Business & Economic Review 1997年03月号
【OPINION】
地方分権に政治のリーダーシップを
1997年02月25日
現在、わが国は社会の活力を殺ぐ過剰な規制と不透明なルールに悩んでいる。目下の急務である地方分権についてみても、地方行政を律するルールの形骸化と不透明化が顕著である。これは、憲法のいう地方自治の基本理念、いわゆる「地方自治の本旨」が形骸化しているうえ、地方行政に対する中央の関与のあり方が過度に裁量的なためである。「地方自治の本旨」とは、国と地方が上下関係ではなく対等・協力な関係に基づいて行政機能を分担し、それぞれの範囲内で主権者の参加と自己決定、自己責任を実現することである。来るべき分権型社会は、この基本理念を体現した法に照らして、住民の納得を得るものでなければならない。現在の中央による裁量的な行政統制を排除し、法律に基づく透明な行政を地方の手で実現する仕組みを新たに構築する必要がある。
96年12月20日、分権型社会の実現に向けた計画の立案および改革の実施状況の監視を任務とする地方分権推進委員会(以下、分権委)が、第一次勧告「分権型社会の創造」を内閣総理大臣に提出した。なお、当初予定されていた税財源問題に関する勧告は97年6月に延期された。今回の勧告の意義は、新たな行政事務区分の設定によって国の関与の見直しを進め、地方の事務執行を中央の行政統制から解き放つ点にある。この観点に立ち、分権委は2点について勧告を行っている。
第1に、機関委任事務を廃し、地方が専ら担うべき自治事務と地方が国から受託する法定受託事務に分類するよう勧告した。さらに、国と地方の主張が対立した場合に備えて第三者的な調停委員会を設置し、準司法的な調停を迅速に進めるよう求めている。
第2に、国の関与について、国と地方の関係を律する一般ルール法の策定を勧告した。一般ルール法は、地方行政関連の個別法を制定、解釈、運用する際の原則を定めるもので、国の関与の基本類型や手続き等が明記される。一般ルール法の下位に位置する個別法は、これらの類型から国の関与方法を選ぶ形となり、これによって地方行政における事務執行の公正と透明性の確保を図るべきことを勧告は主張している。
このように、第一次勧告は立法統制、司法統制重視へと転ずる契機となるものである。しかし、その内容は不徹底であり、残された問題点も多い。
第1の問題は、機関委任事務の廃止が形式的な分権にとどまり、実質的には地方が国の法律解釈や関与に縛られる事態が続くおそれがあることである。現行の機関委任事務は[1]廃止、[2]自治事務化、[3]法定受託事務化のいずれかに分類されることになるが、561にのぼる機関委任事務のうち、結論が先送りされたものが相当数に上っている。そのうえ、自治事務化が決まった機関委任事務についても、事前協議や指導などの関与を通じて国の権限が相当程度維持される見通しである。
第2の問題は、一般ルール法の内容と効果に限界が予想される点である。分権委は、一般ルール法に分権型社会の要件を具体的には盛り込まず、基本原理の提示にとどめる模様である。しかし、個別法総体を律する規定が具体性を欠けば、中央の裁量的な統制手法を一掃することは難しく、勧告の効果が半減しかねない。分権型社会の要件を、個別法の趣旨や目的、解釈や運用方法に実質的に反映させる工夫が必要である。
以上、分権委の勧告の問題点を踏まえ、今後の課題を2点挙げたい。
第1に、機関委任事務の廃止を機に、地方行政に対する中央の裁量的統制を徹底して排除することが重要である。すなわち、分類が先送りされた機関委任事務について自治事務化を図るとともに、各々の事務を律する個別法の改定に際し、国の関与を最小限に押さえる必要がある。一般ルール法の限界が予想される以上、個別法を見直す段階においては、分権の形骸化を招きかねない省庁主導の法改正を避けるべきであり、この点、立法府の果たす役割が極めて重要となる。他方、分権委には、「改革の実施状況に対する監視」というもう一つの任務があり、この権限を最大限に活用することにより、立法過程において中央省庁を牽制し立法府を督励する役割が期待される。
第2に、分権改革のもうひとつの柱である税財源問題について、その改革が第一次勧告の成否を大きく左右するものであるだけに、大胆な見直しを期す必要がある。税財源は行政事務を担保するものであり、改革に当たっては、地方の事務量に見合った自主財源の確保および地方による自立的な財政運用をめざす必要がある。また、税財源改革は、地域住民が自らのニーズと自己負担を勘案したうえで行政サービスの水準を選択する、自己責任、自己決定ルールを導入するうえでも不可欠である。これらの改革の方向を示す97年6月の第二次勧告へ向け、分権委の一層の努力が期待される。とりわけ、裁量的な行政統制の背後にある税財源問題、すなわち、法律上に明文の規定を欠きながら、補助金等の付与権限を通じて中央が過剰な影響力を行使する不透明な構造について、踏み込んだ対策が望まれるが、中央省庁の抵抗で後退の兆しをみせつつある同委の姿勢には懸念を禁じ得ない。ただし、税財源改革については、分権委の努力にも増して、政府・与党のリーダーシップが重要である。今回頑強な抵抗を示した省庁に加え、個別の利害に絡む議員の抵抗も予想される厳しい環境のなかで、分権委をバックアップし、地方分権改革に推進力を与え得るのは、トップに立つ政治家の意欲とリーダーシップ以外に無い。同時に、政治に分権改革のインセンティブを与える観点から、世論の支持もまた不可欠である。
最後に、上記の改革を通じて地方への権限、税財源の移譲が円滑になされても、分権改革はいまだ道半ばであることを忘れてはならない。地方政府における事務の効率化と行政能力の向上、地方における官民の役割分担、地方政府に対する外部からの監査やチェック体制の構築・運営等、課題は山積している。中央と地方の間で、官官の役割分担論議に費やす時間はもはや残されていないことを、政治は銘記すべきである。