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Business & Economic Review 1998年07月号

【MANAGEMENT REVIEW】
日本企業におけるリスクヘッジ戦略の新たな展開
-レンタキャプティブの活用および資本市場における非常時の資金調達

1998年06月25日 日吉淳


1.日本企業に求められる新たなリスクヘッジ戦略

(1) 遅れている日本社会のリスクヘッジ

わが国において典型的なカタストロフィ・リスク(異常災害リスク)である地震に対するリスクヘッジへの取り組みを例にとると、1994年にアメリカで発生したノースリッジ地震と、翌年に日本で発生した阪神・淡路大震災では、両国の企業および社会においてリスクヘッジに大きな違いが見られた。

図表1は、両地震の規模と震災による損害保険業界(キャプティブを含む)が支払った保険料規模を示している。ノースリッジ地震の物的被害総額は約320億ドルと推定され、その内、保険で補償された被害は約40%程度といわれている。一方、阪神・淡路大震災では、約770億ドルの被害があったにもかかわらず、保険で補償されたのは約25億ドルに過ぎず、全体の総被害額のわずか約3%に過ぎなかった。このことからも、地震大国であるわが国において、発生が予測される巨大なリスクに対するヘッジがまだ不十分であることがわかる。

(2) 日本企業のリスクヘッジ戦略とキャプティブ保険会社の利用

わが国の企業においては、欧米の企業に比べ、戦略的なリスクヘッジが非常に遅れている。これには様々な要因が考えられるが、最大の要因としては、日本企業のリスクヘッジ戦略が在来型の損害保険商品の利用にほぼ限定されており、護送船団方式が続いてきた損害保険業界の構造のなかで、保険サービスを提供する損害保険会社が保険商品の開発、コストの低減や提供商品の高度化に対する多様な取り組みを怠ってきたためと考えられる。

欧米諸国を見ると、企業がリスクヘッジを行うに際しては、損害保険業界が提供する伝統的な保険の利用は、保険料ベースで既に75%程度となっており、それに代わって自家保険やキャプティブ保険会社(以下、キャプティブ)に代表される代替的なリスク移転の手法が多く利用されている(代替的リスク処理手法に関する詳細は、拙稿のJapan Research Review 97年8月号「わが国の損害保険市場の規制緩和と代替的保険市場に関する考察」を参照)。

この10年間に欧米諸国では、キャプティブなど代替的リスク移転手法の急速な発展が損害保険業界や銀行・証券業界を刺激し、新しい損害保険商品の開発、引受キャパシティ(保険会社におけるリスクの引受能力)が増加した経緯がある。さらに、非常時の資金調達に裏付けされたリスクの自家保有の手法も高度化しつつある。

キャプティブの設立・運営の権威といわれているイギリスRRG(リスク・リサーチ・グループ)のP.A.Bawcutt氏は、著書の『Captive Insurance Companies: fourth edition』において「近年みられる、欧米の損害保険業界の多彩な保険商品、金融資本の保険業界の進出といった現象に対しキャプティブ保険会社の果たした役割は非常に大きい」と述べている。

わが国においても、企業のリスクヘッジ戦略に関する世界的な動向や保険コスト削減の必要性、企業におけるリスクマネジメント意識の高まりを受け、キャプティブは注目を浴びる存在となりつつある。しかし、1998年5月現在で、日本企業が所有するキャプティブはまだ53社しかなく、日本企業におけるキャプティブ導入が欧米企業並になるにはまだ時間がかかるものと思われる(注1)。しかしながら、企業の国際的な競争力を高めていくためには、日本企業もキャプティブなど新たな手法を導入することにより、リスクマネジメント体制、特にリスクファイナンス能力を強化していく必要がある。これまでは、日本企業は土地や株式の含み益を吐き出すことで巨大なリスクにかろうじて対応することができたが、それが期待できなくなりつつある現状では、リスクヘッジ戦略を十分に構築しておかないと、自社の財務格付けの低下により、株価や資金調達時のコスト、キャッシュフローに大きな影響を与えることも想定される。

現在、日本企業のキャプティブに対する取り組みはまだ緒についたばかりであり、保険を利用する一般事業会社、保険を引き受ける損害保険業界ともに、いわば初心者の状態にある。一方、欧米の損害保険業界では、単にキャプティブを一般事業会社が自社のリスク保有およびリスクの移転先として再保険市場にアクセスするツールとして活用するだけではなく、キャプティブの仕組みを活用した派生的なビジネスを展開しており、日本企業と欧米企業では、その取り組みに大きな開きがある。

本稿では、以下に、キャプティブの仕組みを活用した新たなリスクヘッジ戦略として、わが国の企業において今後の活用が期待される、「レンタキャプティブ」の概要および活用に際しての留意点を述べる。また、キャプティブによるリスクヘッジの応用編として、キャプティブを単に再保険のためのツールとして活用するのではなく、キャプティブを利用して資本市場(注2)におけるリスクヘッジを行うための手法にも言及し、企業におけるキャプティブを活用した代替リスク移転手法の可能性についても明らかにする。

2.レンタキャプティブを活用したリスクヘッジ戦略

「レンタキャプティブ」とは、文字通り、キャプティブを他の企業に賃貸するものである。キャプティブ保険会社の鉄則は、「自社あるいは自社グループのリスクのみを引き受ける」ことであり、設立の目的は自社のリスクを自社内でコントロールすることにある。キャプティブが自社以外の第三者のリスクを引き受けることは、自社のコントロール外のリスクを引き受けることになり、キャプティブ保険会社としては非常に大きな課題を抱えることになる(実際、第三者リスクの引受により破綻したキャプティブは過去に存在する)。

しかし、一方で、キャプティブの設立には相応の資本および人材の投入が必要であり、これらの投資を社内的にオーソライズすることに手間がかかる大企業や事業規模からみて単独での導入が難しい中小企業にとっては、キャプティブが持つメリットを理解しつつも、設立が困難になってしまう。また、大企業でも本格的にキャプティブを設立する前に、実験的に運用を行いその効果を把握したいとする企業も多く見られる。

レンタ・キャプティブは、以上に述べた企業のニーズに対応するために考案されたものであり、現在、多くの企業が利用している。「自社のリスク以外には手を出さない」とするキャプティブの原則を保持しつつ、キャプティブのメリットを共有するメカニズムが用いられている。

(1) レンタキャプティブの概要

「レンタキャプティブ(Rent-a-Captive)」とは、親会社のリスクのみを引き受ける一般的なキャプティブと異なり、他社に賃貸する目的で設立されるキャプティブである。

レンタキャプティブ設立地としては、バミューダとガーンジーが中心であり、1997年現在で45社のレンタキャプティブが設立されている。なお、現在、世界的には1000社以上の企業がレンタキャプティブを利用しているといわれており、扱い保険料規模も10億ドル(約1300億円)に達していると推定されている。

(2) レンタキャプティブの仕組み

レンタキャプティブは、主として金融機関や独立したキャプティブマネジメント会社等によって出資・設立される。資本金や準備金の投下、営業ライセンスの取得、経営の管理は出資者(マネージャー)によって行われる。

レンタキャプティブの仕組みを図表3に示す。基本的には、利用者はレンタキャプティブが発行する議決権なしの優先配当株を取得する。レンタキャプティブは利用者単位に独立した会計のユニットを設定し、他の利用者に保険金の支払い責任が波及しない会計制度を採用している。この独立した会計ユニットでは、保険金の支払い責任に備え、再保険によりリスクヘッジがなされる。保険引受により得られた利益は、利用者が取得した優先配当株を通じて配当の形で還元されるか、独立会計ユニット毎に配当準備金あるいは危険準備金として積み立てられる。

レンタキャプティブと一般的なキャプティブの大きな相違点としては、前述の通り、多額の資本を出す必要がなく、会社設立のためのコストが安いことがあげられる。また、利用者が支払った保険料と運用益の法的な所有権はレンタキャプティブに帰属するため、利用する企業のバランスシート上には載らない。

(3) レンタキャプティブのメリット

レンタキャプティブは、キャプティブの利用のために多くの資本金の投入や設立の手間をかけることなく、キャプティブの利益を享受できるという利点を持つ。

一般的に、レンタキャプティブの利用者は、次に示すメリットを得ることができる。自社でキャプティブを設立するのに比べ、コストと時間を低減できる。レンタキャプティブの運営者による専門的なリスクファイナンスサービスを受けることができる。(利用者に高度な専門知識が必要とされない)会社ユニットが参加者ごとに独立しているため、レンタキャプティブへの参加・脱退が簡単にかつ短時間でできる。全ての参加者の資金をプールして運用することで、大きな投資リターンを得ることも期待できる。レンタキャプティブに対する利用者の出資比率が小さくなるため、リスクの移転が客観的に容認されやすく、税務上の問題を回避することができる。レンタキャプティブを通じ、特恵的な保険引受条件を得られる再保険市場にアクセスすることが可能となる。レンタキャプティブは、単独でキャプティブを設立するには保険料規模が小さい企業や、試験的にキャプティブの仕組みを活用してみたい企業にとって非常に有効であり、わが国においても多くの企業に活用されていくものと見込まれる。

ただし、レンタキャプティブは企業の節税のツールとしても活用されやすい仕組みであり、わが国への導入にあたっては、健全な形で利用されることが望まれる。

(4) その他共同所有型のキャプティブ

複数の企業が共同してリスクを保有する仕組みとしては「グループキャプティブ(アソシエーションキャプティブ)」も多くの企業に活用されている(注3)。当手法は、レンタキャプティブと混同されることが多いので、概念を再確認しておく。

グループキャプティブは、主として類似したリスクを持つ同業者による共有キャプティブと考えるとわかりやすい。レンタキャプティブとの大きな相違点は、レンタキャプティブは利用する企業毎に会計が独立しているのに対し、グループキャプティブはリスクを利用企業全体でプールする(共有する)ことである。また、キャプティブの経営は利用者全員が管理組合を結成して行うものであり、共済に類似したシステムである。

当方式は主としてアメリカで発達したものであるが、1980年代の半ばに「保険危機」といわれる現象により、医師、弁護士、病院、学校、自治体など職業上のリスクから賠償責任保険の購入が極めて難しいか、割高になってしまう状況になったため、個人、法人、団体が賠償責任リスクを処理、保有する目的で設立を始めたものである。

当方式では、類似したリスクを持つ多数の保険利用者(通常は同一業種)が保険管理組合を組成し、組合員が出資者となってキャプティブを設立する。組合員のリスクは、キャプティブにプールされ、処理される。結果的には、組合員が相互にリスクを持ち合うこととなる。同業者という同一の性質を持つ集団であることから、リスクコントロールが保険管理組合を通じて比較的容易に可能になることでキャプティブとしての成立が可能となる。

この方式の大きなメリットとしては、個々にキャプティブを設立するよりは、コスト面で非常に有利であり、また、同種のリスクを束ねて再保険市場にヘッジすることで、再保険料の低減も期待できる。また、グループへの加入に際しては、厳密な加入審査により利用者自身のリスクコントロール能力の向上にも繋がることも無視できないメリットである。一方で、他の利用者のリスクも負担することになるため、利用者の1人に大きな損失が発生すると、他の組合員に大きな影響を及ぼしてしまうことである。よって、その損失が将来的に損失を与えた組合員の保険料によって穴埋めされるまでの期間は、損失を与えた組合員の脱会を認めない規定がなされていることが一般的である。このため、利用者はレンタキャプティブとは異なり、参加・脱退の自由度は大きく損なわれる。

アメリカでは、現在400~500社のグループキャプティブが設立されていると言われている。わが国においては当手法によるリスクヘッジはまだ行われていないが、業界での横並び意識が強い社会性をみると、将来的には発展の可能性が高いとみることもできよう。

3.キャプティブを活用した非常時資金の調達

(1) 資本市場とキャプティブ

キャプティブは一般の商業保険会社と比べ、資本金、準備金は非常に小さいのが一般的であるため、引き受けたリスクを全て保有することは難しく、再保険の形でリスクを外部に再移転しなければならない。再保険市場は保険会社のみが利用できる専門的な市場であり、リスク処理コストは非常に安いため、当市場に直接アプローチできることは企業にとってキャプティブを所有する大きなメリットである。再保険マーケットからの再保険金の回収は、キャプティブにとっては形を変えた非常時資金の調達と見ることができる。

この再保険市場における近年の革新的な動きとしては、「ファイナンシャル再保険」(またはファイナイト(finite)再保険)と呼ばれる、金融・証券業界の手法を活用した新しいリスクヘッジ手法があげられる。ファイナンシャル再保険は、オフ・バランスシート・ファイナンシング(貸借対照表に載らない資金調達)とリスク・ファイナンシング(リスクの移転)を組み合わせ、税務上、会計上の問題をクリアすると同時に特定の年に発生したリスクによる巨額の損失を企業が単年度で処理ができる程度に複数年次に分散して平準化するものである。さらには、保険金支払いを「負債」と見立て、それを証券化して広く金融・証券業界の資金を活用しようとするものである。

(2) 資本市場におけるリスクヘッジを活用する背景

キャプティブを活用した資本市場へのアプローチは、今まで保険業界の資金の範囲でしかリスクを処理できなかった企業保険利用者が、広く資本市場の資金を自社のリスクヘッジに利用できる道を開くものである。図表4はアメリカにおける保険市場と資本市場の資金量を示したものである。この図を見てもわかるとおり、資本市場は、元受け保険市場の約100倍、再保険市場の約900倍の規模がある。これを利用することにより、自然災害リスクや環境汚染リスク、金融リスクなど保険市場の資金量が限られているために対応が難しかった様々な領域における保険商品が可能となってくる。アメリカにおける地震保険を例に取ると、地震やハリケーンによる予想最大損害額から見て、アメリカの保険業界が1回の災害毎に支払わなくてはならない保険金は500~1000億ドルに達すると試算されている。2000億ドルは全米損害保険業界の確定資本金と余剰金で充当可能であり、200億ドル分は再保険市場にヘッジしてある。しかし、これら全てを自然災害のリスクに充ててしまうことは現実的に不可能であるため、アメリカの自然災害に対する保険市場は重大な資金量不足に直面していると言うことができる。一方、資本市場に目を転ずると、アメリカの市場には約19兆ドルが投資されており、1日の変動は平均で1330億ドルに達する。これは自然災害で保険会社が抱えるコストを大きく超える規模であり、資本市場への地震など巨大なリスク移転の可能性は非常に大きいことがわかる。

一方の資本市場からみても、保険市場における資金の運用は次の3つの面から極めて魅力的であると言える。保険市場におけるリスクヘッジ資金としての運用は、一般的にハイリスクではあるが、ハイリターンが期待できる。損失の原因(トリガー)が明確であり、運用の透明性が高い。他の投資ポートフォリオとの相関性が無く、一般的な経済・金融環境に影響されない。既に、欧米ではキャプティブの普及を背景に、多くの一般企業が資本市場におけるリスクヘッジを実行している。その内容としては、火災保険など伝統的な保険商品と一般的には商品化が難しい保険商品(地震、環境汚染、賠償責任など)を組み合わせ、それにビジネスリスク(為替、商品相場等)に関する保険カバーを付加したものが多い。

(3) キャプティブによるファイナンシャル再保険の活用

ファイナンシャル再保険として保険業界では一般的に利用されている「スプレッドロス保険」と呼ばれる方式は、キャプティブによる新たなリスクヘッジの可能性を広げるものである。

当方式は、発生した損失を会計上の複数年次(通常は10年間)に分散させることが主目的となっており、自社のリスクは他に移転されるのではなく、自社で保有しつつ時間的に分散されることになる。よって、多数のリスクをプールすることでリスクヘッジを行うという、いわゆる一般的な「保険」の概念とは大きく異なるものである。この考え方は、自社のリスクしか引き受けないキャプティブのためのリスクヘッジには非常に適合性が高い。

図表5は、ファイナンシャル再保険の基本的な仕組みを示したものである。まず、企業は自社が抱えるリスクを自社内で財務的に処理する「スプレッドロス領域」と、外部へ完全にヘッジする「カタストロフ領域」に分ける。この両領域を保険の形でフロンティング保険会社を通じてキャプティブに移転する。親会社のリスクを引き受けたキャプティブは、スプレッドロス再保険(ここでは、4億円分のリスク)とカタストロフ再保険(4億円超100億円未満のリスク)によって再保険市場にリスクを再移転する。親会社において4億円+αのクレームが4年目に発生した場合には、図表5に示したとおり、キャプティブは再保険市場から4億円+αの再保険金を受け取り、フロンティング保険会社を通じて親会社に保険金を支払う。翌年からキャプティブは、スプレッドロス再保険の保険料として、受け取った保険金と同額になるまで毎年1億円を4年間にわたり通常の保険料に上乗せして支払う。すなわち、当方式では「保険料=保険金」となることから、スプレッドロス再保険を引き受けた保険会社は、クレーム発生に対するリスクを引き受けたのではなく、キャプティブのクレジットリスクのみを引き受けたことになる。キャプティブは、当手法を活用することにより、自己資本や支払準備金等に比べて大きなリスクを安全に自家保有することができる。

このファイナンシャル再保険は、その仕組みをみると、基本的な考え方として、金融市場におけるコンティンジェント・クレジット・ライン(非常時貸出予約枠)と極めて類似したものを持っているこということができる。しかし、クレジット・ラインによる資金調達と比べ、保険金は借入金ではないために基本的にはオフ・バランスであること、また、カタストロフ再保険とスプレッドロス再保険の保険料を合算してしまうことにより、保険料全体が税法上、必要経費として損金処理できるという利点を有する。

このファイナンシャル再保険の領域には、保険市場だけではなく、資本市場の活用も可能である。既に、欧米の銀行・証券業界は、ファイナンシャル再保険の発展を契機として、保険会社向けに保険リスク・ポートフォリオを対象とした様々な金融・保険が複合した商品を開発しており、保険市場と資本市場の融合が進みつつある。このファイナンシャル再保険はリスクヘッジという保険本来の機能に対し、銀行・証券業界からの参入機会を開いたものとして意義がある。

また、キャプティブでは資本金や準備金等の内部留保が薄いため、再保険による十分なリスクヘッジを行わないと、親会社が大規模な損失を発生させた場合には保険金の支払いができずに倒産する恐れが指摘されているが、ファイナンシャル再保険を活用すれば、通常の再保険によるリスクヘッジ領域を巨大損害を対象としたカタストロフ領域に限定することができるため、より低コストかつ安全にリスクヘッジすることが可能となる。

(4) キャプティブによる非常時の資金調達

損害保険の目的は、非常時における資金調達と言うことができるが、巨大な損害に対する保険は非常に高額となり、また、損害保険会社もリスクの大きさにより引き受けができないこともあるという問題を抱えている。この問題に対し、キャプティブを活用することにより、親会社の経営上の非常時における資金調達をより確実かつ合理的に行うことができる。

この分野については、現在のところ、前項で説明したファイナンシャル再保険の利用は欧米のキャプティブにとって、一般的な実務の領域になってきている。さらに、欧米ではキャプティブを用いて資本市場において非常時の資金調達を安全・確実・安価に行おうとする動きが始まっている。

キャプティブは通常、オフショアの金融センター(バミューダ、ケイマン、アイルランド、ルクセンブルグ、ガーンジー、シンガポールなど)に設立されている。これらの金融取引の自由度の高い地域特性を利用して、資本市場から非常時の資金調達(リスク・ファイナンシング)を行おうとするものである。

すでに、この試みはわが国においてもリスクの証券化(セキュリタイゼーション)とスワップ取引という形で損害保険会社の再保険の分野に応用されている。前者の例としては昨年に行われた東京海上火災保険による南関東の地震リスク再保険の証券化であり、後者は本年に行われた三井海上火災保険による地震再保険リスクのスワップ取引である。両社とも、スイス再保険会社等のノウハウを活用し、資本市場から資金調達を行っている。

一般企業のキャプティブも、それ自身が再保険会社としての機能を有するため、金融市場へ直接アプローチすることができる。現状では、資本市場による非常時の資金調達の手法は、規格化された実務が確立しておらず、事例も少ないため、コストと時間がかかってしまうことが課題である。

しかし、前述した手法は、オフバランスの資金調達が非常時に容易に可能となり、資本市場の巨大な資金量を活用できる。一般の保険を利用するのに比べ、企業のリスクヘッジの種類、質ともに著しく改善される可能性があるという大きなメリットを有するため、欧米のキャプティブではこの分野への取り組みを始めている。

キャプティブを活用した金融市場における非常時の資金調達の代表的な手法として、(1)リスクの証券化、および(2)コンティンジェンシー・サープラス・ノートの活用を以下に概説する。

リスクの証券化(セキュリタイゼーション)

1977年にアメリカで始まった、売掛債権をプールして証券化し、投資家に発行するというアイディアは、そのオフバランス性のため、仕組みや手続きの複雑さにもかかわらず新しい資金調達の手法として急速に広まった。

この証券化の仕組みをリスクヘッジに応用したものがリスクの証券化である。(図表6参照)企業が自社の巨大損害リスクに対し、「カタストロフィーボンド(Catastrophe Bond、以下「キャット・ボンド」という)」と呼ばれる債券を発行し、資本市場より資金を調達する。キャット・ポンドは、償還前に発行条件で明示されている一定の事象(トリガー)が発生しなければ、通常の債券と同様に投資家に利子が支払われ、債券は期日に償還される。償還期日前にトリガーに該当する巨大損害等が発生した場合には、それ以降の利払い停止や元本の減少などの不利益が投資家に発生する。一般的には、キャット・ボンドはLibor+αの比較的高利回りで発行されるケースが多い。

当手法の最大のメリットとしては、前述したオフバランス性に加え、保険料が毎年変動する保険市場とは異なり、長期のリスクファイナンス資金を安定して一定のコストで確保できることがあげられる。また、投資家サイドからみると、保険リスクは金利や景気など資本市場のリスクとはリンクしていないため、ポートフォリオに組み込んでおくことで、投資リスク分散の面でメリットがあると言える。

世界的には1990年代半ば頃からアメリカの損害保険会社が証券会社や投資銀行と共同して相次いで商品化に踏み切っており、わが国の損害保険会社においても、昨年末から同様の取り組みが始まっている。ただし、一般投資家は保険リスクに対する知識が乏しく、リスクの判断が難しいため、現状ではキャット・ボンドの販売先としては保険会社が中心となっている。

当手法による資金調達はまだ試行段階の状況であり、全てがオーダーメードであるため発行コストが高く、場合によっては再保険よりリスクヘッジコストが大きくなってしまうことや、債券の市場性が固まっていないことなど、導入に向けての課題はまだ多く残されている。しかしながら、ケイマンを始め各国のオフショア市場ではSPCを設立してリスクの証券化を行うための環境整備が整いつつあり、今後は、キャプティブに対する安定的な再保険(非常時資金)調達手法として注目されている。

コンティンジェント・サープラス・ノート

異常な災害によってもたらされる保険業界の損失に対し、資本市場からの資金調達を初めて可能としたのが当手法である。

図表7は当手法の仕組みを示したものであるが、大きな特徴としては、借り入れによりバランスシートが悪化することを防ぐため、またはキャプティブへの余剰な資金投入をさけるため、保険金の支払いが必要なときのみあらかじめ固定化された条件で、確実な資金調達を行おうとするものである。 キャプティブは、親会社の信用を背景に、機関投資家から資金を調達し、銀行や証券会社によって管理される信託基金にその資金を信託する。親会社に損害が発生してキャプティブが保険金を支払う際に、キャプティブは信託基金に発行したサープラス・ノートに基づき資金を調達する。この資金調達はオフバランスとなる。

この方式は、キャプティブが信託基金にサープラス・ノートを発行した後に、基金が資金調達を行うという場合もある。これは、いわゆるポスト・ファンディング(事故発生後の資金調達)であり、キャプティブのコンセプトに極めて適したものである。

4.キャプティブを活用した新たなリスクファイナンス戦略の展開に向けて

1996年4月に半世紀ぶりに実行された保険業法の改正、2001年を目標に進められている金融ビッグバンは、日本の損害保険利用者に極めて大きな利益をもたらす可能性を秘めている。

また、厳密なファイアウォールによって守られてきた銀行、証券、保険の各業態についても垣根が取り払われ、より自由な市場が形成されることにより、利用者の利便性の向上が図られる総合金融サービスが可能となってきている。

本稿では、企業にとって非常にメリットの多いキャプティブによるリスクヘッジについて、さらなる活用の可能性を広げるレンタキャプティブおよび非常時資金調達の手法を概説した。レンタキャプティブは大企業に比べリスクヘッジ手法の選択肢の小さい中小企業にキャプティブによる近代的なリスクファイナンスの可能性を安価に簡便に提供するものである。また、キャプティブによる非常時の資金調達は資本市場と保険市場の本格的融合の入り口となるものである。銀行・証券業界においても、そのポートフォリオの安定化、多様化という観点から、リスクファイナンス分野への参加に大きな期待を持っている。

最新の保険技術によるリスクファイナンスは、リスクを不特定多数に分散するという一般的な保険の概念を離れ、非常時における資金調達をいかに確実かつ合理的に行うかという発想に変わってきている。この発想の転換により、資本市場と保険市場の融合が可能となってきたと考えられる。キャプティブについても、リスクを不特定多数に分散するものではなく、できる限り自社内で保有し合理的に処理するために設立されるものであるため、この意味から言えば、新たなリスクファイナンスの手法は、キャプティブが本来果たすべき持つ機能をより高度化することが可能である。このように、キャプティブは企業にとってリスクヘッジあるいはリスクファイナンシング(非常時資金調達)の極めて有効なツールになりつつあると言うことができよう。

世界的なキャプティブの普及を鑑みると、日本企業においてもキャプティブに対する取り組みの強化が必要と考えられる。パリバ銀行グループと提携したAXA-UAP保険グループ、ミュンヘン再保険グループ、スイス再保険グループなどは、すでに日本において本稿で述べた様々な新しいリスクファイナンスの導入を試みている。また、アメリカのシティ・トラベラーズグループは、金融・保険が融合した新たな商品を日本へ積極的に導入する考えを表明している。

わが国の企業においても、キャプティブに対して、より一層の取り組みを活発化させることが期待されるとともに、保険業界のみならず銀行・証券業界においても新たなリスクファイナンスサービスの開発、商品化を進めていくことが必要であろう。
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