Business & Economic Review 1996年03月号
【論文】
地域産業インキュベーションの推進に向けて
1996年02月25日 コミュニティインキュベーションセンター 井熊均
要約
わが国経済・産業が再び発展の途を歩むための方策として、このところ新産業の創造、ベンチャー企業の育成の必要性 が叫ばれており、省庁、自治体においてもそのための施策策定が盛んである。しかしながら、そこには3つの問題点がある。1つは施策の内容が中小企業施策の延長線の域を脱しておらず、また横並び的な内容であること、2つ目は支援施策に関する意思決定方式に従来型の審議会方式が多く採用されていること、3つ目は民間から上がってきた案件に対して補助を行うという受け身の体質により施策が展開されていることである。新産業の創造を軸とした産業政策を展開するためには、その施策実{にあたっても新たな枠組みが求められている。
公的な施策としてベンチャー育成施策を展開するにあたっては、産業振興政策との連動が不可欠であり、その場合、産業分野の絞り込み、ベンチャー企業から地域産業への進化の仕組み造り、他地域との差別化戦略が重要である。こうした視点を踏まえてこそ、ベンチャー育成による地域産業振興の展開と、施策実施に伴うリスクに対する公的施策なりのリスクヘッジが可狽ニなる。
新産業の創造を軸とした地域産業政策の展開のための手法として、本誌通巻58号(1995年9月号)で地域産業コンメ[シアムの組成を提案した。このコンメ[シアム方式を導入することにより地域産業振興に関して、核事業体の設立、地域内の連携強化、事業創造ノウハウの蓄積、企業連携の活性化、戦略分野に対する地域内の理解向上といった5つのメリットを得ることができる。
コンメ[シアム方式を導入したベンチャー育成においては、事業戦略とそれを核とした産業戦略の策定、企業の召集、コンメ[シアムの運営等を行う地域のセンタープレイヤーの確保等が必要である。核となる民間企業や大学等を有する地域もあるが、多くの地域においては、少なくともセンタープレーヤーを確保するまでの過程では行政の役割が重要である。
地域産業政策としてベンチャー施策を展開する場合、3つの視点から「創造」を行っていく必要がある。1つはベンチャー企業である事業体の創造であり、2つはこの事業体が成長するうえで必要な市場創造に関する活動である。そして、3つ目はベンチャー支援機関を核とした地域としての産業創造機狽ナある。コンメ[シアム活動を軸とした産業創造活動は、こうした3つの創造を可狽ニする活動であり、そこから得られたノウハウは既存産業の育成にも活用可狽ナある。
インキュベーション活動の展開により、いくつかのリスクが発生する。事業参加に関 するリスクについては、行政が関与する事業であっても投資家の自己責任が明確にされなければならない。しかし、戦略を明確にすることにより生じるリスクについては、これを地域で許容するための仕組みを造っていく必要があり、そのためには地域を取り込んだ体制造り、事業支援機関の中立性の確保、公共依存体質からの脱却等が重要となる。
産業創造活動は実際の事業の現場に近い市町村や指導力のある都道府県が主体となっ ていくべきであり、中央からの施策はこうした主体から適宜選択される産業創造のため の支援メニューとして位置づけられる。
自治体が産業創造を核とした産業振興施策を展開するためには、民間の事業運営にも通じた活動を展開していくことが必要であり、地域産業を経営するといった姿勢が求められている。