Business & Economic Review 2009年12月号
【STUDIES】
わが国企業の実体的裁量行動に関する研究-期待外利益と研究開発・広告宣伝支出の実証分析
2009年11月25日 新美一正
- エンロン事件を契機にアメリカから始まった会計基準改定の動きや、2002年7月に成立したサーベインズ-オクスリー法(SOX法)施行による内部統制強化などの影響により、アクルーアルズ(会計発生高)を利用した利益調整行動であるアーニングス・マネジメントには明らかに抑制される傾向がみられる。しかし、経営者による利益調整そのものが根絶されたわけではなく、本来的な事業活動のために行われる支出を経営者が裁量的に操作することを通じた利益調整行動─いわゆる実体的裁量行動─が増加の兆しをみせていることがしばしば指摘されている。
- 購買・生産・販売といった本来的な事業活動そのものを通じた利益調整は、外部からそれを判別することが困難であるし、会計的な操作ではないから、会計基準の厳格化や内部統制の強化・充実などの方策によって抑制することも期待できない。会計基準の厳格化やSOX法による内部統制の強化が、結果的には実体的裁量行動への傾斜を引き起こすという皮肉な結果になっているわけで、以上が、実体的裁量行動に対する研究者・実務家の関心を高めている主要な原因でもある。
- 本稿では、最初に実体的裁量行動に関して理論面からの整理を行い、一般に関心の的とされる目標利益達成型の利益操作に加え、目標利益水準が優に達成されるような好業績局面においても、経営者の自己欲望充足型ともいえる一種の実体的裁量行動が発生する可能性を指摘した。次いで、実際の国内企業財務データを用いて、期待外経常利益と期待外研究開発支出および広告宣伝支出との間の関係性を実態に即して検討し、これら2つのタイプの実体的裁量行動がわが国企業においても一般的にみられる現象であることを確認した。
- 実体的裁量行動は、必要な投資の先送りや、逆に投資不足を通じて、企業価値の毀損につながるリスクをはらんでおり、その意味において、会計操作による利益調整行動であるアーニングス・マネジメントよりも、株主に与えるネガティヴな影響は大きい。経営者に対する適切なインセンティヴの付与や、実効的なモニタリング・スキームの構築などを実現するためには、この分野における研究成果の蓄積が待たれる。