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Business & Economic Review 1998年09月号

【OPINION】
財政構造改革に不可欠な会社更生法的発想-経国理念の重要性

1998年08月25日 北海道大学法学部大学院法学研究科教授 宮脇淳


民間金融機関の不良債権処理に加え、公的部門が抱える負の資産の処理スキームを早急に構築し、財政の資産・負債の実態を明確化することが求められる。そのスキームの基礎として考えられるのが、会社更生法的発想である。

公的部門が抱える負の資産の処理スキームを構築しなければならない理由の第1は、財政と金融のもたれ合い構造を脱却し、情報開示と説明責任の徹底、政策評価に裏打ちされた財政システムを確立すること、別の表現をとれば、「開かれた市場原理と民主主義」に立脚した信頼される財政システムを再構築することである。これまでの日本の財政は、政策の決定プロセスや優先順位に対する十分な説明責任等を果たすことなく、市場原理と民主主義から乖離したシステムとして存在していた。それは、政策に対する責任を不明確にし、財政全体を機能不全に陥れるだけでなく、財政や政策展開自体への内外からの信頼性を失う原因ともなってきた。今日直面している深刻な不況の原因のひとつも、財政そして政策展開に対する信頼性の欠如にある。第2に、公的部門の資産・負債の実態を明確にし、体質改革を目的とする真の財政構造改革を実現すると同時に、財政が形成してきた資産・負債の再評価を行い、正味資産を経済再生のため有効に活用する礎を形成することである。負の資産の処理は、堆積した赤字をいかになくすかの問題だけでなく、財政が形成してきた資産を適切に評価し有効活用を目指す手続きでもある。

「苦しい時に資産を売却する」ことは、経済活動の基本である。国や地方自治体等公的部門においても、そのことは例外ではない。新たな社会資本整備の手法として注目されているPFI(Private Finance Initiative:民間主体の社会資本整備)も、フィンランド等その発祥においては財政危機による資産売却の発想からスタートしている。施設等の公的資産を売却し財政再建を目指すと同時に、売却した資産を通じて従来提供してきた公共サービスの継続性を確保するため、同資産を買い受け先から再び借り受ける仕組みである。その仕組みが、ソフトを主体とする今日のPFI制度に成長している。公的部門は資産を所有しても効率的にうまく活用できないこと、公的部門の役割は資産保有にあるのではなく、公共サービスの持続的提供の確保にあることの2つの理念がそこには存在する。一般会計、特別会計等を問わず、日本の財政も直接・間接に資産を形成してきた。その資産の実態を、負の資産も含めて明確にし経済再建に向け活用することである。そのため日本財政全体に対し会社更生法的発想の手続を適用し、再生を図る取り組みが必要である。こうした取り組みは、財政の外縁部に位置する第三セクターではすでに不可避な状況となっている。

会社更生法的発想による整理のメリットは、(1)更生開始をもって既存債務の分離が実施されること、(2)更生開始の要件である「更生の見込みなしとせず」を満たすため物的・人的な面も含め、将来に向けた新たな構図を具体的に描く責任が明確化すること(事業の継続性が全く見込めない場合は「破産」となる)、(3)更生手続きに伴う「整理貸借対照表」の作成により、正味資産と正味負債が明らかとなること、(4)管財人等の存在によって従来の官と民、財政と金融のもたれ合いを通してつくり出された不透明な体質自体の問題点の明確化、改善が見込まれること、などである。とくに、正味資産・正味負債を明らかにし、事業計画の実現性の評価と第三者による体質評価を実施することがポイントとなる。「時のアセスメント」(10年間等一定の期間事業が実施されないあるいは停滞する等の状況に陥っている場合、自動的に再検討のテーブルにのせる仕組み。そのうえで、廃止も含めて事業の継続の可否を検討する)同様、公団・事業団等の運営においても、欠損金の収入に占める比率や債務残高等の客観的な指標を基準に、弁護士や公認会計士等専門家で構成される第三者機関による定期的な更生手続きを実施し、事業中の継続的なチェックとその結果に基づく事業継続あるいは整理等の政策的判断を行う仕組みが必要である。会社更生法は、事業主体の延命を図る仕組みではない。過去の事業の問題点と将来へ向けた事業性を、第三者によって客観的に評価するスキームである。

第三セクターは、官と民の長所を互いに融合させるため設けられた制度である。その目指すところは、「官の計画性と民の効率性」を軸に、官庁方式の拘束を離れ、弾力的、機動的な経営を展開する事業形態の構築にあった。しかし、実際の運営では官が主体となり、行政の硬直的な意思決定や予算会計制度などの影響を強く受け、人、情報、資金などの面で官に多くを依存する体質を持つ。このため、財政同様、情報開示と説明責任の不徹底、評価システムの不在を招き、多くの赤字と事業の破綻を抱え込む結果となっている。このため第三セクターの問題を考えることは、財政全体の再建スキームを検討することと同様の意義を有する。官と民が互いにパートナーシップを形成する第三セクター自体、間違った発想ではない。むしろ、第三セクターを取り囲む行財政システムが、官と民のパートナーシップを機能不全に陥れる多くの問題を抱えている。第三セクターに限らず、公用地の土地信託など民間活力の新しい制度をいくら導入しても、うまく機能しない原因の本質はここにある。

主な第三セクターの経営状況をみても、国家プロジェクトである北海道の苫小牧東部大規模工業基地が1,800億円の借入金を抱え事実上の破綻状況に陥っているほか、山形県の臨空開発事業、千葉都市モノレール事業、東京臨海副都心、八王子テレメディア、大阪府の泉佐野コスモポリス事業、アジア太平洋トレードセンター、大阪ワールドトレードセンタービルディング、山口県の日韓高速船事業など多くの事業が破綻あるいは厳しい経営状況に現在直面している。日本経済新聞社の実施した自治体調査(97年11月~12月、98.1.12記事)等でも、都道府県の46.8%、政令指定都市では83.3%が経営難の第三セクターを抱えているほか、第三セクター企業の7割が累積赤字となっており、うち半分が解消のメドが立たない状況が明らかとなっている。第三セクターの経営破綻の原因としては、(1)官民の役割分担、リスク配分の不徹底、不明確性、(2)経営責任、自主独立性の曖昧さ、(3)情報開示、説明責任体制の未整備、(4)法規定の不備などが、あげられる。

法規定の不備に関しては、第三セクターの事業運営を規定する法律がなく、出資比率や公共関与のあり方、職員の身分などについての対応が国や地方自治体により異なり、官の行政責任が明確化されていないことにある。たとえば、現行の地方自治法では、首長の統制権限や監査委員の権限に関する規定が存在するにとどまり、出資のあり方を定めた本則等が存在しない。公共性・公益性を明確にした出資目的、出資比率の基準、共同出資者の資格要件、首長の権限と責任、議会の権限と責任、情報公開、住民参加、第三セクターの改廃等について主体的な基準を定める必要がある。イギリスのPFI制度では、事業主体である民間に、国民に対する事業の説明責任を直接課している。日本の第三セクターや特殊法人においても、定款や設置法などに同様の規定を積極的に盛り込むことなどが求められる。さらに、第三セクター等公的部門の整理法を積極的に定める必要がある。多くの問題を抱える第三セクターに必要なことは、経営実態を明らかにしたうえで、できるだけ早期に整理できるスキームを持つことである。とくに株式会社方式の第三セクターを整理し再生させる手法としては、会社更生法の適用が考えられる。

以上のような公的部門への会社更生法的発想の適用は、すでに江戸時代末期において財政再建に成功しその手法が明治政府からも注目された備中松山藩で導入されている。石高2万石の備中松山藩は、10万両の借財とこれに付随する利子のすべてを返済し、さらに10万両の余剰金を残すという偉業をわずか8年で成し遂げている。その偉業の基本にあったのが会社更生法的発想である。具体的に、そのプロセスを整理すると以下のとおりとなる。

巨額な借財に加え、歳入を歳出が上回っている財政体質を再建するために、まず2つの重要な方針を提示している。第1は、帳簿を開示して藩の財政の実態をすべて明らかにし、同時に可能な限り藩の資産を処分して償還にあてることである。すなわち、情報開示と説明責任の徹底、資産活用を実現している。第2は、借財の返済、経済・財政の再生という大信を貫くため、その場しのぎの小さい信義を徹底して排除したことである。今日に置き換えれば、財政運営における形骸化した財政原則、現金主義や単年度主義、建設・赤字公債の区別などへの過度な依存と表現することができる。そのうえで、財政・経営の実態を徹底して開示し、財政再建計画において再度の借財は行わないことを明らかにし、債権者に対して債務の返済期限を10年から50年へ延期することを申し入れている。以上のスキームには、債務者への信頼を回復できるような再建策や経国の新事業についての具体策を提示し、債権者を含めた外部者の判断に委ねる会社更生法の手法が存在する。

こうした備中松山藩の財政再建の根底を支えた理念は、同藩の重臣山田方谷のまとめた「理財論」にある。この理財論では、具体的な事例を通じて次のように財政再建の理念を要約している。「財の内に屈せず財の外に立って、理財の枝葉に走らず、金銭の増減のみにこだわらないことが必要である。理財の制度・方策は綿密度を増し、歳出削減の努力も10年を超える期間で実施している。しかし、藩の困窮は深刻化する一方であり、借財も増加する一途である。その理由は何か。知識・方策・綿密度が足りないのではない。平穏と安易のなかで、財務の困窮だけに心配事を集中し、必要な施策を放置してしまったことにある。風俗が軽薄化し、汚職が広がり、文教が荒れ、庶民の生活が困窮しても施策を講じない。なぜならば、財政当事者は『財源がないので、手が及ばない』と主張する。国政の基本が乱れるなかでは、いくら金銭の増減にこだわっても財政は再生されない。理財のテクニックの高度化が困窮度を深める。理財にのみ走る政治家は、こまごまと理財のことばかりに気をつかい、国の困窮・衰亡を招いてしまう。財政改革には、超然と財の外に立って、経国(国の経営)を確立しなければならない」。

経国を忘れた財政運営に対する厳しい批判が展開されている。数値コントロールを偏重した財政構造改革が、租税国家の根底を支える経済そのものの活力を奪うことがあってはならない。財政がこれまで形成してきた正味資産、正味負債の実態を明らかにし、そのうえで正味資産の徹底した活用を展開する必要がある。その取り組みを、99年度予算編成から積極的に実現していかなければならない。
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