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Business & Economic Review 1997年06月号

【OPINION】
不良債権問題処理とビッグバンの精神の整合性確保を

1997年05月25日  


ビッグバン推進の気運が高まり、規制緩和の動きも急である。しかし、英国のビッグバンに比べてすでに10年、アメリカのメイデイに比べれば20年以上も改革のタイミングに差をつけられている以上、東京金融市場の改革に向けて急すぎるという言葉は通用しない。

ただし、わが国のビッグバンは、英国や米国の改革時との大きな違いが2点ある。まず第1の違いは、英国も米国も比較的金融システムが安定的な状況のもとで、大改革が行われたという点である。翻ってわが国の現状をみると、不良債権額は公表ベースのみでも30兆円近い状況で、不良債権問題の克服が大きな課題となっており、ビッグバンとの二正面作戦を進めて行かざるを得ない極めて難しい状況となっている。

第2の違いは、当時の英国や米国に比べて一段とグローバル化、情報通信の発展が実現しており、この点でシステミックリスクが波及しやすい状況となっていることである。

こうしたなかでわが国に求められているのは、ビッグバンを推進するためにも、すべての金融機関が不良債権問題処理を今世紀中というような悠長なスパンでなく、ここ1、2年以内に完了すると同時に、破綻金融機関の処理を早急に進めていくことである。この問題を先送りすることは許されない。

その際留意しなければならない点が2点ある。第1は、民間金融機関の資金拠出とビッグバンとの整合性である。現在、財政資金は信用組合および住宅金融専門会社にしか投入が認められていない。一方で預金保険の資金は枯渇しているのが実情である。こうした状況を鑑みると、預金者を保護するための資金を調達してくる先は、(1)金融機関、(2)大口預金者、(3)金融システム安定の間接的な受益者である納税者しかない。

まず、(1)の金融機関については、勿論、特定の金融機関の破綻に大きな関係を持った金融機関が法的責任の範囲において一定の責任をとると同時に、すべての金融機関が抜本的なリストラを行うことは極めて重要である。しかし、預金保険の原資が枯渇しているからといって、今後も無限に保険料を上げていくことになると、これは日本の金融システムという船全体を沈めてしまうことになる。折しも、優良行も保険料率が固定され、7倍に跳ね上がっている日本の金融機関は、来年度から外為法が改正される結果、可変的保険料率が採用され、保険料ゼロとなっている米国優良銀行と直接預金競争を行うことを強いられる。金融システムの構成員である金融機関から拠出を募るというやり方を際限なく続けたり、一律の保険料率の引き上げを続けていくことは、ビッグバンによって金融機関の競争力を確保していくという方向感と明らかにずれるものである。この点、破綻金融機関の処理の原則とビッグバンの精神の整合性を確保していくことが必要である。

このように考えると、預金者ないし納税者への負担を求めざるを得ないが、政府は2000年までのペイオフ猶予期間である今後4年間は預金者への負担を一切求めないことをコミットしており、残された道は公的資金の導入しかありえない。そこで、第2の留意点として、公的資金導入に関する条件の明示と事後的アカウンタビリティーの確保が必要となる。具体的には、財政資金、日銀資金いずれの投入についても、極力客観的なかたちで事前に投入基準を明示すると同時に、事後的にはその使用がなぜ行われ、どのように使われたかについて、国民に対してわかりやすく説明を行うことである。公的資金投入のルールとして考えられる一つの案は次の通りである。

1. 公的資金の投入は、預金保険資金が枯渇した場合に限り、いわゆるRTC(金融機関整理(注1))型財政資金の投入を原則とする。(1)このタイプの財政資金が投入される場合、当該金融機関は清算される、(2)経営陣は退陣、(3)株主は法律で定められた範囲内で負担を負う、(4)預金者を除く外部債権者も法律で定められた通り負担を負う、(5)従業員は解雇される。

2. RFC(金融機関への自己資本注入(注2))型公的資金の投入は原則として行わないが、仮に公的資金による自己資本注入がどうしても必要と判断された場合は、(1)その資金は日銀資金ではなく財政資金を基本とする(これは、(1)日本銀行の独立性を向上させるならば、その資金提供については流動性の供与に限る方が自然であること、および(2)預金保険機構が本来金融機関破綻と金融機関救済のコスト比較を行って、RFC型資金投入を決定することが望ましく、その結果預金保険基金が枯渇した場合には、財政資金が投入される方が整合的であること、などの理由による)、(2)公的資金投入発表と同時に、当該金融機関は、抜本的なリストラ計画を公表する、(3)経営陣は退陣、(4)減資を行うことによって株主は負担を負う、(5)財政資金の返済計画を当局が明らかにする。

日銀資金については、新しい日銀法によって、政策委員会に決定権が委ねられることになると思われるが、財政資金、日銀資金のいずれについてもこれを機に今までの曖昧な手法を抜本的に見直し、どのような資金(出資または貸付)をどのような場合に投入できるのか、早期是正措置との関連をどうするのか、といった点について極力客観的な基準を事前に明示することが重要である。この点、日本銀行が資金を拠出している新金融安定化基金からの出資といったやり方は問題があり、やはり現在の預金保険機構が資金援助(出資)機能を持つことが必要である。

こうしたルールをあらかじめ公表することに対するあり得べき反論として、(1)モラルハザードの問題と(2)金融機関のリストラが甘い、といった点がある。

(1)に関していえば、実際、米国では破綻金融機関の処理や公的資金投入の基準について、これを完全に明示すると、基準に合致する金融機関にモラルハザードが発生することから線引きに一定の曖昧さを残すことを 'constructive ambiguity' (建設的曖昧さ)という言葉を使って擁護している。確かに、事前に公的資金にコミットすることは、モラルハザードに結びつきかねない。しかし、米国においては、constructive ambiguityの前提として破綻処理などに関して、かなり明確な基準(破綻処理方式を決定する際のコスト計算の手法<いわゆるコストテスト>の明示等)が示されていることを忘れてはならない。換言すれば、ある程度基本的な考え方を明確にしたうえで、ギリギリの線引きに曖昧さを残すのが、constructive ambiguityであって、まったくのブラックボックスないしtotal ambiguityとはむしろ対極にある考え方といえよう。その意味でわが国の公的当局が、より透明性を高め、国民があらかじめ定められたルールがきちんと守られているかどうかのチェックが行われるように環境整備していくことは、不可欠である。

(2)については、仮に公的資金が投入されるとすれば、当該金融機関が上述の通り、抜本的なリストラを行うことは当然のことである。しかしそれ以前に、ビッグバンという市場の力によって、甘いリストラで切り抜けようとする金融機関はすべて淘汰の憂き目に合うことになろう。

現在推進しているビッグバンの目的は、効率的な金融システムの実現と利用者への利益還元である。これらの目標を達成するためには、市場メカニズムを活かすことこそ重要であり、金融機関破綻処理や不良債権処理を、ビッグバンと同時に進める以上は、そうしたフィロソフィーに整合的なかたちで進めることが不可欠である。ビッグバンと対立するフィロソフィーで不良債権問題処理を進めようとすれば、それはビッグバンの失敗を招くだけである。

(注1)RTCとは、1989年に米国で設立された整理信託公社のことで、S&L(貯蓄貸付組合)を整理するために、財政資金が投入された。公的資金は、小口預金者に損失が及ばないことを目的として、不良債権の損失負担に用いられた。

(注2)RFCとは、1930年代の金融恐慌時に設立された復興金融公社のことで、多くの経営悪化した金融機関を救済するために、財政資金が投入された。公的資金は、これらの金融機関の優先株を購入するというかたちで、自己資本に直接注入された。
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