Business & Economic Review 1996年05月号
【(地方主権特集)寄稿】
地域経済の活性化・自立化と地方分権・地域主権について
1996年04月25日 東洋大学経済学部教授 吉田敬一
欧米へのキャッチアップという戦後経済発展の目標・課題を基本的に達成した日本の経済社会が、21世紀という新たなステージの主要課題である日本型の豊かな社会を建設していくうえで、地域経済が今後どのような位置と役割を担うべきであり、そのためにはどのような産業政策の基本的スタンスが求められているのか、そしてその際、地方分権・地域主権の問題が如何に関わってくるのか、という点について、その要点を整理することが本稿の狙いである。換言すれば、中央集権から地域主権へというパラダイム転換の必然性と背景を地域産業振興の観点から考察することにある。
1.戦後日本の経済発展の到達点-中央集権的メカニズムの時代-
戦後日本は経済国「と生活用式のトータルな欧米化(中心はアメリカナイズ)の道を急ピッチで突き進み、短期間のうちに経済大国の位置を占めるに至った。しかし、「豊かさを実感できない経済大国」という卵z外の現実に直面し、将来展望に関して国民的コンセンサスが達成されないなかで国際化・規制緩和をキーワードにした形で国「転換の荒波に、揉まれているのが今日の日本の実態である、といえよう。
そこで、21世紀の経済的課題を明らかにするために、図1を手がかりにして、まず戦後日本の経済発展の到達点からみることにしよう。図1は国内産業を生活者の観点からみて、自動車・家電などの「生活の利便性と快適性に関わる産業(第1類型)」と、衣食住など「生活そのものに関わる産業(第2類型)」とに大別し、両類型の産業が戦後の時間軸の流れのなかで生活者にどのようなタイプの製品を供給してきたのかを簡略に示したものである。
工業製品はその機煤E使用価値からみて、大きく2つのタイプ(図1では縦軸)に区分することができる。第1のタイプは、需要の量的な充足の段階(ユーザーの大半がその製品をまだ所有していないという離陸期)に位置するものであり、国籍や、民族的特性を超越した普遍的な機煤E使用価値が問題となる製品である。例えば、テレビやパャRンなどの低級品や中級品では、その機煤E形態・デザインなどに関してエチオピアと日本とでまったく異なったものが求められることはない。その結果、生産技術面での問題点が克服されれば、経済の論理に従うと、もっとも安価に効率的に生産できる場所で加工・組立を行うことが追求されざるをえない。そして、現実に図2にみるような形で、生産の海外移転すなわち国際分業がこれまでにおいても進んできた。
50・60年代の高度成長期には第1・第2の類型に属する産業の主要課題は生活者に欧米型の生活様式・水準に到達するための製品に関して、とりあえずその普遍的機煤E需要を充足することにあったので、規格化・標準化・低価格化のための大量生産方式が中心に据えられ、各業種のリーディング・カンパニーを頂点にして全国的な規模で重層型の生産分業システムが穀zされてきた。こうした経済ステージでは、その目標と課題をクリアーするためには中央集権的な産業政策のシステムは非常に大きな効力を発揮したのは事実である。
2.フロントランナー型経済への過渡期としての90年代
しかし、国民が時間的・精神的にゆとりを持ち、個性的な市民生活を追求し得る真の意味の先進国の段階に入ると、この種の普遍的機拍[足型の製品群での需要・ニーズの質的高度化が生じる。すなわち、均質で大量の標準的需要の充足から、自己主張・阜サのための異質化機狽フ充足の段階へ移行する。
70・80年代の日本経済の主要課題は需要の質的充実(差別化機煤E需要)への対応にあり、マイクロ・エレクトロニクス技術を最大限に活用する形で日本製品は高級品市場でも圧倒的な国際競争力を研ぎ澄ましていった。しかし、このころから第1類型の産業の比重が高まるとともに、国民の日常生活に直結する第2類型の産業のなかでは民族的・地域的特性に根ざした地域産業の地盤沈下が明確化しはじめた。このことは地域社会の個性化および特色を持ったまちづくりのための経済的基盤の衰退を意味するものであるところから、中央との地域間格差の拡大を伴いつつ、地方の都市空間・生活様式の画一化の進展が条件づけられた。このような過程に対する反省と地域経済の力量の一定の向上を背景にして、中央に対する地方の独自性と相対的自立度を高めるため、70年代末以降「地方の時代」が唱えられ、その基盤として地方分権が求められるに至った。
経済大国にはなったが、豊かさが実感できない生活小国にとどまっていると称される現実は、以上のような日本の経済発展の今日的到達点に規定されたものである、といえよう。このような認識に立つと、日本の経済社会に突き付けられている21世紀の最大の課題である日本型の豊かな社会の建設と地域産業の関係、さらには地方分権・地域主権の必然性が明らかになる。
すなわち、90年代に歴史的位置は、豊かな社会を建設するために国籍や民族性・地域性を超越して必要とされる財・サービスの生産・供給基盤づくりから、豊かさを実感できる経済、すなわち個性を持ち感情移入できる財・サービスの生産・供給基盤づくり(豊かな社会の経済的助ェ条件)への過渡期にある、と考えられる。
3.日本型豊かな社会の土台としての21世紀型経済国「づくり-地方分権から地域主権へ-
豊かな社会では生活様式の質的充実が課題となり、物流の国際化・自由化が強まれば強まるほど、例えば日本人やイギリス人という民族性・地域性に基づいた高級品指向ないし本物指向も強まる。そして、これらの製品はユーザーの自己実現に供されるものゆえ生産数量は相対的に少なく、加工精度が高く、デザイン・ファッション性が重要であり、とくにどこで造られたか(例えば、なぜステイタス・シンボルとなるベンツ車はメイド・イン・ジャーマニーか?)が問題となる。
とりわけ第2類型の産業の守備範囲は衣・食・住に関わる製品・サービス群であり、個性的な先進国といわれる国々(例えば、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデンなど)では固有の文化・伝統を踏まえて徹底的に民族性・地域性を大切にしたモノ造りが保持されている分野である。この類型の地域産業と製品が民族・地域文化の物質的土台を形成しており、人間的な豊かさを体現する製品群であることが看過されてはならない。また先進国のこの分野の製品・サービスは徹底的に民族性・地域性に特化した高級品であることによって高度な国際性を持ちうる分野でもある。
こうした観点で産業政策を見直すと、中央集権的な画一的・基準設定型の地域産業支援策(第1類型の産業で普遍的需要に対応する産業基盤づくりに重点)は歴史的使命を終えた、といわざるをえない。今後はそれぞれの地域社会を支える経済基盤は第1類型であろうと第2類型であろうと個性と独創性を持たねばならず、それぞれの産業集積のコア集団の特性(例えば、生業的零細層を基盤にした地域市場指向型の地場産業か、中堅企業主導の全国市場指向型のネットワーク型経済か、大企業の高級品・研究開発支援型の下請型地域経済か、など)に応じた形でビジョンと政策が企画・立案されねばならない。ところが今日の産業政策体系は、第1と第2の類型の産業がともに高度で個性的な展開を地域に根ざした形で指向するという、2本足型の産業国「づくりという時代的要請に応えきれなくなっている。
この点に関連して、中小企業近代化政策の骨格を形成し、中央集権型の政策体系のもとで、これまで大きな成果をあげてきた高度化事業と、大店法問題について簡単にふれておこう。地域中小企業に対する生産環境改善事業として、小零細層を対象とした工場共同利用事業(工場アパート)と相対的に規模の大きな企業を対象にした工場等集団化事業(工業団地)があるが、いずれも厳格な適用範囲・条件規定がある。例えば、生業的零細経営が主力の地方の小さな地場産業の環境整備としては、地価も安く、都市化も進んでいない場合、工場・作業場と事業主の住宅をワンセットにした工住併設型(一体型と分離型が考えられる)工業団地を建設することが現実的で効果があり、加えて個性的なまちづくりという観点からも有意義である。しかしそれは政策体系の主目的から外れるため、多くのハードルをクリアーしないと実現困難であるため、現実には地域産業の実態からではなく中央で用意された既存の政策メニューの組合せでしか対応できない仕組みになっている。例外的施策を嫌う集権的政策体系では、個性的な地域産業振興を支援できない。
また国際問題化している大型店出店規制についても、当事者間の利害調整という観点を中心にこれまでは処理されてきており、生活空間と経済空間の調和を図り、豊かで個性的なまちづくりを推し進めるという観点は欠落ないし軽視されてきた。地方自治体にはまちづくりと地域産業政策を一体化して実行する権限と機狽ェ助ェに与えられてこなかったからである。その結果、町並みがアンバランスで、地域社会がアイデンティティを持てない非文化的な地域社会は消費生活の場であるとともに、経営・営業と雇用の場でもある。豊かで個性的なまちづくりと、地域特性を踏まえた特色のある産業集積に基づく地域経済とが両輪となって初めて、豊かな社会の基本単位である地域が建設される。
以上の簡単な考察からも明らかなように、中央集権から地方分権へ、さらには地域主権の確立という課題と展望は世紀末の日本の歴史的課題といえる。とりあえず現在の地域産業政策に関しては今世紀中に、現行の枠内で内発的地域産業振興を鼓舞する方向で最大限に権限と財源を地方に委譲し、地方レベルでの政策立案迫ヘの向上をはかることが望まれる(地方分権の推進)。そして21世紀の最初の10年間を視野に入れた形で、基本的な産業政策の企画・立案・執行に関わる権限と財源を地方自治体に委譲し(地域主権)、中央政府は国民経済のマクロ的枠組み条件の整備・充実と国際的調整・連携機狽フ高度化をはかるべきであろう。