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Business & Economic Review 1996年05月号

【(地方主権特集)地方主権検討会の提言】
住民自らが幸せを選び取れる地域社会を目指して

1996年04月25日  


1.今地方主権を提言する背景にある時代認識

(1)日本は、欧米へのキャッチアップを目指したこれまでの経済社会のステージを完了した。従来のステージにおいては、「経済成長」実現のための中央集権的コントロールは有効に作用してきた。地方自治においても、中央政府の集権的体制のもとで、住民は等しく必要条件としての生活水準を確保することが可能になり、物質的豊かさを享受できるようになった。

しかし、低成長時代への移行、高齢化社会への突入により、中央集権的システムの硬直性は、次のように住民に対して大きな影を落とし始めている。

第一に、右肩上がりの高度成長期を終え、低成長期に移行したことに伴い、国民の志向は仕事第一主義から、生活重視、環境・文化尊重へと大きく変わりつつある。個々人の意識も、地域特性、ライフ・ステージに応じて非常に多様化している。来る21世紀の高齢化社会においては、行政サービスの質も変化し、ますます「対人」サービスが必要となる。これに対し、現行の中央集権型行政サービスは、国民全体の公平性の確保に重きを置くあまり、地域住民の個別のニーズに応じることができないため、様々な局面で住民に不利益を及ぼしかねない状況となっている。さらに、全国一律の画一的で柔軟性に乏しい中央  集権型行政サービスは、住民が「生活し、学び、働く」うえでの個性や創造力の発揮を抑制する方向にも作用しているといって過言ではない。

第二に、巨額の所得を低生産性部門や経済力の弱い地方へとトランスファー(援助)するという中央集権的発想による資源配分システムは低成長時代への移行に伴い、大きな矛盾に突き当たっている。地域住民が負担する税金の中には、こうした矛盾に起因するコストが目にみえないかたちで膨れ上がっている。このような「援助」の発想やパラダイムは、地方自治体職員のモラルにも大きく影響している。この状況を放置すれば、国家及び地方財政は破綻し、住民の負担するコストは、将来にわたってますます大きくなることが卵zされる。

第三に、産業国「調整の進展のもとで、とりわけ地方産業の空洞化が懸念されている。地元ニーズに根ざした個性豊かな「地域産業」を育成し、従来の地域の特性を必ずしも必要としない自動車や電気機器などの量産型産業との二本足構造を作っていくことが、地域の活性化のためにも、また日本経済の活性化のためにも不可欠となっている。

こうした環境変化は不可逆的なものであり、住民は一方的に画一的行政サービスを与えられ、コストを押しつけられるのではなく、求めるサービスを自らの手で選び取り、それに伴うコストを自ら負担することが必要になっている。すなわち、住民が主体的に(1)自らのニーズを反映すべく行政の意思決定に参加し、(2)自らコストを負担する以上、厳しい目で行政をチェックするといった、地域社会での自己責任意識を確立していくことが、幸せな地域生活を送るうえでの鍵となってきている。

そのためには、住民の身近に行政の意思決定の場を置くと同時に、受益(サービス)と負担(コスト)の関係が明確にチェックできるシステムを穀zすることが必要である。受益と負担の関係が明確になるということは、行政サービスに対しては、原則として一定の対価を支払って初めてこれを享受できることを住民が理解し、地方自治体の財源が足りなくなれば、それは国から補助を受けるのではなく、自ら税金として賄わなくてはならないことを認識することである。こうしたシステムが実現される社会こそ、住民の自己責任の延長上に立つ「地方主権」社会である。

このように、「地方主権」のベクトルは、住民から発するものであり、国家の権力の分散としての「地方分権」のベクトルとは、自ずから異なる。

地方分権を進める際に、ネックとなると指摘されるのは、地方自治体サイドに「受け皿」がない、という点である。しかし、現実の地方行政の流れをみると、環境は徐々に整いつつある。その第一は、住民と直接接する市町村は独自の町づくりなどの経験を通じて、住民ニーズに柔軟に対応する力をつけてきている点である。また第二に、光ファイバーケーブルなどの日本列島をリニアに結ぶ社会資本が整備され、情報化が進展してネットワーク分散処理型の情報交換が可能になってきており、地方自治体は、国を介さずとも、自立した存在として、自由自在かつスピーディーに情報を入手して意思決定を行い、発信を行うことが既に助ェ可能になっている点である。すなわち、環境面では地方主権の条件は実質的にかなりの程度整ってきている。

2.地方主権を実現するための条件とトリガー(引き金)

このように、現在の閉塞状況を打開するためには、地方主権社会の実現が不可欠であるが、現状のままでは、残念ながら地方主権を進めていくためのトリガー(引き金)を見つけることができない。

しかし、地方主権社会という目標を実現していくためには、生活者として地域社会の主役である「地域住民」がエンジン役となって、地方自治体に対し、「アカウンタビリティー」(責任を持って自分の行動を説明できること)を求めていくことが何より必要である。また、住民に加え、経済原則の場としての「市場」も2つ目のエンジン役となり、地方自治体に対して、行政に関するわかりやすいディスクローズを求め、地方自治体に対して住民や市場からの評価を改善につなげるよう求めていくことが必要である。換言すれば、住民と市場という二つのエンジンによる地方行政に対するチェック機能の向上が必要である。住民と市場というエンジンから地方主権を実現していくトリガーとしては、

(1)住民監査ボードを議会に設置し、地方行政の住民ニーズへの対応状況と効率性について、業績査定を実施するシステムを穀zすると同時に、

(2)住民のニーズにより行政サービスが肥大化しすぎないよう、財政運営を市場からチェックするため、公共事業などの資金調達を補助金ではなく地方債発行で賄える範囲を拡大し、地方債発行の市中消化を原則とすることが必要となる。

もっとも、住民の力が 地方主権社会を実現するエンジンとしては助ェに働くためには、国としても現行のシステムを抜本的に変更し、地方自治体が自己の責任において政策を立案し、地域づくりができる仕組みを用意することが必要である。すなわち、エンジン役として「政治家のリーダーシップ」も、不可欠な要素である。政治家のリーダーシップから地方主権を実現していくトリガーとしては、

(3)国がやるべきことを限定列挙し、地方が行うべき権限を明示した地方主権基本法を制定すると同時に、

(4)地方自治体が補助金行政から脱皮し、財政面からも国からの自立を可能にするため、税源を地方へ移譲するための法律的手当を行うことが必要である。 当然のことながら、「地方自治体自身」も独自の魅力ある地域づくりを担うエンジンとなる必要がある。地方自治体が特徴を持ち、魅力を高めて他地域と競い合うことにより、住民が自らの志向に合った地域を選択することが可能になることが望ましい。 地方自治体の活力によって地方主権を実現するトリガーとしては、

(5)独自の産業を育成、支援するべく環境整備を行うことによって、財源を強化し、個性と魅力ある地域をつくり、地方自治体間で競争し合っていくことが必要となる。

この点、現在鋭意進められている地方分権推進委員会における議論も、地方主権を進める力として不可欠である。ただし、地方分権推進委員会の議論だけでは、地方主権を押し進めるには次の点で不十分である。

第一に、地方分権推進委員会の議論は、国と都道府県の間の事務分担見直しに時間を割かざるを得ない。しかし、地方主権社会を実現するためには、地域社会の主役である住民の視点が重要であり、地方議会の活性化が不可欠である。

すなわち、地方分権推進委員会の議論でも、機関委任事務を地方自治体に移すことが大きな論点となっており、結果的に地方自治体の行政権がかなりの程度大きくなることが今後予想される。ただし、この際にも、地方自治体の立法権も、行政とのバランスを取って強化、活性化することが必要である。現状、地方自治体の議会は住民の意思の代弁役を十分に果たしているとは言い難く、今後地方への権限移譲を進める際には、住民の意思を議会により反映させていく仕組みを構築していくことが重要である。我々は住民の意思を反映させ、議会を活性化させるツールとして、自治体監査ボードの設置を一つの目標に掲げているが、地方の各議会が自ら本格的に取り組むべき課題であるといえよう。

第二に、地方分権推進委員会の議論では、税源の地方への移譲や地域産業の活性化など地方が真に自立していくための条件についての議論が後回しになっている。この点、事務や権限に関連する議論のみでは現状の中央集権体制をブレークスルーできる部分は限られている。より本質的な改革を行うためには、事務の移譲の問題だけではなく、国のひも付きとなっている補助金を廃し、税源を地方へ移譲するといった、経済的に自立できる条件を整え、地域が自立していくための経済的基盤を確立して初めて真の地方主権は実現すると考える。

3.地方主権実現に向けてのプログラム

第一ステージ(1996年から2000年)

地方主権への取り組みへの青写真づくりとトリガーの設置
住民と市場による地方行政に対するチェック機能を向上させるための方策

1.住民による自治体の業績評価  

自治体監査ボードの設置、住民向けディスクロージャーの徹底
(議会はその付属機関として、基礎的自治体となる各「市」に住民、学者、勤労者等からなる監査ボードを設置すると同時に、自治体行政の具体的目標と実績評価のための基準(ベンチマーク)を決定する。これに基づき、監査ボードは年1回業績評価を行い、議会に報告する。評価結果は、地域住民の全世帯にディスクローズしていく。ベンチマークとして、自治体の住民ニーズへの対応、事務体制の効率性などをチェックするための指標を導入する。ベンチマークの優先順位決定にあたっては、住民投票、アンケートを活用する(注))

(注)現在、住民が具体的な地域づくりに参画する機会や、行政の業績をチェックする機会は極めて限られている。特に、現状の行政監査、会計監査または議会の仕組みでは、住民のニーズを反映し、これをチェックするという役割を果たし得ていない。

2.地方債の発行条件自由化

(地方債の発行条件を弾力化し、財政の健全性確保へのインセンティブを促進すべく、市場メカニズムを積極的に導入していく。まず土木・厚生施設等の建設のうち市場性を持つ社会資本を対象とする地方債等の発行条件から弾力化していく。市中発行を希望する地方自治体から当該プロジェクトの収益性などの情報をディスクローズする)

地方自治体が自己の責任で地域づくりができる仕組みを構築するための方策

1.基本法の制定とその下での地域の独自性発揮

(1)行政サービス提供主体のゼロベースでの見直し

(国会内に検討委員会を設置し、議員立法により、地方主権基本法を制定する。基本法では、(1)国がやるべきことを限定列挙したうえで、地方が持つべき権限を明示する、(2)地方自治体の枠組みを定め、行政サービスの提供主体は原則基礎的自治体である「市」とする、(3)税源を原則として地方に移譲する、といった点を定める)

(2)「市」条例の位置づけの確認

(基本法の下に、法律体系を見直し、「市」が担当する行政サービスについては、政令や省令または通達ではなく、法律で明確なルールを定め、その下に「市」が独自の条例を制定できることを確認し、国による不透明な介入の余地を排除する)

2.税源の地方への移譲、地方財政制度の改革

税源を地方に移譲するためのスケジューリング

(税源を国から地方へ移譲する基本法に基づき、税源移譲のスケジューリングを行う。地方税源化によって、まずは、中央官庁のひも付きとなっている補助金を撤廃する。併せて、新たな財源調整のしくみとして、プール基金を穀zする。プール基金は地方の財源をプールして配分し直すものであり、従来の国が集めて国が配る地方交付金制度とは、基本的な違いがある。2000年までに、地方自治体によるプール基金への財源の拠出と配分のルールを作る)

3.地方自治体同士の競争の促進

地域産業活性化への環境整備

(地域ごとの起業支援、産業振興を活発化するための環境整備を行う。資金的な支援の仕組みとしては、地域の貯蓄を地域に還元できるよう、現在の財政投融資制度等の見直しを行うと同時に、地方証券取引所の上場基準の緩和などの制度整備によって、地元企業の資金調達の円滑化を図る)


第二ステージ(2000年から2010年まで)  地方主権への移行過程

1.自主税源づくり本格化

(地方自治体は個性と活力ある地域づくりのために、それぞれの自主財源を強化する。これによって、現在東京を中心とした首都圏地域とそれ以外の地域の間の経済力格差を縮小することが可能になる。財源調整のために設置するプール基金を、地方自治体の財政基盤強化を図る方向でワークさせる)

2.市町村リエンジニアリング、アウトソーシングの本格化

(自治体監査ボードが実質的に機煤B行政が運営するより民間が運営、実施する方が効率的な事業は民営へ移管。既存公共施設についても経費節減を図るべく自治体間で相互利用を行う。2010年までに、各自治体は職員の報酬体系の見直しなども含め、地方主権の視点から徹底的な組織改革・体質改善を行う。一方で住民の意思を反映した個性と活力ある地域づくりをめざすためには、住民監査ボードもさらに進化し、住民の政策立案能力も飛躍的に高まる必要がある。なお、地方債についても、調達金利の格差が生まれることにより、経営状況が悪い自治体ほど市中からの資金調達にプレミアムが高くなり、地方自治体のリエンジニアリングが市場からも促される)

3.地域間競争の本格化

(各地域において独自性のある地域づくりが行われる一方、産業面でも活性化、地域内外の競争が本格化し、地方主権の桎梏となる種類の規制緩和も加速する。同時に、中央政府の行政・組織改革も進展)

4.地方主権によって2010年に実現される社会 地方主権が実現された2010年の日本の姿を想定すると、

1. 住民が地域づくりの主役となり、主体的に地方行政に参加している。住民の選択肢が増えるかたちで、地域活力を阻害する規制も緩和され、行政サービスのアウトメ[シングによって、民間が活性化している。
2. 個性豊かで自立した「市」が行政サービスを企画・提供する基礎的自治体となる。「市」は、自立した存在として成長し、互いに協調しあうと同時に個性を競い合っている。「市」は、ある程度の規模を持つが、経営体としての基本認識が合理的に貫徹される仕組みに変革されており、その行政機高ヘ従来の市町村より格段に効率化している。
3. 税源は原則地方となり、「市」間の財源調整の仕組みとして、プール基金が機能し、中央に依存しないかたちで資源配分が行われている。
4. 中央省庁は、国家間の外交、防衛といった国の専管事務を行うとともに、行政サービスの最低限のルールづくり、及び「市」単独では行い得ない行政サービスに関する調整役に徹する、
といった姿である。

このような段階に至り、「住む」「働く」「学ぶ」「憩う」といった営みについて、地域社会の中で住民は自らの志向を反映させ、幸せを選び取れるようになる。
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