Business & Economic Review 1997年05月号
【OPINION】
確定拠出型企業年金は労使に福音をもたらすか
1997年04月25日
わが国企業年金は、税制適格年金も厚生年金基金も、いずれも事前に将来給付額が決まっている確定給付型年金である。これに対し、労使が拠出した金額とその運用収益に基づいて将来給付額が決定される年金を確定拠出型年金と呼ぶ。企業の掛け金拠出方式は任意に決定できるが、アメリカにおける確定拠出型年金の中核的存在である401(k)プランの90%以上が、企業の利益水準に連動して掛け金を決定する利益分配型拠出方式を採用しており、厳密には確定拠出型年金というよりも収益連動拠出型年金と呼ぶべきかもしれない。
確定拠出型年金のもとでは、企業は利益水準に連動して拠出金水準を決定でき、将来給付に責任を持つ必要はないので、福利厚生費削減につながる。従業員にとっても年金給付リスクが自らに帰属する点はデメリットだが、複数の年金運用プランから自らの意向で運用手段を自由に選択できるカフェテリア・プランの採用が容易になるので運用収益の向上が期待できる、転職時に自分の年金を自由に持ち出せる(ポータビリティ)、等の利点を考えると、確定拠出型年金への移行は労使双方にメリットがある望ましい方向性であり、わが国においても早期に確定拠出型年金を採用すべきだとの主張が目立つようになってきた。
確定拠出型年金は見方を変えれば、労使折半で金融商品(具体的には投資信託)を定期的に購入する制度であるから、運用ビジネス側から確定拠出型のメリットを強調する声が立ち上るのは当然かもしれない。しかし、確定拠出型年金への移行は労使双方にメリットをもたらす理想の年金制度なのだろうか。アメリカの実態を詳細に検討すると、こうした主張とは印象を異にする確定拠出型年金のデメリットが浮上する。
まず、確定拠出型年金が福利厚生費削減に有効だというのは、間違いではないにしろ、不正確な表現である。確かに利益水準が低い時期の拠出額は抑制できるが、利益水準が高い時期には企業は相対的に高額の掛け金を拠出することになる。企業収益が好調な時期は一般に株価水準も上昇し、年金運用収益率も上昇するので、確定給付型年金の拠出額はこの時期相対的に減少する。確定拠出=福利厚生費削減を主張する論者はおそらくこの因果関係を見落としているのだろう。長期勤続者の多いわが国企業においては、長期間にわたって好況が続くと、確定拠出型年金の拠出額がむしろ確定給付型のそれを上回る可能性も少なくない。
ポータビリティが確定拠出型年金特有のメリットだというのも一面的な解釈だ。確定給付型年金においてもポータビリティを付与することは理論的には不可能ではない。また、確定拠出型年金にポータビリティがあるといっても、それは転職先企業に同様の確定拠出型年金制度が存在し、かつその規定を充足した場合に限られる。各企業が選択の自由の名のもとに無秩序に確定拠出プランを導入すれば、当然に確定拠出型年金のポータビリティは低下する。この場合、労働者は年金積立金を一時金として引き出すことになるので、老後保障としての企業年金の意義が希薄化してしまう。すでにアメリカでは、転職の有無に関わらず、短期的消費目的による確定拠出型年金からの一時金引き出しが多発するという問題が生じている。
確定拠出型年金の最大の問題点は、本来きわめてリスク回避的な加入者に運用リスクを全て帰属させる点だ。運用状況が良好な時期はいいが、運用環境が悪化し収益率が低下すると、これら零細加入者が一斉に資金を引き上げるため、金融・資本市場の変動を増加させるだけではなく、加入者自身も老後保障に足る運用成果を得られなくなる。ここまでは自己責任原則による当然の結果ではある。しかし、こうした加入者はその後は確定拠出型年金を選択しなくなり、そのことが長期的に年金加入率の低下をもたらす可能性まで考えると、もはや確定拠出型年金の運用リスクはすべて従業員に帰属するとの逃げ口上は通用しなくなる。
アメリカにおいても、加入者シェアでみた主要な企業年金制度は未だ確定給付型年金である。確定拠出型は確定給付型を2階建ての形で補完する役割を果たしており、またそれが最も望ましい企業年金の形態であろう。拙速な確定拠出型年金移行を唱える前に確定給付型年金の制度改良こそ急務であり、確定拠出型年金に関してもその長所・短所を見据えた冷静な論議が先決ではないか。