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Business & Economic Review 1996年07月号

モバイル・コンピューティングとエレクトロニック・コマース

1996年06月25日 村田裕之


モバイル・コンピューティングとエレクトロニック・コマース
メディアインキュベーションセンター 副主任研究員 村田裕之
1 モバイル.コンピューティングの時代

(1)モバイル・コンピューティングとは何か

「モバイル・コンピューティング」という言葉が新聞、雑誌で頻繁に見られるようになってきた。モバイル・コンピューティングとは、移動可能な環境(モバイル環境)で携帯型のコンピューターと連動して音声、画像、文字データなどによりコミュニケーションする形態の総称である。モバイル・コンピューティングでは、ノート型パソコン、PDA(Personal Digital Asistants)、などの携帯情報端末に、携帯電話、PHSなどの移動電話を併用する。これらの機器とインターネットなどの急速に発達する通信ネットワークとを併用した新しいコミュニケーション・スタイルが創出されつつある。

(2)なぜ、今、モバイル・コンピューティングなのか

モバイル・コンピューティングが今注目される理由は大きく2つある。一つは、ビジネス活動の進展が従来に比べ高速化しており、利用可能な時間、空間を拡大することに対するニーズが増大しているからである。もう一つは、後述するように、携帯電話、ノート型コンピュータなどの携帯情報端末および移動電話の性能がここ数年で著しく向上し、オフィス環境での作業と同等の作業がオフィス外でも可能になったことである。ハードウェアとソフトウェアの性能が向上し、かつてアラン・ケイが提唱したポータブル型のパーソナル・コンピュータ「ダイナブック」のコンセプトに現実がようやく近づいてきたのである。

以下に、モバイル・コンピューティングのシステム動向とその将来像についての展望を述べる。

2 モバイル・コンピューティングの製品.市場動向

(1)携帯情報端末の分類

モバイル・コンピューティングで使用される携帯情報端末は、重量の大きい順に次の4つに大別される。
1. サブノート.パソコン(2kg前後)
2. ペン・コンピュータ(1~2kg前後)
3. パームトップ・コンピュータ(1kg以内)
4. PDA(500kg前後)
これらをまとめたのが図表1である。最近、登場するパソコンなどの新製品の大半は、これらの携帯情報端末である。従来型のデスクトップ・パソコンの新製品は少なくなっている。

(2)携帯情報端末の製品動向

携帯情報端末の製品動向に共通に見られる特徴は次の4つである。
1. 小型軽量化
2. 連続駆動時間の長時間化
3. 高機能化
4. 複合機能化
このうち、特に顕著な傾向は、小型軽量化と複合機能化である。

図1は、PDAに見る小型軽量化の一例を示したものである。本体の最大寸法は94年から95年にかけてワイシャツのポケットに入るほど小型化された。また、本体+モデム重量を見ると、94年から96年にかけて30%近くも軽量化された。さらに、クレジットカード・サイズの携帯情報端末も登場している。現状では、インターネットからダウンロードしたテキスト情報を閲覧できるのみであるが、携帯情報端末の今後の一つの方向である。

また、複合機能化の面では次のような傾向が見られる。
・ ファックスモデムの本体への内蔵
・ インターネットのWWWブラウザの装備
・ デジタル・カメラ機狽フ追加
・ ボイスメモ機狽フ追加
・ 移動電話との一体化
全体として、通信機能の強化、マルチメディア機能の強化の傾向が見られる。

携帯情報端末の今後の方向は二つある。一つは、ネットワークとの連携強化の方向、もう一つは、機能のインテリジェント化の方向である。

インターネットとの連携が強化されるに伴い、OSに依存しない「ネットワーク・コンピューター」も登場する見込みである。リレーショナル.データベースの大手、オラクルが発浮オた「ネットワーク・コンピューター」(注)のコンセプトは、端末の価格が500ドル以下で、高速のプロセッサを用い、ネットワーク・アクセス機能に重点が置かれ、メモリー容量も少なく、フロッピーやハードディスクも持たないというものである。ワークステーションの大手、サン・マイクロシステムズが開発した「Java」で記述されたプログラム(アプレット)を、必要に応じインターネットを通じてダウンロードし、端末上で実行させる機能に限定したパソコンである。これは、現存パソコンの大勢であるWintel(Windows & Intel)仕様のパソコン・アーキテクチャーとは異なる方向へのパソコン進化を示している。

一方、機能のインテリジェント化の傾向については、エージェント(代理人)を用いたコミュニケーション機能が導入される動きが挙げられる。

例えば、NTTファン企画が試験的に行う「パセオ」というネットワーク・サービスで実際に行われる予定である。パセオでは、PDAをベースに、ゼネラル・マジック社が開発した「テレスクリプト」という言語を用いたエージェント機能により、使いやすい電子メール・サービスへの応用を試みている。テレスクリプトを用いると、電子メール・サービスへの応用以外にネットワーク上のデータベースを探し回るエージェントを送り出すこともできる。

このようなエージェント機能を有効に活用するためには、エージェント側の業務処理フローを明確にし、シンプルな処理フローにする必要がある。エージェントを使えば何でもできると考えるのは危険である。宿泊先の検討をする作業など、条件を変えて検索を反復するような単純作業的な業務こそエージェント利用に適する業務であろう。

(3)市場動向

[1]成長続ける移動電話市場

モバイル・コンピューティングにおいて重要な役割を果たす移動電話市場は大きく成長し続けている。図2に示すとおり、95年度末での携帯電話の累積加入台数は、1,000万台を突破した。96年に入ってからも依然、高水準の増加状況が続いている。この市場拡大のトリガーは、94年春の端末販売の自由化と95年のPHSの導入である。PHSの導入により、当初、携帯電話の市場シェアが減少するという予測があったが、実際は携帯電話とPHSとの市場競争による相乗効果を生み、市場が拡大した。96年末では携帯電話およびPHSの加入数合計は、2,000万台近くまで増加する見込みである。日本人の6人に1人が移動電話を所有することになる。

[2]世界的に進む携帯電話のデジタル化

一方、携帯電話のデジタル化が急速に進んでいる。ヨーロッパ市場においては95年の新規加入者数は、851万人で、そのうち66%がGSM(Global System for Mobile Communications)などのデジタル方式であり、初めてアナログ方式を上回った。総加入者数ベースでも96年中にはデジタル方式が過半数を超える見通しである。日本でも、NTTドコモがデジタル携帯電話用の基地局を96年度に大幅に増設する計画を発表している。

このようなデジタル化が進むのはアナログ電話に比較して次の利点を有することによる。
・ 音質がクリアであること
・ 盗聴されにくいこと
・ データ通信に適していること
特に、モバイル・コンピューティングにおいて重要度の高いデータ通信に優れていることからデジタル携帯電話の使用者が今後も増大するものと予想される。

[3]PHSの高速データ通信規格化の動き

高速なデータ通信に適すると言われながら、なかなか規格がまとまらなかったPHSの毎秒32キロビットの通信規格がようやく統一された。4月24日に(社)電信電話技術委員会(TTC)により、PHS基地局と公衆網との間のデジタル・データ通信規格が制定されたからである。これにより、すでに発表されていた(社)電波産業会(ARIB)が定めたPHS内部でのデジタル処理規格と、PHSインターネット・アクセス.フォーラムが定めたPHSと基地局との間のデジタル無線伝送方式とを含め、デジタル通信端末としての規格が揃ったと言える。移動電話を用いたデータ通信速度の現状は毎秒9.6キロビットが最高であり、画像データなど大きなデータを高速にやり取りできる点で期待される。

PHSは、もともと室内用のコードレス電話から発展したものである。このため、屋外での使用に関しては、着信率が携帯電話に比して低いなどの技術的に未成熟な部分がある。低コスト化を図るため、基地局からの制御機能を携帯電話ほど強化していない、との意見もある。このような事情から、むしろ、音声通信機能より、PHSの利点である低コストな高速データ通信に特化した技術改良、基地局の整備等を進めれば、PHSの普及が加速されるものと考えられる。

[4]移動体通信分野の国際化動向

市場動向としてこれから最も注視すべき動きは、移動体通信分野の国際化動向である。これには地上通信における動きと衛星通信における動きとに分けられる。

まず、地上波通信においてはGSMの日本以外の国への世界的な普及動向が注目される。

GSMは、ヨーロッパの通信事業者と通信機器メーカーとが共同開発した地上波によるデジタル携帯電話の規格である。GSMは96年5月現在、ヨーロッパ各国のほか、中国、インド、東南アジア諸国など86ヵ国が採用表明しているデファクト・スタンダード(事実上の標準)である。この方式の携帯電話を通信相手が持っていれば、相手が86ヵ国のどの国にいても、たった一つの番号で接続することができる。これに対し、日本で普及しているデジタル携帯電話方式 PDC(Personal Digital Cellular)は、日本独自の規格である。このため、海外では使用することができない。逆にGSMは日本では使用できない。

地上波による通信方式はGSMを主流としつつ、地域毎にいくつかの方式が存在するのが当面の状況であろう。日本でもアメリカで普及しているCDMA方式を導入する動きがあり、利便性とコスト面での競争力が確保できれば、PDC方式と並存することも予想される。

次に、衛星通信においては96年3月から開始した静止衛星N-STARを用いる「衛星移動通信サービス」の動きと98年に開始嵐閧フ「イリジウム携帯電話サービス」の動きとが注目される。衛星通信は、地上波通信に比べ、陸上以外の地域を含め、広域をカバーできる利点がある。

「衛星移動通信サービス」は、NTTが日本全域をサービスエリアとして始めたものである。これに対し、「イリジウム携帯電話サービス」は、66基の衛星を用いることにより、世界中をサービスエリアとするものである。衛星通信は、地上波通信ネットワークと独立した通信経路を持つため、地震などの災害の影響を受けにくい利点がある。また、一台の端末でイリジウム.サービスの場合、世界中どこでも同一の番号で直接相手の端末を呼び出すことができる。このサービスはモトローラなどが出資する「イリジウム社」が中心に進めている事業である。日本では第二電電などが出資する「日本イリジウム」が推進している。

これらの衛星通信サービスと地上波通信サービスとは、現行のテレビ放送と同様に、当面は両者が互いに競合しながら共存するものと予想される。通信インフラ維持の意味から互いに他方のバックアップ的な位置づけとして存在意義が増すものと思われる。最終的にどの形式の通信方式、端末が多く使用されるかは、消費者にとって使いやすいこと、低コストであること、などの理由により決定されるであろう。

これまで述べたモバイル・コンピューティングに関わる近年の動向から、今後の方向性を推測すると次のとおりとなる。
1. デスクトップ・パソコンの減少、携帯情報端末の増大。
2. 携帯情報端末の小型軽量化、多機能化、マルチメディア化の進展。クレジットカード型端末の登場。
3. 携帯情報端末のネットワークとの結合強化
4. デジタル移動電話の増大とサービスエリアの世界規模での広域化
「世界中、どこでも、だれとでも、クレジットカード型の端末で音声、文字、画像でコミュニケーションできる」というのが近い将来のモバイル・コンピューティングの姿である。

3 モバイル・コンピューティングが開くエレクトロニック・コマースの可能性

それでは、モバイル・コンピューティングの普及は、我々のビジネス・スタイルならびにライフ・スタイルにどのようなインパクトを及ぼすのであろうか。

モバイル・コンピューティングの普及により、従来の時間、空間の2つの制約を超えて、「いつでも、世界中どこでも、個人が、コミュニケーションできる環境」が創出される。このような環境が創出されることにより、2つの制約から開放された新しいビジネス・スタイルを取る人間が増加する。このビジネス・スタイルを取る人間がモバイル・コンピューティングを通じて種々の商業活動を行うことにより、従来存在しなかったビジネス・チャンスが新たに創出される。かつての例では、コンビニエンス・ストアの登場が社会に与えた影響を思い出すと理解しやすい。24時間営業のコンビニエンス・ストアの登場、普及により、時間に制約されず買い物ができるようになった。このため、夜型のライフスタイルを取る人間の割合が増加し、電力消費の時間パターンに変化をもたらした。さらに、新しい流通ルートが創出されたことにより、従来の商品流通にも大きな影響を及ぼした。

モバイル・コンピューティングの普及は、インターネット上に登場しつつあるエレクトロニック・コマースの機能および規模を一層拡大することになろう。その拡大は、コンビニエンス・ストアが及ぼした社会的影響をはるかに超える全世界的規模で起こり、個人のライフ・スタイルおよび社会システムに多大な影響を及ぼすことが予想される。

このようなモバイル・コンピューティングによるエレクトロニック・コマースの機能および規模の拡大が起こるためには、モバイル・コンピューティングであるからこそ付加価値の高まる商品.サービスの存在こそが「鍵」となる。つまり、ユーザー本位の商品・サービスの視点が重要である。

チケット発券大手のぴあは、インターネットを用いたチケット販売を開始した。現段階では注文に対するオンライン発券処理は行っていないが、決済などの課題を克服すれば24時間受付のインターネットによるオンライン販売も可狽ニなる。このようなシステムがあれば、例えば、フランスに出張している最中に、希望するコンサート・チケットの予約・購入をおこない、帰国後、そのコンサートに行くことも可能になる。あるいは、このような処理をエージェントに依頼し、ネットワークを通じて行わせてその回答を得るというサービスも考えられる。いずれにせよ、従来は失っていた自分の希望するコンサートの聴取機会を失わずに済むようになる。

アラン・ケイは、あらゆるメディアは次の4つの段階をたどると述べている。
1. ハードウェア中心段階
2. ソフトウェア中心段階
3. サービス中心段階
4. 生活習慣段階
ケイは、メディアという場合、特にコンピュータを指しており、紙のようにとてつもなく自由自在で、さまざまな形で利用され、人々の世界観を根本的に変えるものと見なしている。

コンピュータというメディアの一形態であるモバイル・コンピューティングの現状は、「ハードウェア中心段階」が終盤に向かい、「ソフトウェア中心段階」に移ろうとしている状況である。むしろ、これから迎える「サービス中心段階」の在り方が極めて重要となる。モバイル・コンピューティングであるからこそ付加価値の高いサービスの存在が望まれる理由はここにある。言い替えると、このようなサービス分野に大きなビジネス・チャンスがあると言える。紙で作られた書物が人間の知的能力を大きく変化させるように、モバイル・コンピューティングの普及は、良い方向か悪い方向かはともかく、人間の知的能力を大きく変化させるであろう。

21世紀は「個客の時代」といわれる。時間、空間の制約から開放された個人の活動を支援する商品.サービスが新たなビジネスとして成長することが予感される。モバイル・コンピューティングは、そのようなビジネス成長の「牽引車」として、存在価値が高まることは間違いない。

(参考)

日米異業種61社が参加する「スマート・アイランド・コンソーシアム」(日本総合研究所主催)のインターフェイス・テストベッド・プロジェクトにおいても、日本交通公社、サンリオ、セイコーエプソン、ケンウッド、沖電気工業、建築資料研究社といった企業が、モバイル環境に適したサービスの開発とユーザー・フレンドリーなモバイル・コンピューティング・システムの検討を行っている。具体的には、日本交通公社が有する3,000件の旅館・ホテルに関するデータ・ベースを用いたオンラインによる自動予約・支払いがモバイル・コンピューティングで可能になるシステムを検討中である。さらに、個人旅行客の増加を踏まえ、個人旅行に関する情報支援をおこなう「トラベル・コンパニオン」などの検討も行っている。トラベル・コンパニオンとは、自動予約・支払い機能以外に、旅行費用の見積機能、旅先でのナビゲーション機能、旅先での画像情報収集機能などの複合機能を兼ねそろえた携帯情報端末である。実際のユーザーに試してもらいながら商品開発を進める「プロシューマ型」の開発スタイルにより、ユーザー視点による商品作りを試みている。
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