革が本格的に始動するなかで、公共事業費の減少に一段と拍車が掛かる見通しである。すなわち、97年6月3日に閣議決定された「財政構造の推進について」によると、98年度の公共投資予算を前年比7%以上のペースで削減する、との方針が明確に打ち出されており、公共投資の減少ペースは、97年度の4%マイナスからさらに加速しよう。

第2は、増税、すなわち消費税率の引き上げ(3%→5%)および特別減税2兆円の打ち切りである。

まず、マクロモデル・シミュレーションに依拠し、3%から5%への消費税率引き上げによる年度間影響を試算すると、消費者物価の1.5%ポイント押し上げを通じて、個人消費は0.6%ポイント、住宅投資は0.8%ポイント、設備投資は0.3%ポイントそれぞれ押し下げられ、これらを合計すると、実質GDP成長率の押し下げ影響は0.5%ポイントに達するとの結果が得られる(図表4)。

さらに、特別減税2兆円の打ち切りが0.2%ポイントの成長率押し下げに作用する。これらを合計すると、増税全体では、97年度わが国経済成長率は0.7%ポイント下押しされることになる。

第3は、年金保険料率・健康保険料率の引き上げ、あるいは医療費の自己負担増加等、社会保障費・医療費負担の増加である(図表4)。

まず、年金負担については、厚生年金保険の保険料率が96年10月から17.35%(それまでは16.5%)に引き上げられたほか、国民年金保険料が97年4月から月・人当たり500円増えた。その他、共済組合保険料率の引き上げも加えると、97年度保険料率引き上げによる年金負担増加額は前年比7500億円に及ぶ見込みである。

次に、医療保険料負担についてみると、政府管掌健康保険の保険料率が、これまでの8.2%から、97年9月以降8.5%に引き上げられることに加え、これに準じて組合管掌健康保険や共済組合についても保険料の引き上げがなされるとすれば、医療保険料の負担増加額は全体で3000億円に達する見込みである。

ただし、こうした社会保障負担の増加は、他方で1100億円の所得・住民税控除額の増加となり、公的負担の減少に作用する。このため、負担増加額と減少額を差し引きすると、ネットの負担増加額は9400億円となり、これによる実質成長率押し下げ影響は0.1%ポイントと試算される。

加えて、医療保険制度改革の実施により、患者の自己負担は5600億円程度増加し、波及効果も含めると、実質成長率は0.1%ポイント抑制されよう。

以上を合計すると、社会保障費および医療費負担の増加による97年度実質GDP成長率押し下げ影響は、全体で0.2%ポイントとなる。

3) 底堅い推移が見込まれる個人消費

しかしながら、次のプラス要因が引き続き見込まれるため、景気の腰折れは回避され、97年度半ば以降、財政面でのデフレ作用が減衰していくなかで、景気は再び自律回復力を取り戻す見通しである。すなわち、(1)底堅い個人消費、(2)設備投資の着実な増加、(3)輸出数量の増加と輸入数量の増勢鈍化による外需の景気押し上げ、の3つのプラス要因である。まず、個人消費についてみると、次の通りである。

前述の公的負担増加、すなわち、消費税率の引き上げや特別減税の廃止による増税負担、さらに社会保障負担増加等、公的負担の増加によるマイナス影響は無視できないものの、パソコン等の情報家電やDVC(デジタル・ビデオ・カメラ)等、新製品への需要が引き続き底堅く推移する見込みであることに加え、次の要因がプラスに作用するなかで、97年度半ば以降、個人消費は再び堅調な推移へ徐々に復帰する見通しである。

第1は、雇用・所得環境の改善である。

(イ) 雇用情勢

まず雇用情勢についてみると、97年に入り、労働者数の増勢が、96年半ば以降の前年比50万人前後から、97年1~5月にはほぼ同100万人増のペースに加速している(図表5)。雇用情勢の改善については、単に労働者数の増勢が加速しただけでなく、さらに次の2点を指摘することができる。

まず、大企業の雇用に対する姿勢が前向きになってきたことである。事業所規模別の推移をみると、これまでの就業者増は、事業所規模1~29人、および事業所規模30~499人の、いわば中小・中堅企業の雇用増によって牽引されてきた。これに対して、事業所規模500人以上の、いわば大企業の雇用者数は95年半ば以降ほぼ一貫して減少してきたが、こうした減少傾向はほぼ一巡し、97年に入り、漸く増勢に転じる兆しがみられる。ちなみに、企業の新規雇用に対するマインドの良否をみる観点から新規学卒者の採用状況(日本経済新聞社調査)をみると、97年度は前年比12.9%増と、91年度以来6年振りに増加に転じているうえ、97年3月時点での調査によると、98年度も97年度並みの採用増(同13.1%増)が計画されている。

次いで、職業別従事者の推移をみると、国内生産の回復を映じて、これまで調整の中心となってきた生産労働者が、97年に入り、増加の中心となっている。すなわち、非農林業就業者数が97年1~5月に前年比147万人増加したうち、生産労働者の増加は64万人に達し、全体のほぼ半分を占めた。

(ロ) 所得環境

一方、所得環境についてみると、所定外労働時間の増勢を映じた所定外給与の増加に加え、企業業績の好調を反映して96年年末賞与の前年比増加率は、95年年末賞与の1.9%から3.6%へほぼ倍増した。97年度では、春闘賃上げ率については、96年度の2.81%をわずかながら上回る2.84%での妥結にとどまったものの(日経連調査)、夏季賞与では前年比3.5%増と引き続き高めの伸びが確保される見込みである(図表6)。

(ハ) 雇用者所得の増加

こうした97年入り後の所得・雇用環境好転の動きを前提に、(1)雇用者数は97年1~5月期と同じペース、すなわち前年比1.7%増加する一方、(2)1人当たり雇用者所得は、96年度と同率、すなわち前年比1.3%で増加するケースを想定してみると、97年度の雇用者所得は同3.0%増加し、増加額は8兆4,800億円に達する。これは、消費税率引き上げや社会保障負担の増加等によって全体で8兆4,500億円と見込まれる97年度の国民負担増加額にほぼ見合う規模である。97年度の公的負担増加の大半は、所得・雇用環境の改善によって補填される可能性があるといえよう(前出図表4)。

(ニ) 企業の厳しい姿勢は不変

もっとも、景気の先行き不透明感が残存し、成長ペースが依然緩慢なものにとどまるなかで、企業は、雇用・賃金に対して引き続き厳しい姿勢を維持している。例えば、雇用面では、全体として雇用が増加しているなかで、職業別には雇用が増加する分野と減少する分野が分かれてきている。すなわち、生産労働者やサービス従事者、さらに専門的・技術的職業従事者は増加しているものの、97年に入り、管理的職業従事者は前年比13万人減、事務的職業従事者は同3万人減と再びマイナスに転じており、間接部門のスリム化に向けた動きが一段と強まっていることがうかがわれる結果となっている。さらに、近年の雇用増はパートタイマーが中心であり、正社員等、一般労働者の寄与は小さい。ちなみに、従業員5人以上の事業所を対象にみると、97年に入り1~5月で常用雇用が全体で前年比0.8%増加したうち、一般労働者は同0.2%の増加に過ぎなかった。これに対して、パートタイマーは同4.2%増加している。

一方、賃金面でも企業の厳しい姿勢を映じた潮流が強まってきている。すなわち、賃金上昇には賞与で対応し、春闘賃上げ率の引き上げ等、所定内賃金の上昇を極力回避する傾向が拡がっているほか、一部の企業では労使合意の下、ベースアップを凍結する動きもみられる。

第2のプラス要因は、消費者マインドの持ち直しと消費性向の上昇である。

まず、消費者マインドについては、消費税率の引き上げに伴い大幅に低下したものの、その落ち込みは一時的なものにとどまる可能性がある。すなわち、消費者態度指数(経済企画庁調査)は、96年央以降、低下している(図表7)。しかし、同指数を構成する5項目の動きをみると、96年半ば以降の低下は、「暮らし向き」や「収入の増え方」よりも、「物価の上がり方」および「耐久消費財の買い換え時判断」の2項目が主因である。この点に着目してみると、消費者態度指数の低下は、所得・雇用情勢の悪化等、経済実体による動きとみるよりも、むしろ消費税率引き上げに対する懸念による面が大きいとみることが可能である。ちなみに、そうした事態は、消費税導入時前後の88~89年にも発生した。しかし、消費税率が導入された89年4~6月期をボトムとして、いずれの項目も急速に反転上昇し、消費者マインドの悪化は一時的なものとなった。こうした過去の経験に照らしてみると、今回も消費税率の引き上げが定着するのに伴い、今後、消費者マインドが回復に向かう可能性を指摘することができよう。

加えて、消費性向の上昇が見込まれる。消費者行動には、たとえ所得水準が低下しても、生活水準は低下させず極力維持しようとする性向、いわゆるラチェット効果がある。この傾向に着目してみると、特別減税の廃止や社会保障負担の増加等による国民負担の増加は、所得の伸びを上回る消費を誘発し、可処分所得に占める消費支出のウエート、すなわち消費性向を上昇させる公算が大きい。ちなみに、これまでの国民負担率と消費性向の推移をたどってみると、両者には極めて密接な関係を看取され、国民負担増大によるデフレ影響の一部は消費性向の上昇によって相殺されてきたとみることができる(図表8)。そこで、1975年以降の両者の関係に従い、97年度の国民負担の上昇(消費税率の引き上げ、医療費の自己負担を含めて計算すると+2.1%)により消費性向が1.9%ポイント上昇すると想定すれば、国民負担・医療費自己負担増加による97年度経済成長率へのマイナス影響はモデル計算による▲0.9%から▲0.5%へ、0.4%ポイント圧縮される可能性がある。

4) リード役不在の設備投資

景気回復傾向の持続を支える第2のプラス要因は設備投資の底堅さである。

(イ) 受注統計の動き…リード役の後退

企業の設備投資について、先行指標である受注統計をみると、96年半ば以降、堅調な推移が続いており、当面、設備投資が屈折する懸念は小さいと判断される。もっとも、その増勢は、97年に入り、ややスローダウンしており、先行き不透明感が払拭されないなか、設備投資に対する企業の姿勢がやや慎重化する兆しがうかがわれる。

まず、機械受注(船舶・電力を除く民需)は、96年春以降、一貫して増勢が続いてきたものの、96年10~12月の前年比17.3%増をピークに、97年1~3月期には同6.2%増へやや増勢が鈍化している(図表9)。経済企画庁の予測調査によると、97年4~6月期には同6.3%増と97年1~3月期のほぼ同等のペースでの増加が見込まれているものの、4月は19カ月振りに前年同月比6.1%の減少となっている。

一方、建設工事受注(民間)はジグザグした展開となっている。すなわち、96年7~9月期に前年比45.8%と大幅に増加した後、10~12月期に同12.2%減少し、97年1~3月期には同6.7%と再び増加に転じたものの、4月には同16.5%減少した(図表10)。

実際の建設投資動向をみるために、民間建設物着工床面積(非住宅)の推移をたどると、96年末までの増勢から、97年1~3月期には前年比1.0%減と5四半期振りにマイナスとなった後、4~5月も同1.6%の減少となっている(図表11)。

さらに、こうした受注統計等をつぶさにみると、規制緩和や技術革新の進展を背景に、これまで設備投資を牽引してきた企業の情報化投資や大型小売店舗の新設・増床投資が、97年に入り一服する兆しが見受けられる。

まず、機械受注(船舶・電力を除く民需)を需要分野別に情報通信機器とそれ以外に分けてみると、情報通信機器の受注額は、95年入り後、期を追って増勢を強め、96年には、全体の機械受注(船舶・電力を除く民需)が前年比12.2%増加したうち情報通信機器の受注は9.4%寄与し、機械投資増加のリード役となった。しかし、97年に入り、引き続き増勢は維持されているものの、1~3月期には全体の機械受注増加に対する寄与度が6.3%に低下している(図表9)。

一方、民間建設物着工床面積(非住宅)を(1)商業、(2)鉱工業、(3)サービス、(4)その他、の4分野に分けてみると、大規模小売店舗法の緩和効果が顕在化した96年には、民間建築物着工床面積(非住宅)が全体で前年比14.5%増加したうち商業が5.7%寄与しており、建設投資増加の原動力となった。しかし、97年に入り、商業の建設投資は、ほぼ頭打ちに転じている(図表11)。

(ロ) 設備投資回復を支える諸要因

こうした動きを踏まえてみると、96年の情報化投資や大型小売店舗の新設・増床投資に匹敵する大型の投資分野が当面見当たらないなかで、96年度対比、設備投資の増勢鈍化は避けられない。しかしながら、次の要因のプラス作用が見込まれるなかで、設備投資は引き続き回復傾向をたどる見通しである。

第1は、企業業績の回復である。

従来、企業収益と設備投資との間には密接な関係がある(図表12)。すなわち、売上高経常利益率の2.3%前後の水準が、設備投資増減の分岐点となっているという関係である。もっとも、今次、設備投資回復局面では、両者の関係が稀薄化しているようにみえるものの、その乖離部分については、近年の設備投資回復が、主として規制緩和や技術革新による独立投資に牽引されてきたこと、および歴史的低金利が収益回復の遅延を補い、投資採算の回復を促進した等の説明が成り立とう。

今後を展望すると、まず、企業業績は、緊縮財政のデフレ作用顕在化の結果、96年度に比べれば、売上・収益とも増勢鈍化は避けられないものの、売上面では、(1)製造業では加工組立産業を中心に既往円安進行に伴い輸出が増加し、(2)非製造業では、企業の情報化シフトやアウトソーシング需要の増大を映じてサービス業を中心に売上が増加する一方、(3)コスト面では、リエンジニアリング等、収益体質強化に向けた企業努力の効果が見込まれる結果、引き続き増収増益傾向が維持される見通しである。その結果、売上高経常利益率は引き続き2%台半ばで推移する公算が大きく、これまでの収益と設備投資の関係に即してみる限り、設備投資が腰折れする懸念は小さい。

第2は、投資採算が引き続きプラス傾向を維持するとみられることである。

設備投資が増額されるか削減されるかは、投資による収益性の良否に加え、設備投資(実物投資)と金融資産投資との裁定によって決定される。こうした考え方をもとに、投資による収益性を示す指標として固定資産経常利益率を採り、同利益率から長期プライムレートを控除した系列を投資採算指数として設備投資の推移と対比してみた。

これによると、長期にわたり、投資採算と設備投資の間には投資採算がプラスの局面では設備投資が増加し、マイナスの時期には投資が減少するという形で、時期とその変動率の双方ともに高い相関関係が看取される。具体的には、95年4~6月期における投資採算および設備投資のプラス転換と、その後の一段の投資採算好転と設備投資の増勢加速に現れている通り、今回の設備投資回復局面でも、両者にはきわめて密接な関係を確認することができる(図表13)。

この経験則に即して今後を展望してみると、上記の通り、当面、企業業績の増収増益傾向が維持される一方、長期金利が今後早期のうちに大幅な上昇に向かう公算は小さいとみられるなかで、投資採算がマイナスに落ち込む懸念は小さく、採算面からみて、引き続き良好な投資環境が維持される見通しである。

第3は、キャッシュフロー面からの制約が生じる可能性が小さいことである(図表14)。経常利益の5割を内部留保とみると、企業の設備投資は、すでに94年度以降、減価償却費と内部留保を合算したキャッシュフローの範囲内で賄われている。そこで、97年度の設備投資を、(1)キャッシュフローと設備投資との差額は96年度と同額、(2)過去10年間の設備投資に対する減価償却費の比率に大きな変化が無いなかで97年度の同比率は96年度と同率、の2つの前提条件をもとに試算すると、仮に97年度の経常利益が2.5%の減益に落ち込むケースを想定しても、97年度に96年度と同額の設備投資を行うことは可能との結論が得られる。

なお、ストック調整圧力についてみると、民間粗資本ストックは、95年1~3月期の前年比3.8%増をボトムにきわめて緩やかに増勢に転じ、96年7~9月期には同4.0%増加しており、バブル期に積み増された過剰資本ストックの調整はほぼ終了したとみることができよう。

5) 外需の景気押し上げ効果

個人消費や設備投資等、堅調な民需に加え、輸出数量の増加および輸入数量の増勢鈍化により、引き続き外需の景気押し上げ効果が見込まれる。

(イ) 輸出

輸出面についてみると、第1に、既往円安進行による輸出採算の好転および価格競争力の回復が、輸出数量の増加に引き続き寄与すると見込まれる。

まず、これまでの動きをたどると、輸出数量は96年半ばに増加に転じた後、期を追って増勢が加速している(図表15)。一方、為替相場の推移をみると、95年10~12月期の101.5円/ドルから、96年に入ると、1~3月期105.8円/ドル、4~6月期107.6円/ドル、7~9月期108.9円/ドルと次第に円安が進行している。円安による相対価格の変動効果が輸出数量に対して徐々に顕在化する点を加味してみると100円/ドル台半ばの水準を上回って円安が進行するなかで、輸出数量が増加してきたといえる。ちなみに、経済企画庁の「平成9年企業行動アンケート調査」に拠ると、製造業の輸出採算レートは、97年1月時点で106.2円/ドルであり、採算面からみて、100円/ドル台半ばの水準が分岐点となっていることがわかる(図表16)。こうした観点からみると、現行の110円台の円相場水準が維持される限り、輸出数量の増加傾向が引き続き維持される公算が大きい。

第2は、非価格競争力の回復である。

これまでの輸出数量の推移を地域別・財別にみると、地域別にはアジア向け輸出を筆頭にアメリカ向け、西欧向け輸出とも回復傾向が鮮明になっている一方、財別には、乗用車や一般機械を中心としつつも、いずれの品目ともおしなべて好調である。すなわち、現下の輸出増加は、価格競争力の回復に海外需要の好調による効果が上乗せされた結果と捉えることも可能である。

しかし、現下の輸出数量増加は、そうした円安や海外需要要因だけでなく、高付加価値化に向けた企業努力の奏効や、近年、進行してきた消費財から資本財・生産財へのわが国輸出品目の構成変化が、全体として、一段の非価格競争力の強化に作用してきている点も見逃せない。

この点を検証するために、わが国輸出数量(季節調整値)を、世界実質輸入(同)と相対価格(5期のラグ付)によって回帰し、所得弾性値の推移を計測してみた(図表17)。これによると、わが国輸出数量の所得弾性値は、プラザ合意以降徐々に上昇した後、90年代に入り一転して大幅に低下したものの、直近期では再び上昇傾向に転じる兆しがみられる。プラザ合意以降の所得弾性値上昇の背景には、乗用車やカラーTV、VTR等の耐久消費財から、電子デバイスや工作機械、さらには重電機器等、生産財・資本財へのシフトを通じて、わが国輸出の非価格競争力が上昇した点が指摘される。

次いで、90年代入り後の所得弾性値の低下は、円相場が93年に110円/ドルを割り込み、94年には100円/ドルを割り込んで上昇し、わが国輸出製品の価格競争力が大幅に低下するなかで、本邦企業が国内から海外への生産シフトを推進した帰結と捉えられる。逆に、直近期での所得弾性値の上昇は、円安進行による価格競争力の回復に加え、本邦企業の国内生産の海外シフトの動きが一巡するなかで、消費財から非価格競争力の強い生産財・資本財へのシフトが一段と進展した結果とみられる。ちなみに、輸出数量に占める生産財・資本財のウエートは85年63.5%から90年に67.5%へ上昇した後、一段と高まり、96年には77.5%に達している。

(ロ) 輸入

まず、これまでの推移をたどってみると、輸入数量では、95年半ば以降趨勢的に増勢が鈍化し、96年10~12月期の前年比横這い(0.0%)から97年1~3月期には同5.3%の増加となったものの、4月には同0.7%のマイナスに転じている(図表18)。

次に、地域別・財別の推移をみると、地域別には、アジア、アメリカ、西欧とも一様に頭打ちとなっている一方、品目別にみると、これまで輸入増加を支えてきた金属・繊維製品や機械機器等の増勢が大幅に鈍化している。とりわけ、金属・繊維製品では、輸入数量が減少傾向に転じる兆しがみられる。

このように輸入数量の増勢が頭打ちとなってきた結果、国内市場に占める輸入製品のシェア、すなわち製品輸入浸透度は、96年4~6月期の16.6%をピークに97年1~3月期には15.9%に低下している。

96年初以降の輸入数量の動きに、前述の為替相場の推移を重ね合わせ、さらに円安による相対価格の変動影響が輸入数量に対して徐々に顕在化する点を加味してみると、輸入数量では、輸出数量の動きと正反対に、100円/ドル台半ばの水準を上回って円安が進行し、価格競争力が低下するなかで、鈍化傾向が明確になってきたといえる。

こうした背景には、円安進行によって輸入品の価格競争力が低下するなかで、従来、企業が積極的に推進してきた製品の逆輸入や部品・資材の海外調達、流通サイドの開発輸入が一服する方向に向かい始めた点を指摘できよう。

その点を検証するために、輸出数量と同様に、わが国輸入数量(季節調整値)を、わが国実質総需要(同)と相対価格(5期のラグ付)によって回帰し、所得弾性値の推移を計測してみた(図表17)。これによると、わが国輸入数量の所得弾性値は、90年代に入り急速に上昇した後、近年では、ピーク対比ほぼ半分の水準まで低下している。

まず、90年代入り後の所得弾性値の急上昇は、円高急進によって輸入製品の価格競争力が上昇したことに加え、本邦企業の海外調達や逆輸入・開発輸入の動きが本格化したことが寄与したとみられる。逆に、近年の低下は、95年半ば以降、ほぼ一貫して円安が進行するなかで、そうした動きが一巡した帰結と捉えられよう。

もっとも、所得弾性値は、現時点でも80年代の水準に比べてほぼ倍の水準に高止まっている。この要因として、次の2点を指摘することができる。

第1は既往円高急進に伴うヒステリシス(履歴)効果である。すなわち、生産拠点がいったん国内から海外に流出した場合、円安進行等により国内での生産コストが海外を下回っても、生産拠点の国内回帰は少なくとも短期的には容易でない。そのため、国内需要を満たすためには、引き続き製品輸入に依存せざるをえない。

第2は、メガコンペティションの強まりを背景に、パソコン・同周辺機器をはじめとして、国内に生産拠点の存在しない分野が徐々に拡がっていることである。

このように、わが国経済には徐々に輸入体質が定着しているものの、(1)輸入製品の価格競争力の低下に加え、(2)製品の逆輸入や部品・資材の海外調達等、製品輸入に対する企業の姿勢が慎重化している点を踏まえてみると、現行水準の円相場が維持される限り、今後、輸入数量が再び大幅な増加傾向に転じる展開は見込み難い。

(ハ) 対外収支(貿易収支と経常収支)

まず、貿易収支についてみると、上記の輸出入数量の動きに加え、原油価格の低下等、輸入価格の安定も、黒字幅拡大に作用しよう。その結果、貿易黒字は、これまでの減少傾向から一転して96年度の8.8兆円から、97年度には11.9兆円、98年度は12.7兆円に増加する見通しである(図表19)。

さらに、経常収支も96年度までの減少傾向から増加傾向に転換しよう。もっとも、アメリカが懸念するGDP比2%台半ばまで黒字幅が増大する公算は小さく、97年度はGDP比2.0%(10.1兆円)、98年度でも同2.1%(11.0兆円)にとどまる見通しである(図表20)。ただし、この見通しは、円ドル相場が97年度に115円/ドル、98年度は110円/ドルで推移するケースを想定している。仮に、98年度が115円/ドルと現行の為替水準が維持された場合、経常黒字が98年度全体でGDP比2.3%まで拡大する懸念が大きく、短期的にはアメリカが指摘するGDP比2.5%の水準を上回って黒字が増加する局面も有り得よう。なお、逆に98年度の円相場が105円/ドルへと円高方向へ進んだ場合には、98年度の経常黒字はGDP比1.8%に縮減しよう。

3.景気回復下、多極化の進行

1) 多極化の進行…今次景気回復期の特徴

以上の通り、緊縮財政のデフレ作用は当面持続するものの、国内民需を軸とした底堅い拡大メカニズムを基軸として、わが国経済は、マクロ的観点からみる限り、97~98年度を通じて緩やかな景気回復傾向をたどる見通しである。

しかし、今次景気回復は、従来の回復期と根本的に異質である。すなわち、景気回復の当初段階では業種別あるいは規模別に格差が存在しても、回復プロセスの進行に従い回復の果実が均霑するなかで、格差は漸次縮小に向かい拡大メカニズムが本格的に始動する、という過去のパターンは成立していない。むしろ、回復期間が3年半と長期間に及ぶなかで、依然として業種別・規模別、さらには個社別に大きなバラツキが残存している。

こうした多極化の進行が、今次景気回復期で、設備投資や業況が業種別・規模別に異なり、全体として力強い回復につながらない一因であると同時に、景気回復感が拡がり難くきわめて稀薄ものにとどまっている要因ともなっている。それだけに、業種別・規模別の格差を無視して、マクロ経済動向等、全体の動きに着目して議論するだけでは、現実を見失うことにもなりかねない。

そこで、この点を検証するために、ここでは企業の業況を表す固定資産効率を業種別・規模別に計測してみた(図表21)。それによると、次の3点を指摘できる。

第1は、バブル崩壊後のボトムとなった93年度には、業種別・規模別にみて、総じて30~40%前後と低水準であったものの、ほぼ同水準に収斂していたのに対して、景気回復が3年を超えた96年下期時点では、バラツキが逆に拡大したことである。すなわち、96年下期のバラツキを4つのグループに分けてみると、次の通り、業種別・規模別に全く異なる動きに括ることができる。

(1)93年度水準から大きく上昇したグループ…通信業(大・中堅企業)や加工型製造業(同)等

(2)やや上昇したグループ…小売業(大・中堅企業)や運輸業(中小企業)等

(3)大きな変化なく、景気回復下、低迷が続いているグループ…運輸業(大・中堅企業)や個人サービス業(大・中堅企業)等

(4)逆に低下したグループ…建設業(全規模)や小売業(中堅企業)等 の4グループである。

第2は、分布が極めて広い点である。最高と最低をみると、(1)通信業(大・中堅企業)や、(2)加工型製造業(同)、(3)事務所サービス(同)、の資産効率は90%前後の水準まで達し、ほぼフル稼働の状態に近い。これに対して、不動産業(大・中堅企業)の資産効率はマイナス、建設業(中小企業)の資産効率は20%弱に低迷している。

第3は、同じ業種であっても、規模別に業況は全く異なる点である。例えば小売業をみると、大・中堅企業では、資産効率が93年度の29.3%から96年下期には48.7%へほぼ2割上昇したのに対して、中小企業では、93年度では29.9%と大・中堅企業とほぼ同水準であったものが96年下期には23.5%と逆に悪化している。

2) バラツキ拡大のメカニズム

このように業種別・規模別格差が拡大した背景を探ってみると、次にみる通り、様々な要因が指摘される。

第1は、情報化やメガ・コンペティション等、世界的な新たな潮流に対するポジションが業種別・規模別に異なる点である。

まず、情報化の潮流は、通信業(大・中堅企業)や電気機械製造業(同)に対して、フォローの環境変化となり、業績の改善に寄与している。 一方、メガ・コンペティションの進展は、非価格競争力の強い国内資本財に対する内外からの需要増に作用し、一般機械等、加工型製造業の業況好転に貢献した。

第2は、規制緩和の影響が企業によって異なる点である。

例えば、大規模小売店舗法の緩和は、小売業のなかでも、大企業を中心に、新規投資の体力を有する企業にとっては大規模小売店舗の積極的な新設・増床を通じて業績改善効果が期待できるのに対して、中小企業をはじめとして、そうした体力に乏しい企業にとっては逆に競争激化による収益悪化要因に作用しやすい。

第3は、依然として構造問題が残存するなかで、その根深さが業種別・規模別、さらには個社別に相違する点である。

例えば、バブルの後遺症としてのバランス・シート問題についてみると、建設・不動産業や中小企業と、それら以外とでは大きな違いがみられる。すなわち、長期金融負債(長期借入金+社債)残高の経常利益に対する割合を規模別・業種別にみると、大企業・製造業ではほぼバブル以前の水準まで低下しているものの、(1)土地を多く抱かえる建設・不動産業界をはじめとする非製造業や、(2)土地担保融資に依存してきた中小企業では依然として調整が遅れている(図表22)。さらに、こうしたバランス・シート問題は、一部優良物件を除いてみれば商業地を中心に地価の下落傾向が依然として続いているなかで、土地含み益の減少とそれに伴うリスク負担能力の低下と相まって、企業活動の慎重化に作用する可能性が大きい。

4.今後の課題

1) 欧米主要4カ国の経験~ わが国経済再生に向けて

(イ) 前章でみた通り、今回の景気回復パターンは従来と全く異質であり、景気回復の進行とともに業種別・規模別格差が拡大する展開となっている。しかしながら、こうした動きを、わが国経済全体の回復力を鈍らせ、力強い景気拡大を阻むマイナス要因として、否定的に捉えるのは必ずしも当を得た見方とは言い難い。むしろ、わが国経済が、内外の構造変化に直面し、戦後半世紀にわたって維持されてきたキャッチ・アップ型システムやフルセット型産業構造からの脱却が不可避となるなかで、全体的な方向性としてみれば、伸ばすべき分野を伸ばし、縮小すべき分野を縮小することによって新たな経済・産業構造への転換を図る前向きの動きとして積極的に捉えるべきであろう。

(ロ) こうした観点から、わが国に先駆けて、産業の高度化・空洞化の問題に直面してきた欧米主要4カ国について、米英と独仏を対比させつつ、これまでの動きを整理してみると以下の通りである(図表23)。

(a) 米英

まず、アメリカやイギリスでは、80年代に入り、相次いで断行された規制緩和や国有企業の民営化等の改革が奏効し、近年、失業率が低下する一方、高めの経済成長が維持されるなど、経済情勢が好転している。

こうした経済の再活性化を支えてきた要因を、産業や就業構造の側面からみると、まず、米英2国の共通点として、(1)金融・事務所サービス等、高付加価値産業の創出に成功したこと、(2)一方、製造業は、アメリカとイギリスでは程度の差はあるものの、両国とも縮小に向かっていること、(3)付加価値生産性は必ずしも高くないものの個人サービスが拡大したこと、の3点が指摘される。

さらに、アメリカに特徴的なことは、高付加価値産業として通信業の成長に成功したことがある。なお、アメリカでの通信業成長の背景には、単に規制緩和だけでなく、独占禁止政策の強力な推進があった。すなわち、AT&Tの分割に加え、AT&Tのサービスに一定の制約を設けることで、MCIやスプリント社等、競争者の成長を促し、これによって市場の活性化や実質的な競争状態の実現を図ったことである。

一方、イギリスで特徴的なことは、(1)就業構造の面からも、政府のウエートが縮小し、小さな政府の実現が推進されたこと、(2)就業構造の面では通信業の成長は認められないものの、付加価値生産性の引き上げには成功したこと、の2点を指摘できる。

(b) 独仏

米英等、アングロ・サクソン系諸国が80年代以降積極的に構造改革を推進してきたのに対して、独仏等、欧州大陸系諸国は、近年、漸く改革に着手し始めている。もっとも、既得権勢力の抵抗が大きく、改革テンポは依然として緩慢なものにとどまっている。こうした情勢下、両国の経済情勢をみると、失業率が戦後最高水準で高止まる一方、成長率が低迷する等、このところ停滞色が一段と強まっている。

このように、米英と対照的な推移となっている独仏について、その停滞の要因を、産業および就業構造の面から整理してみると、次の通りである。

まず第1は、製造業が米英と同じく縮小傾向に向かっていることである。もっとも、その付加価値生産性の水準を米英と対比してみると、とりわけアメリカでは就業構造面では縮小しつつも付加価値生産性は上昇してきているのに対して、独仏両国とも、その付加価値生産性は低水準にとどまっている。

第2は、米英と異なり、金融・事業所サービス業の成長および通信業の付加価値生産性上昇がきわめて限定的なものにとどまり、経済成長の牽引役を果たしていないことである。すなわち、米英でみられたような、製造業から、金融・事業所サービス等の高付加価値分野への産業構造転換に独仏両国は成功していない。

第3は、近年の雇用増加が、フランスでは政府部門、ドイツでは相対的に付加価値生産性の低い個人サービスが中心となっていることである。

(ハ) 米英と独仏を対立軸とする以上の視点をベースにみると、わが国の特徴として、次の4点を指摘できる。すなわち、(1)金融・事業所サービスの成長は限定的である、(2)近年の雇用増は付加価値生産性の低い個人サービスが中心である、(3)通信業の付加価値生産性はわずかな上昇にとどまっている、(4)製造業の付加価値生産性の上昇は小幅である、の4点である。こうした点に則してみる限り、わが国は少なくともこれまでのところ、米英よりもむしろ独仏に近い姿になっているといえよう。今後、わが国経済の再生を実現していくためには、米英の長所を積極的に採り入れ、新産業・ニュービジネスの創出を図っていくことが不可欠となっている。

2) 改革断行は焦眉の急

(イ) 98年度以降、財政再建が本格的に始動する。わが国経済の再生を実現するために、財政構造改革の断行が不可欠であることは言を俟たない。

もっとも、98年度予算策定に当たり、利用されようとしている一律削減方式は、無駄を排し、経済の活性化に寄与する弾力的な財政システムを確立しようとする財政改革の基本理念に違背する。それぞれの必要性や効果の違いを根拠として、個別政策ごとに遂行されるか破棄されるかが決定され、かつ、たとえ政策が執行され始めた後でも、環境変化等を根拠に再審議が容易に行われる柔軟な財政構造改革システムの確立こそ、財政構造改革の本旨である。

(ロ) 橋本政権が遂行しようとしている6大改革のうち、財政構造改革以外の経済構造改革や金融システム改革等の諸改革も、わが国経済のサプライ・サイドを強化するうえで不可欠である。しかし、米英対比、わが国は、改革を断行するスタート時点ですでに大きく立ち後れている。加えて、近年、米英は一段の改革に着手しているうえ、独仏等、欧州大陸系諸国あるいは東アジア各国等でも改革が推進され始めている。企業が国を選ぶ時代が到来するなか、魅力的な国内市場創出に向け、国際的な構造改革のスピード競争は一段と激化している。

こうした情勢下、構造改革の推進テンポが緩慢なものにとどまる場合、新産業の創出等、改革のプラス効果が期待通り顕在化し難いだけでなく、逆に改革を推進しているのにもかかわらず、彼我の改革ギャップが拡大する結果、相対的にわが国の国際競争力が低下し、わが国経済の停滞色が強まるなかで、財政構造改革遂行に伴う短期的なマイナス影響が顕在化することが懸念される。

そこで、財政構造改革遂行に伴い98年度から2003年度までの間に発生するデフレ影響を、一定の前提条件のもとに試算してみた(図表24)。それによると、財政構造改革に伴うデフレ影響は、今後名目3.5%成長が維持されるケースでは4.9%となる一方、名目成長率が1.75%に半減するケースでは5.8%に達すると見込まれる。

これに対して、構造改革によるプラス効果は、経済企画庁によると、規制緩和などの経済構造改革が経済に与える影響として、1998~2003年度でGDP比5.8%と試算されている。すなわち、現時点で想定されているような規制緩和等の構造改革が推進された場合、ようやく財政構造改革遂行に伴うデフレ作用を打ち消すことができるのに過ぎず、改革のプラス効果によってわが国経済が牽引され成長力が引き上げられるといった理想形は期待し難い。

しかし、このように改革のプラス効果が小さいのは、例えば、2003年時点でも電力料金が1割強低下するのに過ぎず、依然として大幅な内外価格差の残存が許容されている等、改革が中途半端なものにとどまると想定されているためである。仮に改革がそうした緩慢なものにとどまる場合、前述の通り、改革のプラス効果は顕在化せず、逆にマイナス影響のみ表面化する事態すら懸念される。そこで、徹底した改革を想定し、アメリカ並みの市場創出を前提に試算すると、構造転換に伴いGDP比4割弱に及ぶ大きなマイナス影響が発生するものの、さらに、それを大幅に上回るプラス影響が見込まれる結果、差し引きGDP比11.6%の需要創出効果と、553万人の新規雇用創出が期待可能である(図表25)。

(ハ) このようにみると、わが国経済の復活に向け、世界的なスピード競争に打ち勝つテンポでの抜本的な構造改革の断行は喫緊の課題である。改革の成功は、国内での民間活力の再活性化のみならず、魅力的な国内市場の創出を梃子に、国際的にみてもこれまできわめて低調に推移してきたわが国国内への外国資本の流入促進に寄与しよう。

こうした観点から、現在の6大改革のなかで、さらに一段と抜本的な対策が打ち出されるべき重要問題を整理すると、(1)規制緩和、(2)税制改革、(3)公的機能の民間へのアウトソーシング、の3点に集約される。具体的には次の通りである。

(1)規制緩和

国内市場の拡大、新市場の創出、さらに高コスト問題の是正等、経済活力を復活させる根本的な解決策は規制緩和による市場原理の確立以外ありえない。

まず第1は、参入・価格規制の原則廃止である。技術進歩や経済発展の結果、参入・価格規制の必要性が薄れてきたなかで、公的規制の温存は、資源配分の歪みや経済の停滞、さらに高コスト体質の助長に作用し、経済全体としてみてデメリットがメリットを上回る。

こうした観点から、米英では、すでに参入・価格規制について全廃の方向にある。例えば、いずれの国でも、これまで代表的公益事業として市場独占が認められてきた電力あるいはガス事業について米英の現状をみると、送電線やガス・パイプラインへの他の事業者による自由なアクセスを認め、電力やガスの小売り業務自由化を、大口需要家のみならず、一般家庭まで拡大する方針がほぼ既定路線となっている。

第2は、独占禁止政策の強化である。独占市場あるいは寡占市場の場合、単に参入・価格規制を廃止しただけでは、競争市場は形成されず、逆に公的規制がなくなる結果、価格の高止まり等、独占・寡占による弊害が表面化する恐れがある。例えば、電力・ガスでは送電線やパイプラインを使った託送事業、電話分野では公衆回線へのアクセスが格好の事例である。

まず、所有形態については、企業分割等によって細切れの所有となった場合に比べて、1社で所有したケースの方が、維持・補修コストが割安となるため、米英でも、これらについて基幹部分の独占が認められている。しかし、その使用料(アクセス・チャージ)については、一般にプライス・キャップ制等の規制が課せられ、他の事業者による自由なアクセスを阻害するような価格設定が排除されている。

こうした価格規制は、規制緩和の例外として捉えるべきでなく、実質的な市場競争を確保するための独占禁止政策の一環として、わが国でも今後積極的に取り入れられるべきシステムである。

(2)税制改革

税制は、企業や個人の経済行動を規定する。そのため、依然として累進性の厳しいわが国所得税制は創業インセンティブを抑制する一方、外為法改正や持ち株会社制度、さらに土地流動化策等、わが国経済の活性化に資する魅力的な制度が今後どれほど整備されても、税制面からの対応が遅れた場合、所期の目的が達せられない懸念が大きい。

加えて、法人税や不動産取引税等、税負担の重さはわが国経済の高コスト体質の一因となり、経済活動の停滞に作用する。とりわけ、現在は、企業や個人等、経済主体が国を選択する時代であり、魅力的なシステムづくりに失敗した国は、海外企業のみならず、国内の企業や個人にも見捨てられる可能性のある時代である。

こうした観点からみると、税制においても、所得税の累進性緩和、法人税率の引き下げ、有取税の廃止等、少なくともグローバル・スタンダードへのキャッチ・アップは喫緊の課題である。さらに、魅力的な国内市場創出のためには、グローバル・スタンダードを上回って軽い租税負担を実現する必要がある。行財政改革は、この意味でもきわめて重要かつ緊急の課題である。

(3)公的機能の民間へのアウトソーシング

行政改革は行政機関の統廃合がポイントではなく、小さな政府が実現できるか否かが焦点である。そのためには、執行機関を外局とするエージェンシー化や民営化だけでなく、同じくイギリスで小さな政府実現に向けてこれまで実践されてきた強制競争入札制度やPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)も積極的に取り入れられるべきである。

まず、強制競争入札制度とは、法律上規定されている事項について地方行政機関が内部組織に担当させようとする場合、3者以上の民間事業者の参加によって正当な入札が必ず行われる必要があり、地方機関が落札した場合に限り、当該機関が担当することが許されるという制度である。落札できなかった場合、一般に当該セクションは統廃合される一方、落札するためには民間事業者を上回るコスト抑制が必要となる。そのため、これは、いずれにしても小さな政府の実現が推進されるシステムといえる。なお、80年に初めて導入された時点では、対象業務は、道路や下水等の維持管理あるいは建設分野に限定されていたものの、その後、数次の法改正を経て徐々に範囲が拡大されている。

一方、PFIとは、病院や学校など、従来、政府が租税負担によって提供してきた公共サービスを民間事業者に委託するシステムである。典型例としては、有料道路が指摘されよう。この場合、民間事業者が、道路建設の資金調達から設計、建設、さらに運営までを担当し、民間のノウハウによって効率的な経営が実現され、国民経済全体として経済資源の効率活用が図られると同時に、小さな政府の実現および租税負担軽減のメリットも期待できる。
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