Business & Economic Review 1997年06月号
【OPINION】
行政活動に対する政策評価機能の充実を-行政改革にはアメリカGAO的な政策評価機能充実が不可欠
1997年05月25日
昨年末、行政改革委員会官民活動分担小委員会から、行政の関与のあり方についての判断基準が発表された。この基本原則は、(1)民間にできるものは民間に委ねるという考え方に基づき、行政の活動を必要最小限にとどめる、(2)国民本位の効率的行政を実現するため、行政サービスの需要者たる国民が必要とする行政を最小の費用で行う、(3)行政の関与が必要な場合、行政活動を行っている各機関は国民に対する説明責任(アカウンタビリティ)を果たさなければならない、というものである。
この基本原則を念頭に置いて作られた行政の関与のあり方についての全般的な基準は、(1)民間活動の優先、(2)行政活動の効率化(行政における市場原理の活用、責任と権限の明確化、政府の失敗の考慮)、(3)行政による説明責任の遂行と透明性の確保(行政の説明責任、便益と費用の総合評価、数量的評価の導入、情報公開の一層の推進)、(4)定期的な見直しの実施である。これらの基準に基づいて、行政活動を行っている機関は、自らの活動を判断基準に基づき抜本的に見直すことが求められている。同時に小委員会は、行政活動の監視機能の必要性とそれを有効なものとするための方策についても検討が必要であることを指摘している。
現在、このような観点から行政の関与のあり方について監視機能を持つ機関は存在していない。その候補として考えられるのは、現在の総務庁の行政監察や会計検査院などであり、また議会に新しく日本版GAO(General Accounting Office,アメリカ会計検査院)を創設すべきだとの主張も見受けられる。ここで重要なのは、どういった器を作るか、ではなく、どのような機能を監視機関に持たせるか、の議論であろう。そこで参考になるのは、アメリカのGAOの政策評価への積極的取り組みである。
GAOは、1921年に設立された立法府に属する組織である。スタッフの数はおよそ4,600名であり、わが国のように行政省庁別に対応したものではなく、現実の行政プロジェクト分野別(貿易、運輸、教育等)で構成されている。金刺保各国会計検査院の現状その2(会計検査研究96年9月号)によって、GAOスタッフの出身者のバックグラウンドの比率をみると、会計学は約2割と小さく、行政学、統計学、経済学、政策科学など多様なバックグラウンドを持つ若手スタッフが多い。GAOの検査活動の約9割は政策の評価であり、各国検査院に先駆けて合規性、合法性といった伝統的な検査から脱皮し、政策がその意図した目的をどれだけ達成したかを評価する政策評価(プログラム評価)を主軸にしている。また、政策評価のうち75%は議会の委員会からの要請によるもので、残りはGAOのスタッフの自発的なものである。
GAOのレポートをみると、政策が効率的に実施されているか、政策が当初期待通りの効果を上げているか、といった点についての明確な問題意識が掲げられたあと、データに基づいた緻密な分析がなされ、さらに対象機関に対するメッセージが掲載されている。そのメッセージに対して、対象機関自身によるコメントを掲載したうえで、オープンなかたちでレポートが発表されている。
例えば、金融面での最近の実績をみると、(1)議会の要請に応じるかたちで、連邦準備制度理事会に対して、過去数年のオペレーティングコストの上昇要因を分析したうえで、コスト意識が希薄な面があると結論づけ、組織全体を見直すように提言しているし、(2)連邦預金保険公社改善法(91年末立法化)によって規定された早期是正措置についての評価を試みたり、(3)アメリカの監督体制の効率化に資するように、わが国をはじめとする海外の監督システムなどについても調査レポートを発表している。また、金融を含めた経済活動各分野にわたって、民間企業の規制負担がどの程度となっているかについての意欲的なレポートを発表したり、年金支払い保証制度の危機に際して、企業年金の隠れた年金債務額がどの程度に上っているかについて試算を行っている。
このようなGAOと対比すると、わが国の政策に対する事後的な経済的評価についての公的チェックはなされていないに等しい。行政改革の必要性が叫ばれ、実効的にこれを進めていくためには、まずこうした政策評価を可能とする体制を早急に整えるべきである。GAOの現状をみると、少なくともわが国の会計検査院をはじめとする政策評価機能を充実していくためには、次のような視点から改革を行っていくことが必要不可欠であろう。
第1点は、公的部門全体において、事前的チェックから事後的チェックへと、チェック体制の軸足をシフトしていく方向を確立することである。まず、予算編成など政策の事前的チェックに割かれている人員を、政策の事後的チェックを行う機関に配置し直し、より多くの時間をかけて事後チェックを実施していくことが求められる。
因みに官民活動分担小委員会の提言では、行政の関与による効果が高いか否かは、(1)それによって生じる社会的便益と社会的費用を事前及び事後に総合的に評価すること、その評価にあたり副次的な効果を含めるとともに、市場の失敗、政府の失敗双方に留意して分析すること、(2)可能な限りその効果を数量的に把握し、定量的に受益と負担の関係を明らかにすること、さらに数量的分析の際には、事前の推計値と事後の実績値、推計手法や推計に用いたデータなどの計算根拠を明らかにすることも求められている。従来の会計検査や行政監察は必ずしもこうした観点からなされていた訳ではない。
実効ある政策評価を行うためには、数量的分析が必要不可欠であり、経済学や統計学の素養のあるスタッフを充実させることが求められる。こうした人材は、実は現在も公的部門に多く存在している。しかし、そのほとんどが事前の予算作成作業にあてられ、事後的チェック機能に人材が割かれていない感がある。政府の失敗を極力避け、効率的な行政を行っていくためには、こうした人材を事前的チェックのみならず、事後的チェックにも充当していくことが求められている。また、国会の審議に関しても、予算委員会による事前的チェックのみならず、政策の事後的評価について十分時間をさくべきことはいうまでもない。
第2点は、チェック機関の組織のあり方を縦割の現行行政組織に沿ったものとせず、横断的な政策評価を行えるようにすることである。例えば、現在問題となっている財政投融資制度の問題は、こうした制度横断的なチェックの仕組みがないからこそ、多くの矛盾を抱えることになったといえる。したがって、行政の仕組みに囚われない機能別の組織体系をとる必要がある。なお、チェックも定期的なものだけでなく、問題意識を持ったスタッフによるアドホックな自主的調査が有意義なことも多いと思われ、こうした問題意識に基づいた調査ができるような体制を整えることが重要である。
第3点は、透明性の確保である。GAOにみられるようにチェック対象となった機関のコメントをレポートの最後に掲載するという手法は、各種の白書類の記述において真の反省点ほど曖昧になったり、削除されたりするという現状に比して極めて魅力的なものであり、政策およびチェックの透明性を確保していくうえで極めて重要な試みであると思われる。
わが国ではこれまで政策に対する公的チェックは、総務庁の行政監察なども行われてきているが、一面的、硬直的であった面が否めない。行政改革を推進するためには、以上のような点を考慮し、政策の評価機能を早急に充実させていくことが必要不可欠である。なお、特殊法人などの効率性のチェックという点では、民間機関(例えば監査法人等)を複線的に活用し(いわばチェック機能のアウトソーシング)、その質を高めていくという方法も検討に値しよう。