Business & Economic Review 1996年08月号
【寄稿】
予算制度と国会機能の再検討-自発的市民国家の形成
1996年07月25日 北海道大学法学部大学院法学研究科教授 宮脇淳
要約
財政危機、規制緩和等今日的問題の克服に向け共通する課題は、行政に求められてきた役割の歴史的変遷を踏まえつつ、「ポスト福祉国家」における行政の機能を考えることである。その際、経済的側面と同時に政治的側面から福祉国家の概念を確定することがまず重要となる。そして、政治的側面から見た場合、福祉国家とは経済成長を背景とした多元的利害関係の吸い上げシステムであり、「ポスト福祉国家」とは、実質的な利害調整を伴わない同システムからの本格的脱皮を意味すると考えることが可能である。
「福祉国家」から「ポスト福祉国家」への流れの中で問われる基本的課題を整理すると次の二点となる。第1は、前述した多元的利害関係の吸い上げシステムから実質的な利害調整システムへの転換であり、第2は「参加と専門性の尊重」という二律背反的課題の克服である。この二つの基本的課題に共通するテーマは、行政負荷の絞り込み・重点化と政策選択肢の多様化に対する市民意思の尊重である。このため、「ポスト福祉国家」とは、行政自ら先導役となり多元的利害関係を吸い込む国家から脱皮し、参加と選択の自由を基本とする「市民国家」を実現することと位置づけることが可能となる。
日本の福祉国家体質がいかなるプロセスで形成されたかをたどる上で「土管の理論」を提示する。そして、土管維持の前提条件として、増分主義、相互不可侵、包摂等の状況が必要なことを整理し、同時に土管の構造がもたらした体質を明らかにすることを通じて、財政危機の克服には、現在の予算構成システムや予算会計システムそのものの見直しが必要なことを指摘する。
政府財政審議会の「財政構造改革白書」の公表を受けて、シーリングのあり方等予算編成をめぐる議論が高まっている。財政危機の克服には、第1に予算編成段階で細目ごとに細かく詰める現在の「アイテム型予算」から歳出管理に重点を置く予算に変革すること、第2は、節約努力を新たな財政構造の構築に結びつけるため、メリット型予算を導入すること、第3に、予算制度を有効に機能させるためマイナス・ゼロベース予算を導入すること、第4は、会計的問題として発生主義会計を徹底すること、さらに第5には、限定評価または充足評価の中期計画の立案に取り組むことがあげられる。以上の取り組みにより、「現在・過去を見る財政」から「未来を見る会計」へ脱皮することが可能となる。加えて、内閣への予算編成権の移行については、現行の積み上げ方式による予算編成のまま移行したのでは、充分な成果を得ることは困難である。内閣での予算編成は集中方式により行い、大蔵省がそれに基づき専門的立場から積み上げを行う分担方式を採用することが必要となる。
4でみた予算制度と同時に、財政危機の克服には財政民主主義を最終的に担保する国会そのものの機能の拡充が不可欠な要請となる。多元的利害を最終的に調整し、行政のアウトソーシングを抜本的に進めるのは、国会だからである。具体的には、第1に、国会の独自の調査機能等を拡充すること、第2は、資料要求の制度化と予算委員会提出資料の提出時期の見直し、第3は、国会の情報発信機能を強化することである。