コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 1996年05月号

【(地方主権特集)寄稿】
日本の21世紀は地方主権体制

1996年04月25日 法政大学経済学部教授 黒川和美


1.分権化ではなく、パラダイムシフト・地方主権

地方分権の議論は国から都道府県への、あるいは国から市町村への、さらには都道府県から市町村への権限の委譲という形で様々に論じられている。そして、国会では2年後に首都移転候補地を決定し、今世紀中に工事にかかると首都移転を日本の国土利用の壮大なシステム転換のスケジュールに組み込んでいる。またまもなく小選挙区比例代封ケ立制の国政選挙が行われる。そして道州制、連邦性、比例区型選挙制度の区割りなど現在の都道府県的、広域的地域区割りをする議論が盛んに行われている。しかしこの様な議論を展開する論者の脳裏には「受け皿論」といわれる委譲された側の行政迫ヘを疑問視する議論ある。けれども、充分な権限が与えられた地方主権が確立した自治体には良質の労働力が自ずと配分されて行くというエコノミストの神の見えざる手による資源配分論が既得権擁護、保守の議論をブレーク・スルーする議論となる。

基礎的自治体の区割り見直し論にはそれなりの理由がある。つまり、それは行革を論じることと同じである。広域市町村圏、地方生活圏など自治省や建設省が基礎的自治体の契約に基づく10市町村程度の広域行政単位の公共サービス供給の可柏ォを追求してきた。もし広域市町村圏内の市町村が合併して1市になると3200余市が330市ほどになり、地方議会の議員数は10分の1に減少し、市長の数も10分の1になる。その意味でこれは行革そのものなのである。そして、市町村の総務費の約3割が節約される。

人々の活動を一つの経済単位ととらえることができる地域で考えると、地理的、空間的整合性が要る。現行制度の府県、市町村の地方自治体の2層制が取り入れられた明治期と現在を比較すると日本人の一日行動範囲は飛躍的に拡大している。徒歩1時間、4キロメートルが今日では自動車で、1時間、50キロメートルにまで広がって、地球も日本も急速に狭くなった。が、明治の時代から行政区域は変化していない。行政組織の広がりは当然、河川の流域、盆地、海岸線の広がりに影響を受ける。しかし、架橋の技術進歩や財政力の高まりによって、利根川によって維新期に茨城、栃木、群馬、埼玉の県境となった地域は急速に一体化している。相模原市と町田市は境川という小さな川を挟んで一体化し既に政令市並人口を抱えている。逆に100余りの島を各県の離島と位置づけた瀬戸内では歴史的な水運のネットワークを完全に葬り去ってしまった。組織のサイズは、教育、ゴミ処理等のように公共財の供給が最も効率的になる大きさが望ましい。しかし、公共サービス供給の問題は自治体間の協力によっても克服できる。生産資源、「労働力」、「土地」あるいは「資本蓄積等」は地域の経済力の源泉であるけれども、これらは地域の所得の源泉であり公共財、サービスを供給するのに必要な財源を生む税源にもなる。それ故、

1. 生産単位としての地域(35万人以上必要)

2. 効率的公共財供給の単位としての地域(最低11万人以上必要)

3. 自然条件に伴う地域の広がり

4. 歴史や文化、祭りといった要件も人々の絆として残っている地域単位

5. コミュニティや政治の単位としての最適規模(小さいほど選挙の投票率は高い)

等の条件から規模の議論もなされるようになっている。

川上から川下までの一連の産業の完結性、産業組織政策、幼稚産業保護等、地域の産業政策を効果的に実施できることが自立的な地域の存立に重要である。産業、例えば農林水産、商業、工業等はそれぞれの生産活動に必要な社会資本の整備が必要になるし、優れた労働力を確保し、優良企業を誘致することになると生活者の観点から水準の高い教育や医療、福祉といったサービスが効率的に供給されている必要がある。一方で生産関連社会資本としての道路、港湾、空港、農業基盤整備等が効率的に実行されなければならないし、情報通信ネットワークや高等教育施設等の整備が強く要請されている。他方、下水道や公園など都市基盤整備が生活関連社会資本として必要とされている。これらのサービスの殆どが町村レベルの基礎的自治体の範囲を越えた広域的サービス供給であり、それがために市町村のサイズの見直しが論じられるのである。

2.生産単位としての自治体:地域連携軸とネットワーク間競争

行き届いた財政調整制度のお陰で公共財供給に関する最適効率性の観点から自治体の規模論が論じられるが、公共財供給の効率的な規模は、自治体間の契約によって達成でき、共同で供給することが可狽ナあるという議論がヨーロッパ諸国にある。公共財サービスの種類によって、最も都合の良い地域と互いに手を結んで共同で供給すればよいという議論である。更に、行政職員の研修や地域行政に必要な情報ネットワーク等は、必ずしも隣接する地域と手を結ぶ必要はなく、全国の同じ様なニーズを持つ自治体と契約を結べばよいという議論は西欧では有力である。だから地方行政単位を決定する最も重要な条件は、地域の経済的自立である。つまり、「生産単位として効率的な行政区域」を考えることになる。人々にとって、毎年踏襲される生活規律や習慣は、地域の重要なルールで、無視することができないため、産業の論理や企業の論理がしばしば地域では通用しないことがあり、そこでは文化が経済とトレードオフ関係になる。基礎的自治体がこの様な伝統や習慣に基礎づけられていればいるほど、現在の行政区割りは大きな意味を持つことになり、効率的行政サービス供給には自治体間の協力形態が重視されるようになる。地方自治体を運営する地方行政組織は地域経営の主体である。地域の人々が生産活動に従事し、所得を得、豊かに生活することを保証することは地域行政の最も重要な仕事であり、その首長がいわゆるプレジデントの役割を担う、そして、「自立」と「競争」は地方主権の礎石となる。

地方自治体は行政経験を蓄積しており、経験や情報技術の移転、行政技術の地域共同蓄積等、行政を遂行するために必要な情報や経験を既に地域内部で共同で活用するシステムを保有し、目に見えない機狽ハたしている。又蓄積された社会資本の結合性や連結性は、地域経済にとって重要な外部経済を与えてくれている。文化や習慣、あるいは人々の価値の共有等は地域住民の生活を豊かにし、安心感を与えてくれる。

3.集中処理・霞ヶ関体制の制度疲労:分散処理システムのスピードの経済

地域の経営主体として、そこで活動する企業や産業や、そこに居住する人々の生活を見守ることができる最適な規模や範囲がある。地方自治体の規模が拡大すると、末端の中小零細企業や経済的社会的弱者を見守ることができないし、行政区域内の全ての地域の環境にまで目を配ることはできなくなる恐れがある。この事は公企業、特殊法人の経済形態や規制緩和に関する議論と類似している。効率性の追求は地域独占の場合でさえヤードスティック型競争が必要であり、地域間競争のセンスが必要になっている。地域で決める、地域戦略が立てられる、競争の条件に素早い意思決定が要る。中央の裁量的行政は国際化の進展、日本経済の国際社会での地位を反映して、独りよがりの官僚の利己的利益追求だけが目立ち、国民から見放されようとしている。公正な、国際社会でも通用するルールに基づく地域間の競争、自己責任に基づく競争の世界が必要になっている。

地域に存在する全ての資源、つまり労働力、土地、資本、あるいは人々にまつわる文化や慣習、土地にまつわる歴史や風土、自然環境を有効に活用して生産力を高め、人々の生活を豊かにすることが地域経営主体としての地方自治体の行政の役割である。そこでの公共資本の費用負担のあり方や公益事業の料金体系など地域毎に戦略的な体系が選ばれ、地域産業の創出条件が模索できる。その観点から、適切な範囲と規模、歴史を持つことが地域経営主体として地方行政組織の重要な条件である。経営主体は賦存する資源を一つ一つ効率的に生産に組み込んでゆく機狽Sい、地域固有の地域間競争基盤を作り上げてゆく。

4.地方主権の時代の財政制度

これらの条件が整備されると、地方自治は課税権を基礎に固有の負担システムを確立し、中央依存でなく、自己責任の行政サービス供給体制が成立する。住民の選挙はそのまま地域経済主体の利害につながり主権の意味が明確になる。課税権は地方の側にあり州あるいは基礎的自治体が住民との交渉の中で地域固有の税体系と税負担を決定できる。国に対しては逆交付税が自治体から一部回される。地域に発生する所得に対してはその一部例えば10%がプールされて、財政調整制度として用いられる。

21世紀を前にして本格的な地方主権を追求する環境整備が完了して、国の制度、自治制度自体もコンピュータシステム同様に集中処理から分散処理の時代に踏み込む時代になっている。壮大なシステム転換、パラダイムシフトが日本をさらに魅力的に蘇させることができる。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ