コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 1998年07月号

【OPINION】
地方分権の鍵は自治体の主体性

1998年06月25日  


地方分権推進委員会(以下、分権委)の勧告を受け、本年5月、閣議において「地方分権推進計画」(以下、分権計画)が決定をみ、国会への報告もなされた。これによって、地方分権改革はいよいよ実行段階へ移行することになる。

本来、地方分権の趣旨は国家の国際的役割の増大と行政のソフト化、サービス化に対応することにあり、中央政府の役割を外交、防衛、通貨管理等に限定・強化する一方、生活関連分野については、住民ニーズの把握が容易な地方へ大幅に権限を委ねるものである。分権委も、この趣旨を踏まえて中央の権限と財源の多くを地方へ移譲する構想を立て、検討を進めてきたが、中央省庁の頑強な抵抗を受け、当初の目標から大きく後退を余儀なくされた。また、具体的な権限移譲には膨大な個別法令の改正が必要であるにもかかわらず、この作業に対する所管省庁の準備や対応には消極的なスタンスがうかがえる。

さらに、政府は財政再建や省庁再編など他の改革課題に関連する部分について、地方分権の本来の趣旨を歪める動きすらみせている。例えば、財政再建との関連をみると、分権委の専門部会は中央省庁の裁量性が高い補助金を整理して地方自主財源を強化する作業を進めていたが、政府は補助金の一律削減を定めた財政健全化目標を優先する余り、分権委の整理区分に難色を示し、地方自主財源の強化は進展をみずに終わった。省庁再編についてみると、本来の作業手順は、地方へ移譲すべき事務・事業の範囲をまず特定し、その後残された分野の効率的な執行に適するよう中央省庁のあり方を定めるべきであるが、中央省庁の事務・事業の見直しは手つかずのまま再編論議が進行しつつある。むしろ、再編後の省庁数が目標として独り歩きし、数合わせが優先される結果、肥大化した公共事業担当官庁や地方行政担当官庁が誕生し、権限のさらなる集中と地方への統制の強化をもたらすおそれがある。

地方分権改革は、作業の遅れと歪曲された内容のまま失速してしまうのか。中央省庁の作業を加速させ、改革の中身を当初の線に近づけるには中央における政治のリーダーシップが不可欠であるが、当面これに期待することは難しい。しかし、日々の地方行政にあたる自治体には、主体的な取り組みを強化することで、分権の推進力とする可能性が残されている。すなわち、地方の側から、現行システムの下で独自の政策形成が許容される限界に挑み、きめ細かい施策を打ち出すことによって地域住民の満足度を高め、その実績を以て中央に分権を迫ることである。すでに、顕著な実績をあげている自治体も散見されるが、今後はこうしたビヘイビアをとる自治体の輩出することが望まれる。

一方、分権委の諸勧告とこれを踏まえた政府のアクションプランである分権計画は、権限・財源の移譲の面での成果に乏しいため批判が多いが、事態を打開する鍵も秘めている。その鍵とは、中央-地方関係を律する政府間調整の仕組みを構築することである。分権委は当初より中央-地方関係を「上下・主従から対等・協力へ」転換する基本方針を掲げてきたが、分権計画では、これを担保する措置として(1)国の関与の縮減、(2)国・地方関係を律する一般ルールの制定、(3)国・地方関係の係争処理システム「国地方係争処理委員会(仮称、総理府に設置)」の構築を定めている。このうち(2)、(3)は従来の中央-地方関係にはなかった新しい概念であり、地方の有力な武器となる可能性がある。

すなわち、国の関与に法律上の根拠を義務づけたり、関与内容の書面化や処理期間の明示など公正・透明な手続を盛り込んだ一般ルールが策定されれば、自治体は中央の末梢的な関与や裁量的判断から解放され、自主性、自律性を重視した政策立案、執行を実現する道が開かれる。国地方係争処理委員会が設置されれば、地方は自らの主張・見解を表明し、第三者の判断を仰ぐ場を初めて得ることとなる。同委員会は、国の関与に対する地方側の不服申立に対象を限定し、国の申立は想定していない一方向の係争処理機関となっており、「国と地方が対等な関係に立ち、相互に施策(例:関与や条例)をチェックする」分権委の当初構想からはやや後退した内容となった。しかし、従来、中央と地方の見解の相違が明らかにされる機会のきわめて稀であった事情を考慮すれば、国民の監視が届く場所で、中央・地方間の論争が行われる効果は小さくないものと思われる。

地方分権を推し進めるうえで、権限や財源の移譲がもっとも直接的かつ目にみえる成果であることは自明であるが、上記のように、政府間調整のシステム化にも相当の成果を期待できる。問題は、「権限・財源の移譲」の場合、対象となる事業・事務や権限移譲の時期等が明確で、自治体側の対処も比較的容易であるのに対し、政府間調整のシステム化は明確なシナリオがなく、個々の自治体が手探りの対応を余儀なくされる点である。

分権計画に記された今後のスケジュールによると、来年の通常国会において関連法の改正が行われ、新たな地方自治の枠組みが構築される予定である。自治体はこれに備え、従来の行政スタンスから一刻も早く脱却する必要がある。すなわち、中央の画一的な規制・関与に盲従せず、地域事情に即した政策形成、執行を大胆に行い、自主性、自律性の及ぶ範囲を拡大し続けるという姿勢が求められる。さらに、自主的、自律的なスタンスが基で国との間に係争が生じても、係争処理機関の場で堂々と争う覚悟も求められよう。

政府間調整のシステム化のためには、自治体のみならず、地域住民や立法・司法当局の役割もきわめて重要である。第1に、自治体の自律的なスタンスを支えるのは地域住民の支持以外にないが、この支持基盤を形成するには、住民ニーズを政策形成過程に伝達する仕組みが不可欠であり、地域住民は地方行政へ積極的に参加するよう求められる。この前提として、執行機関側にも、情報公開や住民との連携強化に取り組むスタンスが必要なことは言をまたない。第2に、立法当局は、地方の条例制定権を過度に束縛する従来の立法姿勢を改めることが望ましい。今後、国の法律は(1)条例の大枠をなす原則的なルールの表明にとどめ、地方の個性的な条例を容認する、(2)政省令への委任を極力なくし、中央省庁による裁量的な関与を排する、方向へ転ずべきである。第3に、司法の役割についてみると、国地方係争処理委員会の設置に伴い、同委員会での係争処理に不服な自治体から裁判所に対し、訴訟が提起されるケースが生じるものと予想される。今後、司法当局は、地域住民の自己責任と自己決定に基づく「地方主権」が社会の趨勢であることを踏まえ、この流れに準拠した適切な司法判断を形成することが求められる。

「明治維新、敗戦に次ぐ第三の革命」と分権委勧告の謳う地方分権を推し進めるには、地方の主体的な取り組みが不可欠である。地方は財源・権限の移譲にみるべき成果が乏しいことをかこつばかりでなく、国との新しい関係の構築を目指して、力強い一歩を踏み出す時を、今迎えている。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ