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Business & Economic Review 1997年03月号

【論文】
ベンチャーブームを超えて-日本型産業創造モデルの構築に向けて

1997年02月25日 井熊均


要約

官民挙げてのベンチャーブームであるが、ベンチャービジネスを立ち上げた以降の産業構造に関する議論が忘れ去られている。米国のベンチャーブームはバブルの様相を呈しており、わが国の目指すべき将来像を示唆しているとはいえない。米国との起業環境の比較においては、米国の方が起業リスクが低いことが見落とされていることが問題である。

こうした米国の状況を正しく理解せずに、ベンチャー論議がなされることに関しては、失敗したときのベンチャービジネスに対するディスインセンティブの発生、国際産業競争力の欠如の観点から問題がある。

産業政策上の意義といった観点でみた場合、ベンチャー育成を通してどのような産業構造を目指しているのかという点に関するビジョンを明確にすることが重要である。産業政策に関しては、これまでの特定産業育成型から企業活動活性型への転換が求められている。

わが国においてベンチャー振興施策を展開していくためには、ベンチャービジネス振興のための環境づくりを長期的視点で進めること、優れた既存の産業シーズにより国際競争力の確保を図ること、施策展開により産業構造の転換を進めること、の3点が重要となる。

わが国において創造的な産業構造を構築していこうとした場合、経済的に大きな影響力を占める大企業を中心とした企業群を抜きに語ることはできない。大企業では、カンパニー制や持ち株会社による市場指向型の経営改革が始まっており、これとベンチャービジネスを融合させるところに目指すべき日本型産業創造モデルがある。

日本型産業創造モデルにおける基本的な事業形態は、合弁会社よりも、異なった事業体が互いの優れた事業シーズを持ちよることによるバーチャルコーポレーションが主体となるべきである。ここでは、事業のエクセレンスづくり、契約型の事業運営、システム化、投資回収型の財務運営等が求められる。

バーチャルコーポレーションを主体とした事業活動を展開するためには、ベンチャービジネスにおいては、企業の保有にこだわらない開放型の経営姿勢が求められている。また、大企業においては、バーチャルコーポレーションのための新たなリーダーシップと、事業体のリーダーとしてのイントラプレナーの育成に重点をおいた経営が求められている。

1.はじめに

米国シリコンバレーを中心としたベンチャービジネスの成功や、我が国の既存産業の停滞感を背景として、今や官民挙げてのベンチャーブームであるといえる。もちろん、次世紀に向けた新たな産業構造を構築していくに当たって、ベンチャービジネスの持つ活力や創造力が重要であることは論を俟たないが、現状のブームをみたとき、ベンチャービジネスを立ち上げた以降の我が国の産業構造に関する議論が忘れ去られているように思えてならない。それは、現在我が国が抱えている産業上の問題が、ベンチャービジネスが数多く立ち上がったからといって、解決されるわけではないからである。

本論はこうした認識のもと、ベンチャービジネスの振興を基本的に肯定しながらも、単なるベンチャービジネスの振興論を超えた、我が国独自の産業構造に関するビジョンを提示しようとするものである。

2.米国型ベンチャービジネスの導入可能性

1)米国ベンチャーブームの影

我が国と米国との間のベンチャービジネスの立ち上げ環境の違いとして、よく指摘されることに、ベンチャービジネスへの投資環境の差がある。本論では、まず、当社の事業上の経験から米国のベンチャービジネスの株式上場までの資金調達の例をみることにより、米国の投資市場の状況を評価することとする。

A社は、現在米国のベンチャー市場で最も注目されているインターネット関連のソフトウェアの供給を業とする会社であり、設立から数年以内にある典型的なシリコンバレーのベンチャービジネスである。当社はこれまで、事業上の関係から何度かA社と交渉を持ってきた。以下、匿名性を期すために、数値は概略値を用いるが、1995年時点でのA社の財務状況を概観すると、資本金1億5,000万円、売上1億円、累損4億円という惨澹たる内容である。しかしながら、あるソフトウェア技術の特許取得を背景とした事業拡大計画を基にして、96年中の株式上場を計画したところ、上場前の資本調達額は100億円に達し、上場後の株式市場での評価総額は300億円とも500億円ともいわれている。

通常、株式売買時の株価評価方法としては、対象となる企業の資産状況から株価を設定する方法、収益状況から株価を設定する方法、同種の事業内容を有する他企業の株価との比較から設定する方法、の3つがある。しかしながら、前述したA社の事業状況から考えても、通常の株価評価方法で株式上場前後の巨額の資金調達を説明することは難しい。

ベンチャービジネスに対する投資は、その将来性に期するところが多いため、基本的には対象となるベンチャービジネスの将来事業収益に基づく株価評価が行われることに大きな問題はない。しかしながら、A社の例などをみると、A社が現状から数年以内に数百億円の市場評価に相当するだけの企業に成長することは必ずしも現実的にみえない。実際には、こうした株価評価は将来事業収益よりも、上場後の株価の上昇、そこから得られるキャピタルゲインを期待する部分がかなり多いのではないかと考えられる。

いかに上場後の株価上昇があったとしても、こうした株価の評価とそれに見合った投資が、市場としてそれなりに継続していくためには、総体としての投資に見合った事業規模、事業収益が確保されていく必要がある。

A社のような高額の市場評価を受ける企業が続出するのであれば、近い将来この分野に数百億円、あるいは1,000億円の事業規模を持つ新しい企業が群雄割拠しなくてはならない。しかしながら、シリコンバレーでの投資が集中する情報通信関連のソフトウェア事業の分野を見ると、最近では結局のところベンチャービジネスの群雄割拠といった状態ではなく、マーケットを押さえた数社による寡占的な市場が形成されるとの見方も出てきている。こうした場合、前述したような事業規模を有する中堅企業が林立する時代が来るか否かに関しては、疑問視する声も少なくない。

現状の投資状況は、群雄割拠であるにせよ、寡占であるにせよ、単一の企業に対する期待と将来の産業像が結び付けられていないところに問題がある。このような企業評価と産業像の乖離により、各々の企業の評価額の総和が、産業界全体の規模をはるかに超えるようなことになるのであれば、これこそまさに数年前に我々が経験したばかりのバブルの構造そのものである。

ベンチャービジネスに関する日米の株式投資市場の比較では、米国の優位性ばかりが目立つようにも見えるが、最近ではストックオプションに対する期待が空振りに終わったり、ベンチャー投資のリスクを保証する法案が審議されたりして、米国投資市場の構造上の問題点も浮き上がってきている。10件のうちの8件が失敗するともいわれてるベンチャービジネスの投資市場に、あまりに容易に資金が流れ込む現在の米国型の投資市場の姿は、必ずしも自己責任認識の低い我が国の投資市場の健全な将来の姿を示しているとはいえないのである。

2)起業環境の違い

投資市場の期待に耐えるだけの急速な事業拡大と、企業としての発展を遂げるためには、事業開始間もなくからドラスチックな企業体制作りが必要となってくる。もちろん、当該企業内生え抜きの役員の位置づけも重要であろうが、数年程度の期間での急速な発展に追いつける体制作りを行うためには、外部からの人材の確保が不可欠である。

米国で株式上場を狙うようなベンチャービジネスでは、企業の拡大に先立ち、いろいろな立場の専門家が参加する。弁護士資格を持つ者、十分な事業実績を有する企業での生産管理経験者、システム管理経験者、あるいは財務を担当してきた者、というように企業拡大に不可欠な人材が急成長を期する小さな企業に集まってくる。なかには、有名企業の中での約束されたポジションを捨てて、ベンチャービジネスに参加してくる者もある。急成長する米国のベンチャービジネスは、こうして集まってくるビジネスの専門家集団によって支えられているのである。専門人材の確保を可能とするのは、一攫千金を可能とする米国投資市場の構造やストックオプションもあるが、必ずしもこうしたハイリスク・ハイリターンの環境のみがベンチャービジネスへの人材の流動を支えているわけではない。ベンチャービジネスへの人材の集まりを開拓者精神のような米国人気質に帰するのは、やや短絡的であり、そこには我々にも理解できる合理的な事業環境が存在するのである。

本論では、そうした日米の環境要素の違いとして、次に示す7つの点を指摘する。

[1]契約重視の取引構造

十分な事業実績のないベンチャービジネスが顧客に商品を提供していくためには、顧客が新しい事業者を、提供する商品の価値そのもので評価する取引構造が必要である。我が国では、新規取引に当たっては、商品の価値もさることながら、商品を持ち込む企業の実績や社会的な信用度が重視される傾向が強いが、契約社会である米国では、従前の社会的な評価よりも、ベンチャービジネスの有する商品そのものを評価する環境が整っているといえる。

[2]無形資産の尊重と商品化

日本では、これまでソフトウェアはハードウェアを売るための付属品のような位置づけで扱われ、知的所有権が安易に侵されやすい傾向にあった。また、ソフトウェアの特許などに関しても、未だに米国より認められにくい環境にある。

こうした状況により、米国は日本に比べて事業アイデアや知的所有権を核にした新事業を立ち上げやすい環境にあるといえる。

[3]投資優勢の起業の資金構成

ベンチャービジネスの起業のための調達資金の構成をみると、米国に比べ日本の方が借入金の占める割合が高く、結果として担保設定等による起業リスクが高まる傾向にある。

また、起業後の資金調達の面からみても、協調融資や担保融資中心の日本に比べ、個別の事業評価、プロジェクト評価が進んでいる米国の方がベンチャービジネスにとって有利な環境が整っているといえる。

[4]流動性のある雇用環境

一括採用した新人の育成を基本とした日本企業の人事に比べ、米国企業はより柔軟な人材採用の方式をとっており、結果として流動性の高い雇用環境を形成している。

こうした雇用環境の差は、前述した専門人材のベンチャービジネスへの流動を支えるだけでなく、事業に失敗したときの敗者復活戦を可能にするという意味で、起業リスクの低減に一役買っている。

[5]専門性を獲得しやすい人材市場

米国は実質的な意味で日本以上の資格社会であるといえる。また、会社内でもそうした専門性が尊重される傾向にある。

こうした条件が上述した雇用環境と併さることにより、ベンチャービジネスの安定した企業運営に不可欠な、専門性の高い人材を獲得しやすい人材市場が形成されることになる。

[6]個人・法人の分離

日本では起業時に資本金だけで十分な事業資金が調達できないこともあって、個人経営者は、起業に当たって自身の家屋敷を担保に入れるのが半ば常態化しており、事業に失敗したときには、身ぐるみ剥がれ、再び事業家として立ち上がれるチャンスを奪われるような傾向にある。

しかしながら、米国では個人資産と法人資産の間に明確な一線が引かれ、事業に失敗した場合でも個人資産を失うような悲惨な状況に陥る傾向が低く、一度失敗した事業家が再び立ち上がりやすい傾向にある。

[7]株式公開が行いやすい投資市場構造

株式公開までの期間が長いこともあり、現状では、日本ではベンチャーキャピタルが直接的な投資行為だけで事業を成立させることは容易ではない。

米国では、起業から株式公開までの年数が日本に比べ格段に短いことから、キャピタルゲインを得やすく、結果としてリスクの高いベンチャービジネスへの投資が促進される構造となっている。

3)米国型ベンチャービジネスの導入可能性

前述した米国における起業、ベンチャービジネスを支える要因をみると、米国において個人が起業を行う場合のリスクは、日本に比べ格段に低いことが分かる。事業を立ち上げようとするとき、起業家を最後に踏み切らせるのは、一攫千金の夢もさることながら、起業のリスクに対する個人の判断である。したがって、日米の起業動向の差に関しては、通常指摘されているキャピタルゲインによるプラス方向の要因よりも、むしろ上述した7つの要素のうちの起業リスクに関わる環境要因が大きな理由になっていると考えられる。そして、こうした起業環境の差を生み出しているのは、投融資に関する考え方、個人と法人の間の線引きや就業の捉え方、さらにいえばそうしたものを支える社会的な認識等を含む、日米両国の生活文化、企業文化である。

我が国のベンチャービジネスに関する論議は、一方では、バブル傾向を示す米国の投資市場の動向に躍らされ、他方では起業環境を巡る日米の本質的な差が十分に理解されずに進んでいるようにみえる。こうした形でベンチャービジネスへの取り組みが進んでいくことには、2つの点から問題がある。

第1は、風土が違うことを十分に認識せず、バブル傾向を示す米国のベンチャーブームの模倣により行われる投融資の多くが失敗した場合の影響である。現在、国内のベンチャーキャピタルのどれほどが数年後に投資採算を確保でき、公的なベンチャー融資のどれほどが回収の見込みがあるというのだろうかと考えた場合、楽観的な展望を描くことは難しい。上述した環境面での差が認識されず、こうした官民の果敢な試みが失敗に終わったとき、ベンチャービジネス振興そのものに大きなディスインセンティブが働くことになりかねない。こうなれば、本来産業創造機能として重要度の高いはずのベンチャービジネスへの取り組みが減速され、我が国として産業構造変革の大きな機会を失うことにもなり得るのである。

第2は、現在論議されている我が国のベンチャービジネス振興論が、メガコンペティション下での競争力をどれほど意識しているいるのだろうか、という点である。現在、どこの国でも国際競争を意識しない産業政策など有り得ない。我が国のベンチャービジネスに関する議論状況をみると、新産業創造と言いつつ、気がついてみれば、自らの競争力を分析をすることもなしに、相変わらずの米国崇拝型の論議がなされているのが現状といえよう。

3.産業創造施策の視点

1)産業政策からみたベンチャー育成の意義 ベンチャービジネスの育成を産業政策上の観点から見た場合、次の3つの点において意義を見出すことができる。

[1]雇用創出

産業的に成熟し、雇用吸収力が停滞する既存産業の雇用面での代替機能としての意義

[2]中小企業の経営改善

商品の国際競争、大企業の国際展開等により経営上の難しさが増すなか、事業活動の革新が求められている中小企業の新技術開発、融合化等を促進する機能としての意義

[3]新たな産業構造の構築

大企業を頂点としたサプライサイド型の産業構造に刺激を与え、ひいてはこれを革新するための機能としての意義

上述した3つの点のうち、まず第1の点に関していえば、ドラスチックな人員削減を行う米国企業等との国際競争のために実施するリストラや、国内中小企業の圧迫を吸収するだけの広がりのある施策展開が求められている。

第2の点に関しては、これまで我が国産業政策の主流を成してきた施設建設、技術開発支援を中心とした極めてサプライサイドの色彩が強い施策から、ニーズ指向に主眼をおいた施策への転換が求められている。近年では、技術開発であっても、マーケティングや他企業との提携の重要性はますます高まっている。筆者はJRR95年8月号、および96年3月号において、ニーズ指向と企業間提携を軸としたコンソーシアム方式を適用した「地域産業インキュベーション」構想を提案したが、今後は、施策体制の革新とともに、こうした新しい施策による試みが求められている。

さて、産業政策上の第3の観点である、新たな産業構造の構築、といった点であるが、現状までの議論をみる限り、ベンチャービジネスの振興が将来的にどのような産業構造に結びついていくのかを理解することは難しい。ベンチャービジネスも立ち上がってしばらくの期間をおけば、多くは普通の中小企業となる。これが、現在生き残りをかけて苦闘している既存の中小企業と一線を画すとする議論はあまりに論理的でないし、既存の中小企業経営者の努力を軽んじることにもつながる。ベンチャービジネスであっても、起業後は既存の中小企業と同様、生き残りのための辛苦を経験すると考えるのが妥当であろう。まして、そこからマイクロソフトのような国を背負い得る国際企業が生まれてくる確率は万が一であり、これのみを期待して貴重な投融資資金が投じられているのであれば、産業政策としては問題がある。

ベンチャービジネス振興の施策は、自然発生、自発的な事業展開を旨とすべきで、これまでの画一的で計画経済的な産業政策とは違ったものになるべきであるが、それは産業政策としての起業後の放任主義といった姿勢を肯定するものではない。計画的な路線を敷くことはしないまでも、将来の産業構造に対する明確なビジョンを持ち、それを可能とするような有効な触媒として産業政策がどのようにあるべきかに関する議論が重視されていかなくてはならないのである。

2)産業政策の将来方向

前項までに示した、現在の我が国におけるベンチャー振興施策に関する問題点を踏まえたうえで、ベンチャー振興施策に関する取り組み姿勢を検討する前に、まず、我が国の産業政策の基本的な将来方向に関して述べることとする。

これまで、我が国の産業政策では、その時点での有望産業を絞り、その育成のために必要となるインフラの整備や事業支援を中心とした施策が展開されてきた。近年でも、新規成長分野を模索し、新たな産業政策としての投資先を見出そうという試みが成されている。将来においても、もちろん産業上の有望分野は、時々において存在し続けていくであろうが、次の理由から、こうした既存の分野別の「特定産業育成型」の施策姿勢は転換を迫られている。

・ 企業の成長力は、産業分野よりも個別企業の経営努力に依存する傾向が強くなっている。
・ ハイテク産業が日本に残り、既存産業がアジアにシフトしていくといった、雁行的国際産業分担論が崩れている。
・ 近年の成長産業といわれている分野では、補助政策の効力が薄れている。

近年、産業育成政策が以前のような効果を上げることが難しくなったのも、上述したような状況を考えれば当然のことともいえる。今、産業政策に求められているのは、官が手取り足取り産業環境を整備する「特定産業育成型」の政策姿勢から、民間企業の自由な経営判断を活性化することにより産業全体としての発展を図る「企業活動活性型」の政策姿勢への転換である。

「企業活動活性型」の産業政策が目指すなかにおいては、民間企業の自己責任に基づいた起業や投資、あるいは事業提携が自由闊達に行われてなくてはならず、政策の施行側は次の視点を重視した施策姿勢を取るべきである。

・ 有望産業や先端的な企業は、自発的な企業活動の結果として顕在化する。
・ 企業の自発的な活動を阻害する管理や規制は極力撤廃される。
・ 自由競争を阻害するような事業上の既得権益は極力撤廃される。
・ 情報通信インフラのような将来的な企業活動のための共通インフラへの投資は積極的に行われる。

3)ベンチャー振興施策に関する取り組み姿勢

我が国でベンチャービジネスの振興に関する施策を進めていくに当たっては、前項までに示したベンチャービジネス育成一辺倒の議論の危険性と、上述した我が国産業の今後の基本的な方向性を前提として推進方策が検討されなくてはならない。次項以降では、我が国独自の政策の方向性を示すが、ここでその前提となる視点を示せば、次の通りとなる。

[1]長期的視点に立ったベンチャービジネス振興の環境整備

前述した日米の起業環境に関する差は、まさしく国際スタンダードに沿った事業活動を行うに当たっての環境条件に関する課題そのものであり、単にベンチャービジネスの振興にとどまらず、我が国産業全体の振興にとって重要な課題といえる。しかしながら、これらはいずれも一朝一夕に解決できるような簡単な課題ではない。こうした状況を踏まえるのであれば、我が国においてベンチャービジネスが次々に生まれてくる土壌2000をつくり上げるためには、ブームにとらわれた近視眼的な活動ではなく、じっくりと腰を据えた長期的視点に立った取り組み姿勢が求められているといえよう。

[2]国際競争力を確保し得る戦略

ベンチャービジネスに関する環境整備を腰を据えて進めるにしても、産業活動のグローバル化が進んでいるなかにおいては、これをもって我が国の産業上の発展が図れるわけではない。産業としての発展を図るためには、我が国独自の産業資源を活かし、国際競争力を確保し得る戦略の構築が求められている。

[3]産業構造転換への貢献

前項で示した通り、ベンチャービジネスの振興のための施策が、既存の産業資源の有効活用と連動して施行されるのであれば、一連の施策は既存産業の構造転換を含めた我が国産業の将来像の構築に貢献するものでなければならない。

4.日本型産業創造モデル

1)日本型産業創造モデルの特徴

ここでは、前項で示したベンチャービジネス振興施策を進めるに当たっての3つの視点に基づいた、我が国独自の産業創造施策のあり方を検討する。

前項でまとめた議論は、見方を変えていえば、次の通りとなる。

・ 活発な起業やベンチャービジネスの振興が可能となる自由な企業活動のための環境づくりを進める。
・ その環境づくりを通じて我が国全体の産業活動の活性化を図る。
・ 我が国の優れた産業資源をベンチャービジネス振興と融合することによって産業上の国際競争力を確保する。

以上の点を踏まえるのであれば、我が国独自の産業創造を進めるためには、2つの点が重要であることが分かる。1つは、ベンチャービジネスは、自らの振興だけではなく、既存の企業活動を促進し、既存の企業に対してもインセンティブを与え続けるための機能として存在すべきであるということである。そして今ひとつは、我が国おいて生産額でみる以上に、大きな影響力を有し、今なお高い国際競争力を有する我が国の大企業を中心とした既存企業群を巻込んでいかなくてはならないという点である。

しかしながら、ベンチャービジネス振興論においてよく聞かれる指摘として、次のようなものがある。

1.大企業出身者にベンチャービジネスはできない。
2.大企業のベンチャー分野への進出がベンチャービジネスの立ち上がりを阻む。
3.優秀な人材が大企業に集中し、ベンチャービジネスに人材が集まらない。

実際には、大企業経験者でベンチャービジネスを立ち上げた人は数多くいるし、ある大手商社では、社内ベンチャー制度により立ち上げた子会社の経営者の給与があまりに高額になりすぎて対応に苦慮しているとの話も聞く。また、米国でもコンパックやアップルを生み出したのは、TIはHPのような大企業の出身者である。創業者の経歴によってベンチャービジネスになり得るか否を評価すること自体、根拠のない指摘なのである。

一方、ベンチャービジネスへの新たな人材供給源としての大学をみても、ベンチャー関連の単位を取得しようとする学生でさえ、卒業後にベンチャービジネスを興そうとする者の割合は少なく、今後ともしばらくの間は、大企業に優秀な人材が集まる傾向は変わらないと考えられる。であるとすれば、こうした状況を嘆くのではなく、むしろ大企業に集まる優秀な人材を如何に創造的な産業活動に参加させるか、と考えることが人材の面からも現実的な取り組みなのである。

以上を前提として、大企業を中心とする我が国の既存企業の経営のなかで、どのようなトレンドが起こっているのかをみてみよう。

近年、企業経営のなかで注目されているキーワードとして、次に示すようなものがある。

・ カンパニー制
・ 持ち株会社制
・ 時価評価制度
・ 連結決算、連結納税制度
・ コアコンピタンス
・ アウトソーシング
・ イントラネット

これらの一連のキーワードの1つ1つの間には、取りたてた関係は存在しないようにもみえるが、全体を概観すれば、企業経営における大きなトレンドがみえる。それは、企業が保有する広い意味での事業資産が、市場価値で評価され、市場価値に沿った企業の経営判断がより先鋭的に行われる方向にあるということである。これは含み益に代表されるような日本企業の不透明な経営が、国際ビジネスの共通評価軸としての市場価値を中軸とした経営に変革していくということである。

市場価値型の経営方式の有効性は、すでに結果として表れている。ここでは、上述したキーワードのうち、事業資産としての事業部を市場価値で評価するための有効な手段としてのカンパニー制を取り上げて実際の例を挙げよう。

カンパニー制に近い経営方式を長年採用してきている代表的な企業として三菱重工業が挙げられる。同社は機械、構造物、プラント等を事業の柱としており、その商品構成をみる限り、一般には成熟産業として位置づけられるものが多く、際立って高い収益性が確保できる事業として理解されていない。しかしながら、95年度の同社の決算をみれば、売上高経常利益率6%、ROE9%、という、日本の大企業としてはトップクラスの実績を示している。同種の事業を営む他社の事業実績がこれをはるかに下回る内容であることをみれば、同社の経営方式に何らかの差別性があることは明らかであろう。それに該当するものとしては、いくつもの方式が指摘できるのであろうが、部課ごとに本社に対する損益が累積され、それがそのまま当該部課のコストに反映され、ひいてはそこで就業する一人一人の社員までにも市場原理に基づいた厳格なコスト意識が根づくカンパニー制に近い同社の経営方式が大きな成果を上げていると考えることに無理はない。

こうした歴史ある大企業の成功事例を背景として、近年多くの大企業でカンパニー制や能力式人事制度の導入が急速に進んでいる。米国や国内での既存事例をみても、市場指向型の経営方式は相応の事業成果を出すであろうし、そうであれば、市場指向型の経営方式は日本企業の高い学習能力により急速に普及するであろう。また、昨今検討されている持ち株会社制度の解禁が行われれば、さらにドラスチックな経営形態に進化していくことと考えられる。

既存企業の経営方式の刷新は、これまでともすれば閉鎖的といわれてきた我が国企業の経営姿勢を、市場での評価を第一義におく開放型に向かわせることになろう。そして、カンパニー制や持ち株会社制度により括られたマネージメントの核(持ち株会社制度であれば持ち株会社)を中心とし、活性化された事業単位により構成される大企業系のバウンダリーは、既存の大企業のそれよりもより緩いものになり、結果として企業間、事業単位間での活発な市場取引、事業提携をベースとした産業構造が形成され得るのである。

2)日本型産業創造モデルのあり方

我が国の産業が国際競争のなかで競争力を発揮し得る構造を構築していくためには、上述した大企業の変革のエネルギーを抜きにして考えることはできない。産業政策としての国際競争を考えたとき、起業、アントレプナー発掘のために我が国以上の良好な環境を維持しているのは何も米国だけではない。しかしながら、一方で多くの大企業が上述した優位点を持ちながら、総体として大きく経営の舵を切ろうとしているような条件を有している国も、またそうあるものではない。

そして、構造変革に向けた環境は、バブル崩壊後の混沌の中から生み出されたものであり、ベンチャーブームと相俟って今こそが、危機転じて新たな産業構造への変革となるための絶好の機会といえる。

すなわち、大企業の変革トレンドとベンチャービジネス振興を両輪とした、自由闊達な事業体の立ち上げが行われるような構造こそが、我が国が指向すべき産業創造モデルなのである。そこでは、カンパニー制や持ち株会社制などにより、市場に密接した事業体が、新たな事業体として発展したり、ベンチャービジネスとの戦略的な提携を展開していくことになる。

こうしたモデルは、大企業、ベンチャービジネスの両者にとってメリットをもたらし得る相互進化型のモデルである。

一般的に、ベンチャービジネスでは、単一ないしは少ない事業シーズを基に事業を立ち上げているが故に、将来的な事業の発展のためには他の事業シーズの取り込みや、それとの提携が必要になってくる。また、事業の拡大にしたがって、生産能力や経営の安定性のためのマネージメント能力の確保も重要となってくる。大企業が革新し、自社の有する事業資源を事業提携等を手段として、市場に開放するようになれば、ベンチャービジネスとしても事業拡大にかかわるリスクの低減や事業拡大の迅速化を図ることが可能となる。また、大企業の改革トレンドとこうした事業提携が進めば、大企業の人材の専門化とベンチャービジネスへの人材流動を促し、冒頭で示した起業リスクの低減につながっていくことにもなる。

また、大企業にしてみても、ベンチャービジネスや他企業との提携を進めることにより、先端的な技術の取り込みや、自社資源の有効活用が図れるだけではなく、事業実施に当たっての自社内の市場指向を高揚することが可能となる。そして、多面的な提携活動の総合的な結果が、新たな事業シーズを生み出し続ける企業体質づくりへとつながっていくのである。

大企業の変革とベンチャービジネスの活動による日本型産業創造モデルのなかでは、ベンチャービジネスと、持ち株会社等の大企業系の核を中心として衛星のように配される専門的な事業単位の間で様々な提携が繰り返される。目指すべきはベンチャービジネスでもなく、大企業でもなく、起業、提携といった企業の活動それ自体なのである。ここで、こうした活動のパターンを示せば、次の通りとなろう。

[1]ベンチャービジネスの単独拡大

強力な事業シーズをもって業界を代表するような企業へと成長するベンチャービジネスの発展形態である。 確率的にはきわめて低いが、産業創造トレンドの成功物語として重要な意味を有する。発生確率を高めるためには、ベンチャービジネスの起業数を拡大することが必要となる。

[2]ベンチャービジネス間の提携

ベンチャービジネスが事業の発展に伴い、他のベンチャービジネスと補完的な戦略的提携を行うケースである。

ベンチャービジネスの継続的な事業の拡大、産業上の核企業へとの発展、および活性の維持のために重要な意味を有する。

[3]ベンチャービジネス-大企業系間の提携

ベンチャービジネスと、大企業から派生した事業会社や事業単位が戦略的提携を行うケースである。 大企業が有する事業上の資産とベンチャービジネスが有する新たな活力が融合するという意味で、本モデルの中核を成す提携モデルといえる。

[4]大企業系間の提携

大企業系に属する事業会社、事業単位同士が戦略的な提携を行うケースである。

これまでも大企業同士の提携は行われてきたが、本モデルのなかでは、大企業系に含まれる事業会社や事業単位における戦略的指向や迅速な意思決定が重視された形で提携が進むことが重要である。

[5]中堅ベンチャー

これまで日本の産業構造を支えてきたのは大企業だけではない。大企業と密接な事業上の関係を有してきた優良な中小企業が果たしてきた役割は大きい。

したがって、提携等による成長指向だけではなく、企業としての規模的な成長は小さくとも、優良で差別性の高い中小企業を育成していくことは、創造型の産業政策の重要なテーマでもある。

[6]敗者復活ベンチャー

起業家となり得る人材は、ベンチャービジネス育成のための最も重要な産業資源の一つである。しかしながら、前述した通りの我が国での起業リスクが改善されないのであれば、10件に8件が失敗するといわれているベンチャービジネスへの果敢な取り組みにより、我が国は貴重な産業資源を大量に失っていくことになる。

1度や2度の起業の失敗があっても、再び起業に向かっていけるような環境をつくり、起業人材を維持していくことは、むしろベンチャービジネスの育成よりも重要な産業政策上の視点といえる。

上述したようなベンチャービジネス、大企業の活動による日本型産業創造モデルにおいて重要なものは、大企業の経営改革トレンドのベースにもなっている、市場指向である。そこにおいて必要となるものは、市場価値を評価軸として事業体制の構築や事業提携がいかに自由に行えるかであり、上述したようなモデルに対して市場価値に即さない制度や規制が整備されることは望ましくない。むしろ、本モデルは市場原理に即した企業経営、事業運営のための環境づくりの結果として捉えられるべきものであり、事業上の自由度がいかに確保されるかといった視点が重要である。

以下では、こうした認識から、次節においてモデル内での企業運営、事業運営の方式を述べ、それに続いて、本モデルを実現するための、大企業、ベンチャービジネス、のとるべき姿勢を述べることとする。

5.日本型産業創造モデルにおける企業活動

1)バーチャルコーポレーションによる事業運営

上述した日本型産業創造モデルにおいては、ベンチャービジネス、大企業の間で合弁会社が次々と設立されるようにみえるが、こうした提携は必ずしも合弁会社の設立を意味している訳ではない。

企業同士の事業上の意向が一致し、指向性と独立性を高めた事業運営を指向していくのであれば、合弁会社を設立することの意味は大きい。しかしながら、事業の対象が新産業のような環境変化の早い産業であるような場合は必ずしも有利でない面があるうえ、事業提携に比べ、一般的に次に示すようなハードルが存在する。

[1]企業保有意識

合弁企業を設立する際の第1のハードルは企業の保有意識である。大企業であれば、経営権の確保による系列化指向が存在し、ベンチャービジネスにおいては、創業者の強い企業保有意識がある。最近ではいくつか事例が出て来てはいるものの、大企業がベンチャービジネスと合弁会社を設立するような場合、これを系列内に取り込もうとする指向は依然強く存在する。また、創業者意識を捨てたベンチャービジネス同士の団結もいまだ一般的とは言い難い状況にある。

[2]投資に対する認識

現在の大企業の関連会社を含めた連結管理は、損益採算を中心とする傾向が強いが、ベンチャービジネスでは、キャッシュフローを重視する傾向が強い。大企業においても持ち株会社制度が普及するようになれば、こうした違いも是正されていくものと考えられるが、当面は投資、事業運営における意見の食い違いを生む原因と成り得る可能性が高い。

[3]設立までの手間

事業提携であれば、事業の運営に必要な項目についてのみ合意すればよいが、合弁会社を設立するとなると、株式のシェアや役員の選出等、必ずしも事業の運営に直接的に関係しない項目に関しても合意を得なくてはならない。これに会社設立の事務手続きを加えると、合弁会社設立のために費やす労力は事業提携に比べてかなり大きなものとなる。

以上のようなハードルが存在することに加え、前述した通り、今後大企業でも企業のバウンダリーがより緩やかなものになっていき、さらには情報通信システムの発達により企業間のコミュニケーションが容易になることを考慮するのであれば、複数企業間での事業運営は、より柔軟性を帯びた形態において将来的な可能性が秘められていると考えることができる。したがって、本論で示すところの日本型産業創造モデルにおいては、提携のためには必ずしも合弁会社を設立ことを前提とせず、むしろ独立した企業間での自由な事業提携に基づく、バーチャルコーポレーションを中心とした事業運営を前提とすることとする。

しかしながら、バーチャルコーポレーションに似たような事業運営は、すでに世の中で数多く実施されており、これを名乗ること自体が新しい事業運営の方向性を示すには当たらない。新しい産業モデルの事業活動の基本形態をバーチャルコーポレーションとするのであるなら、その概念も、これまでの単なる提携による事業活動の枠組みを超えた先進的な形態が目指されなくてはならない。

日本型産業創造モデルの中核的運営方式としてのバーチャルコーポレーションに必要となる基本的な理念は、市場原理と事業上のエクセレンスである。すなわち、そこにおいては、高い競争力と事業利益が目指され、提携の対象となる企業の事業シーズは、常に時々の市場評価に基づいて選出され、事業提携が既得権化することのない柔軟性のある形態が維持されなくてはならない。

こうした観点から、バーチャルコーポレーションによる事業運営において、事業体に求められる事業運営上の機能を示せば、次の通りとなる。

[1]エクセレンスベースの事業体構成

バーチャルコーポレーションがベストオブエブリシングの理念により形成されるために最も必要なことは、参画する事業体が事業シーズの市場での競争優位を前提に選出されることである。こうした観点のないバーチャルコーポレーションは、事業上の権益が既得権化し、最終的に市場競争力を失うことになる。

したがって、バーチャルコーポレーションに参画する事業体の運営においては、まず各々の事業体が事業分野を絞り込み、エクセレンスのある事業シーズを育成していくことが前提となる。大企業の経営であれば、競争優位にある事業シーズに対して独立性のある運営体制を確保していくことになる。

また、バーチャルコーポレーションに参画する企業の顔ぶれは、原則として事業シーズの盛衰により変化し得る構造とし、既得権化を防ぐ運営が行われなくてはならない。

[2]契約型事業運営

市場での競争優位を有する事業体同士の提携により、事業が運営されていくためには、各事業体の役割や権益が明確にされなくてはならない。そのためには、対象となる事業の性格に即した契約が、各事業体において、事業スケジュールを乱すことなく、迅速に締結できる機能を確保することが不可欠である。

これは、必ずしも米国型の過度の弁護士社会を肯定するものではない。事業ビジョンよりもリスクヘッジが先行しがちな弁護士的交渉は、むしろバーチャルコーポレーションの運営を阻害する可能性が高い。ここにおいて求められるのは、弁護士等の専門家の知識と経営ビジョンを結び、これを事業上の総合的な観点からコントロールできる、ビジネスコーディネーターの存在である。

[3]システム化

バーチャルコーポレーションでは、事業体、事業会社間の壁を越えた運営が求められるだけに、ややもすると単一企業内での事業運営に比べて業務の効率性の面で劣る結果になることもある。

異なった事業体の間での運営の効率性を生み出すのは、事業上の取引のシステム化である。というよりも、インターネット、イントラネットのような先進的なシステムが最大限に活かせるような、先進的な運営形態に立脚した事業を構築することが求められているのである。

すなわち、バーチャルコーポレーションのシステム化においては、取り入れられる先進的なシステムの機能そのものによる業務効率化よりも、システム構築のために実施される、異なった事業体の間で事業運営のためのビジネスフォーマティングが重視されなくてはならないのである。

[4]投資回収型財務運営

複数の企業が参画するバーチャルコーポレーションの運営においては、参画する企業間において共通の財務上の目標が設定されなくてはならない。こうした財務上の共通目標としては、当該事業に関する投資回収率が用いられるのが最も適切であると考えられる。

前述したように、現状では大企業の連結運営とベンチャービジネスによる投資の間では、財務上の目標のうえで若干の齟齬があるが、大企業にしても事業資源を複数の事業に投資するようになり、持ち株会社的な運営が普及すれば、投資回収率そのものが、直接当該の大企業系の利益に近づくことになる。

2)ベンチャービジネスに求められる経営姿勢

オープン経営 前節までにおいて示した日本型産業創造モデル、あるいはバーチャルコーポレーションにベンチャービジネスが参画していくためには少なくとも2つの条件がある。

まずは、前述したバーチャルコーポレーション構成のための第1の条件である、エクセレンスづくりである。特定の技術を核として設立されたベンチャービジネスであれば、核技術の徹底した差別化と技術の陳腐化を防ぎ得るような事業計画が不可欠となる。技術的な進歩が急激な昨今において、一企業が技術上の先端性を維持し続けていくことは難しい。1度、市場に通用する技術を獲得したのであれば、それを核として、他企業との技術上の提携を拡大し、自らの技術の波及力を如何に高め得るかといった視点が重要になる。

しかし、むしろ我が国では、米国に比べて技術立脚型のベンチャービジネスの比率が低いため、どのように事業上のエクセレンスを構築していくかが重要な課題となる。

流通業を例にとれば、設立当初は、ネットワーク上のエクセレンスを発揮し、一つのビジネスシステムを立ち上げても、時を経るにしたがって、その位置づけが既得権化した例が少なからず存在している現状を踏まえた事業上の戦略が必要である。流通業における既得権益への固執は、流通システム全体としての市場競争力の低下につながっていく。流通システムを立ち上げた事業者の利益と、流通システム全体としての市場競争力を共存させていくためには、流通ネットワークの拡大等により、システム全体としての利益が急速に増大していくような構造をつくり上げていくことが必要となる。そして、ここでもネットワークの拡大のために事業提携が大きな役割を発揮し得ることになるのである。

ベンチャービジネスに求められるもう一つの姿勢は、企業の保有意識の柔軟性である。企業の保有に対する固執は、起業家の一つの特質であるし、産業創造と銘打つ以上、これのすべてを否定することはできない。しかしながら、個人の企業保有意識は、提携等による企業としての存続と発展のための合理的な判断を阻害するものであってはならない。

企業の保有を創業者利益の維持と解釈すれば、企業や事業シーズの資産上の価値を明確にし、事業提携や合弁会社の設立が、そうした価値の上昇と同調するような企業運営が求められていることになる。こうした経営姿勢を維持することができれば、事業提携においても交渉上のバーゲニングを明確にし、有利な条件での事業の拡大が可能となるうえ、自社の成長資源を常に社外にも求める姿勢が維持されることで、自社のエクセレンスの普及力を高め、結果として独立独歩の経営に比べて、創業者として資産上の利益をも拡大させていくのである。

上述した、ベンチャービジネスに求められる2つの姿勢を実現するために必要な理念は、開かれた経営方針である。企業保有といった通常オーナーにありがちな意識を超えて、事業の発展、市場の動向といった、より開かれた視線をいかに優先させ得るかといった点が重要になるのである。また、こうした市場に目を向けて開かれた経営姿勢は、個人と法人が過度に結びついたが故の起業のリスクを低減させることにもつながっていくのである。

3)大企業に求められる経営姿勢

イントラプレナー経営 日本型産業創造モデルのなかで、大企業に求められるのは、カンパニー制や持ち株会社制による、事業単位ごとに市場での評価と個人における事業者意識が明確になるような経営体制である。したがって、ここにおいても、実質的にはバーチャルコーポレーションが事業運営上の重要な方式となる。

前節で示した、バーチャルコーポレーション運営における4つの視点、エクセレンスづくり、契約型事業運営、システム化、投資回収型財務運営、は必ずしも容易ではないものの、相応の体力を有した大企業においては、どれも実現を現実的に捉えられるものである。これらを着実に実現したうえで、大企業において最も大きな課題となるのは、各事業体を運営してくリーダーの存在である。

社内起業家、イントラプレナー、の育成に関する試みが始まっているが、いまだ緒に就いたばかりで、大企業経営のなかでの位置づけが明確になっている訳ではない。大企業系のなかで社内起業家の育成が十分な位置づけを持たないのであれば、始まったばかりの社内起業活動も、いずれは経営上の重荷となる可能性がある。

大企業系に属する事業単位の経営に関しては、2つの立場がある。一つは、大企業系内の事業単位として、系全体としての方向性を維持しながら経営される立場である。そして、もう一つは、市場原理により運営される事業単位として、市場の流れを取り込み、系全体の運営に様々な角度から市場の影響を与える立場である。市場での優位性を保った事業単位が、こうした二方向の引力を受けながら運営されることにより、求心力と市場競争力を両立した大企業系の経営が可能となるのである。

大企業系内での起業家、イントラプレナーは、バーチャルコーポレーション経営に精通した、上述したような事業単位のリーダーとして位置づけられるべきなのである。そこでは単なる起業のためのアイデアや起業家マインドだけではなく、事業体運営のプロフェッショナルとしての素養が求められる。したがって、産業創造時代のイントラプレナーの育成は、単なる社内募集だけではなく、それを輩出するための人材育成計画、さらにいえばイントラプレナー経営の経営理念に裏打ちされなくてはならないのである。

イントラプレナーを輩出させるための経営方式に関しては、今後も提言を続けていくが、本論においてその条件を提示すれば次の通りとなる。

[1]投資型人材育成

大企業でイントラプレナーが必要とされたとしても、期待される発生確率はせいぜい100人に2、3人程度で十分である。したがって、イントラプレナーは、社内で社内起業家としての資質に秀でた希少性のある人材なのである。これを前提とすれば、次に示す2つの点が重要となる。

1つは、イントラプレナーを目指す人材とそうでない人材の間での、給与、カリキュラム面での健全なる不平等性が確保されることである。すなわち、イントラプレナーを目指す人材においては、自己責任原則に基づく、ハイリスク・ハイリターンの処遇が用意されるべきだし、そうでない人材に関しては、能力給をベースとした組織員としての処遇が用意されなくてはならない。

2つめは、イントラプレナーに対する投資的な処遇である。アントレプレナーとイントラプレナーの大きな違いの一つに、前者は事業や人材に対する投資の実施者になるのに対して、後者は資本家からの人材面での投資対象となり得る、という点である。特に、後述する開かれた人材確保が追求されるのであれば、こうした傾向はさらに高まっていく。イントラプレナーに当たる優秀な人材を企業の内外から確保しようとした時、そのインセンティブをすべて後払いの成功報酬に帰するのには無理がある。投資する側の企業にしても、投資的な処遇によりリスクを共有するといった姿勢が必要である。また、こうした人材に対する投資的な処遇が、イントラプレナーに関するスカウト人事を可能としていくことにもなるのである。

[2]開かれた人材確保

バーチャルコーポレーションの組成が市場性を旨とするのであれば、それを指揮するイントラプレナーの能力も市場性に基づいたものでなくてはならない。したがって、社内起業家としてのイントラプレナーの地位は、間違っても年功序列などではあってはいけないし、常に社外からのスカウト人材との比較評価に曝されなくてはならない。

そして、ある事業のリーダーとして社内のイントラプレナーの力量が十分でないのであれば、投資家としての企業は、社外からの人材の確保に対して迷いがあってはならないのである。こうした開放型のイントラプレナー人材の確保方式は、イントラプレナーと活動をともにする事業体の組織員の採用に関しても、能力に応じた採用を求めることになり、結果として日本企業の一括採用方式も変革を避けざるを得ないこととなるのである。

[3]ネットワーク型人材の育成

本論で示した日本型産業創造モデルにより、大企業のバウンダリーが緩やかなものになったとしても、前述した通り、大企業系に属する事業体は、特定の事業理念、事業に対するポリシーに則って運営されていかなくてはならない。したがって、その中心となるイントラプレナーにも、他の事業体との連携、さらには外部との戦略的な提携を行うだけの能力が当然要求される。

しかしながら、これまでの社内教育システムやOJTで、この手のネットワーク能力を培うために有用なものはほとんどないと言っても過言ではない。

バーチャルコーポレーションに必要となるネットワーク能力は、営業ネットワークとしての機能にとどまるものではない。そこでは、自らある事業なりプロジェクトなりを企画し、それに参画する人材や団体を収集し、事業、プロジェクトを遂行していくといった事業創造能力が重要となるのである。

したがって、バーチャルコーポレーション運営のためのネットワーク能力を培っていくためには、上述したような要素を含んだ事業創造活動の体験を積み重ねることが可能となる、OJTでもない、単なる机上の学習システムでもない、新たな人材トレーニングの方法が求められているのである。

[4]ボトムアップ型の経営理念

イントラプレナー型の経営方式の最後のポイントは、大企業系を統括するトップダウン方向のポリシーと、イントラプレナーのインセンティブである、ボトムアップ方向の事業活力をどのように融合させるかという点である。

大企業系が1つの体を成して事業を運営していくためには、明確な系としてのポリシーが必要であり、事業項目の選択、投資評価等において、ボトムアップの突き上げに迎合するようなことがあってはならない。こうした系としての強い意志は、大企業のバウンダリーが緩まれば緩まるほど強く求められる資質である。ボトムアップとトップダウンは相反する概念として理解されがちであるが、独自性を持った多数の事業体から構成される大企業系で、市場のニーズ吸い上げるボトムアップの意志を経営に反映し得るのは、むしろより強力なトップの意志なのである。それは、可能性の有る事業体への投資の決断は、優秀なトップの個性なくしてはあり得ないからである。

ボトムアップからの活力の経営への反映は、事業領域や事業項目に関するトップダウン方向の合議という形ではなく、イントラプレナーの輩出を経営のなかに明確に位置づけることによって実現されるべきなのである。すなわち、系の経営方向の決定に関するトップの意志と事業体の運営を委ねるイントラプレナー人材の尊重が相互に作用することにより、日本型産業創造時代の企業経営が実現するのである。

以上、ベンチャビジネスブームを超えた産業創造モデルの考え方と、その実現のための活動方策について記した。

なお、日本総研では今後こうした議論をたたき台として、企業におけるイントラプレナー育成戦略、あるいは地域単位での産業創造活動のための施策体制作り等に関する提言活動、支援活動を展開していく所存である。
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