Business & Economic Review 1996年07月号
公共のマーケティング・ミックス
1996年06月25日 木下知己
低成長経済下において公共投資枠の限度設定を本格的に検討しなければならない時期にさしかかっている。国民の意識も、変化の激しい社会経済環境を経験して、多様なニーズとそれへの意識を強く持つようになってきており、今後卵zされる高齢化社会を踏まえた国家運営の新たなあり方、コンセプトづくりが急務となってきている。そこで、本稿では民間で経営戦略手法として広く採用されているマーケティングの考え方を、公共サービス部門へ導入することの可柏ォを探ることとする。
1. 公共インフラ整備の課題
公共の社会資本(インフラ)整備は、長期的に取り組まなければならないものと毎日身近な生活者の支援を行うものなど多岐にわたっている。したがって整備の目的も、(1)国民生活と社会の安全を守る国土保全的機狽揩チた治山、治水、海岸保全、災害嵐m・卵ェ・避難・救難等施設・システム、次に(2)経済社会の活力維持のための生産機狽ニしてのエネルギー、下水道・廃棄物処理、農林漁業・工業・流通業等基盤施設、最後に(3)快適な国民生活実現のための生活・福祉機狽ニしての学校・社会教育施設、文化・体育・スポーツ・レクリェーション施設、医療・保養・福祉施設、住宅等が挙げられる。一般的に国土保全的機狽ヘ民間での供給が不可狽ナあり、生産機狽ヘ規模の経済効果が期待され、生活・福祉機狽ヘ受益者が特定された共同・集団での利用となる。以上の機狽ゥ据え昨今のインフラ整備の課題を以下に整理する。
1. 多様な社会実現に向けて、事業内容、整備目標を臨機応変に再検討し、弾力性のあるインフラ整備とする。
2. 事業の計画から推進まで当該地域および周辺地域の住民、自治体、諸権益者等と協力・共生して、その地域の特
性に合ったインフラ整備と運営を実施する。
3. インフラの運営・管理における柔軟な経営姿勢と採算性の追求、陳腐化しないための事業内容見直し、新技術の導入等積極的展開の推進を図る。
2. 今、なぜ公共にマーケティング・マインドを必要とするのか。
全国では建設費1,000億円、維持費300億円/年、収入100億円/年の都市施設や、人口1万人の町で建設費100億円の多目的施設等が至る所に整備・供用されている。公共サービス、公共施設建設・整備等は、公共セクターが計画・実施整備等を行い、市民(生活者)が利用、使用するという一方通行の流れで実行されてきた。そのうえ近年では計画から供用開始まで多数年を要する事例も多く見受けられるようになり、オープン時では陳腐化しているサービス、施設も散見されるような状態である。社会経済の急激なる変動と生活者の多様な価値観の変化を公共サービス、施設設備にも取り入れる工夫が必要となってきている。
わが国の経済政策は、戦後半世紀にわたって国家全体で高い経済成長率を達成することによってGNPすなわち全体のパイを大きくすることを目標とし、市民への還元は、その成果を配分することによって生活の質的向上を図るとして推進されてきた。その後「生活大国五ケ年計画」等では、生活者の尊厳を大切にするという視点から社会のバランスを見直し、経済の豊かさを前提にしつつ個人を尊重し、より自由度の高い社会の実現をめざすことに転換を図ってきている。その間社会資本(インフラ)整備は、シビルミニマムの視点からの生活最低限保障による量的不足は解消されてきており、次第に質的なものへと移ってきて生活者の欲求を満足させるインフラ整備へと転換が求められてきている。つまり売り手(供給者)主体から買い手(生活者)主体の公共サービス・インフラ整備へと社会のニーズが変化してきている。一方、安定成長期時代に入り、公共投資の効率性も厳しい目で見られるようになってきており、費用対効果も同時に評価されるようになってきている。
3. 公共のマーケティング・ミックス
公共におけるマーケティングの基本的な考え方は、「税と公共サービスの交換」が生活者の立場からリーズナブルに実行されているか、つまり納めた税金で提供された公共サービスが生活者の欲求を助ェ満足させ得ているか追求することにある。 マーケティング・ミックスのなかでは、
・ 生活者ニーズ...生活者の欲求を満足させる潜在的ニーズ発掘
・ サービス到達時間...公共サービスが生活者へ実施されるまでの経過時間
・ サービス・コスト...税、補助金、利用コスト、時間ロス、エネルギー消費コスト等
・ 広報・宣伝...広報、宣伝、勧誘等普及活動
の項目について、公共サービスが生活者に果たす満足度、妥当性について評価することにある。したがって過去における公共サービスは全体的な需要の拡大、施設設備等に最大の関心を示し、真に生活者が求める価値あるサービス・ニーズの開拓には概して関心が薄かった。
これまでの全国一律的なインフラ整備→普及→利用のパターンから脱却し生活者潜在ニーズ発見→公共サービス開発→インフラ整備→広報・宣伝・勧誘→利用のフローへと変えることが必要である。生活者の潜在ニーズ発見は、生活上の便益発見が中心で、公共セクターの制限を受けることなく社会のトレンドを見定め、生活者ニーズの多様性を理解して、複眼的視野からサービスを施すことにある。
対象とする生活者像は現実に存在しない平均的な対象者像ではなく、具体的な潜在ニーズで分類可狽ネ多種多様な属性に当てなければならない。サービス内容の評価は参加者数より利用者の満足度をもって測られるものである。
高度に発達し成熟した政治経済、科学技術、教育文化等は、新たな価値観や行動原理を誕生させ始めている。人々の価値観も、組織の利益より自己実現を重視し、大規模で複雑な生活・労働環境から小規模でシンプルな環境、家庭重視の人間優先型、物資充足観がもたらす心理的・精神的成長による量から質への転換、所有するより利用する価値の発見、均質性から異質・多様性を許容する社会、自然環境との共生等、変革が起こりつつある。
生活者重視の公共におけるマーケティング・ミックスの観点を総合すると、
1. 生活者ニーズ...生活者の欲求を満足させる潜在的ニーズ発掘
2. サービス到達時間...公共サービスが生活者へ実施されるまでの経過時間
3. サービス・コスト...税、補助金、利用コスト、時間ロス、エネルギー消費コスト等
4. 広報・宣伝...広報、宣伝、勧誘等普及活動
にまとめることができる。
公共施設整備の妥当性へと市民の関心が向かいつつある昨今の社会情勢を踏まえると、今後は公共サービスについてもその検討を「税」と「サービス」の関係を考慮しつつ民間企業の経営に広く採用されているマーケティングの手法を適用していくことが有効である。今後これらを取り入れた公共サービスの実現が、日本社会の多様な変化に対応可狽ネ手法として位置づけられるとともに、公共サービス内容に対する常時観測の妥当性評価システムが形成されることを期待したいものである。