Business & Economic Review 1998年11月号
【OPINION】
国際的視点からの農政改革が必要-次期農業基本法に期待する
1998年10月25日
金融システム問題に紛れてあまり注目を浴びなかったようだが、今年9月に首相の諮問機関である「食料・農業・農村基本問題調査会」が最終答申をまとめ、これを受けて農業基本法も制定以来37年振りという大改正が行われる見通しとなった。答申は、農業生産法人の株式会社化と異業種の農業参入を提言しており、農地改革以来の「耕作者主義」に初めて風穴を開けた。また、価格維持制度を廃し農産物の価格形成に市場原理を導入することを求める一方、中山間地域農家への直接所得補償についても導入の必要性を認めている。
一部マスコミでは、こうした答申の内容に対して「大規模農家育成に転換」という見出しを付けたが、これは誤りである。現行の農業基本法も、工業化の過程で小規模農家の離農が進む結果、「自立経営農家」に農地が集約され、それによって農業生産性も向上するというメカニズムを前提に、農業と他産業との所得格差を解消していくというコンセプトに立っていた。平易に表現すれば、「やる気のある農家に農地を集約して、生産性を上げる」ということである。農業改革の基本的な方向性は昔も今もこれ以外には考えられない。
こうした農基法の立法の精神とは裏腹に、土地価格の高騰を背景に零細農家が自作農に固執する「兼業滞留」現象が発生して、農地の集約は遅々として進まなかった。生産性が向上しないため、農業の国際競争力は低下し、価格維持等の保護策がはびこって国際問題化した。一方、発展性に乏しい小規模農業に見切りをつける若年層の農業離れが進行し、耕作放棄地の増加や食糧自給率の低下等の深刻な問題を引き起こしている。手厚い保護にもかかわらず農業離れが進むというパラドクスは、農地温存目的の小規模営農を許す限り容易には解消しないだろう。
わが国農業の再生には農地の集約と大規模な土地改良による生産性向上が不可欠だ。それにより農業の利潤率が上昇すれば、農業への参入は法人・個人を問わず増加するので、担い手問題は自然に解消する。所有者が個人であろうと、法人であろうと、農地は採算に乗る農業生産のための貴重な固定資本であり、農地の投機売買などはあり得なくなる。株式会社の農業参入に対して賛成派・批判派双方が農地の投機売買問題ばかり論じているのは、どちらも農業生産性の向上という問題を真剣に考えていないからではないか。法人化で農業の利潤率が向上するわけではない。利潤率が上がるという期待の下に農業の法人化が進むのだ。
農業は国際的視野で論じられるべき産業である。グローバル経済化が進む現在、国境措置による輸入制限や価格維持等が永続化できるはずはない。その一方で、発展途上国での経済開発進展は、近い将来に地球的な規模で食料問題を発生させる可能性が高い。国内農業生産を完全に放棄し、食料を全面的に輸入に頼るという選択肢は国民を危険にさらすだけではなく、国際的な賛同を得られないだろう。次期農業基本法は、農業の公共性・重要性を強く訴えるべきだ。そのうえで、「耕作者主義」と明確に決別し、やる気のある担い手に農地を集約するスキームを構築する必要がある。一種の「逆農地改革」だ。担い手が個人か法人かは二次的な問題だが、もちろん法人化や外部参入を阻止する理由はない。そして、公共財である農地の改良には思い切って公的予算を投入すべきである。農村整備等のあいまいかつバラマキ的な予算を削減すれば、予算全体の規模を拡大することなく、農業インフラ整備資金の捻出が可能である。いわば農業予算のビッグバンだ。農業生産性が向上すれば、農業保護のための支出は次第に不要となるから、長期的にみれば財政支出はかえって減少するはずである。
なお、地球環境維持という国際的視点を鑑みれば、中山間部等の条件不利地区に限定された直接所得補償制度の導入も有力な政策選択肢足り得るだろう。ただし、ここで重要なのは、所得補償制度は「農業自由化により失った所得の補償」ではなく、「地球環境保全という新しい公共的業務に対する報酬」であるという意識を、国・農家双方に徹底させたうえで導入されなければならないという点である。例えば、実際の農地保全行動等を評価して補償額にメリハリをつけるようなスキームが検討されるべきであろう。