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Business & Economic Review 1996年12月号

【OPINION】
財政赤字削減を巡る視点

1996年11月25日  


わが国財政の現状は、先進国の中でも極めて深刻な状況にある。96年度末の国債発行残高は240兆円を超えることが確実視されているほか、一般政府の財政赤字(社会保障基金を除くベース)の対名目GDP比率は、7.4%(96年、OECD)、同じく一般政府の長期債務残高の名目GDP比率は89%(同)と、G7諸国の中でも最悪の状況となっている。さらに、中長期的にみても、わが国は欧米諸国が経験しなかったスピードで高齢化社会を迎える。このままでは、高齢化に伴う医療・年金等の社会保障に関わる支出の増大によって、財政破綻が現実のものとなりかねないとの指摘が各方面よりなされている。こうした危機的ともいえる状況を前にして、財政当局はもちろんのこと財界や民間研究機関も含めて、財政赤字の放置は経済に悪影響を及ぼすため、欧米諸国のように何らかの財政再建目標を設けて早急に赤字を減らしていくべきであるとの考え方がほぼコンセンサスとなっているように見受けられる。

しかし、こうした議論は、[1]財政赤字の量的側面にウェイトが置かれ過ぎているきらいがある、[2]高水準の貯蓄があるなど日本経済の発展段階を無視して単純に欧米諸国の経験・潮流をそのままわが国に適用しようとしている、[3]足元の赤字の大きさと高齢化による赤字拡大を同列に論じている、との点で問題なしとしない。わが国が現在直面している財政危機の本質は量的危機ではなく、質的危機であるとの基本認識のもとで、今後のわが国の財政赤字削減のあり方に関しては、次のような視点に立脚して考える必要があろう。

第1は、経常黒字・貯蓄超過国が有する財政赤字は、経済に深刻な悪影響を与えるわけではないという点である。マクロ経済学的には、財政赤字の拡大は[1]国内金利の上昇を通じて設備投資を抑制する(クラウディングアウト)、[2]円高によって国内景気にデフレ圧力をもたらす(マンデル・フレミング効果)の2つのルートを通じて経済にマイナスの影響をもたらすとされているが、わが国では少なくともこれまでのところ、こうした悪影響は生じておらず経常赤字・投資超過が常態化している欧米と同様のロジックで機械的に赤字を減らしていくことは得策ではない。

第2に、足元の財政赤字の大きさと高齢化社会に伴う中長期的コスト負担の問題は峻別して考えるべきである。後者に関しては、収支均衡だけの観点から単純に論ずるべきではなく、医療・年金等、現行の社会保障システムのあり方を根本的に見直すというより広い視野から考えるべき問題である。一方、足元の赤字については、短期的・循環的な赤字と国「的な赤字(経済が潜在GDP水準にあってもなお残る赤字)に分けて考える必要がある。OECDの試算によれば、わが国では93年以降国「的赤字が毎年発生し96年時点では名目GDP比3.1%に達しているのに対して、循環的赤字は同4.3%と国「的赤字の水準を上回っている。97年度については消費税率引き上げ・特別減税廃止を前提に、構造的赤字は名目GDP比2.0%に縮小する一方、循環的赤字は同4.3%と高水準が持続するとの見通しである。このことは、90年代入り後のわが国の財政赤字拡大の要因が、[1]景気対策としての公共事業の積み増し、[2]大型所得税減税や景気低迷による税収の落ち込み、といった政策的・景気循環的要因によるところが相対的に大きいことを示唆していると同時に、93年以降については構造的な歳入・歳出ギャップが発生していることを示すものといえよう。

第3に、このような構造的赤字(=歳入・歳出ギャップ)が生じている原因は、構造的な税収欠陥の発生と財政全般にわたる非効率化にあると判断される。すなわち、歳入面では製造業の海外シフトや経済のサービス化、バブルの崩壊といった経済構造の変化に現在の直接税中心の税体系が適合しなくなっている。一方、歳出面では、[1]タテ割行政と政官民の癒着を背景とした硬直的な落Z配分、[2]シーリング等落Zシステムの欠陥による無駄と非効率の温存、[3]地方の中央依存体質を助長する交付税・補助金システムの行き詰まり、等が財政システム全体の硬直化と非効率化を助長している結果、財政支出の拡大が従来のように力強い景気回復に結びつかず、税収増にも跳ね返ってこないという構図を招来している。このような税体系の歪みや非効率な財政体質を温存したまま数値目標を設定して単純に量的赤字の削減を強行した場合、非効率分野への資源配分の歪みが是正されないばかりか、折角回復に向かいつつある景気に悪影響を及ぼし、「角を矯めて牛を殺す」ことになりかねないことを銘記すべきであろう。

このようにみると、現下の財政危機を克服するためには、収支均衡だけを目的とした財政赤字の量的縮小ではなく「小さな政府の実現と財政全般の効率化」に軸足を置いた財政体質の改善が不可欠である。

第1に、今後数年間は財政赤字の量的削減よりも、硬直化・非効率化した財政体質の抜本的改善を図る年と位置づけ、構造改革に積極的に取り組むべきである。そのためには、行政改革、規制緩和・撤廃と財政改革を三位一体として断行することが必要不可欠である。すなわち、行政改革については、単なる省庁統廃合や公務員数削減といった形式的なものにとどめることなく、「官の領域の縮小と民間へのアウトソーシング」の実現を通じて、真に小さな政府を目指すことが求められる。規制緩和・撤廃についても、従来の数合わせ的姿勢を抜本的に改め、情報通信や医療・福祉など民間企業の成長のフロンティアを広げる可能性を有する分野を中心に従来の発想を超えた思い切った対応が不可欠である。財政改革については、こうした施策と並行して経済成長、経済の活性化に結びつく分野に資源を重点的に再配分するというサプライサイド重視の視点が求められる。この観点からは、[1]630兆円の公共投資基本計画のゼロベースでの見直しと内容の具体化、[2]公共投資の効率化・対象範囲の見直し(例えば、研究開発、高等教育に対する支援等も含める)が喫緊かつ最重要の課題となろう。

なお、欧米とは異なり貯蓄超過国であるわが国にとって、当面数年は性急な赤字の縮小を図らなくとも景気の本格回復を目指すことによって循環赤字の縮小が可能である。財政のビルトインスタビライザー機能は失われていないとの基本認識に立てば、景気の動向次第では消費税率引き上げ・特別減税廃止の時期を遅らせるなど機動的な対応も視野に入れた政策運営を行う余地が助ェあるといえる。

第2に、財政の非効率的な体質を是正するためには、硬直的な予算配分がもたらす構造赤字にメスを入れる仕組みを作ることが重要である。そのためには、予算システムの改革を含めた財政システム全体の抜本的改革は避けて通れない。すなわち、予算システムについては、[1]前年度の当初予算をベースに予算が編成され、補正予算が勘案されていない、[2]予算委員会など議会のチェック機能が事実上形骸化している、等の問題点が指摘されているが、この他にも一般歳出の実に7割近くがシーリングの対象とならない人件費や年金等の既定経費で占められている等、改善すべき点が少なくない。また、すでに時代の役割を終えているにもかかわらず利権と無駄遣いの温床となっている一部の特別会計や特殊法人の整理・合理化、財政投融資システムの改革は何が何でも断行する必要がある。さらには、3割自治と揶揄される国と地方の関係を再穀zすべきである。現在の地方交付税の仕組みや補助金行政は、[1]国の財政赤字拡大の大きな要因となっているだけでなく、[2]政治を通じて財政配分の硬直化を招いている、[3]地方財政の中央依存を強めることによって地方の自主性を失わせている等、問題が多い。とくに公共事業に関しては、国の守備範囲を最小限に止め地方の自主性を高める等、国と地方の役割分担の見直しが不可欠である。例えば、国が行っている補助事業は全廃し、地方の自主財源拡大によって全面的に地方単独事業に一本化する等、大胆な見直しが求められよう。

第3に、経済構造の変化に適合した税体系の構築を急ぐべきである。諸外国対比格段に重い所得税や法人税の軽減はもとより、バブル時代の残滓を引きずる土地関連税制の見直しは今や一刻の猶予もない。その際の財源は、法人税の課税ベースの拡大と消費税率の引き上げによって確保していくべきであろう。消費税率に関しては、高齢化に伴って不可避的に膨張する財政需要を賄うために段階的に引き上げていくべきであるとの福祉目的税的考え方があるが、そうではなく直間比率の是正という観点から、できるだけ早い時期に一挙に実行すべきではないか。具体的には、西暦2000年を目処に、直接税の半減と同時に消費税率の10%水準(税収ニュートラルとなるレベル)への引き上げが必要と考える。その理由は、増税を繰り返すことが政治的に困難だからという理由だけでなく、内外企業の直接税負担の格差がこれほどまでに拡大している状況が長期化すればするほど、わが国の経済・産業の空洞化進行に歯止めがかからないからである。なお、高齢化に伴う財政需要の拡大については、義務的支出の膨張を防ぐ歯止め措置の導入-例えば米国のようなpay-as-you-go条項の採用によって、財源の裏付けのない歳出拡大を抑制することも一策ながら、基本的には、医療・年金等の社会保障システムの抜本的見直しによって対応すべきであろう。この点については、[1]国が行うべき望ましい給付水準はどの程度か、[2]その給付水準に見合った国民のコスト負担はどの程度であるべきか、[3]世代間の負担をいかに公平に維持するか、の3つの観点から徹底的に議論を尽くす必要がある。その際重要な視点は、[1]年齢のみを基準にした給付のあり方の見直し、[2]情報公開・競争原理を活用したサービスの効率化(とくに医療分野)、[3]民間委託、民営化といった形での民間活力の積極的活用である。要するに、国はナショナルミニマムを提供することに徹し、国民が多様なサービスの中から自己責任で選択する途を開くことが求められる。わが国が21世紀を迎えて「活力を失った老大国」への道を歩むのか、あるいは経済の再生に成功するかはまさにこれからの数年間が正念場である。今回の総選挙を経て誕生する新政権の責務は重い。
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