Business & Economic Review 1997年04月号
【OPINION】
管理職の高付加価値化を-アメリカの経験を踏まえて
1997年03月25日 -
近年、わが国では中間管理職がリストラの標的にされつつある等、冬の時代を迎えている。電子メールをはじめとする情報ツールの普及で中間管理職は不要になるとの極論まで出ている。日本経済新聞社が200社1,151人の課長を対象に行った調査(97年1月16日発表)においても、2005年には中間管理職の人数が現在に比べて減るいなくなると答えた人の割合が合計で約7割に上った。
ところが、アメリカに目を転じると、ホワイト・カラーの大量レイオフや組織のフラット化に関する相次ぐ報道から受ける印象に反して、経営・管理部門は雇用が最も増加している職種である。アメリカの雇用者数は、90年から96年の間790万人増加したが、その4割近い290万人は経営・管理職であった。経営・管理職が増えているのはサービス業がもっとも顕著であるが、その他の業種でも着実な増加がみられる。
なぜこのように経営・管理職が増加しているのか。まず指摘できるのが、企業数の増加によるものである。アメリカは元来、新規企業が次々に誕生するダイナミックな社会であり、これが経営・管理職の雇用を創出してきた。しかし、企業数の増加だけでは、経営・管理職が他の職種に抜きんでて増加しているとの有効な説明にはならない。既存企業内の管理職の人数自体も増加しているはずである。
この点の証左として、アメリカ企業における次の2つの潮流を確認することができる。第1が、マネージャーのプレイヤー化である。組織のフラット化に伴い権限の現場への委譲が進むにつれて、現場の管理職は業績向上を目指して自らもプレイヤーとして活躍するようになっている。各種の情報ツールが、こうしたプレイング・マネージャーを支援している。例えば、従来であれば計数管理に忙殺されていた営業マネージャーが、同業務をパソコンで簡単に処理できるようになったことで、接客業務等の本来的な営業活動にこれまでよりも時間を割けるようになった。
第2が、管理職業務の広がりである。すなわち、情報化、グローバル化、顧客関係の複雑化、等の経営環境の変化に伴い、従来は管理職を必要としなかった業務において、立案や調整等の管理能力が求められるようになった。ちなみに、ウォール・ストリート・ジャーナル紙(96年9月26日付)によると、近年、従来型の人の管理ではなく、情報技術の管理、新市場の管理、顧客関係の管理といった新たなタイプの管理職に対するニーズが高まっており、例えば、コンパック・コンピュータ社が昨年9月にウォール・ストリート・ジャーナル紙の人材募集広告欄で募集した17の管理職ポストのうち、同社内の従業員を管理する従来型管理職は3分の1にすぎず、残りはサプライヤーや提携企業の社員の訓練・支援を主業務とする管理職であったとのことである。
要すれば、アメリカでは確かに内部情報伝達型の旧来型管理職に対するニーズは弱まったものの、その一方で、新たなタイプの管理職、すなわち、業績向上に直結する、あるいはフレキシブルな経営体制を確立するためのより戦略的な役割を担う、高付加価値化した管理職に対するニーズは強まっている。管理職の機能がそのようなニーズに合わせて変化することに成功したため、結果として管理職の人数が増加したとみられる。
なお、経営・管理職が大量にレイオフされているのは事実であるが、主要1,400社のうち95年7月から96年6月にかけて人員削減を行った企業の3分の2近くが新規雇用も同時に実施したとの調査(アメリカ経営協会)からも推測される通り、[1]前述の高付加価値型管理職の増加と旧来型管理職の削減、[2]成長部門・新規部門での人員増加と衰退部門・非中核部門での人員削減、が各々同時に行われているのではなかろうか。この点を踏まえると、旧来型管理職や衰退部門・非中核部門の管理職の人員削減のみをクローズ・アップするのはミスリーディングであろう。
それでは、こうしたアメリカの経験がわが国に示唆するところは何か。わが国でもアメリカにみられるように高付加価値化した管理職に対する需要が強まることは十分予想され、その場合、管理職の人数はアメリカと同様、減るどころか増加する可能性がある。つまり、新たな役割を担った管理職は、企業にとっては従来以上に必要不可欠な存在となり得る。問題は、アメリカのように旧来型管理職の大量解雇という選択肢が事実上存在しないわが国において、企業経営者が自社内で抱える管理職をいかにして高付加価値化させるか、である。
わが国でも、年功序列型賃金の見直しや年俸制の導入等、管理職の活性化に向けた試みはすでに始まっているが、いまだ模索の段階を脱していないのが実情といえよう。企業経営者としては、限られた経営資源を最大限有効に活用する観点から、経営の重点的戦略分野を明確化したうえで、管理職業務の洗い直しとそれに伴う人事評価制度の再構築等の思い切った改革をさらに進める必要がある。それによって、これまで上意下達および下意上達を中心とする内部情報伝達の役割に安住してきた管理職を、今後は自らが付加価値の高い情報を作り出し、発信していく存在に転換させなければならない。
こうした改革の実効をあげるためには、組織形態の見直しが喫緊の課題である。管理職の高付加価値化を促すためには、権限の委譲が大きなインセンティブとなる。そこで、部課制の廃止等により組織階層を減らすと同時に、[1]特定業務を遂行するために集まり、目的を果たすと解散するといった、顧客ニーズに迅速に対応できるようなアメーバ型のチーム制や、[2]チームすら形成せず、外部ネットワークを積極的に活用しながら業務を推進する独立コンサルタント制を導入する等、ピラミッド型の従来組織をフラットでフレキシブルな組織に転換することが大前提となる。それによって初めて、管理職自身の高付加価値化も可能となろう。