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Business & Economic Review 1996年10月号

【論文】
イントラネットがもたらす企業の進化-六つのビジョン-

1996年09月25日 事業企画部 田坂広志


1.イントラネットとは何か?

(1)イントラネットのブーム

いま、「イントラネット」がブームである。既に、コンピュータ関係の多くの雑誌がイントラネットの特集を組み、書店にはイントラネットの解説書が数多く出回っている。そして、こうした雑誌や解説書においては、イントラネットに関して、概ね次のような説明がなされている。
イントラネットは、インターネットの「企業内情報システム」への利用である。
データベースの導入によって「情報共有」が圧倒的に進む。
電子メールの導入で「中間管理職」が不要になる。
グループウエアの導入は業務の「生産性」を飛躍的に高める。
イントラネットは企業と企業を結ぶことによって「仮想企業体」を実現する。
イントラネットは「電子商取引」と結ぶことによって販売活動を促進する。

(2) 素朴な疑問

しかし、こうしたイントラネットに関する表現は、イントラネットの本質を理解するためには、実はあまり正しい表現ではない。

例えば、こうした説明に対して、次のような素朴な疑問を抱かないだろうか?
イントラネットとは、単なる「企業内情報システム」のことなのだろうか?
データベースの導入による「データ共有」によって、はたして、企業内での「情報共有」が進むのだろうか?
電子メールの導入によって「フラット組織」が実現すれば、本当に「中間管理職」が不要になるのだろうか?
グループウエアを導入すれば、企業における「協働作業」が円滑化し、業務の「生産性」が向上するのだろうか?
イントラネットが実現する「仮想企業体」とは、企業と企業の提携だけを意味しているのだろうか?
「電子商取引」は、企業にとって、単なる新しい「販売方法」なのだろうか?

(3) 六つのビジョン

もとより、イントラネットには、(1)導入コストが安い、(2)システム構築が容易、(3)管理運営の負担が軽い、

(4)操作方法が簡単、という大きな実務的メリットがある。この魅力のため、多くの企業経営者が、これから積極的にイントラネットの導入に取り組んでいくだろう。

しかし、イントラネットを導入する前に、企業経営者は、上記の素朴な疑問に答えを得ておくことが望ましい。

そこで、ここでは、これら六つの疑問に対して、専門技術論や情報システム論の観点からではなく、あくまでも企業経営論と企業文化論の観点から答えを探るとともに、イントラネットがもたらす企業の進化について「六つのビジョン」を論じてみたい。

2. 第一のビジョン/イントラネットは企業の「文化」を変革する

(1) イントラネットの本質

まず、イントラネットの本質とは、「企業戦略によるインターネットの利用」ではなく「インターネットによる企業文化の変革」であることを理解しておく必要がある。

確かにイントラネットには経済性や簡便性などの様々な実務的メリットがある。このため、これから多くの企業経営者は、インターネットを「企業内情報システム」として利用しようと考えていくだろう。しかし、忘れてはならないことは、「イントラネットの本質はインターネットである」という認識である。

イントラネットを導入するということは、好むと好まざるとにかかわらず「インターネットの文化」を企業内に導入することを意味している。そして、インターネットの文化とは、「オープン」(開放性)「ボトムアップ」(平等性)「ボランティア」(自律性)といった、言わば「グラスルーツ」(草の根)の文化である。この文化は、これまでの企業文化の特徴であった、「クローズ」(閉鎖性)「トップダウン」(階層性)「オーダー」(他律性)といった文化とは、本来、なじみにくいものである。

(2) インターネットの文化

例えば、米国のイントラネットの導入事例においてしばしば報告される、「社員がインターネットを使って遊んで困る」という企業経営者の“嘆き”は、こうした「文化摩擦」を象徴している。

しかし、結論を先に述べるならば、こうした「文化摩擦」を超え、新しい企業文化を創造した企業こそが、インターネット革命の時代に活躍する企業となっていくだろう。なぜならば、「知識資本主義」や「脳本主義」という造語に象徴されるように、いま、企業にとっては、まさに、「知識」と「智恵」こそが「コア・コンピタンス」(核心的競争力)の源泉となっており、社員の自由な想像力と創造力を開花させることのできた企業のみが、この大競争の時代を超えていけるからである。

そして、先に述べた「オープン」「ボトムアップ」「ボランティア」といった文化は、企業においても、企画部門や開発部門などの、より高度な創造性が要求される部署においては、既に重視されている文化であり、これからは、企業内のすべての部署において求められる文化となっていく。

(3) 企業文化の変革の好機

イントラネットの導入は、こうした意味で、「脅威」や「混沌」ととらえるべきではなく、むしろ企業の「文化」を変革する「好機」ととらえるべきである。

おそらく、これからイントラネットを導入する企業経営者にとっては、当初、この「文化摩擦」が悩ましい問題となるだろう。しかし、それはまさに新しい企業文化を創造していくための“産みの苦しみ”に他ならない。

そして、イントラネットは、単にその企業内の全社員を結びつける「統合情報システム」であるにとどまらず、グローバル・ネットワークとしてのインターネットの特長を最大限に発揮し、その企業の社員を、世界中の公的機関、民間企業、家庭、公務員、ビジネスマン、消費者と「シームレス」に結びつける「融合情報システム」へと進化していくだろう。

そして、この進化にともなって、イントラネットは、現在の日本社会の企業文化を根底から変えていく“ゆらぎ”となっていくだろう。

3.第二のビジョン / イントラネットは「智恵」の共有を可能にする

(1) 「情報共有」とは何か?

企業における「情報化」を論ずるとき、「情報共有」という言葉がしばしば用いられる。そして、「データベース」を導入することが、この「情報共有」の“切り札”であるかのように論じられることが多い。しかし、通常、この文脈で用いられる「情報共有」とは、正確には「データ共有」を意味しているに過ぎない。

すなわち、企業組織において共有されるべき「情報」には、こうした定型化し、言語化できる「データ」のレベルの情報だけでなく、定型化は困難だが言語化できる「ナレッジ」(知識)のレベルの情報、さらには定型化も言語化も困難な「ノウハウ」(智恵)のレベルの情報が存在することを忘れてはならない。

確かに、生産業務や販売業務などにおいては、こうした「データ共有」を実現するだけで大きな業務改善ができた事例は数多く存在するのだが、これからの企業に求められているのは、むしろ「ナレッジ」や「ノウハウ」の共有であることを理解する必要がある。このことは、前項の「知識資本主義」のところでも述べたことである。

顧みれば、これまでの「情報システム論」における「情報共有」の意味は、ほとんど「データ共有」の意味で用いられてきたと言える。このことは、視点を変えれば、これまでの情報システムが、基本的には「データ」のレベルの情報しか扱えなかったことを意味している。

(2) 「知識」と「智恵」の共有

イントラネットの魅力は、実は、これまでの情報システムの“限界” を打ち破り、「データ」だけでなく「ナレッジ」や「ノウハウ」のレベルの情報をも共有することができる点にある。

この理由について簡潔に述べよう。

これまでの情報システムとは異なり、インターネットにおいては「ハイパーリンク」という技術と「ホームページ」という技術が利用可能であるからである。

(3) 「ナレッジ共有」の方法

まず、「ナレッジ」(知識)の共有について述べよう。重要な条件は三つある。「生きた言葉」「文脈と背景」「物語性」である。

(4) 「生きた言葉」

第一に、ナレッジを共有するためには、それが「生きた言葉」で語られる必要がある。ここで言う「生きた言葉」とは、日常的に用いられる“ニュアンス”の込められた言葉を意味する。例えば、「客先からのクレームが生じた」という「フォーマル」(形式的)な表現にはニュアンスの深みが余り無いため、伝わってくる情報量は乏しいが、「顧客A社の担当者B氏から、深夜、当社Cの自宅に猛烈な抗議の電話があった」という「カジュアル」(日常的)な表現は、まさに「生きた言葉」であり、伝わってくる情報量は豊かである。

こうした観点から見たとき、電子メールは電話と書簡に比べ、一つの優れた特徴を持っている。それは「フォーマル」と「カジュアル」の「中間文化」のメディアであるという特徴である。すなわち、電話は「カジュアル」なメディアであるため「生きた言葉」を語ることはできるが、共有性に乏しい。一方、企業において用いられる書簡は、共有性は高いが、「フォーマル」なメディアであるため、語られた言葉が「生命力」を失う傾向がある。これに対して、電子メールは、「カジュアル」なメディアであり、「生きた言葉」を語ることができると同時に、これを共有することのできるメディアである。

(5) 「文脈と背景」

第二に、語られたナレッジは、周辺のナレッジやデータと関連づけられて共有されることが望ましい。言語化されたナレッジが深い意味を伝えるためには、それが語られた「文脈と背景」をも同時に伝えることが必要である。この点、インターネット/イントラネットにおいては、「ハイパーリンク」という機能を用いて様々な情報を関連づけて共有することが可能である。

(6) 「物語性」

第三に、こうして「生きた言葉」で語られ、「文脈と背景」と関連づけられたナレッジは、全体として一つの「物語性」を自然に獲得していく。臨床心理学の河合隼雄氏の論を引くまでもなく、ナレッジは、こうした「物語性」を獲得したときに、その最も深い意味を伝えるものとなる。

イントラネットは、こうした三つの条件を満たすことから、ナレッジの共有を可能にする新しい情報システムへと進化していくと期待される。

(7) 「ノウハウ共有」の方法

次に、「ノウハウ」(智恵)の共有について述べよう。重要な条件は、やはり三つある。「ノウフー」「パーソナル情報」「呼びかけ」である。

(8) 「ノウフー」

第一に、ノウハウ( know-how)は、言語化して共有することが困難な情報であるため、これを共有するためには「ノウハウを所有している人間に関する情報」、すなわち「ノウフー」( know-who )に関する情報を共有することが最善の方策である。こうした観点から、イントラネットの上に開設された「ノウフー・イエローページ」などのシステムが新しい役割を発揮するものと期待される。

(9) 「パーソナル情報」

第二に、そのためには、個人に関する「パーソナル情報」を、常時、自由な形で開示しておくシステムが必要である。本来、ノウフーの情報は、これまで企業において用いられてきた「人事データベース」や「専門技能データベース」のような定型化されたデータベースによっては共有化することが困難である。こうした観点から、最近、インターネットにおいて増大している「個人ホームページ」を、企業内のイントラネットにおいても導入することが有効な解決策となる。

(10) 「呼びかけ」

そのうえで、第三に、企業内でノウハウを所有する人間に到達する最速・最善の方策は、「呼びかけ」を行うことである。すなわち、イントラネットにおける「企業内ホームページ」を用い、全社員に対して「…に関するノウハウを提供して欲しい」との「呼びかけ」を行うことである。もとよりインターネットの世界においては、こうした「呼びかけ」に対して「ボランティア精神」をもって応える人々が多く見られるが、今後、企業内においても、こうした「呼びかけ」のシステムを機能させていくことが重要になっていく。

もとより、日本の企業文化においては、ノウハウのような貴重な情報の共有を行いたがらない傾向があると言われており、「情報の囲い込み」「伝達の無意識的遅延」「内容の無意識的間引き」とでも呼ぶべき現象が存在しているが、イントラネットが変革していくべき企業の文化には、まさに、こうした“旧弊”とも言える文化も含まれている。

(11) 新しい情報共有システムの誕生

イントラネットは、こうした三つの条件を満たすことから、ノウハウの共有をも可能にする新しい情報システムへと進化していくと期待される。

いずれにしても、企業内で「情報共有」を進めるためには、このように、まず「情報」の三つのレベルを区分し、それぞれの特質に応じた情報共有の方法を導入する必要がある。そして、イントラネットとは、そのために極めて優れた手段を提供すると言える。

4.第三のビジョン / イントラネットは「中間管理職」の役割を創造する

(1) 「中間管理職不要論」の誤謬

イントラネットの導入にともなって最も活発に利用されるものが電子メールであることは疑い無いが、電子メールの普及によって「フラット組織」が実現し、その結果「中間管理職」が不要になるとの議論は一度疑ってみる必要がある。

電子メールの便利さは、これを初めて経験した人にとっては“感動的”ですらあるが、電子メールが可能にすることは、基本的には、同報通信機能を用いて、「瞬時」に、「関係者全員」に対して、「情報伝達」を行うことに過ぎない。確かに、この機能は、第一に、企業内でこれまで行われてきた「情報伝達リレー」を不要にすることによって「時間節約」を実現し、第二に、「組織階層」を越えて情報を伝達することによって、情報フローの面での「フラット組織」を実現する。しかし、この「時間節約」が、企業内での「迅速な意思決定」を実現すると考え、情報フローの面での「フラット組織」が、企業内での「中間管理職の役割」を不要にすると考えるならば、それは短絡的な議論と言わざるを得ない。

(2) 迅速な「意思決定」とは?

まず「迅速な意思決定」の問題を考えよう。わが国の企業において「意思決定」が遅いのは、単に、「情報伝達」に時間がかかるという物理的プロセスが主要な原因ではない。それは、意思決定に関わる者の「心理的リスク分散」と決定実行に関わる者の「心理的合意形成」に時間と労力がかかるという心理的プロセスが主要な原因となっている。

従って、現在のわが国の企業において「迅速な意思決定」の実現を期待するならば、まず、意思決定における、こうした心理的プロセスや文化的プロセスを変えていくことが不可欠である。そういう意味では、電子メールの導入の意義は、むしろ、まず物理的プロセスを改善することによって、こうした心理的プロセスと文化的プロセスの問題を“浮き彫り”にすることにあるとさえ言える。そして、ここにも「企業の文化を変革する」というイントラネットの革新的な役割が存在している。

(3) 新しい「意思決定」のスタイル

それでは、イントラネットによって変革された企業文化のもとでの「新しい意思決定のスタイル」とは、はたして如何なるものとなるのだろうか。

端的に述べるならば、「意思決定」から「合意形成」へのパラダイム転換が生じると予想される。そして、このパラダイム転換は、さらに、二つのパラダイム転換として現れる。一つは「権限」から「関与」へのパラダイム転換であり、もう一つは、「決裁承認」から「意見提出」へのパラダイム転換である。

すなわち、これまでの企業における意思決定のプロセスは、「その意思決定について権限を有する者が決裁承認を行う」というプロセスが中心であったが、これからは、「その意思決定について関与する者が意見提出を行う」というプロセスが中心となっていく。

現在の企業における業務は、従来に比べ、ますます迅速な意思決定が求められ、かつ、ますます多くのメンバーが関与する状況下で、これらのメンバーのナレッジとノウハウを結集することが求められている。こうした状況においては、権限を有した意思決定者を一人に集中することにより迅速な意思決定を可能にしつつ、同時に、多くの関連するメンバーへの情報共有を徹底し、これらのメンバーが意思決定に積極的に関与できる仕組みを作ることが極めて重要になってきている。ただし、この関与とは、権限にもとづく決裁承認ではなく、共有された情報にもとづき、意思決定者に対して明確な意見提出を行うことである。そして、意思決定者は、これらの提出された意見を十分に考慮し、参考にしつつ、最終的には独自の判断と自己の責任において意思決定を行っていくこととなる。

(4) 「フラット組織」とは?

次に「フラット組織」の問題を考えよう。情報フローの面での「フラット組織」の実現は、必ずしも「中間管理職」の役割の終焉を意味してはいない。なぜならば、企業における中間管理職の役割は、情報フローにおける「コミュニケーション機能」や、意思決定フローにおける「デシジョン機能」だけではないからである。

(5) 「中間管理職」の重要な役割

こうした役割以外に、中間管理職には、業務フローにおける重要な役割がある。この役割は、これまでの企業経営論においては「コーディネーション機能」として呼ばれていた役割である。

電子メールが実現する「フラット組織」において“存在意義”が変化する中間管理職の役割があるとすれば、それは、これらの機能のうち「コミュニケーション機能」と「デシジョン機能」であり、「コーディネーション機能」については、むしろ、その重要性がますます高まっていく。

しかし、その理由を述べるためには、企業における「グループウエア」と「協働作業」(コラボレーション)について、もう少し詳しく論じる必要がある。

いずれにしても、イントラネットの導入に伴う電子メールの普及によって「情報共有」と「意思決定」のプロセスが変わり、企業における情報フローの面での「フラット組織」が実現していくだろう。しかし、こうした「フラット組織」の出現が「中間管理職」を不要にすることはない。それは、むしろ、次項に述べるように、企業の「協働作業」における中間管理職の新しい役割を創造していくからである。

5.第四のビジョン / イントラネットは社員の「協働」を進化させる

(1) 「グループウエア」の限界

イントラネットの導入によって期待されるのは、データベースや電子メールによる「情報共有」や「意思決定」のビジネス・プロセスの変革だけではなく、グループウエアによる「協働作業」(コラボレーション)のビジネス・プロセスの変革である。

しかし、現在、多くのソフトウエア・ベンダーが提供しているグループウエアは、基本的には、(1)ルーチンワークの管理(会議室の予約、スケジュール調整等)、(2)ワークフローの管理(決裁、承認、申請等)、(3)メンバー間の情報伝達(電子メール、電子掲示板等)、(4)メンバー間の情報共有(データベース、電子フォーラム等)、(5)インターネットの利用(ホームページ開設、WWW閲覧等)、の諸機能を提供するものに過ぎない。

しかし、改めて言うまでもないことであるが、企業における「協働作業」を円滑に進め、その生産性を高めるためには、単に、ハードウエアとソフトウエアを整備し、グループウエアを利用するだけでは不十分である。

そのためには、何よりも、企業におけるビジネス・プロセスと企業文化を変革することが求められる。

(2) ビジネス・プロセスの変革

それでは、変革されるべきビジネス・プロセスと企業文化とは、いかなるものだろうか。

そのことを明らかにするために、一つの象徴的な問題を取り上げよう。いま、大企業の社員の中では、「協働作業」に関する“逆説的な感覚”が存在している。それは、大企業においては、「社内の他部門と協働することの方が、社外の他企業と協働するよりも困難である」という感覚である。わが国の大企業においては、多くの場合、組織の「ライン」(指揮系統)が異なることや、「ファンクション」(職掌分担)が区分されていることに加え、「稟議」「根回し」というビジネス・プロセスや「タテ社会」という日本的な組織文化が存在するため、社内の他部門との「協働作業」は、しばしば大きな困難に直面する。これに対して、社外の他企業との「協働作業」は、「ライン」や「ファンクション」に制約されることなく、また、「稟議」「根回し」や「組織文化」に拘束されることなく、自由に行うことができるからである。

イントラネットの導入は、こうした社外の他企業との「協働作業」を、さらに円滑化していくと同時に、社内の「協働作業」の硬直した在り方をも、根底から変えていく好機となる。

(3) 「中間管理職」の新たな役割

そして、イントラネットが創造する中間管理職の新しい役割とは、まず何よりも、こうした「協働作業」を円滑に進めていくための「コーディネーション機能」に他ならない。そして、中間管理職の「コーディネーション機能」を支えるものは、彼らが長年の企業生活を通じて身につけた「臨床の知」に他ならない。

この「臨床の知」とは、哲学者中村雄二郎の言葉であるが、中間管理職には、現場経験を通じて身につけた「知識」(ナレッジ)と「智恵」(ノウハウ)がある。そして、こうした「知識」や「智恵」は、若手社員には無い中間管理職固有の「知的能力」であるが、いま、企業が活用し、戦力化しなければならないのは、何よりも、中間管理職の、こうした「知的能力」である。

それでは、どのようにすれば、こうした中間管理職の「知的能力」、すなわち「臨床の知」に支えられた「コーディネーション機能」を、企業において生かすことができるのだろうか。

(4) イントラネットという“舞台”

実は、イントラネットは、中間管理職が「コーディネーション機能」を発揮することのできる“舞台”を造りだす。こう言うと、「逆説」を述べているように聞こえるかもしれないが、それが真実である。これまでの「階層型組織」や「縦型組織」において、最も制約を受けていたのは、実は中間管理職自身である。

なぜならば、「階層型組織」と「縦型組織」においては、どれほど「コーディネーション機能」を発揮しようとしても、「選択肢」が極めて制約されていたからである。これまでの中間管理職にとっては、自分に委ねられた「組織」、自分の所轄する「部下」、自分に与えられた「権限」の範囲における「コーディネーション」であったに過ぎない。それゆえ、組織の階層と壁を取り払った「フラット組織」の実現によって、本来、最も大きな自由を獲得するのは中間管理職、正確に言えば中堅社員に他ならない。彼らは、これからは、身につけた智恵と熟練した技能を活用し、「全社」を対象に「コーディネーション機能」を発揮していくことができるのである。

イントラネットは、こうして中間管理職の新しい役割を創造していく。しかし、その新しい役割を具体的に論ずるためには、イントラネットがもたらす企業の進化について、明らかにしておかなければならない。

6.第五のビジョン / イントラネットは企業そのものを「仮想化」する

(1) 「VC」から「CV」へ

イントラネットの出現によって企業は、どのような進化を遂げていくだろうか。その一つの答えが「バーチャル・コーポレーション」(仮想企業体)である。すなわち、イントラネットは、「ベスト・オブ・エブリシング」の実現を求め、異業種企業が戦略的提携を結び、あたかも一つの企業体であるかのように活動していく「仮想企業体」を実現し、これを運営していくための優れた手段となっていくだろう。このことは、多くの認めるところである。

しかし、イントラネットがもたらす企業の進化の、より本質的な姿は、「バーチャル・コーポレーション」(仮想企業体: Virtual CorporationVC)ではなく、むしろ、「コーポレーション・バーチャリティ」(企業の虚構化: Corporation VirtualityCV)である。このことを、もう少し詳しく述べてみよう。

(2) 「個人カンパニー」の時代

イントラネットは、まず、情報の“バリアフリー”を実現することによって、「階層型組織」や「縦型組織」を「フラット組織」へと変えていく。この結果、企業組織は、様々な社員が「水平的」に結びついた組織形態へと進化していくが、これにともなって、必然的に社員の「個」としての意識を高めていく。

この傾向は、近年の潮流である「終身雇用制の崩壊」と「実績主義年俸制の導入」によって、さらに強められていく。言わば、「この会社に真面目に勤めている限り、会社が一生面倒を見てくれる」という意識が弱まり、「自分という人間の商品価値を真剣に考え、それを企業というミクロ市場において高く売る」という意識が強まってくる。そして、こうした意識の変化は、究極、「個人カンパニー」的な意識へと向かっていく。

(3) 「ネオ・イントラプレナー」の誕生

ひとたび芽生えた「個人カンパニー」的な意識は、イントラネットの中に活躍の“舞台”を見出す。企業の中の「ミクロ市場」において、個人カンパニーと個人カンパニーが、自由自在に情報共有と協働作業を始め、社内プロジェクトという名のバーチャル・コーポレーションを結成して活躍しはじめる。企業は、「外部」にではなく、まさに、その「内部」にバーチャル・コーポレーションを生み出していく。そして、これらの個人カンパニーは、徐々に「アントレプレナーシップ」(起業家精神)を強めていく。新しい社内起業家の時代、「ネオ・イントラプレナー」の時代が始まる。

ネオ・イントラプレナーにとっては、企業は、それ自身が「ミクロ市場」であり、その中で、個人カンパニーどうしが戦略的提携を結び、仮想企業体を結成して自由に活動する「場」である。そして、当然のことながら、イントラプレナーは、社外の他企業のイントラプレナーとも協働し、さらには、自らベンチャー・ビジネスを興して活動するアントレプレナーとも協働して活動していく。

(4) 若手社員と中間管理職の提携

言うまでもなく、企業において、こうしたネオ・イントラプレナーとしての役割を積極的に発揮していくのが、他ならぬ「若手社員」である。逆に言えば、こうしたイントラプレナーが活躍する“舞台”を整えることによってこそ、若手社員固有の能力である「感性」「発想」「情熱」を企業の戦力へと結びつけてゆくことができる。なぜならば、時代は、企業のすべての業務にアントレプレナーシップ(起業家精神)を持って革新的に取り組むことを求める時代となっているからである。

これに対して、こうした若手社員の起業家精神を励まし、その個人カンパニーの活動を支援する役割が、「コーディネータ」としての中間管理職の新しい役割である。そして、この中間管理職の新しい役割は、より積極的に解釈するならば、アントレプレナーに対する、言わば、インキュベータの役割であるとも言える。

そして、この関係の中に、若手社員と中間管理職の提携関係が成立していく。

(5) 企業と市場の「相互進化」

しかし、こうしたアントレプレナーとインキュベータの役割は、単に、企業という「ミクロ市場」の内部における役割にとどまるものではない。

なぜならば、企業という「ミクロ市場」と企業を取り巻く「マクロ市場」とは、あたかも“一対の鏡”の如く、互いに相手を映しあいながら「相互進化」し、まさに“シームレス”なものへと融合を遂げていくからである。そして、それゆえに、「ミクロ市場」の情報インフラであるイントラネットは、「マクロ市場」の情報インフラであるエレクトロニック・コマースとの融合を遂げていくことになる。

7.第六のビジョン / イントラネットは「電子商業空間」と融合する

(1) エレクトロニック・コマースとは?

「エレクトロニック・コマース」(電子商取引)を、単なる「電子ショッピングモール」と誤解している議論が多く見受けられる。しかし、エレクトロニック・コマースとは、本来、「電子商取引」と訳されるべきものではなく、むしろ、「電子商業空間」とでも訳すべきものである。すなわち、エレクトロニック・コマースとは、あらゆる商業活動が行われる「サイバースペス」(仮想空間)を意味している。その商業活動の中には、企業と消費者の間の商品とサービスの「売買」だけでなく、不特定企業間で行われる資材調達などの「外注」、さらには、特定企業間で結ばれる「提携」などの活動も含まれる。さらに、消費者を対象とした活動においては、単なる「商品販売」だけでなく、「市場調査」「商品企画」「サービス創造」「事業開発」「営業活動」「広報宣伝」「顧客満足」などの、すべての商業活動のプロセスが含まれていく。

(2) イントラネットと電子商業空間

そう考えるならば、イントラネットが、このエレクトロニック・コマースを抜きにしては語れないことは明らかである。

例えば、イントラネットを資材調達の手段として利用するということは、資材発注に関する社内のビジネス・プロセスと、最適の外注先を探索するという市場におけるプロセスを結合することを意味しており、イントラネットとエレクトロニック・コマースを、まさに“コインの裏表”として結びつけることを意味している。

また、エレクトロニック・コマースに「電子ショップ」を出店し、販売を促進する場合、これをイントラネットに結びつけることによって顧客データの収集や市場ニーズの分析、さらには販売戦略に関する意思決定まで、リアルタイムで行うことが可能となる。

(3) 企業と社員の進化の加速

こうした意味でも、イントラネットはエレクトロニック・コマースと“コインの裏表”であると言えるが、さらに重要なことは、これら二つが相互に浸透し、「融合」してゆくということである。そして、さらに重要なことは、こうした「融合」が企業と社員の進化を加速していくということである。

例えば、先に述べたように、イントラネットは、まず、企業内での個人カンパニーの活動を活発にしていくが、これは、必ず、企業外の個人カンパニーとの連携と協働へと向かっていく。企業の内外を問わず、最適のパートナーを見出し、「ドリーム・チーム」の実現を求めて活動することが個人カンパニーの基本戦略になるからである。そして、この連携と協働の「場」を提供するのが、まさにエレクトロニック・コマースである。

(4) スマート・アントレプレナーの時代

また、企業内の個人カンパニーは、このエレクトロニック・コマースにおいて、イントラプレナーから「スマート・アントレプレナー」(仮想空間における起業家)へと進化していく。エレクトロニック・コマースにおいては、企業の内外を問わず、個人カンパニーどうしの連携と協働が縦横に実現されていく。そのため、そのイントラプレナーもしくはアントレプレナーが、如何なる企業に所属しているかは、もはや問題ではなくなる。ビジネスに必要な「経営資源」は、バーチャル・コーポレーションを手段として、すべてエレクトロニック・コマースを通じて調達することができる。求められるものは、究極、そのスマート・アントレプレナーの“智恵と才覚”だけである。

こうして、エレクトロニック・コマースを“舞台”として活躍するスマート・アントレプレナーの時代が始まり、時代は「知識資本主義」もしくは「智本主義」と呼ぶべき時代の幕開けを迎えていく。

8.「企業進化論」としてのイントラネット論

以上、冒頭に掲げた素朴な疑問に答えつつ、「企業進化論」としてのイントラネット論を、「六つのビジョン」として述べてきた。

このビジョンを通じて最も明らかにしたかったことは「イントラネットの本質は、企業戦略によるインターネットの利用ではなく、インターネットによる企業文化の変革である」ということである。

いま、求められているものは、「コストが安い」「構築が容易」「管理負担が軽い」「操作が簡単」といった実務的メリットのみに目を奪われたイントラネット論ではなく、「イントラネットは企業をどう変えていくか」という「企業進化論」としての視点ではないだろうか。

いま、インターネットの出現によって社会が大きく進化しようとしている。そして、イントラネットの出現によって企業が急速に進化しようとしている。この進化の本質を見つめることこそが、大切なことに思われる。
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