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Business & Economic Review 1997年05月号

【MANAGEMENT REVIEW】
香港返還後のシナリオとビジネス拠点の再検討

1997年04月25日 林志行


要約

香港返還後の情勢に影響を及ぼす主要因子は、(1)中国の政治的安定度、(2)返還後の高度な自治を巡る中英や中米の解釈、(3)金融センターとしての地位の維持、(4)返還後の国際的な地位と対外関係である。

中国の政治的安定度については、(1)香港カードの有効性、(2)中国政府の台湾政策、(3)国内経済改革(中央対地方、国有企業改革)、(4)新自動車政策、(5)傘型企業の取得状況、(6)氏の逝去と天安門事件を巡る再評価、が事態の推移を見守る先行指標となりうる。

(1)香港は返還を前に、自ら「愛国精神」を発揮するため、中国の自治に対する「自己規制」が働く方向にある。これに対し、中国自らが香港を強く統治する必要がないため、香港の高度な自治(港人治港の原則)が破られることはない。しかし、香港の相対的な魅力度は返還を前にすでに落ち始めており、今後もその傾向は変わらない。

(2)中国は香港返還後、台湾との再統一を主要目標とし、政経分離の原則のもと、中台両岸関係の改善を図ることになる。そのアプローチとして三通政策の早期実現を要求している。三通政策の実現は、中台直接貿易を意味し、迂回貿易である香港への経済的影響度合いは大きい。

(3)中国の政治的安定度を左右する最も大きな要因は国内経済改革の成功である。中央対地方や赤字国有企業の改革問題などを巡り、沿岸部から内陸部へと政策がシフトしている。香港側からすれば必ずしも広東省との一体化を図るのが最適とは限らない。内陸部への労働代替力の模索や華僑資本の道先案内が自らの選択肢を増やし、返還後のリスクを低下させる。

(4)新自動車政策での外資進出状況は中国の引き続く開放政策の先行指標となりうる。乱立する自動車メーカーの統廃合と国産化への傾斜を見極め、今後の政策の進展に留意すべきである。

(5)傘型企業の取得状況も開放政策の進展状況を確認する先行指標となりうる。今年に入り、台湾の大手食品企業の傘型(上海)取得が認可されたことは中台親密化を象徴する出来事として注目すべきである。

(6)氏の逝去は返還スケジュールに影響を与えず、西側は楽観シナリオを採用し始めている。また天安門事件を巡る再評価(名誉回復)は個人に対してではなく、都市(地域)への優遇措置による救済が検討される可能性は高い。

人権を巡る中英ならびに中米間の解釈は、必ずしも妥協を見出すに至っていない。米国を代表とする西側先進国は関与政策を続けるものの、人権問題をWTO等国際機関への加盟の1つの条件と捉えている。

金融センターとしての地位は緩やかに上海を頂点としたものへとシフトすることが予想されるが、当面は人材面での供給力から香港の優位は変わらない。

国際機関への継続的な参画問題では、状況による政治的に高度な判断はあるものの、一般的な案件に対しては返還前の形態での参画が容認されよう。この場合の呼称については「中国香港」が採用される。

楽観シナリオと悲観シナリオを記述すると、いずれの場合にもストロングマンの登場が予定されており、中国を仮想敵国と見なすアメリカからは極端な楽観シナリオも悲観シナリオも採用されない中庸的なシナリオへの誘導が目指されるものと予想できる。なお、楽観シナリオでは中国と台湾の平和的再統一が実現する。一方、悲観シナリオでは中国沿岸部と内陸部の対立が激化し、緩やかな連邦制を目指すが、軍部の台頭により、混乱状況となる。

香港返還後のアジア拠点としては、(1)香港、(2)シンガポール、(3)上海/北京、(4)高雄/台北が検討可能である。一部日系商社や電機メーカーでは台湾拠点を目指す動きが加速しており、アメリカ大手貨物輸送会社2社がほぼ同時に台湾を東アジアのハブ空港に選定した。これらの動きは、香港返還とその後の中台関係が楽観シナリオに沿って好転するとの認識を前提としている。

香港返還後の中国を巡るシナリオが楽観シナリオ、悲観シナリオのいずれの方向に進んでいくのかは、今後2年間のスケジュールに大きく左右される。99年は香港返還バブルの収束、マカオ返還、台湾次期総統選候補の模索、共産党創立50周年等のイベントが相次ぐため、シナリオの分岐点となりやすいことに留意すべきである。

1.はじめに

本稿では、返還を目前に控えた香港の返還後の引き続く経済発展の持続に影響を与えそうな因子を抽出し、想定されるシナリオへのビジネス上の対処として、新世紀アジア拠点がどうあるべきか、そのあり方に言及するものである。

香港返還については、ここ数年機会あるごとに複数の媒体で特集が組まれてきた。そこには、個々の発言者の希望的観測、所属する組織の立場に従い、様々な角度からの楽観シナリオと悲観シナリオがある時は両論併記の形で読者の前に提示されている。アジア情勢分析を本業の1つとしている筆者でさえ、部分部分のテーマを取り出せば、なるほどそういう考え方も導出できるのかと思う一方で、企業経営者(特に既に同市場に進出しているあるいはこれから出遅れ感を払拭するために大規模投資を開始しようとする者)にとっては、情報過多からの迷いが生じ、意思決定のための時間がいたずらに延びてしまうのではないかという危惧が頭をよぎってしまう。

実は本稿もある部分では、そのような論文の1つとして埋没する可能性を否定できない。この危機感を回避するため、ここでは今後のシナリオをトレースするための注目すべき因子を抽出し、個々の因子の動向によって返還後のシナリオがどのように振れるのか、楽観シナリオと悲観シナリオの記述を試み、今後のアジアビジネス拠点のあり方を具体的な処方箋として提示するものとする。

2.香港返還後の情勢に影響を及ぼす主要因子の検討

香港返還後の情勢に影響を及ぼす主要因子としては、(1)中国の政治的安定度、(2)返還後の高度な自治を巡る中英や中米の解釈、(3)金融センターとしての地位の維持、(4)返還後の国際的な地位と対外関係などが挙げられる。以下、各因子毎に分析を加える(図表1)。

1.中国の政治的安定度

中国の政治的安定度については、(1)香港カードの有効性、(2)中国政府の台湾政策、(3)国内経済改革(中央対地方、国有企業改革)、(4)新自動車政策、(5)傘型企業の取得状況、(6)2000氏の逝去と天安門事件を巡る再評価、が先行指標となってくる。

1)香港カードの有効性

香港カードの有効性とは、すなわち返還後の香港のポジショニングの問題である。中国が香港をどのように評価するかによって香港カードの有効性は大きく左右される。ただし、返還後の香港が十分に市場経済を活性化するための拠点になり得るのかどうか、中国政府は香港返還後2年ぐらいの観察期間を置くことになる。香港カードの有効性を保つもう一方の当事者は香港自身である。この点については香港側も十分に留意(意識)することが要求される。中国側のこれまでのメッセージは、香港がこれからも金の卵を産む鶏であるならば、まだまだ大切にするということである。

昨年来、香港を巡るいくつかの出来事を分析するに、すでに中国寄りの立場をとる自己防衛的な対応が目立っている。雑誌90年代の編集長である李怡氏はこの現象を「愛国精神」と評した。今後、この愛国精神は返還が近づくにつれ、高揚することが予想される。しばらくの間、香港人は香港人としての誇りよりも中国人としてのアイデンティティを強く意識する行動に出てこよう。例えば、昨年の返還準備委員会の選出を巡る香港市民の楽観的希望的観測、尖閣諸島問題に対する民主派の大中華思想の発揮などは、香港側が香港の優位性を維持するための微妙なバランス力学を承知している事象だと捉えることができる(注1)。

中国側からの香港カードの使い方であるが、香港の安定を積極的にアピールし、中国への信用力を増すイメージ戦略が採用される。親中派の初代行政長官が香港を適度にコントロールするため、あえて一国二制度の解釈を大きく踏み出す必要もなく、2年ぐらいは香港側の自主規制が中国にとっての十分な安心材料となる。このように中国にとっては、香港の自制が働いているとの前提条件があるので、積極的に対台湾へのラブコール(注2)が可能となる。

香港側からのポジショニングはどうあるべきか。返還後の香港は「香港の中国化(あるいは広東化)」というより「中国(あるいは広東)の香港化」ではないかということが指摘されている。局地(地域)経済圏の概念から言えば、広東省と一体化し、広東省の既存の経済特区である珠海、シンセン、汕頭との連携を深めることが経営資源(ヒト、モノ、カネ、技術、情報、文化〈経験、コネ〉)の有効活用上は望ましい。過去の実績からも香港は深との繋がりを深め、一方珠海は2年後に返還が迫ったマカオとの繋がりを深めることを基本とする。

では香港カードはいままでの実力を維持できるのか。香港は、すでに95年6月頃から中国投資への相対的な魅力が徐々に低下しており、交渉カードとしての地位が落ちていると考えるのが妥当である。この低下傾向は今後も変わらないと見るべきである。その理由としては、従来香港にとっての地の利であった広東省の位置づけによるところが大きい。

広東省は中国に5つある経済特区のうちの3つを同省内に保有することから、優遇税制を享受してきた。そのため中央では、沿岸部と内陸部の貧富の差が広がっていることを憂慮する声が上がっている。香港については、返還後、広東省を補完する戦略的拠点としてシナジー効果を発揮することが期待されているものの、後述する中央対地方の政治的綱引きに巻き込まれないよう内陸部への新たな製造拠点設立を模索することも考えられる。なお、この点については昨年来、本格始動している第9次五カ年計画においても「内陸重視」と「農業重視」が宣言され、経済特区の優遇税制の段階的な見直しが示唆されているが、本年度の全人代でその方向性の再確認が行われた。

2)中国政府の台湾政策

香港返還に向けた中国の基本的なフレームは当初台湾の中国への復帰のために構築されたものである。70年代初頭において、中国側は香港をイギリスから接収しようという考えをほとんど持っていなかった。小平氏は度重なるイギリス側の香港統治の維持に対する打診に、文化大革命後の混乱収拾で一時的に回答を留保していたが、最終的に「一国二制度」「高度な自治の保証」という台湾の祖国復帰のための概念を提示し、香港返還スケジュールを具現化した。この経緯からもわかるように、中国の政治的安定度というファクターには香港返還という事象(イベント)自体よりも、香港返還時の台湾と中国の関係がどういう状況にあるかということの方が重要になってくる。結局、中国にとっては香港返還は通過点でしかなく、その後の台湾との(できれば平和的な)再統一が重要となってくるのである。

では、中国と台湾の関係はどのような状態にあるのか。台湾海峡の両岸は、95年10月から96年3月にかけて、世界中の期待に反し、ここ十数年での最大の緊張状態に向かった。中国側からの断続的な妨害があったにせよ、台湾総統選挙が無事終了し、台湾の民主化傾向が一段と進展したのに伴い、台湾では高度な自治と民意を代表(反映)した国(地域)としての運営が可能になった。すなわち、香港返還自体がそれほど重要性(脅威)を持たなくなってきているのである。返還直前の現時点(97年3月)では、香港返還の1年前というタイミングでの緊張とその後の緩和は、むしろ中台両岸関係にとっては悪材料出尽くしの状況にあるため、香港返還にとってプラス要因となっている。

中台間については、今後も市場開放(中国)と国際舞台復帰(台湾)を巡る綱引きを繰り返すことが予想される。仮に香港返還でのつまずきがいったん生じると、中国軍部には台湾の平和裏での祖国復帰が永遠にうまく処理できないのではとの思いが強まる。双方の現指導層は経済的発展の持続が双方の望む次世代への統一に向けた対話にプラスと考えており、より慎重に香港返還を支援するというのが常識的な見方となろう。すなわち、中台間では外交上相互に「逆台湾カード(注3)」を保有し、ゼロサムゲームの終焉を模索する時代がやがて到来することを意味する。

今後の中台間のゼロサムゲームの終焉は「政経分離」「中台直航」というキーワードに隠されているが、今年の1月中旬には3月をメドに船舶による(段階的な)中台直航が実現するとの報道がなされた。その後、中台両岸合意による準直航第一号は、中国厦門から香港を経由する形で、2月下旬に台湾高雄へ到着した。香港返還前6カ月という微妙なタイミングからすると、中台両岸関係は極めて楽観的な方向へとシナリオが推移していることがうかがえる。

3)国内経済改革(中央対地方、国有企業改革)

中国の政治的安定性で、今後も慎重な制御を必要とするのはむしろ中国の国内経済の開放に向けた速度と範囲についてであろう。95年秋頃から沿岸部の経済特区に対する考え方の風向きが少しずつ変わり始めている。沿岸部の経済特区への過度の優遇政策を見直すということは、返還後同地区と隣接する(あるいは一体化する)香港への影響が少なくないことを意味する。ただし、第9次五カ年計画(96年~2000年)の概略が明らかにされた過程では、香港については返還に向けむしろ面倒を見ていくというような指導者層からの政治的発言が機会あるごとに繰り返されており、明らかに沿岸部経済特区との差別化が期待される。

香港側についても、広東そのものよりも、その奥地である内陸部の労働代替力に期待するところがあり、より安価な労働力による競争優位の維持から内陸部へ向かう気持ちは強い。このための前提条件は内陸部のインフラ整備が計画的に行われるかにかかっているが、時期が到来すれば、香港としては隣接する経済特区と組むか、あるいは華僑資本の先鞭として自ら内陸部に投資するかの判断を下すことを求められる。いずれにせよ選択肢は増えるため、ビジネス・リスクは低下する。

4)新自動車政策

中国の次世代産業の柱は自動車産業である。中国は94年7月に新自動車政策を新たに発表し、従来から存在していた三大三小二微というアメリカビッグスリー並みの自動車産業(会社)の育成をより強固なものにしようと試みた(図表2)(注4)。乱立する自動車メーカーの統廃合の方向性については、本年1月にも追加指示の形でいくつかの方針が発表されており、中小メーカーの淘汰が進むことが示唆された。新自動車政策に基づく同産業の繁栄と大手自動車会社の育成は、市場経済の定着と政治的安定性を増すものとの見方が中国政府内には根強く、今後も政策の進展を注意深く見守ることが肝要である(注5)。

5)傘型企業の取得状況

傘型企業は欧米ではアンブレラと呼ばれる持ち株会社のことであり、中国国内にもその設置を認めようというものである。傘型企業は中国が次世代技術への応用において有用と認めた外資の付加価値を一定の投資基準(投資額、業種など)を踏まえたうえで与えるものであり、80年代後半に欧米電機メーカーを中心に個別認可されていたものが90年代から日系電機メーカーにも開放され、日系商社へと広がりを見せている(注6)。

中国政府の外資導入政策に対する軌道修正は、96年6月に発表されたが、その2カ月前に傘型取得の基準が公表された。この2つの政策からは、今後外資の参入には一定の枠組みがはめられ、歓迎するものと門前払いをするものとに分けることがうたわれている(図表3)。

中国の政治的安定度の先行指標としてこの傘型を提示したのは、すでに傘型機能を取得した日系企業の一部に機能の十分な活用方法が見あたらず、足踏み状態が続くからである。日系企業を含む欧米先進国の傘型機能の取得状況と活用状況は、中央政府の市場経済の引き続く開放速度を示しており、今後も注目に値する。余談であるが、直近の最大のニュースとしては台湾の統一グループの上海での傘型企業設置を台湾の行政院(日本の内閣に相当)が認可したことであり、政経分離下での中台の親密化を表す先行指標となる(図表4)。

6)氏の逝去と天安門事件を巡る再評価

最後に中国の政治的安定度に影響を与えるものとして、氏の逝去問題を提示する。逝去のタイミングが年明けとともに、香港返還6カ月を切っていたため、返還自体のスケジュールにはあまり影響を与えないと考えるのが妥当である。逝去問題は潜在リスクとしてすでに2年前から市場には織り込み済みであり、今回の逝去を巡る情報の効率性(報道の速さ、正確さ)と対応の妥当性(公開性と序列の継承性)を見る限り、西側は楽観シナリオの採用に動き始めている(注7)。

氏の逝去はポスト体制の本格的な継承の始まりを意味するものである。今後の焦点は、上海を頂点とする政治運営がそのまま引き継がれるか、天安門事件の再評価や北京市民の名誉回復をどのタイミングで図るかという問題に帰着する。この場合、秋の党大会に向け一時的に混乱するかもしれない政局とそれを引き金とした香港市民の不安の拡大は、天安門事件の再評価と名誉回復によって一掃され、現政権の政治的安定度を増すこととして作用するものと予想される。なお、天安門事件の再評価問題が大きな影響を及ぼすとの考えに立てば、政経分離の原則に従い、人事上の名誉回復(あるいは対立候補の失脚)よりも、経済的な側面での優遇を満たす措置が採用される可能性が高い(注8)。

今後憂慮すべき問題点としては、米中人権問題の対立激化(注9)、香港を含む西側諸国の自主規制(中国の保守化傾向への揺れ戻しに対する一定の理解)の高まり(注10)、周辺少数民族の独立機運の向上(注11)が挙げられる。

2.返還後の高度な自治を巡る中英間の解釈

香港返還後の情勢に影響を与える2つ目のファクターは、返還後の自治を巡る中国とイギリスの解釈である。解釈の相違は対立を意味している。返還に向けた中英交渉は台湾政策での一国二制というアプローチを香港に当てはめたというのが出発点にあるため、返還するという結論が先にあり、返還の意義とその理由付けは後からついてきたことが問題となっている(注12)。香港返還をまたいで対立する部分は、人権問題と高度な自治の保障ということになるが、これについては今後も一進一退が続くことが予想される(注13)(注14)(注15)。

香港返還をスムーズに行うための最低限必要な準備期間のデッドラインは95年末であったわけだが、双方ともに大人の対応をしたという印象が強く、そのわずか2カ月前に返還手続きでの前向きな協力(基本的和解)が成立した。この中には、例えば、返還をまたいだ新空港建設での財源手当の問題や、軍港建設予定地の引き渡し問題、返還セレモニーのための具体的な計画作りなどが含まれる。ちょうど、大きなイベントを控えて、ヒト、モノ、カネなど運営への具体的な意思の確認ができたというのが当事者の実感だったのではないかと推測される。

その後の1年(96年)の間、人権法と基本法の解釈や論点の幾つかの対立点が先送りされているものの、返還セレモニーでの中英双方の雪解け模様がメディアを通して伝えられていた。しかし、昨年末に初代長官として董建華氏が正式に任命されてから急に騒々しくなっている。董氏が親中派でもあり、返還後の中国寄りの姿勢は予期されていたとはいえ、時期を半年早めて国際世論の反応を見ているかのような矢継ぎ早の行動が目立つ。今年に入り、1月19日には香港特別行政区準備委員会の法律問題小グループが北京で会合を開き、人権法の言論・人権・集会の自由を規定した3条文を含む16法令を破棄すべきとの提案を採択している。これを追認するように10日後には、香港問題を管轄する中国国務院香港マカオ弁公室のスポークスマンが、人権法の言論や表現の自由を規定した条項の削除を示唆し、お墨付きを与える状況になっている。

このように、香港返還後の初代長官である董建華氏の就任以降、返還前であるにもかかわらず、既に権力の継承や行政の引き継ぎが行われているような雲行きであり、中国側は将来的に中国色が色濃く反映されることを事前に暗黙の了解として提示した。これはちょうど企業の吸収合併により、親会社の役員が送り込まれて来た状況に例えられよう。さらに董長官は政策決定を補佐する行政評議会のメンバーも親中派で固め、早くも香港返還後の自治権の適用範囲を危惧する声が上がっている。現在のところ、イギリスは様子見を決めており、アメリカは強い懸念を表している。

3.金融センターとしての地位の維持

3つ目のファクターは金融センターとしての独自のポジションを香港が獲得可能かということである。中国当局は、上海がニューヨークを標榜し、徐々に金融センターとしての顔を整えていくのに対し、香港をシカゴのような先物市場やオプション市場、あるいは24時間取引を基本とするハイテク金融市場を目指すよう指導することが予想される。これに対し、香港返還を1つの転機と考えているシンガポールは税制上の優遇策を相次ぎ打ち出しており、金融センターを巡る攻防は今後もなお続くものと予想される。

ただし、中国国内で香港の後釜を狙う上海がいくらハードインフラを整備したとしても、金融センターを構成する大事な要素として各種金融分野の専門家の存在を挙げなくてはならず、人材の育成が完了する十数年後まで中国内での香港の地位は当分動かないと考えられる。

香港が金融センターとしての地位を不動のものにするかどうかは、前項の人権法とも密接にかかわるわけだが、香港内外の投資家はつぶさにその動向を観察しており、早めにシグナルとして株式市場や為替市場に反応を送ることになる。

間接的に金融センターとしての競争力に影響を与えることとして不動産価格の上昇を指摘したい。香港はここ数年、返還バブルを期待する地価の乱高下が繰り返されており、返還直前の駆け込み値上げに日系百貨店が店舗(床面積)の縮小や香港からの事実上の撤退を余儀なくされたことは記憶に新しい(注16)。

4.返還後の国際的な地位と対外関係

返還後の国際的な地位と対外的なネットワークをどれほど維持できるかが、香港返還後の香港の繁栄に影響を与える。例えば、APEC(アジア太平洋経済協力会議)への加盟1つをとっても、香港は中国や台湾との三国地域の同時加盟を果たしている(第3回ソウル会議)。さらには、今後WTO(世界貿易機構)への中国加盟が予想以上に難航した場合(注17)、香港経由のバイパス・ルートの適用が、香港の高度な自治に良い効果を与えられるのではとの戦略も浮上してこよう。知的所有権などは米中対立の最先端に位置するものであるが、その取り扱いをどうするのかなどの問題も生じてくる。

現状では、国際機関への継続的加盟に関して、中国側はいくつかの状況を想定し、その任意の組み合わせで継続的な参加を認めようとしている。最も想定可能な状況は香港を中国の一地方都市として継続加盟させることである。従来、すなわち返還前までの香港の国際機関への加盟については、英国の植民地としての特別な参画枠で登録したため、返還後は中国と香港が中国を代表する2つの窓口として重複する可能性が発生する。これに対し、中国は香港を中国香港として、あくまで中国の一地方都市としての継続的参加を認めるという柔軟かつ弾力的な運用を行おうという考えである。

次に中国が参加していない状況で香港が参加している場合が想定できるが、これについては、香港の参加が中国の利益に合致するかを検討したうえで、しかるべき手続きを取り参加を認める。前述のWTOでの万一の場合には、この手法が採用される可能性は高い。常識的には、中国が何らかの理由で国際機関へ加盟していない分野については、中国による香港へのチェックは厳しく、香港の継続加盟が中国にとってよほどの利益になる場合のみ特別加盟を認めるという手法が採用されることになる。

なお、香港返還に際し、間接的に影響を受けるのが、香港にある台湾の政府系ならびに民間企業の取扱いである。台湾側に不利な解釈としては、中国側は香港が中国の一地方都市として返還された場合、台湾も一地方都市として取り扱う可能性が高いことである。例えば、香港と台湾間の航空機問題などがそれに該当する。また、ビザ等を発行する半官半民的なサービス機関の窓口開設問題も同様の問題を抱える。その先行指標は中華航空の垂直尾翼のデザインを従来通り認めるか、いつの時点までに変更を完了するのかといったところに帰着するが、中台両岸は多少双方が融通しあう形で、返還後の現状維持を確認しあった。このことは、中台両岸関係が改善に向かっていることを示唆している。

5.その他不安定要素

その他不安定要因としては、香港自身のカントリー・リスクの上昇が挙げられる。広東省との一体化による不法労働者のさらなる流入、中台間迂回貿易の減少に伴う失業率の上昇、高級公務員や警察官の国外流出に伴うモラル低下等が挙げられる。

3.シナリオ

香港返還後の中国にかかわるシナリオを今後10~15年(2007~2012年)の期間について記述する(図表5)。ここでは、楽観、悲観2つのシナリオを検討し、日本の対応に言及した。

1.楽観シナリオ

楽観シナリオは、現状政策の維持を根拠とする。香港は返還前の約束通り、高度な自治を維持し、その期限が到来する前に中国が法治国家としての基礎を築き、平和裏に台湾との再統一を実現するものである。

楽観シナリオでは、氏逝去とは関係なく、9・5計画に基づき、内陸部重視の政策を確認(97年)。多少改革開放への速度を緩めるものの、市場経済の継続的進展が見受けられる(98~99年)。人権問題でギクシャクした米中関係も、政経分離のもと和解が成立(98年)、第二次クリントン政権が有終の美を飾れるよう演出される(98~99年)。WTO問題では台湾との同時加盟と台湾の国際舞台(最終的には中国台北としての国連)復帰への支援を約束し、WTO加盟での途上国並みの待遇を最後の段階で引き出すことに成功する(97年~98年)。その後、市場経済導入の波及効果が内陸部に到達し(2000年)、懸案だった国有企業は株式発行という方法での外資への売却により、大手優良企業グループへと変身する(2005年)。中台両岸は統一に向けた最終段階を迎え、中国の主導による台湾の(中国台北での)国連復帰が実現する(2007年)。中台両岸は、一国二制度(あるいは一国両政府)での緩やかな統合を行うことに成功する(2010年)(注18)。統一に成功した新生中国では、新しい選挙制度のもと、欧米の教育を受けた新たな指導者がストロングマンとして大中国を統制する(2012年)。

2.悲観シナリオ

悲観シナリオは、保守派と改革派の権力闘争が熾烈化し、返還後の香港が自らの存在意義を広東省(あるいは沿岸部の経済特区)との連携に見出すことに起因する。内陸部と沿岸部(あるいは中央と地方)の対立が激化、いったんは香港を基盤とした沿岸部が緩やかな連邦制の確立に動き出すが、軍部を中心とした民族派が巻き返す。結果、香港のリスクは高まる。

悲観シナリオでは、氏の逝去をキッカケに、水面下で保守派と改革派の権力闘争(表面上は穏やかな集団指導体制の確立)が行われる(97年)。辺境少数民族の独立問題の鎮静化には、何とか成功したものの、保守派(民族派)の台頭を許すことになる(98年)。氏を巡る後継者争いに決着を付けることができず、全人代が権力を継承し、集団指導体制が確立する(99年)。WTO加盟に向けた全国規模での市場開放(沿岸部優遇の撤廃)は、既存進出外資と沿岸部の反発を招き、減速した市場経済をさらに失速させることになる。結局、WTO加盟は先送りされる(99年)。先細りする外資の立て直しに懸命な地方と沿岸部からの納税を期待する中央(肥大化した大きな政府)の対立が激化(2000年)。外資との合弁による赤字脱却を目指していた国有企業は、民族派の新たな文革(イデオロギー確立運動)を前に、具体的な成果を見い出せず、潜在的な失業者を危険水域まで増大してしまう(2005年)。結局、沿岸部は緩やかな連邦制を主張し、沿岸部と内陸農村部に二極分化。中国国内での一国二制度が暗黙の了解のもと既成事実として定着する(2010年)。しかし、西側経済に追いつきそうで追いつかない状況に苛立つ軍部からストロングマンが登場し、第二の革命を起こそうと企てるが、沿岸部を擁護する軍閥内の意見の不一致から混乱に拍車がかかる(2012年)。

なお、悲観シナリオでの悲観の波及範囲は、中国大陸の国内に限定される。ここでは十分な経済改革の実現ができないとの前提があるため、中台両岸再統一に必要な軍部の近代化は不十分なレベルにとどまらざるをえない。結局、昨年の台湾海峡でのミサイル演習などにみられるような緊張増大が最大限となる。ただし、混乱状況を克服するためのストロングマンの行動については未知数である。

3.日本の対応

ここで、楽観シナリオ、悲観シナリオの双方における日本の対応を検討したい。

楽観シナリオでは、米中の和解が成立し、中国は返還された香港やマカオ、さらには台湾を含む統一国家を実現している。十分に民主化された新生中国は、貿易摩擦などでの対峙はあるものの、アメリカとともに世界の超大国と称されるまでに成長している。この時の中国は消費市場としても先進国並みに確立されている。すでに家電製品や自動車などでは国産品の水準も高く、ASEAN10や日本、韓国は中国市場に取り込まれつつある。これを回避するため、日本はEUのドイツ、フランス、イギリスとともに、世界市場の二極化(すなわち、アメリカと中国)を回避するよう政策的な連携を深めることになる。

一方、悲観シナリオでは、中国国内問題での潜在脅威がリスクとして顕在化(噴出)し、西側が期待していた中国消費マーケットの育成に失敗する。混乱する中国への脅威からASEAN10は国境の防衛を強化するとともに、ASEANとしての結束を強める。中国市場を失った日本はアメリカ(さらには韓国や台湾)とともに、これ以上の混乱を回避するため、ASEAN市場の支援を強化し、隣接するインド市場のさらなる育成に努める。また、予定していた中国市場への投資は東欧市場や中南米市場へと迂回されるため、両市場が適度な大きさに成長している。

4.アジア統括拠点の模索

香港の返還を巡り、日系企業を含む欧米のアジア戦略は再検討を余儀なくされている。表面上は当面の大きな戦略の変更はないとはいうものの、今後のアジアの方向性を見極めながら、アジア拠点のあり方を模索している。

日系企業のアジアの統括拠点についての選択肢としては、以下の4つの選択肢(香港、シンガポール、上海/北京、高雄/台北)が検討可能である(図表6)。

1.香港

第1の選択肢は返還後の香港をそのまま拠点として残すという考え方である。返還後香港が引き続き沿岸部の経済特区の窓口として機能することや、返還後バブルでしばらく潤うこと、さらには前述の人材の供給がふんだんに期待されることなどが、その理由として挙げられる。

2.シンガポール

第2の選択肢は、シンガポールへの拠点移動である。この場合、返還後2年といわれる香港返還バブルの崩壊を待たずとも、返還直後(あるいは直前)からの人権法を巡る中英、さらには中米の対立が、香港市場の不安感をあおり、混乱を招きかねないというシナリオを回避するための措置であると言える。

シンガポールはまた、リスク管理の観点からキャプティブ(自家保険会社)(注19)の設立において、税制上の優遇措置がはっきりしており、再保険市場へのリスク転嫁を行える専門家層が厚いことから、今後のアジア拠点としての優位性に変化はない。

唯一、シンガポールへの拠点移動は中国への進出窓口を失うことやシンガポールはASEANの中心地とのイメージが強いなどの懸念が存在する。しかし、シンガポールは政府が主体となって推進する蘇州工業団地などでの実績から、むしろ中国当局のトップとの繋がりが深く、必ずしも中国を含むアジア統括のデメリットとはなりえない。シンガポールの優位性は金融分野を含めた人材(専門家集団)の層が厚いことであり、マレーシアが新たな金融拠点としてラブアン島の開発を進めているものの、高度な技術を有する分野ではシンガポールの優位は不変である。

3.上海/北京

第3の選択肢は、香港から上海や北京に拠点を移すことである。香港に居残るのは、中国進出での人的交流窓口としての期待からであるため、それならば直接北京や上海に進出した方が鮮度の高い情報や人脈に巡りあえるとの期待に基づくものである。北京や上海への拠点進出は、前述の傘型(中国版統括会社)の設立という観点からは理想的な拠点であり、大手電機メーカーや自動車メーカー、商社などはこの手法をとる企業が多い。

4.高雄/台北

第4の考え方は、比較的新しい考え方である。香港返還での多少の不安や若干の混乱回避からは、シンガポールや台湾という選択肢が可能であり、香港が安泰な場合には香港と台湾の選択肢が可能であるため、トータル・リターンの最大化(あるいはトータル・リスクの最小化)からは台湾の高雄や台北を統括拠点とする新たな発想が生まれてくる。

さらに、香港返還後の中国は台湾との再統一に向け、経済的な優遇措置を打ち出し、早期に三通政策を実現するよう迫るはずであり、中台両岸は外交上の得失点差への一喜一憂(ゼロサムゲーム)を止めて、政経分離の原則下、利益の相互保有(中国というシェアの確保)に動くのではとの思惑もある(注20)。台湾側も21世紀に向けアジア太平洋オペレーション・センター計画(注21)を打ち出しており、インフラ整備には余念がない。

5.おわりに

本稿では香港返還後の情勢に影響を及ぼす主要因子の検討を行い、返還後の香港を含む中国のシナリオの検討を行った。ここでは、楽観シナリオと悲観シナリオの双方について記述を試みた。楽観シナリオでは、香港に高度の自治が保障され、香港を足掛かりに中国とアメリカの和解、中国と台湾の統一に向けた調整が実施されることになる。一方、悲観シナリオでは、保守派の巻き返しのなか、香港の経済特区としての優遇措置が希薄化され、同時期に優遇措置を剥奪された広東省とともに沿岸部の地方自治の確保(主権の主張)が連邦制への推移を許すことになる。

では、現実のシナリオはというと、楽観シナリオと悲観シナリオの間を行き来すると考えるのが妥当である。ここで重要なのは、いずれのシナリオにおいても、ストロングマンの登場が予定されていることである。ストロングマンの登場は中国を仮想敵国と見なす西側諸国(特にアメリカ)にとっては必ずしも都合の良いことではないため、西側諸国の現実的な対応は楽観、悲観のいずれに対しても強く左右しない程度に外交カードを切ることとなる。

中国が、いずれの方向に進んで行くのかは、今後2年間のスケジュールに大きく左右される。99年という年は、返還を巡る香港バブルが収束し、香港市民が落ちつきを取り戻し、返還自体の意義を模索するちょうど良い区切りとなる。また、この年は、マカオ返還の年に当たり、台湾も次期総統選への候補者選びに入る年である。さらには共産党創立50周年のイベントなどが目白押しとなり、上記楽観と悲観シナリオの分岐点となりやすいことに留意すべきである。

注  

1.一部憂慮すべき事態として、香港側の過剰反応(愛国精神の高揚)が自らの行動範囲(高度な自治に対する解釈)を狭めることを指摘したい。例えば、新行政長官に決定した董建華氏が親中派ではあるものの、中国の期待以上に中国寄りの政策を歩み続けることが、今後の香港の自由度を決定してしまうという構造上のジレンマを早く理解することが重要となる。
2.すでに香港返還を前に、三通(通商、通航、通信)の一部が解除され、将来の本格的な直接往来への道筋が見え始めている。今後、三通政策の段階的実現を通し、例えば、従来香港を経由していた中国と台湾との間での間接(迂回)貿易は、より本格的な直接貿易へとシフトすることになる。この時の台湾資本の中国投資に対するリスク指標は、香港の(引き続く)繁栄となる。中国側の訴求点としては、国際社会の中で社会主義あるいは共産主義を時代の流れとともに進化させているということであり、革新し続けているという保証として香港カードが使われることになる。
3.アメリカが中国への外交上の牽制として台湾問題をちらつかせる「台湾カード」は中国にとっての敵対的な意味合いを持つのに対し、「逆台湾カード」は中国と台湾が相互に協力することを意味する。なお、中国が保有可能な外交カードとしては、この他に「韓国財閥カード」と「日系企業グループカード」が挙げられる。
4.三大三小二微は中国の自動車産業を8つのグループに再編する政策(89年発表)であり、新自動車政策はそれを引き継ぐ形で94年7月に発表された。
5.西側諸国からすれば、潜在的な市場として魅力的な中国を何としてでも押さえたいとの気持ちは強い。中国側もこのあたりのニーズをしっかり把握しており、さらに中国自らが求める次世代技術の中身に大手外資自動車メーカー間の技術的な差がほとんどないことから、最近は外資自動車メーカー誘致や合弁提携先決定などを外交カードとして利用する機会が頻繁になっている。一部、外交カードの乱発に嫌気がさして撤退を表明する自動車メーカーも出現しているが、中国側の政府としての意向に加え、世界的な自動車メーカーの買収(再々編)劇が中国自動車産業の育成環境を複雑にしている面も否定できない。
6.傘型企業の取得は、当初は一業種一社のみの試験的導入に終始していたが、だんだんと業界全体に広がっており、これまでに大手日系電機メーカーならびに日系商社が一通り取得した。今後、どのような時点で食品や自動車、物流、さらには金融機関などに対して、傘型あるいは傘型に準じる資格の取得を認めるか、その取得状況が中国市場の消費市場としての成熟度を俯瞰する良い指標であるとともに、国有企業救済の原動力となる。傘型の取得や投資制限からは、戦略的事業分野において次世代型の付加価値技術を提示可能な大手企業のみが優遇されることが読みとれ、中小企業の華僑的経営手法による短期売買や一攫千金はあまり現実的進出方法でないことに留意すべきである。
7.しかし、迅速な対応(逝去後6時間以内に公式発表を行ったこと)は中国当局が高度情報社会でのマスコミの威力を十分に認識していたこと、保守派の反撃材料に利用されないようにとの配慮が動いたことなども考えられ、必ずしも楽観シナリオを採用する十分な根拠にはなりえない。
8.具体的には北京あるいはその東北部の天津や大連への地方自治権の拡大を許すことが検討可能である。昨今の付加価値税(増値税)の還付問題を巡り、日系企業の商工会議所が意見書を提出したが、地方での裁量による処理を可能にすれば、地方の中央への忠誠心も高まると予想される。
9.例えば、アメリカ務省のオルブライト長官が当初の予定通り訪中し、人権問題でのより一層の改善を示したことは氏の逝去に伴い、人権問題(あるいは天安門を含む政治犯の取扱い)が希薄化されていないことを示唆するものである。
10.氏の逝去に伴い、香港を含む西側に香港返還自体が多少中国色(保守傾向)に染まるのはしかたがないこと、中国の指導者交代の過渡期での多少の保守化傾向は当然認識の範囲であるとの自主規制が働くことが憂慮される。中国側からは、江沢民体制を維持したまま、ほんの少し保守的な思想へ後戻りさせることが戦略上可能となる。さらに集団指導体制的な色合いを強めれば、責任の所在が曖昧なまま、香港の完全な統治を可能とする。
11.最も騒乱が懸念されるのは周辺少数民族である。氏追悼大会が開催された2月25日に新彊ウィグル自治区の首都ウルムチで爆弾テロが発生した。また同日、台湾当局は予てから噂されていたダライラマの台湾訪問を正式に認め、その後3月22日から28日までの期間に訪問することを追認している。ウィグル自治区に絡んだ爆弾事件はその後、全人代が開催されている北京市(3月7日)でも発生しており、翌日には北京市長がテロの可能性を強く示唆している。
12.中国大陸から内乱や第二次大戦時の混乱を逃れるように難民として香港に流れ着いた人達の間には、政治に参加する意欲よりも、政治が安定し経済が繁栄することの方が重要である。そういう香港人に対してイギリス側は元来植民地政策を取っていた。その状況下でイギリスと中国の交渉が79年に始まったわけだが、イギリス側の保証した植民地としての自治を、引き継ぐ側の中国も十分に制御可能な範囲内と判断した。
13.解釈の最も大きな部分は中英交渉が本格的に開始された79年、あるいは合意に達した84年の状況を香港のあるべき姿と見る(中国側)考え方と、97年の返還時を香港の状況と見るべきと主張する(イギリス側)考え方の現状復帰と見なす基準時点の問題に帰着する。中国側は79年ないし84年の状況からの引き渡しを考えたのに対し、イギリス側は97年の返還時までに香港の自治を保証するようシステムの整備をすれば良いと考えた。
14.上記の基準時点の解釈を巡り中英間の対立は激しさを増したが、結局基本法は中国が香港の住民の意見を聞きながら作り上げていくから黙って見ていて欲しいという中国側の要請にイギリス側が一歩引いた形になった。基本法は中国側が84年に公布し、85年から90年の間に完全なものへと修正を加えたが、今後の50年間の香港のあり方を84年~85年当時の段階で固めて、その時の監督のあり方を引き継ぐというものである。
15.事態が収まりかけた矢先に天安門事件(89年)が起こり、イギリス側からはパッテン総督が登場することになる。今度はイギリス側が代議士制度を導入し、香港市民全体の合意を反映できるような対抗手段を取った。さらに、植民地時代の名残りで禁止されていたデモや海外政治団体との連結といった行為を解禁するよう、人権法の名のもとに全て修正を加えてしまったのである。当然、返還後の中国の政策に手厳しい民主派の意見が最も反映されることになるので、その解釈を巡ってまた中英が紛糾することになる。なお、中国側は、この人権法については、返還前については勝手にやらせて、返還後は元に戻すという姿勢で行くことを宣言し、やはり事態を先送りさせた。
16.この地価に関し注目すべき点として返還に際しての財源手当の問題がある。前述の中英間の交渉が基本的合意に至る過程で、イギリスの植民地であるはずの香港の土地について、イギリス側の独断で売却することが禁止されていた。中英間には土地委員会という組織が存在し、双方が協議・合意のうえ、土地の処分を考えることが前提となっている。前述の中英交渉の合意項目に含まれる新空港建設問題では、財源の負担に対し、香港の土地を少しずつ売却し、その売却益で徐々に建設費用を捻出(補てん)することが行われているようであり、一部学者からは地価高騰の間接的な原因として指摘されている。
17.WTOの加盟問題については、中国の加盟条件への軟化が伝えられる一方、中国国内でも加盟慎重論が出ている。WTOの加盟条件に一律の国内開放が追加されており、沿岸部の経済特区を巡る優遇条件の撤廃が必要とされるが、既存進出外資の混乱を招くとの理由から、直ぐには無理ではないかとの観測がある。なお、アメリカと台湾はWTOの加盟に向けた個別交渉で最終合意の局面まで来ており、台湾への加盟優先を外交カードとし、中国の早期加盟を実現したいとの思惑も見え隠れする。
18.台湾側の両岸関係と国家統一綱領については91年に総統府の国家統一委員会が修正採択した国会統一綱領に準拠している。国家統一綱領では、今後の両岸関係と国家統一において3つの段階を設定し、それぞれの段階に目標値を設けている。1初期段階では、交流によって理解を深め、互恵の精神に基づき敵意を解消する。中国側への役割としては法治国家の基礎を築くことが要求され、交流秩序の確立が重要となる。2中間段階では、対等かつ公式な意思疎通のパイプを確立するための三通政策が実現する。この段階では中国側の役割として、国際的な組織および活動に参加することを助け合う状況が期待される。3最終段階では、両岸統一を協議する機構を設立し、両岸人民の願望に基づき、統一の大業を協議する。この段階で民主・自由・均富の中国を建設するための道筋ができ、統一に向けた秩序正しい運営が可能になる。
19.キャプティブは電機メーカーや自動車メーカーが自社の子会社として海外に保険会社を設立する戦略である。名目上の保険料を安く抑えるばかりでなく、保険料の一部を資産として再度積立可能なことから、近年経営手法の一環として注目されている。日系企業ではトヨタ自動車や日立製作所などが46社の保険子会社を設立済みである。中堅企業が年間10億円の保険コストをかけている場合には、2億円から4億円を再保険の形で節約することが理論上可能である。原理的には簡単であるものの、再保険市場へのアクセスなど人的ネットワークなどを必要としており、実務レベルでの専門家は少ない。
20.アメリカの航空貨物輸送の大手2社であるFedexやUPSはASEANのハブ拠点をフィリピンのスービック基地跡に置く一方、東アジアでの拠点を台湾の中正国際空港に置くことを正式決定しており、本年6月までにはサービスを開始する運びとなっている。
21.アジア太平洋オペレーションセンター計画はアジアの時代における多国籍企業の統括会社誘致を前提に、各種ビジネスセンターを提供しようとするものであり、(1)アジア域内分業を前提とした製造業センター、(2)東アジアでのコンテナ積み替えと周辺付加価値サービスの提供を中心とした海運センター、(3)北米とASEAN地域のヒト、モノの迅速な積み替えを前提とした空運センター(4)アジア地域の資金調達を目指す金融センター、(5)合理的な価格での安定性の高いサービスを目指す通信センター、(6)アジア地域の中国語圏の情報収集と発信を目指すメディアセンターの6つの国際拠点インフラの重点施策を指す。
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