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Business & Economic Review 1997年04月号

【TECHNOLOGY】
提言:官民協同の危機管理体制の構築を-日本海重油流出事故の教訓を生かして

1997年03月25日 事業企画部 西村実


1.はじめに

1月2日に発生したロシアのタンカー・ナホトカ号の重油流出事故は、冬の日本海の悪天候も災いして、最悪の事態となった。重油の被害は、船首部分が漂着した福井県三国町をはじめ8府県に及んだ。重油の流出量は推定約3,700キロリットル、座礁した船首部分には約2,800キロリットル、沈没した船体には約12,500キロリットルの重油が残っていると見られている。

海上を漂流する重油については油回収船による回収作業が行われたが、海岸に漂着した重油については、結局、地元関係者とボランティアの人海戦術による柄杓とバケツリレーでの回収に頼るしかなく、やり場のない無力感を味わった。

わが国は四方を海に囲まれた島国であるにもかかわらず、今回のようなタンカー事故に対しては、あまりにも無防備であったことが悔やまれる。タンカー事故は、頻繁に発生することではないが、平成2年に丹後半島沖でリベリア船籍タンカーの座礁事故が起きており、平成5年には福島県塩屋岬沖でタンカーの衝突事故が起きている。さらに世界に目を向ければ、数年に一度は大きなタンカー事故が起きている。残念ながらそのような過去の事故の教訓は生かされていなかったように思える。

阪神・淡路大震災の際にも危機管理体制の欠如が指摘されてきたところであるが、今回の事故に関しても、やはり危機管理体制の欠如が浮き彫りとなった。本稿ではタンカー事故に備えて、国、民間企業、地方自治体の共同出資による株式会社油流出事故緊急対策センター(オイルスピル・レスポンス・センター)の設立を提案する。さらに重油の回収が一段落すると、汚染された環境を元に戻すために本格的な原状回復対策が必要となるが、その際に有効と思われる生物的環境修復(バイオレメディエーション)の実施を提案する。

2.日本海重油事故対策をどのようにみるか

タンカー事故が発生した場合、流出油による汚染被害を最小に食い止めるためには、2つの側面からの対策を実施する必要がある。

1. 緊急対策としての流出油の除去・拡大防止
2. 原状回復対策としての汚染された海岸の浄化

タンカー事故の汚染防止対策として真っ先に行わなければならないことは、事故発生直後の緊急対策である。流出油による汚染範囲は、海流に乗り時間とともに拡大する。したがって、発生直後の緊急対策の成否により、その後の汚染規模が左右されるといっても過言ではなく、最も重視しなければならない対策である。

例えば、油を細かく分散させて海洋微生物に食べさせて処理するために油処理剤(界面活性剤)を散布する場合でも、流出した直後であれば油は海面に薄い皮膜状で存在するため効果的に働くが、時間の経過に伴い油は海水を含んで膨潤して固まりとなるため油処理剤の分散効果は激減する。また、海水を含んで膨潤した油は粘性が高くなるため、油回収装置もほとんど機能せず、結局、柄杓に頼るしか手がなくなってしまう。すなわち、事故発生から数日間の対策が被害を最小に食い止めるために最も重要なのである。

今回の事故では、1月2日に重油流出事故が発生してから、1月7日に福井県三国町の海岸に重油が漂着するまでは、悪天候も重なり何ら積極的な対策はとられなかった。確かに船上からの油処理剤の散布は困難としても、空中から散布するという方法もあるのだが、いずれにしても最も重要な事故直後の数日間に何も行われなかったのである。

政府が運輸省に対策本部を設置したのは、事故発生から8日後の1月10日であり、座礁した船首部分からの重油の抜き取りを決定したのは1月14日であった。座礁前遅くとも座礁直後に動き出していればもっと早く処理できたのではないかとの思いも強く、政府の対応は機動性に欠けていたと言わざるを得ない。

福井県三国町の海岸に重油が漂着した後も、民間の団体である石油連盟等から油回収装置が提供されたが、せっかくの機器も専門のオペレーターの不足と時間経過とともに海水を含んで重油が変質したため機械での回収が困難となった。結局、地元関係者とボランティアの人海戦術による重油回収に頼らざるを得ない状況となった。

さらに悪いことに重油の回収作業にあたった地元関係者やボランティアに死者がでた。 直接の原因は寒さと疲労によるものであろうが、現場付近は重油特有の臭いが立ち込めている。これらの臭いの中には長期間接触すると健康に悪影響を及ぼす可能性のある成分も含まれている。すなわち寒さの中での重油の回収作業は大きな疲労を伴うだけでなく、危険すら伴っている。死者が出てから見舞金を検討するのではなく、当初より政府や行政による注意や必要に応じて保護具を支給することぐらいは行われてしかるべきではなかっただろうか。

一方、海上に漂流する重油についても、外洋に出られる大型の油回収船は名古屋港に係留されていた1隻だけ、ロシアから油回収船が到着したのもかなりたってからのことであり、緊急対策などはおぼつかない状況であった。

汚染された海岸の原状回復対策にいたっては、生態系の回復に20年を要するなどの推測が飛び交うだけで、具体的な対応策にまでは手が回っておらず、具体的に実施できる機関もないのが現状である。

日本海重油流出事故に直面して浮き彫りになったことは、残念ながら阪神・淡路大震災の時と同じく、わが国の危機管理体制の欠如である。今回の事故を契機に外国船の船体監督官を設置して危険船の出港停止などを命じる制度(ポート・ステート・コントロール)を推進するなどの予防対策の強化が決定されたが、油回収船の増設等については改善される兆しはない。阪神・淡路大震災の時の教訓が生きた唯一の明るい話題は、ボランティアのネットワークが迅速に機能したことである。

3.わが国のタンカー事故対策における問題点

わが国の危機管理体制の不備がいろいろな場面で指摘されているところである。わが国では石油のほぼ全量がタンカーで輸入されており、さらに日本海を外国籍のタンカーが頻繁に通過している。すなわち常にタンカー事故のリスクに直面しているわけであり、今回のような悲劇が再び繰り返されないとも限らない。

タンカー事故による油流出被害の補償は非常に高額になる。それゆえ補償問題が見え隠れして費用のかかる対策が後手に回るという問題をはらんでいる。わが国における油流出事故の対策と被害補償の仕組みは、図表1の通りである。船主は、保険組合(イギリス)の船主責任相互保険に加入しており、事故が発生した場合は、海上災害防止センターに処理を委託する。海上災害防止センターは処理にあたるとともに、処理に要した費用を保険組合の日本代理店に請求する。一方、地元漁業者らが被った漁業被害、海洋環境被害、油回収費用等については、保険組合の日本代理店に請求し、海事鑑定人の査定を受けた後に支払われる。賠償額が船主側の責任限度を超える際には、各国の石油精製会社や商社など荷主らが出資する国際油濁補償基金から補償されることになる。このような仕組みには、危機管理体制の面から3つの問題点が指摘できる。

(1) 事故発生直後の緊急対策に対応できない

わが国の沿岸でタンカー事故による油流出が発生した場合の対策の仕組みは、事故を起こした船主の依頼を受けた格好で海上保安庁の指導、監督下にある海上災害防止センター(本部東京)が処理にあたるということになっている。したがって、緊急事態であるにもかかわらず、直接的な被害を受ける地元関係者ではなく、船主の了解がとれてからはじめて処理作業が開始される。今回のケースでも、1月2日の事故発生から3日間経過した1月5日になって漸く油処理剤の散布が決定され、実際に散布されたのは1月8日であった。

(2) 直接的な被害を受ける地方自治体の危機管理体制が弱い

制度の上では海上災害防止センターが、処理作業の主導権を握っているが、実務上は油回収船による海上に漂流する重油の回収や重機による座礁した船首部分からの重油の抜き取り作業に重点が置かれ、海岸に漂着した重油の回収は、地元自治体が設置した災害対策本部の主導で行われる。当然のことながら、地元自治体の災害対策本部には重油汚染対策に関する専門家もいなければノウハウや機器もなく、すべてにおいて手探り状態で、専ら地元の漁業関係者とボランティアの人海戦術に頼らざるを得ない。

また、地元自治体の災害対策本部と海上災害防止センターとの情報交換は頻繁に行われているものの立場が異なるため、目先の作業予定が知らされるだけで、全体の対策計画が見えないとの不安の声が地元からあがっている。重油流出事故の最大の被害者は、言うまでもなく地元関係者であるが、危機管理体制から最も遠いところにおかれているのが現状である。

(3) 間接的な被害を受ける石油業界にとって何も打つ手がない

国際条約では船主側の責任限度が定められており、責任限度を超える分についての補償は国際油濁補償基金から賄われることになる。この基金の4分の1は日本が出資しており、石油各社においては補償による拠出金の増大が予想されている。すなわち、石油業界は今回の重油流出事故の間接的な被害者ともいえる。しかしながら、石油業界は基金を拠出するだけで、自らのイニシアチブで被害を最小に食い止め補償金額を少なくするすべもなく、事態の推移を見守るしかない。石油業界ではかねてより石油流出事故に備えた対策技術の開発等が行われてきたものの、具体的に対策を実施する機関がないのである。

4.諸外国にみるタンカー事故の危機管理

海外におけるタンカー事故の危機管理体制を見てみよう。海外には、政府の危機管理体制と独立した民間レベルでの危機管理体制が確立されており、重大な環境汚染と莫大な補償を伴う油流出事故被害を最小に食い止めるための仕組みが機能している。イギリス、アメリカ、オーストラリア、シンガポールには、タンカー事故が発生すると、24時間以内に事故現場に油流出事故対策の専門家チームと流出油の拡散防止装置や回収装置を送り込み緊急対策にあたらせる専門機関があり、1年365日24時間体制でタンカー事故に備えている。これらの専門機関は、非営利の民間組織として運営されており、火災事故に例えるとさしずめ油流出事故に関する私設の消防署といった感じである。これらの中でも人員、設備とも最も充実した機関がイギリス南部のサウサンプトンという港町にある。1980年にイギリスの石油会社ブリティシュ・ペトロリアム社が設立した組織を母体としており、1989年にアラスカ沖で発生したエクソン社のタンカー・バルディーズ号の原油流出事故を契機として、欧米の主だった石油会社22社が出資して運営されるようになった。各社は原油の取扱量に応じて運営資金を出資するかわりに、万一事故が発生したときに緊急対策チームの出動を要請できる仕組みになっている。

ここではさまざまな事故の状況に対応した油回収装置を保有しており、日頃から装置のメンテナンス、最新鋭の回収装置の性能テスト、専門スタッフの訓練等を行っており、いつでも緊急出動ができるように準備されている。タンカー事故の場合は、事故発生直後の緊急対策が最も重要であるため、輸送用航空機についても自らが所有している。輸送用航空機は同時に油処理剤の空中散布用としても使用される。緊急対策用の機材一式は、輸送用航空機にそのまま積み込めるように常時1セット梱包されており、かつ、出動範囲の海域を領海に持つ国々への機材の持ち込み許可を事前に取得している徹底ぶりである。1989年3月にアラスカ沖で発生したエクソン社のタンカー・バルディーズ号の原油流出事故と同規模の事故が2カ所で同時に発生しても対応できるだけの緊急対策能力を備えている。年間の出動件数はここ数年は1~2回といったところである。

5.過去の事例にみる原状回復対策

流出した油を可能な限り回収した後の原状回復対策について見てみよう。前述のバルディーズ号の原油流出事故では、約4万キロリットルの原油が流出し、汚染された海岸線が約1,800km、汚染された海域は約7,700平方キロメートルに及んだ。事故発生から4カ月間に90種類、3000羽の野鳥の死亡が確認された。総計では100,000から300,000羽の野鳥が死亡したと推定されている。

原油で汚染された海岸線の範囲が広いため、通常の物理的な方法(例えば、汚染された砂や岩の掘削除去や洗浄)では、能力的な限界もあるうえに莫大な費用がかかるため、バイオレメディエーション(生物的環境修復)と呼ばれる微生物に原油を食わせて浄化する方法が有効と判断され、大規模に適用された。

エクソン社では、アメリカ環境保護庁の協力を得て原油を食べる微生物を汚染した海岸線で増やすための栄養剤を検討し、窒素成分とりん成分が徐々に溶け出す顆粒状の栄養剤と窒素成分とりん成分を含有する油状の栄養剤の2種類の組み合わせを選定した。環境中に大量の栄養剤を散布することの安全性および微生物に分解されて生じる原油の副生成物の毒性を調べた後、アメリカ環境保護庁、アラスカ州環境保全局、アメリカ沿岸警備隊の許可を得て、エクソン社は前記栄養剤を汚染された海岸約80キロメートルに散布した。栄養剤を散布してから約2週間で目で見て明らかな浄化効果が表れ、約4週間で原油の成分である炭化水素が約70%減少したと報告されている。

6.タンカー事故に備えた危機管理会社の設立を

タンカー事故に備えた危機管理体制として、直接的な被害を受ける地元自治体あるいは間接的に被害を受ける石油業界の要請で迅速に出動して油流出汚染対策にあたることのできる専門機関として油流出事故緊急対策センター(オイルスピル・レスポンス・センター)の設立を提案する。

油流出事故緊急対策センターは、現状の油流出事故対策の仕組みを地元自治体や石油業界の立場で補完するものであり、タンカー事故発生直後の緊急対策と流出油の汚染被害を受けた海岸の原状回復に関する専門技術と専門家を提供する油流出事故対策の専門機関とする。

設立時点あるいは設備の更新や増強の時点においては、相当の額の投資が予想されるため、国も出資に参加して必要な設備を整備するものとするが、特定の省庁の主導によらず有事に迅速に行動できるように民間企業とし、国際油濁補償基金に出資している石油会社や商社、海に面した地方自治体、日本に入港するタンカーあるいは日本付近を航行するタンカーの船会社などの出資により運営されるものとする。基本的に営利を目的とする企業ではないが、前述のイギリスの機関の3分の1程度の規模を想定すると年間の運営に要する費用は約2~3億円と想定される。センターとあらかじめ契約を締結している民間企業や地方自治体が、緊急時にセンターに対して出動を要請できるという仕組みで運営すると、センターの維持運営費はこれらの機関との年間契約料により賄われることとなる。年間契約料は、民間企業と地方自治体の違い、企業の規模、リスクの大きさなどにより変わるであろうが、百万円~1千万円程度になると考えられる。また、平時においては地方自治体や関連業界の担当者を対象に油流出事故に関する危機管理のトレーニングや危機管理体制作りのコンサルテーションを有償で実施して、運営費に充てることも考えられる。

幸いにもわが国には、複数の民間企業や地方自治体が設立する株式会社組織の研究開発会社に対して、数年間にわたり国が経費の70%を出資することにより、特定の産業技術の研究開発を支援する制度がある。政府に対しては、非営利の危機管理会社を対象とした同様の制度の整備を望む。

油流出事故緊急対策センターでは、イギリスをはじめとする海外の油流出汚染対策の専門機関との緊密な関係をとり、最新の対策技術に関する情報交換、過去の事例に基づくノウハウの共有を図る。汚染対策の各種機器を自らが保有し、有事の際には迅速に現地自治体の災害対策本部へ専門家チームと専門の機器を送り込み緊急対策にあたるものとし、緊急対策に要した実費は、現地自治体を通じて保険組合あるいは国際油濁補償基金に請求する。

油流出事故緊急対策センターの設立により、現地自治体には地元の要望に応えた格好での緊急対策の専門技術と専門家チームが提供されるとともに長期的な浄化対策計画が提供される。また、石油各社や商社にとっては国際油濁補償基金への拠出金の増額を最小限に食い止めることができるというメリットがある。

油流出事故緊急対策センターの重要な機能として、汚染現場の原状回復措置をあげることができる。可能な限りの油を回収し終えた後においても、自然に任せておくだけでは、油で汚染された自然環境の原状回復は不可能である。油汚染海岸の恒久的浄化対策としては、前述のとおり、バイオレメディエーションと呼ばれる微生物に油を食わせて浄化する方法が有効と思われるが、欧米に技術とノウハウが集約している。わが国においては市街地の土壌汚染の分野で漸く実用化の兆しが見えてきたところである。しかしながら、この分野での日本企業と欧米の専門機関との交流は深く、彼らのノウハウを結集することにより浄化対策にあたることは十分に可能と思われる。

バイオレメディエーションに用いる微生物は、主として汚染現場に自然に生息しているものに肥料を与えて活性化させたものである。欧米にはアラスカの事例で用いられたものをはじめとして、数十種類のバイオレメディエーション製剤が市販されており、これらについては安全性のデータもとられている。したがって、新たな製剤をゼロから開発する必要はなく、市販の製剤を利用することにより実施できるはずである。問題は、国内においては利用経験のない新しい技術であるため、漁業関係者などから安全性に対する不安の声があがっているが、それに対して責任をもって答える仕組みができ上がっていないことである。環境庁では、現在バイオレメディエーションの利用指針を策定しているが、実施に際しては信頼できる非営利の専門機関である油流出事故緊急対策センターが主導で行うことにより地元関係者の理解が得られるものと考える。

7.おわりに

危機管理体制の欠如は、国のみの責に帰すのではなく、社会全体の問題として捉えて解決策を模索するべきである。本稿では、そのための一つの案として、官民共同出資の危機管理会社の設立を提案した。有事に適切な緊急対策技術を迅速に提供でき、さらに国際的な連携のもとで恒久的な浄化対策が実施できる機関として油流出事故緊急対策センターを設立することにより、タンカー事故に対する危機管理体制の大きな前進が期待できる。政府には、早急に本構想が実現できるような出資制度の創設を重ねて希望する。
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