Business & Economic Review 1996年09月号
【論文】
わが国企業金融システムの潮流変化と今後の方向性
1996年08月25日 新美一正
要約
バブル崩壊以降の長期不況プロセスでわが国経済システムの一連の非効率性が明らかとなり、その是正に向けた経済システム改革の必要性が叫ばれている。従来から国際的な異質性が指摘されることが多かった企業金融システムもその例外ではない。本稿では、わが国企業金融システムの近年の潮流変化を考察し、併せて今後の企業金融システムの方向性を展望する。
近年の企業金融理論は、資金の出し手=取り手間の情報格差に起因するエイジェンシー・コストの存在に着目して、現実の企業金融行動を解明してきた。しかし、このアプローチはメインバンク・システムや間接金融の普遍的な優位性の主張につながり、企業金融システムの国際的な差異や近年の構造変化に対して説得的な理論的解釈が得られにくい難点があった。ごく最近のリレーションシップ・レンディングのコストに着目する新しい企業金融理論の台頭により、伝統的企業金融理論以来久々に、現実の企業金融行動を直接金融=間接金融間のコスト=ベネフィットのトレードオフ関係として把握することが可能になった。
わが国の現行金融システムのルーツは、戦争遂行~経済再建目的で構築された戦前・戦後の人為的資金配分政策に求められる。メインバンク・システムは、この政策の枠内で最も有効な情報格差縮小手段として選択されたシステムであり、その機能発揮には直接金融の制限と政策的なレントの付与が重要な要件であった。以上の事実は、メインバンク・システムの国際的な移植可能性や将来における再生産性に疑問を投げかける。公開市場における資金配分メカニズムを阻害するような制度改革が、今後いかなる場所においても受容されるとは考えられないからである。
わが国経済が、明治維新以来の「トゥー・セクター経済」を脱し、「ワン・セクター経済」への回帰傾向を強めていることは、人為的資源配分政策がもはや理念的にも現実的にも受容されなくなりつつあることを示唆する。企業金融システムに関しては、市場メカニズムの重視と制度的な規制の撤廃を推進しつつ、その枠内で企業の長期的な視野に立った経営行動を可能にする新たな企業統治構造を構築していくことが不可欠である。
近未来におけるわが国企業金融システムにおいては、昭和初期までの間接金融=直接金融のほどよくミックスされた形態が再び選択されることとなり、そこでは市場メカニズムとセクター間の競争原理に基づく資金配分が支配的になろう。わが国企業金融システムの具体的な今後の方向性は以下の通りである。
[1]直接金融サイド……社債市場の成長による新たな企業統治構造の構築。機関投資家あるいは社債格付け機関によるメインバンクの長期的な情報生産機能の代替。
[2]間接金融サイド……企業部門との競争を通じた、銀行の短期的情報生産における優位性の維持。長期的なモニタリング能力低下を補填する情報生産のアウトソーシングの推進。企業リスク負担者としてのメインバンク機能の見直し。