Business & Economic Review 1998年03月号
【寄稿】
情報公開法と行財政改革
1998年02月25日 北海道大学法学部大学院法学研究科教授 宮脇淳
情報公開法政府原案の問題点
-意思形成過程情報の不開示-
今国会に提出される予定の情報公開法案(注1)は、行財政改革の推進や国民参加型の民主主義を確立するため、重要な機能を担う法律である。1月に明らかとなった情報公開法の政府原案では、中央省庁、国の委員会、会計検査院が保有する行政文書(注2)の開示請求権を外国人を含めた何人に対しても認め、行政機関の長が不開示情報と判断した行政文書以外は、請求者に対して開示しなければならない旨(一部開示制度を含む)(注3)が定められている。また、請求に対する開示あるいは不開示等の決定は、原則として開示請求後30日以内に書面で行わなければならなず、決定に対する不服申し立て等の制度も設けられている(注4)。国の行政機関の情報公開に関する基本法が欠如していたこれまでの状況に比べ、情報公開法の制定は行政の透明化に向けた環境整備のひとつとして大きな意義を有している。
しかし、一方で不開示制度や開示を義務づける対象機関などの面で、行政機関の情報公開を実質的に形骸化させる要因も含まれている。不開示制度は、個人を識別できる情報(個人情報)、防衛・外交・捜査の情報、意思形成過程情報、存否を答えると公開と同じ不都合を生む情報、非公開特約情報(公にしない約束で任意に提供された企業情報で約束締結が合理的な理由に基づくもの)等について、行政機関の長の決定により、行政情報の全部または一部を不開示とすることができる制度である。また、特殊法人については情報公開法の直接的な対象から除外し、情報開示に向けた立法措置等努力規定が設けられるにとどまっている(注5)。とくに、意思形成過程情報(政策決定プロセス等)が不開示情報に含まれる点は、97年10月に共産党が提出した「情報公開法(案)」、同年11月に旧新進党、民主党、太陽党各党が共同で提出した「行政情報の開示に関する法律(案)」と大きく異なる点である(注6)。これまでも、行政内部の政策決定プロセスの密室性の問題は指摘され続けてきた点であり、日本の行政機関の「大部屋方式」による意思決定(注7)は、責任の所在を不明確にする原因となってきた。中央省庁再編による権限集中や大部屋化の促進が、不開示制度の具体的運用次第で従来以上に行政の密室性を深める要因となる点に留意すべきである。この点は、情報公開法の国会審議において重要な争点とならざるを得ない。
さらに、国の機関及び地方自治体の内部または相互間における審議、検討または協議に関する情報であって、(1)公にすることで率直な意見の交換もしくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、(2)不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれ、(3)特定の者に不当に利益を与えもしくは不利益をおよぼすおそれ、(4)国の機関または地方公共団体が行う事務または事業に関する情報で、公にすることで事務または事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある各行政文書などについても、不開示の対象とされている(注8)。「おそれ」の判断に対し、行政機関の長に広範な裁量権が認められれば、情報公開自体が空洞化する。意思形成過程情報の開示のあり方は、橋本内閣の重要課題である行財政改革、地方分権の推進に大きな影響を与える点である。
財政構造改革との関係では、財政構造改革法の適用を受ける初めての予算である98年度予算も、今国会で論議されている。財政構造改革法の目的は、単に赤字額を削減することではなく、成長路線のなかで形成された戦後の財政体質を転換し、成熟化と国際化、そして市場原理に立脚した効率的で有用性の高い財政制度を再構築することにある。その再構築には、予算そして予算執行に関する情報の開示を通じて、国民や地方自治体が陥っている財政錯覚の現状を払拭する必要がある。この財政錯覚を生み出す大きな原因のひとつに、政策に関する意思決定過程の不透明性が存在する。自ら負担した税がいかなる意思決定を経て政策遂行に必要な歳出となっていくのか、その検討内容とプロセスを明らかにすることではじめて受益と負担の関係が直結し、行財政への国民の信頼も強まる。官と民との役割分担、官と民とのパートナーシップの促進においても、可能な限り官の意思決定過程の積極的な開示を進める必要がある。
以下では、行政機関の情報開示に関するこれまでの代表的な事例である安威川ダムをめぐる裁判を通し、行政改革、財政構造改革を考える場合の情報開示の問題を整理する。このことは、環境影響評価や政策評価などにも関わる本質的な問題であり、加えて、PFI(公的資本の民間所有)など財政の新たな制度を創設することの前提ともなる課題である。
安威川ダム裁判
平成6年6月29日、日本の行財政運営の根幹にも関わる重要な判決が、大阪高等裁判所から示されている。大阪府の安威川ダム建設をめぐる行政処分取消請求訴訟の控訴審判決である(平成4年(行コ)第31号事件)。安威川ダムの建設に関し大阪府が部分公開と決定(北特建第100号)した文書、具体的には、地質総合解析報告書等公文書の非公開決定部分の公開を求めた訴訟に対する判決である。第一審の大阪地方裁判所判決では原告の請求は認められなかった(請求棄却)ものの、控訴審の大阪高裁判決では請求が認められ(一審判決取消)、平成7年4月27日最高裁判決でも大阪府の上告は棄却となり、公開を求める原告側の勝訴が確定した裁判である。
この裁判で提示された行財政運営の根幹に関わる問題とは何か。それは、第一に行政内部で展開される様々な意思決定過程が国民にもっと開示される必要があること、第二は、国民が政策執行に関する情報を入手することがいかに困難であるかの二点である。しかも本案件は、国の補助金制度や河川行政などと密接な関係をもっている(注8)ことから、単に地方自治体のダム建設を巡る問題とだけとらえることはできない。国と地方そして国民との間の財政関係、権限関係に密接に関連した事案といえる。ダム建設着工のための国の補助金獲得を大阪府はいつの時点で決定し国との協議をスタートさせたのかなど、整理すべき点は多い(注9)。こうした情報は、情報公開法で不開示の対象とされている国の機関及び地方自治体の内部または相互間における審議、検討または協議に関する情報等に密接な関係をもつ。公にすることで率直な意見の交換もしくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれがある行政文書、公にすることで事務または事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある行政文書である。国民が支払った税金や社会保障負担は、毎年度の予算を通じて配分される。予算そのものは、国民の代表たる国会の審議・議決を受け決定されている。しかし、予算編成の過程や成立した後の予算の執行過程に関する情報に、国民はまったくといってよいほど接することはできない。自ら支払った税金等の使途である予算について、国民が接することができるのはごく一部にすぎないのである。
大阪府の主張と大阪高裁の判決の内容を、事業の執行に関連する部分に絞って整理すると次のとおりとなる(大阪府の部分公開決定は、大阪府公文書公開等条例に基づく)。公開を拒否する大阪府側の主張は、第一にダム建設に関する調査・研究、企画に支障をおよぼす「おそれ」があるとするものであった。地質調査結果等が公開されることにより、安威川ダムサイト予定地の住民間で大阪府がダム建設を積極的に推進させる立場を貫くものと誤解され、ダム建設に関する調査・研究、企画に支障が生じるとする主張である。この主張に対して大阪高裁判決では、地質結果報告等を公開することがいかなる態様で安威川ダム建設に伴う調査・研究、企画に著しい支障を及ぼすかの立証はなかったと判断している。そのうえで、地元住民の大阪府に対する不信感の広がりはあるものの、安威川ダム建設の調査・設計と地元住民との折衝は別の手続きの流れに位置しており、地質調査結果等の公開も必然的に予定される流れに沿うものであり、地元住民の生活再建対策や補償問題とは別途に遂行されるべきであるとした。すなわち、行政側の「情報開示で誤解が生じる」の主張に対しては、支障を及ぼす立証を行政側に求めている。したがって、公開・非公開の判断基準のひとつである「著しい支障を及ぼすおそれ」の判断について、実施機関に広範な裁量権があるとする大阪府の主張は退けられている。
大阪府側の第二の主張は、地質調査の担当者名が公開されると、調査会社の担当者が不当な圧力を受け、ひいては調査機関の確保に支障を及ぼす可能性があるとするものであった。この主張に対しても、調査結果自体において政治的要素は含んでおらず、大阪府の主張は憶測の域を超えるものとは認められないとしている。そのほか、本非公開文書は自然科学上の情報、安全性判断に必要な情報であり、特段の事情がない限り「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であるもの」とはいえない、と指摘している。
本案件では、ダム建設に関する地質調査結果等の情報公開を求めるものであるが、従来の予算においては調査費等の計上、調査の実施が公共事業着工の前提とされる場合も多く、国の補助金も建設着工を前提に計上されることが基本とされてきた。また、国家プロジェクトとして進められている北海道の千歳川放水路などにもみられたように、長期にわたって調査費が投入されたにもかかわらず、事業の方向性への判断も下せないなどの事態が生じている。こうした点から、調査段階からの積極的な情報開示を制度化することが、いかに行政改革そして財政構造改革を進めるにあたり重要な要因となるかがわかる。その面からも、本判決の意義は大きい。
しかし、一方で本案件が非公開文書の公開を求める内容であり、1985年6月の非公開の行政処分取消の提訴後も、安威川ダムの建設は続けられることになる(88年度安威川ダム建設段階に入る。95年3月安威川ダム生保地区基本協定締結、96年1月安威川ダム車作地区基本協定締結等)。情報開示の裁判が、現段階では行政の施策執行には影響を与えられない結果となっている。
オーバンダム建設
安威川ダムの情報開示をめぐる裁判を通じ、(1)ダム建設決定の政策プロセスの密室性、(2)政策決定プロセスに大きな影響を与える公文書の開示について、科学的な分析調査結果と住民との交渉は切り離して考えるべきことが示された。それと同時に、本判決による情報の開示が、ダム建設に関する一文書にとどまっており、日本の情報開示が事業全体の情報を国民に対し自動的に提供する仕組みに欠如していることが指摘できる。
米国カリフォルニア州オーバンダム建設をめぐる情報開示では、主文と補論全8巻2000ページのボリュームのなかで、ダム建設を実施しない場合も含めたコストと効果試算、建設する場合のセメント等資材単価を明示した建設費見積もり、洪水被害見積もりとリスクの不確実性試算、治水対策等ダム建設以外の手法の選択肢、動植物の生態系に与える影響と回復事業コストの測定、行政機関間で交わされた文書、地元住民の質問書・意見書それに対する役所側の回答書の一般公開、など実に豊富な情報が提示されている。こうした情報開示の充実は、議会の行政機関に対する個別法律による作成命令や洪水コントロール法で義務づけられている。
行財政改革の本質は、行財政体質を見直し、ムダや非効率な部分を排除し、限られた負担のなかでより充実した行政サービスの実現を求めることである。この意味で、財政構造改革そして予算を知るうえで、情報開示がいかに重要な要素となるか知ることができる。情報開示は、国や地方自治体で生じた不正支出、官官接待、日本道路公団の汚職などを明らかにすることだけが目的ではなく、行財政のこれまでの仕組みを見直し、新たな制度を創造するために不可欠な要素となる。たとえば、景気対策、公共事業の見直しにおいて重要な制度といえる「民間による社会資本整備」、いわゆるPFIについても、本格的に導入するには意思決定過程の積極的な情報開示がなければ不可能である。なぜならば、PFIは、従来の第三セクターとは異なり、単に民間資金を引き出すことではなく、官と民とでリスクを配分し合う点にあるからである。したがって、官と民相互の考えるリスクを公開された情報に基づいて論議することが大前提となる。
「開かれた政府」への転換
安威川ダムとオーパンダムの情報開示を比較した場合、その基本的な違いは何か。それは、情報のオートマティックな開示制度が存在し、開かれた政府の体質をもっているか否かにある。情報公開法による請求を前提とするのではなく、限られた不開示情報を除きすべての行政情報が自動的に行政側から開示される恒常的システムが必要である。
間接民主制を十分に機能させ、行政に集中した権力をコントロールするには、政府が何をして何をしていないかが外部から検証できる「OPEN GOVERNMENT(開かれた政府)」であることが求められる(注10)。米国においても冷戦期、共産主義から国民を守ることを理由に政府情報をすべて非公開の対象とする措置が行われた。安威川ダム問題や情報公開法の政府原案を通じても、情報に対する行政の自己防衛的な性格が示されている(注11)。「紙のカーテン」(注12)とも呼ばれた行政の情報不開示の姿勢を、請求という手段に依存するのではなく、自動的に克服する仕組みが必要となる。今回の情報公開法が、オートマティックな情報開示制度の構築にどれだけ貢献する内容かさらなる検討が必要となる。
オートマティックな情報開示制度の確立には、国会に対する行政機関の情報開示を義務づけ、国会を通じて国民に対して行政及び国会の情報がオートマティックに提供される仕組みづくりも重要となる。行政機関から国会に対する情報開示が不十分な以上に、国会の国民に対する情報開示はもっと不十分といわざるを得ない。この意味から、行政機関の情報公開とならんで国会の情報開示を徹底する国会情報公開法の制定を同時に行うことが必要となる。
国会に対しては、法案審議や予算審議を通じて様々な行政機関の情報や資料が提供される。さらに、通常の審議に必要な情報に加え国政調査権に基づく情報入手も可能である。しかし、こうした国会に集まる情報が、充分主権者である国民に対して開示されていないのが実態である。加えて、国会の委員会審議や理事会の記録、先例の前提となる事例等の内容も国民には開示されていない。国会の議事運営の前提となる先例等の開示は、国会審議の内容の開示と同様の重要性がある。情報開示制度の充実は、行政機関だけでなく、国会そのものにも強く求められる。国会を対象とするオートマティックな情報公開法の制定あるいは国会法の改正が必要である。
注
1.情報公開の法制化は、政府の行革委員会が96年に作成した「要綱案」を基礎に、総務庁が中心となって各省庁からのヒヤリングなどを通じて進められてきた。今国会に、3月頃提出される予定で、今後政府案の細部にわたる最終的な詰めの段階に入る。
2.「行政文書」の定義については、行政機関の職員が職務上作成し、または取得した文書、図画及び電磁的記録であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有するものとされている。
3.部分開示制度とは、開示請求にかかる行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合において、不開示情報が記録されている場合において、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときに、当該不開示情報を除いた部分について開示する制度である。
4.開示決定等の期間については、正当な理由がある場合には、延長することができる。その場合に、行政機関の長は延長する理由を付した文書によって請求人に通知を行わなければならない規定となっている。
5.特殊法人については、特殊法人が保有する情報の開示及び提示が推進されるように、法制上の措置その他の必要な措置を行うものとすると定められるにとどまっている。特殊法人と中央省庁間での不透明な意思決定過程の存在など、情報開示によって是正すべき点も多い。加えて、行政改革に基づき今後設けられる独立行政法人の取り扱い等も焦点となる。
6.共産党案、三党共同案では、意思形成過程情報及び非公開特約情報の規定はないほか、共産党案では存否自体も明らかにしない情報の規定もない。
7.大部屋方式の意思決定とは、個人単位での明確な責任領域の概念がなく、局や課全体としての意思決定の段階しか外部に明示されない。このため、いつ、いかなる段階で政策に関する意思決定のプロセスが踏まれていたか明確にできない問題点がある。
8.国の機関または地方公共団体が行う事務または事業に関する情報で、公にすることで事務または事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある行政文書として、監査、検査、取り締まりまたは試験にかかる事務、契約、交渉または紛争にかかる事務、調査研究にかかる事務、人事管理にかかる事務、国または地方自治体が経営する企業にかかる事務などがあげられている。
9.安威川ダムに関する具体的な事例として、大阪府内部および大阪府と国の間で実質的に「実施計画調査」から「建設」段階への意思決定を行った時点はいつかなどが指摘できる。
10.「開かれた政府」は、ジェームス・マディソン(James Madison)、シャッツシュナイダー(E. E. Schattschneider)などによって、政党の必然性の主張などの底流にある大前提としてとらえられた。
11.Frederrick C. Mosher, Democracy and the Public Service, Oxford University press, 1968.
12.The Media and the Moss Committee, Journalism Quaterly. Summer, 1972.