Business & Economic Review 1997年03月号
【OPINION】
外為法改正が加速する東京金融市場の空洞化-日本版ビッグバンの前倒し実施を
1997年02月25日
1996年12月19日、外国為替等審議会法制特別部会は、外国為替管理制度の抜本的な見直しを求める報告をまとめた。これによれば、[1]「外国為替公認銀行(いわゆる為銀)」制度が廃止され、事業法人等も、従来のように外国為替公認銀行を通すことなく、原則として自由に外国為替業務を行い得るようになるほか、[2]内外資本取引にかかる事前の許可・届出制が廃止され、事後報告制度に切り替えられることとされている。要するに、本報告の内容に沿った改革が実行に移されれば、わが国の事業法人や個人は、これまでの為銀主義や事前許可・届出主義に拘束されることなく、自由かつ機動的に、外国の金融機関や事業法人等と取引を行うことができるようになるわけである。
この外国為替管理制度の抜本的な見直しは、96年11月11日に橋本首相が打ち出した2001年までの完成を目途とした金融システム改革案(いわゆる「日本版ビッグバン」)の中で、フロントランナーとして位置づけられるべきものとされている。しかしながら、他の分野で必要とされる金融システム改革に先行して外為制度の改革のみが98年度に実施に移されれば、東京金融市場の空洞化が一段と進展しかねない点に留意する必要がある。
すなわち、この外為制度の改革の実施は、まず第1に、わが国の投資家(事業法人、個人)にとっては、自らの金融資産の運用手段の選択肢が、わが国の金融機関の商品のみならず、外国の金融機関が提供する幅広い商品に拡大することを意味する。投資家としては、海外の金融機関がわが国の金融機関に比較してより有利な商品を提供していれば当然そちらを選択することが可能になる。
第2に、わが国の投資家にとっては、金融機関の提供するサービスの対価である手数料等に対する選択肢も拡がることになる。例えば、わが国の金融機関は外国為替関係できわめて複雑な体系の手数料を顧客から徴収しているのが現状であるが、外国の金融機関の手数料がより安ければ顧客は当然そちらにシフトすることになろう。ちなみに、海外との輸出入取引を活発に行っているような事業法人は、その決済に当たって、従来から子会社である海外現地法人を通じて為替手数料を節約するためのネッティング(相殺)を行ってきているが、今後は本社自体によるネッティングや金融機関を通さない海外企業との直接取引が一段と活発化しよう。この他、わが国の水準が他国に比し高いとされる有価証券取引の手数料も、国際的な競争の下では取引を海外に流出させる要因となろう。
第3に、わが国の投資家は、東京金融市場に制度上不利な点があれば、外国の市場を資産運用の場所として選択することになろう。例えば、東京金融市場に、資産取引にかかる他国にはないような税制が存在すれば、取引は当然そのような税制のない海外に流出しよう。また、金融取引にかかる法制度や会計制度の整備状況、決済システムの運営上の安全性・効率性の度合い等の点も、資産の運用場所を選択するうえでの尺度に加えられることになろう。
このように考えると、外為制度の改革のみが先行して進められることになれば、わが国の金融市場の空洞化をかえって加速させることは自明である。空洞化を回避するためには、まず金融機関が、魅力的かつ競争力のある商品を顧客に提供していくことが必要であり、金融機関自身の努力が求められることは論をまたない。アメリカで人気の高いキャッシュ・マネジメント・アカウント(決済機能を持ったMMFと投資信託を組み合わせた商品)の導入等は検討に値しよう。
これに加えて、日本版ビッグバンを前倒し実施することによって、商品、業務分野、手数料等にかかわる有形・無形の規制の緩和・撤廃を早急に進めていく必要がある。例えば、有価証券や保険商品の販売に関する規制緩和、CPや資産担保証券の発行にかかわる規制緩和、デリバティブ関連の規制撤廃、銀行・証券等の業態別子会社の業務分野規制の撤廃、有価証券売買委託手数料の完全自由化、等の早急な実施が望まれるところである。
さらに、東京金融市場の整備促進も不可欠である。東京金融市場には、上述のように、税制度、法制度、会計制度、決済システム等の面で、諸外国に比し未整備な面が残されており、空洞化を回避するためにはわが国の諸制度をグローバル・スタンダードに揃えることが喫緊の課題となる。とりわけ重要なのは、税制度の改革である。わが国には有価証券取引税がいまなお存在しているが、金融の証券化、グローバル化が進展するなかで、有価証券取引税や類似の租税を軽減・撤廃することが海外の主要国の間での潮流となっていることからみても、その一刻も早い撤廃が求められる。
「日本版ビッグバン」は2001年の完成を目途としている。しかしながら、情報化、グローバル化の進展等、内外の金融市場を取り巻く環境はきわめて速いスピードで変化しており、2001年が目途では遅すぎる。わが国金融システムの国際競争力強化を図るため、橋本首相の構想には触れられていない点も含め、真の「日本版ビッグバン」の速やかな実行が求められる。