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Business & Economic Review 1996年09月号

【論文】
超電導技術の現状と将来展望

1996年08月25日 理事 本吉健也


1.超電導の研究開発は今どうなっているか

1986年に高温超電導体が発見されてからちょうど10年を経過した。高温超電導体が発見された当時は、マスコミでも大きく取り上げ、日頃は科学技術に関心を示さない一般の人達がデパートの実演コーナーで熱心に見学していた。証券会社や銀行などの金融機関は投資に、産業界は将来の事業対象として各社こぞって検討を開始した。学会やセミナーはいつも満員の盛況であった。また当時は日米の先端技術開発競争の最中にあり、両国ともに国が率先して超電導の研究開発体制を整備した。

ところがバブル経済がはじけた1991年頃から、社会現象としての「超電導フィーバー」の熱がさめてマスコミの話題にも取り上げられなくなった。さらに長期の不況が追い打ちをかけて、産業界からも超電導の研究開発から撤退したり縮小する企業が相次いだ。同じ先端技術分野のマルチメディアとは対照的に、今では一般の人達から忘れられた存在になりかけている。

それでは超電導の研究開発は、先細りとなっているのだろうか。結論を言えば、むしろ逆で、着実に超電導技術の実用化に向けて研究開発が現在行われている。

新しく発見された物理現象が社会に応用されるには、半導体やレーザーに代表される光通信技術にみられるように、通常は研究に10年、応用研究および実用化に10年の合計20年の年月を要する。また企業の事業の柱になるにはさらにあと10年はかかるのが普通である。高温超電導が発見されてちょうど10年であるから、これからが様々な応用分野で花開く超電導の技術開発が21世紀にかけて本格化する時期である。

2. 超電導技術は社会へどのように貢献するか

超電導現象とは、物質の電気抵抗がある温度以下(これを「臨界温度」という)でゼロになることである。高温超電導体が発見された意義は、今までの超電導物質が高価な液体ヘリウム(沸点4.2K)で冷却された状態でしか使えなかったのが、豊富で安価な液体窒素(沸点77K)の冷却で超電導が出現できることにあり、さらに臨界温度の高い物質すなわち冷却が不要な、室温で超電導が出現する物質を合成できることを暗示している(図表1)。

高温超電導の発見は、1986年にスイスにあるIBM研究所の研究員が高温超電導物質の存在を発表し、日本の東京大学グループが実験で確認したことによる。さらに臨界温度が110Kのビスマス系高温超電導物質を日本の研究者が発見するなど、わが国の研究者が果たした役割は大きい。また、1988年に国が民間企業と設立した(財)国際超電導産業技術研究センター(略称ISTEC)は、今や超電導分野のセンター・オブ・エクセレンスの評価を受けている。

超電導を工学的に応用するには、[1]臨界温度以下で電気抵抗がゼロとなる、[2]磁力線を排除する(マイスナー効果)、[3]ごく薄い絶縁層を通して電圧をかけず電気が流れる(ジョセフソン効果)を利用する。これらの超電導特有の現象が、電力・エネルギー、エレクトロニクス、輸送、医療などの技術分野へ応用されて広く社会へ貢献するのである(図表2)。

(1) 電力・エネルギー分野

世界の電気エネルギーの需要量は、年間10,700GKWH以上といわれ、2010年までには発展途上国の需要増で15,300GKWHまで増加するとの予測がある。送電中の電気抵抗による電力損失は、送電の約6%といわれている。超電導ケーブルによる送電、超電導モータおよびトランスが実用化されれば、毎年約1,000億円以上の節約が期待できるとされている。また発電量の削減でCo2ガスの排出量も減り、地球温暖化の防止へ貢献する。さらに超電導マグネットの使用により、従来のモータや発電機より電力機器が小型化、軽量化、高出力化され、製造・物流・設置・保守の費用が大幅に削減される。

また超電導技術を利用した電気エネルギーを貯蔵する代表的な方法として、SMES(超電導エネルギー貯蔵システム)がある。SMESは超電導マグネットコイルに電力を貯蔵し、必要な時に既存の発電機およびバッテリーより、安価で高品質の電力を迅速に供給できる。

(2) エレクトロニクス分野

近年、情報通信機器の発達は目さましいものがある。これらの機器には各種のエレクトロニクス部品が使用されている。超電導エレクトロニクスを代表するデバイスに、防衛システム、衛星通信、移動体通信などに利用されるアンテナ、共振器、フィルター、遅延回路がある。これらは、いずれも高性能、小型化、低電力消費が特徴である。

またコンピュータの超高速演算論理素子、スイッチング素子や配線材料への超電導の応用も期待されている。この超電導コンピュータが実現されれば、従来の半導体素子を凌ぐ高集積・大容量、超高速でしかも低電力消費による演算が可能となり、第二のコンピュータ革命が起きるであろう。

さらに微弱な磁気を継続する超電導センサー(SQUID)は、医療分野以外にも構造物の精密な非破壊検査や分析機器へ利用されつつある。

(3) 医療分野

超電導技術がいま最も身近で利用されているのは、医療機器の一つである断層画像撮影装置(MRI)である。MRIには強力な磁場を発生させる超電導マグネットが使用されている。MRIは頭部や人体内の異常部位を精密に観察できるので、癌や脳疾患などの診断装置として威力を発揮して、現在すでに世界中の病院には8,000台以上のMRIが設置されている。
また超電導センサー(SQUID)は、生体から発生するごく微弱な磁気を検出できる唯一の計測装置として、心臓や脳が発信する磁気信号を検出する脳磁計、心磁計へ利用されつつある。これらの計測装置は、MRIとともに欧米や日本の先端的な医療診断技術として、今後の普及が大いに期待されている。

(4) 輸送分野

先進各国では、大都市または大都市間の交通・輸送問題が社会問題となっている。わが国では首都圏内および東京―大阪間の高速・大量輸送手段が現在の鉄道、自動車および航空機の輸送手段では限界にきている。

超電導を利用した磁気浮上鉄道(MAGLEV)は、将来の高速輸送手段として重要な役割を果たすものと期待されている。わが国では世界にさきがけて、1977年に旧・国鉄が宮崎実験線で試験車両でテストを開始した。この20年間で着実な進歩を遂げて、現在はJRグループの(財)鉄道技術総合研究所が中心となって、42.8kmの山梨実験線が建設中である。1997年にはテスト区間で時速550kmの走行試験が予定されている。21世紀には東京―大阪間を1時間で結ぶ夢の超特急列車として期待されている。

また海上輸送では、超電導マグネットを利用した電磁推進船がスクリューのない次世代の船舶として期待されている。わが国ではすでに「ヤマト1号」が航送実験を1992年に終えている。

(5) その他の分野

超電導技術は送電時の電力損失を低下し、低電力消費型の機器への応用によって電力消費量を抑制する結果、火力発電の際の炭酸ガス発生量を減らして地球温暖化の防止に貢献する。この他の環境改善への超電導技術の貢献としては、超電導マグネットを利用した磁気分離法による土壌からの放射能や重金属、有害化学物質などの汚染除去と水の浄化がある。

強い磁場を発生できる超電導マグネットは、物質の解明を研究する基礎科学の分野では不可欠の実験装置である。例えば、核融合装置、大型粒子加速器やX線リソグラフィー装置などがある。米国クリントン政権が建設中の超大型粒子加速器(SSC)を財政難で中止したことはあまりにも有名であるが、核研究欧州機関(CERN)では、全周27kmの地下トンネルに1500個の超電導マグネット装置を持つ、世界一の高エネルギー研究装置を世界各国の協力のもとに建設中である。また熱核融合炉(ITER)も国際プロジェクトとして建設が計画されている。

3. わが国の超電導の将来は果たしてばら色か

わが国には現在、産業界と大学・国の研究機関を合わせて、推定で約1,000人の超電導の研究開発が、年間で約400億円(推定)の研究開発費を使って活動している。なお超電導研究に投資している政府資金は平成8年度予算で約200億円であり、この数字は米国政府の超電導研究開発費の約2億ドルと匹敵する。

日米欧の超電導技術レベルの比較では、高温超電導材料および電力・輸送などのパワー分野の研究開発では日本が米国・欧州よりやや優位にあるが、エレクトロニクス分野では防衛・宇宙および情報通信産業に強い米国が日本・欧州をリードしている。

日米欧の超電導産業の関係団体が毎年開催する国際超電導サミット(ISIS)では、超電導技術を利用した製品の開発と実用化を促進するための国際協力と情報交換が行われている。1995年のISISで発表された世界の超電導市場予測では、2010年において750億ドル(約7.5兆円)となり、全体のシェアではエレクトロニクスが32%、医療が24%、電力が16%、輸送が8%、その他が20%を占めている。

前述したように、わが国は超電導の研究開発体制を米国とともにいち早く整備し、官民共同で研究開発を積極的に進めて、現在では米国と並びトップランナーで走っている。それでは、わが国の超電導研究開発と商業化は将来も果たしてばら色とみてよいだろうか。

筆者は昨年(1995年)に、産・学・官の代表者で構成した超電導ミッションを組織して、米国の企業・大学・政府および国立研究所などを訪問し現況を調査した。その結果、超電導技術そのものより、超電導技術を育て商業化するマネジメントにおいて国および企業レベルでの差異があることを痛感した。このままでは、日本は超電導の分野でも商業化段階では米国の後追いとなるのではないか。その理由を以下に述べる。

[1] 国立研究所を中核にして、産・官・学の交流が活発に行われている。主な国立研究所は民間企業や大学が運営していることが特徴である。産官相互の研究者派遣の制度も整備されている。また国の超電導プロジェクトの推進センターとしても機能している。さらに近傍の大学院の学生を上手に活用していることも挙げられる。

[2] 超電導の商業化は、大企業よりベンチャーを含む中小企業が積極的に推進している。そのベンチャーを大学が頭脳で、連邦および州政府が資金と研究施設面で援助している。また大企業とも提携して共存している。まだ市場規模が小さい段階では、ベンチャーや中小企業の方がインセンティブが働き、低コストで製品を市場に出せるメリットがある。

[3] 市場規模が大きく、商業化が比較的早いエレクトロニクスおよび医療分野に研究開発の重点を置いている。米国には防衛・宇宙産業という大きな市場が存在し、巨大な情報通信産業もある。衛星電波システム、移動体通信システムなどに使用される超電導エレクトロニクスに国防総省が開発資金を提供し、超電導製品を調達している。また医療分野でも豊富な政府資金を活用して、ベンチャー・大学・病院が一体となって先端的な医療診断計測システムの商業化を促進している。

[4] 連邦政府が先端技術産業の競争力強化と雇用創出のために、民間企業に対して様々な技術開発の資金援助を行っている。特にクリントン政権は「先端技術プログラム」(ATP)や軍民両用技術の開発を狙った「技術再投資プロジェクト」(TRP)を通じて、企業・国立研究所・大学等が共同の開発プロジェクトを作ることを奨励している。

4. どうすれば超電導産業を育成できるか

わが国では、超電導の研究開発を推進しているのは、電力・電機・エレクトロニクス・電線・素材などの大企業が中心となっている。注力している研究開発は、電力・エネルギー分野における超電導ケーブル・発電機・モータなどの電力輸送システムやSMESおよびフライホイールなどの電力貯蔵装置であり、輸送分野における磁気浮上鉄道(MAGLEV)である。

これらは国および電力・鉄道会社と製造業との共同プロジェクトで、開発に長時間かかり実用化時期は2010年から2020年頃といわれている。

わが国の超電導開発の特徴は、米国に比較すると、次のように整理できる。

[1] 大企業が中心で、ベンチャーを含む中小企業はほとんど研究開発を行っていない。通産省が民間と設立したISTECもすべて大企業が会員である。

[2] 研究開発プロジェクトの中心は電力・エネルギーおよび輸送システム等の社会インフラ分野で、実用化までには実証試験を含め長時間を要する。

[3] エレクトロニクス分野への応用は、国のプロジェクトを含め将来の超高速デジタル信号処理への応用等の長期にわたる基礎研究が中心となっている。

大企業は技術開発力はあるものの、実用化および商業化の点では、自社の競合する既存製品を守る意識が強くリスクの大きい新製品については慎重である。特に社会インフラ分野においては、既存の製品やシステムと競合する。また大企業が開発した製品は、本社費等の間接費が高く概してコスト高である。

このような状況から現在の超電導研究開発の路線を将来に延長しただけでは、わが国の超電導産業を育成することは当面できない。

したがって超電導の将来をばら色にするためには、以下の施策が必要であろう。

第1に、大企業やISTECが保有し蓄積している超電導技術を起業家精神の旺盛なベンチャーを含む中小企業へ開放することである。これによってコスト競争力がつき既存製品との事由競争となる。すなわち、大企業が保有し死蔵している超電導に関する知的財産権を公開し、やる気のある中小企業へ有償で譲渡する。また大企業が会員のISTECも、会員会社が知的財産権を使用しない場合には、会員会社以外に使用する権利を譲渡する。

もしも大企業が手放さないのであれば、大企業が自らスピンオフさせたベンチャーで製品化させるのも一策である。

市場が未成熟でニッチ・マーケットにおいては、ベンチャーの方が商業化に対してのインセンティブが働くのである。

第2に、超電導技術の応用に関しては、エレクトロニクス・医療分野の製品化にもっと注力することである。確かに米国に比べて防衛・宇宙の市場は小さいが、技術革新が著しい情報通信分野である。

特に今後の成長が期待されている、衛星通信および移動体通信の部品・デバイスへの応用、高齢化社会でさらにニーズが高まる医療機器やセンサーへの応用が期待できる。

これらの分野は、コストと性能・信頼性で勝負する自由競争の世界であるから、電力・輸送分野に比べて短期間で商業化が可能である。低コスト化が実現されれば、市場の大きなパソコン・家電・ゲーム機器等の民生部品への応用も期待できる。

第3に、超電導技術に携わる人達は、最近の超電導技術をもっと一般の人達に理解してもらう努力が必要である。マルチメディアとは対照的に、超電導は今や専門家同士の世界に封じ込められている。

その結果、超電導の将来は悲観的ではないか、との憶測が世間一般に持たれてしまうのはまことに残念である。一般社会に理解されない科学技術は発展性がないといわれる。
超電導関係者は、冒頭に述べた「超電導フィーバー」を再現するような演出と啓蒙する努力が必要である。そのためには、「超電導EXPO」を開催することにより、ビジュアルな「超電導技術の現状と将来」をビジネスマンや一般市民に紹介して、超電導に対する関心を喚起することである。

その努力が、今までの発明・発見の歴史にもあるように、専門家同士では関知できなかった意外な応用に結びつく可能性も出てこよう。
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