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Business & Economic Review 1996年05月号

【(地方主権特集)寄稿】
地方主権を実現させるための戦略:市町村と住民の力を結集して

1996年04月25日 東洋大学法学部教授 坂田期雄


I.地方分権を阻む中央省庁の厚い壁

地方分権は、戦後50年、毎年のように唱えられながら、今日まで殆ど前進を見ていない。それ程、分権を阻む中央省庁の壁は厚い。したがって、今日は地方分権の中身の議論とともに、それ以上にそれをどうやったら実現に移せるか、その“方法論”その“戦略”を考えることが非常に大事である。そうでないと分権推進委員会でどんなに立派な答案が書かれても、それは結局、絵に描いた餅に終るおそれがあるからである。

1.自治省の代理戦争

ところで、これまでの進め方のパターンをみると、「自治省、地方六団体」が一体となり、「地方制度調査会」や「行革審」の答申を表に立てて、政府に改革を迫るというものであった。自治省が地方団体に代ってその代表となって大蔵省や各省庁とわたりあい、それによって地方自治を守る、自治をかちとるという構図であった。それは自治省の代理戦争ともいわれたが、それは毎年の大蔵省との税財政折衝では大きな成果をあげてきた。たとえば地方税の減税による穴埋めは常に地方独立税で補てんを行い(最近では平成6年12月に地方消費税の創設を実現させた)、地方交付税では、その税率を20%から32%にまで引き上げた後、それを長く維持してきた。そして毎年の地方税財政対策では、必要な地方財源の確保に大きな実績をあげてきた。

2.権限拡大指向の強い官僚体質が障壁

しかし、このように大奮闘した自治省も、中央各省庁全部を相手にしての地方分権(国庫補助金の整理縮小、権限委譲、必置規制の廃止、機関委任の改革等)には十分な成果をあげ得なかった。それは相手方が一省庁だけでなく全省庁だったということもあったが、それ以上にそれが中央省庁の持つ強い権限欲に正面からぶつかるものであったからである。中央省庁が自己省庁の権域を常に拡大しようというその縄張り意識、その拡大意欲はまことにし烈なものがある。各省庁の事務次官、局長等のトップクラスの最大の仕事、任務は、自分がそのポストに在任中、その省庁の権限領域を少しでも拡大することにあるといわれている。

ところが、地方分権というのは、この省庁の権力拡大とは全く逆に、その権限を圧縮して地方に渡そうというものだから、各省庁とも全省庁あげて、またその省庁出身のOBも動員されて絶対反対、強い阻止の姿勢となってくるのである。

昭和50年代、行政改革が断行された時も、大きく改革のメスが加えられたのは国鉄等だけで、中央本省は殆ど手つかず、無傷でそのまま残った。それ程、中央省庁は、権力機高フ縮小にはまことに強い阻止の姿勢が貫かれるのである。

3. 今回の地方分権の進め方従前と同じ中央主導型、上から進める形

ところで、今回の地方分権の進め方をみると政府、政党、国会方面からの強い後押しで、国会決議、推進法の成立、そして推進委員会の設置等、分権を進める舞台装置はかつてなかった立派なものが整えられたが、しかし、分権を推進する手法は、依然として従来と同じ、専ら中央方面(自治省、地方六団体)だけが地方に代わってその推進の主役、リード役をつとめ、地方はそれを眺め、それが下りてくるのを待っているという告}である。

しかし、このような状況では、中央省庁の厚い壁を破ることは到底できない。この壁を打破するには

(イ)中央官僚組織をおさえられる強い政治のリーダーシップとともに、

(ロ)中央官僚体質を押し倒す地方側、とくに「市町村」と「住民」の結集した力のまとまり、盛り上がりが是非とも必要である。

II.地方分権を進める具体的戦略

1.「市町村」を分権の受け手に

そこでまず第一は、市町村の力の結集、盛り上げであるが、今回の分権の進め方をみると、「分権の受け手は府県」とされ、市町村は分権の直接の受け手からはずされた恰好となっている。

もちろんこれは、地方分権を進める戦略としてとられたものかと思われるが、このやり方は大変にまずいのではなかろうか。というのは、市町村こそが基礎的自治体であり、府県は中間団体である。さらに市町村は、近年「国-府県-市町村」という従前からの序列から脱け出して自らのチエとアイデアでまちづくりプランを主体的につくる存在となってきた。ふるさと創生一億円事業の時には、自治省も「まちづくりの主役は市町村」「国、県はこれを支援する」と市町村を大いに持ち上げた。市町村はかつての“末端”からいま“主役”“先端”へと大きく変わってきているといえよう。

ところがここへ来て俄かに「分権の受け手は府県」というのは、何かこれまでの流れを180度逆流させたような感がある。

今回、地方分権に、市町村の側からの盛り上がりがあまりみられないのも、このように地方分権が「国と府県」との間のこととされ、市町村が分権の当面の受け手とはされなかったことも大きく影響しているのではないだろうか。そしてその結果、国民の側からは、地方分権というものが何か「国と府県」との間の権限争いのようなものとしか映らなくなってしまったともいえよう。

このような観点から、現在のやり方を是非改め、今後は地方分権の受け手は「国から府県そして市町村まで」を視野に入れて進める。それによって、市町村も地方分権を自分達のことと意識して取り組み、立ち上がるようになることが是非とも必要である。

2.中央の厚い壁を破るには「住民」の結束した力も

中央省庁の厚い壁を破る方法の第二は、地方自治の主人公である「住民」に、地方分権を進める強い推進力、その中軸となって貰うことである。それには、住民に「地方分権になると、まちづくりがどのようによくなるのか」、また「住民の生活がどう便利になるのか」、あるいは「国の役所や国家公務員が減って税金がどの位安くなるのか」等を、住民によくわかるように示し、それによって住民が一丸となって、そのまとまった力で「地方分権推進一大国民運動」がひき起こされるようになることを期待したい。

住民の力は、それがまとまれば、既存の制度、組織をも打ちこわす程の大変に大きな力となる。たとえば昨年(平成7年)とその前(平成3年)の統一地方選挙では、いくつかの地域で、政党に所属しない草の根住民、無党派層が、既成政党の候補者を打ち破って当選した。また最近では、住専の不良債権処理で、税金を使うことに国民の不満と怒りが爆発し、その力は、官僚中の官僚、権力の総本山とも目された大蔵省の機黒ェ散にまで進展しようとしている。

戦後50年間、殆ど進まなかった地方分権も、住民の力が結集されれば、中央官僚の牙城を打ちこわすことも十分な可能なのではなかろうか。平素ばらばらに見える住民も、ひとたびまとまれば、大変大きな力を発揮する。

そしてこの住民の力を盛り上げ、まとめて行くには、今のように分権の受け手が府県とされていたのでは難しい、やはり住民に身近な市町村をしっかりと分権の受け手とし、それによって、市町村から住民に呼びかけ、住民の認識を高めるように進めて行くことが期待されるのではなかろうか。

3.中央方面では「機関委任事務」と「権限委譲」に重点
地方現場では、「国庫補助金」

第三は、地方分権改革の中身の重点のおき方だが、中央方面では「機関委任事務」や「権限委譲」におかれているのに対し、地方現場では、いま日常の業務全般にわたって細部にまで干渉、関与がなされているのは「国庫補助金」(この国庫補助金というカネの力を背景になされているさまざまな指導やその強要)だ。この束縛から何とか逃れたいとアンケート調査(平成6年地方自治経営学会調査)では強く訴えられている。

そして地方現場では、「許認可権」は、年に1回や2回程度のもの。常に毎日の業務におおいかぶさっているものとは感じていない。また「機関委任事務」も地方現場では、それ以外の事務ととくに区別して意識されていない。どの事務が機関委任事務でどの事務が機関委任事務でないかその区別も一般の職員は殆ど知らない。知らなくても日常業務には何等差し支えない。それ程機関委任事務がとくに強く自治体を束縛しているものとは全く受けとっていないし、感じてもいない。

もちろん、機関委任事務は制度としては問題があるから、この際できれば整理改善されることが望ましいが、ただその際、いたずらに制度論、法律論だけに審議の大半の時間を費やすようなことがないよう、もっと大事な実態の上での大きな不合理、不都合面(とくに国庫補助金)の改革にこそ助ェ目を向けられるよう切に望みたい。

4.「国庫補助金」と「権限委譲」で地方が望むもの

なお、最後に次の点に留意される必要がある。

<国庫補助金>

分権推進委員会では、国庫補助金を半分に減らし、その財源を地方税と地方交付税に振り替えるといった意見も出されている。そのようなことが実現すればそれこそ地方自治史上かってなかった大改革になろうが、そのためには地方税はどのようにするのか、地方交付税はどのようにするのかといった具体的な案としてしっかりとつめたものにしていかないと、結局それは夢のプランに終ってしまうおそれがあろう。むしろ地方現場のホンネはいま

(イ) 国庫補助金は欲しい

(ロ)しかし細部への干渉、関与はやめて、自治体にもっとまかせるものにして欲しい

(ハ)手続・手間が複雑で膨大な資料を求められるが、もっと簡素化・迅速化してほしい

というところにある。このことをよく踏まえて検討が行われることが望まれよう。

<権限委譲>

市町村現場では、権限でも(イ)「住民対応」の難しいもの、(ロ)「カネ」(負担)のかかるもの、(ハ)新たに「人手」を要するものは要らないというホンネが非常に強い。それを踏まえて進めることが望まれよう。さらに市町村で是非欲しいという権限もある。それは農地転用、農用地除外申請等で、比較的多くの自治体からあげられている(現在は認可までに少なくとも半年もかかり大変に苦労している)。なお、この許認可権についても、手続、手間をもっと簡素化、迅速化して欲しいと強く望まれている。
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