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Business & Economic Review 1998年05月号

【シンポジウム】
ビッグバンと電子マネー

1998年04月25日  


株式会社 日本総合研究所は、去る1998年2月17日、主催する「スマート・コーポレーション・フォーラム」の活動の一環として、「金融ビッグバンと電子マネーによる社会変革」をテーマに、「第5回スマート・コーポレーション・シンポジウム」を開催した。現在、わが国では21世紀に向けた改革が様々な分野で進められている。特に、金融分野における改革「金融ビッグバン」と通信分野における改革「情報革命」は、その内容と影響力の大きさから、全ての産業に影響を及ぼすものである。この情勢のなかで「電子マネー」は、情報革命を背景としてネットワーク時代の新たな通貨として注目され、国内外で実証実験が進められている。しかし電子マネーを社会に根付かせるためには、電子マネーを単なる新しい決済手段としてではなく、種々の商品やサービスを組み合わせた「複合商品」を開発、事業化するための社会基盤として位置づける戦略が必須である。そしてこの戦略を推進するには、金融業界の枠を超え、産業界全体、さらには公共機関を含めた提携が不可欠であり、それを可能にするのが、全ての企業に金融業務への参入機会をもたらす、「金融ビッグバン」である。 このビジョンに基づき今回のシンポジウムは、電子マネーを題材に、金融系企業と非金融系企業が如何に提携して新事業を創出するかを、具体的に明らかにすることを目的とした。その基調講演では、国内における電子マネーの整備と普及に指導的お立場にあられる、東京大学の須藤修先生をお招きし、国内外の電子マネー実証実験の動向と、電子マネーを普及させるために、金融系企業と非金融系企業がなすべきこと、採るべき戦略をお話し頂いた。

次ページ以降にその講演録を掲載する。
須藤 修(すどう おさむ) (東京大学 社会情報研究所 助教授)

1955年島根県生まれ。1985年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。NTTマルチメディアネットワーク研究所客員研究員、筑波大学先端学際領域研究センター客員研究員などを兼任。また自治省の「総合行政ネットワーク構築に関する調査研究委員会」委員長、大蔵省の「電子マネー及び電子決済に関する懇談会」委員、通商産業省の「電子商取引実証推進協議会」顧問など各種委員も兼任されている。主な著書に第11回テレコム社会科学賞受賞の「複合的ネットワーク社会-情報テクノロジーと社会進化」(有斐閣、1995年)、「図説・電子マネー」[須藤修・山下廣太郎・真壁修共著](経済法令研究会、1996年)、「ネットワーク世紀の社会経済システム」[共編著](富士通ブックス、1996年)。

ビッグバンと電子マネー

先程、日本総研の花村社長から、非常に意義のあるご発言がございました。実は私も若い頃、と言ってもまだ若いと思っておるのですが、20代の頃は哲学青年でして、認識論として新カント派の影響を多分に受けております。特に喜んで読んだ本がエルンスト・マッハ、音速のマッハで有名な物理学者ですが、新カント派の影響下にある彼の物理学の本、人間存在についてはカッシーラ、貨幣に関してはジンメルなどでした。そういう観点から論文や本も書いていたのですが、指導教官から、「おまえ、そんなことでは経済学関係で就職できんぞ」と言われました。真っ当な、つまりは市場があるものをやれということです。「おまえがやっていることは大切だとは思うが、それを何とか市場と結び付ける努力をしてみろ」と言われまして、経済学で最初にデビューした論文が、資本市場分析でした。それで就職できたわけですが、今日は、そういう20代の頃にやった資本市場、特に証券市場分析の観点も含めて、まず日本でこれから起こること、ビッグバンはどういう影響をもたらすかについてお話させて頂きます。次に、イノベーションとしての電子マネーについてお話させて頂き、最後に花村社長がおっしゃったようなことまで持っていきたいと思います。とは言え、次にパネルディスカッションが控えていまして、そこで田坂さんが花村社長の言葉を踏まえたこともおっしゃるでしょう。日本の情報化や電子マネーについては、三菱商事とNTTの両井上先生がお話し下さると思いますので、私は、その前座を務めさせて頂きます。

タイトルは「ビッグバンと電子マネー」にさせて頂きました。この間も、経団連の幹部の方たちとお会いした際に、意見を求められまして、今後の展開についてお話し致しました。そこでは、少々厳しいことを言わせて頂きました。今日も、そうなろうかと思います。

現在、ご存じのように金融のグローバル化、アングロ・サクソン化と言ってもいいと思いますが、これが進んでいます。そのテコになっているのが情報通信革命です。デリバティブなど金融新商品が次々と出てきて、証券市場が大変重要な役割を演じるようになったわけです。

三重野前日銀総裁は、「一国内では金融機関の業態別の壁を突き崩した。さらに国境を超えて、各国の税制、会計制度、法制に対しても平準化の圧力を及ぼしつつある」とおっしゃっています。これはつまり、アングロ・サクソン的な制度改革が必要になるということです。新カント派の考え方でこれを説明しますと、制度は関数関係の束でできております。哲学的に言うと、人間行動はその中で非拘束的存在です。だから制度が変わると文化が変わります。もちろん文化という創発的なところをイメージしたもののループ関係もあるのですが、制度が非常に重要な要因を持っていることは確かです。これによって企業のマインドやビヘイビアが変わってきますが、これについては後で申し上げます。

それから、「資本は国境を超えて、自在に動き回る。そして多くの資金が企業の合併・買収、ハイテク分野、新興国のマーケットなどに流入するようになった」「このなかにあって金融機関が生き残るのは生易しいことではない。まず的確な現状認識から生まれる危機意識が出発点である。わが国の金融機関は、その危機意識が全体としてまだ足りない」と、三重野氏は金融機関に対しておっしゃっておられますが、日本企業も、全般にまだ危機意識が足りないと私は思います。

そこで、まずここを理解して頂きたいのです。ビッグバンが順調にいきますと、制度がその方向に動き、企業のあり方も変わってきます。経団連の方々は、「金融機関は大変だろう」とおっしゃっていましたが、「いや、あなた方の会社も大変なんですよ」と私は申し上げました。それは、証券市場のプレーヤーが代わるからです。現在、日本の証券市場の43%は機関投資家である、生命保険、信託投資、投資顧問会社等で占められています。そのうちアメリカの投資家は9%くらいですが、日本の証券市場で投資ビヘイビアを率先しているのは、実はアメリカの投資顧問会社です。 彼らが最も重視するのはROE(Return on Equity、株主資本利益率:純利益を自己資産で割った数値)です。このROEがアメリカと日本の企業では余りに違いすぎるのが実情です。97年3月期の日本の全産業ベースのROEは、わずか3.9%。一方同期のアメリカでは、約20%です。これは何を意味しているか。要するに、機関投資家にとって日本は利益が生み出されない証券市場のわけです。会場にいらっしゃる金融機関の方々は、信託や投信といった金融新商品の開発に取り組んでいらっしゃるでしょう。しかし、現在の株式市場の構造を前提とする限り、高利回りは期待できません。 アメリカの機関投資家が、自分達の金融商品を高利回り商品にするためにどうするかと申しますと、株を買って公開質問状を送り、「なぜこんなにROEが低いのか。経営努力をしているのか。内訳を開示せよ」と要求します。そこできちんと答えられないと、アメリカ的なやり方である、株主代表訴訟や役員解任動議等が出てきます。実は、既にアメリカの機関投資家は日本の約200社に対して公開質問状を送っていますが、これに回答を出したのは紳士服のアオキだけです。

基本的に、アメリカの機関投資家は、日本の証券市場に非常に不満を持っています。だから、利益率の改善をやらなければいけないわけです。ビッグバン以降を見据えて、アメリカの機関投資家がどんどん入って来ますから、日本企業は彼らの意向と利益を重視しなければいけなくなるでしょう。

では、ROEの向上には何が必要かと申しますと、一つは、総資本回転率を高めることと、財務レバレッジ、つまり財務内容の改善です。住友銀行さんは既にアメリカ市場で非常に積極的に、財務諸表改善策、あるいは自己資本比率を高める努力をなさっています。日本企業のなかでは特筆すべきものだと思います。そういう努力をしなくてはいけません。 しかしながら、最も重要なのは、販売高の純利益率を向上させることです。そのためには、まず販路拡大が必要です。ところが、現在の日本の市場構造を見ますと、商品が売れません。その要因を挙げてみると、医療改革に伴う医療負担の増加、また、高齢化社会が待ち受けるなかで、年金が対応できないといった諸々の制度疲労が起こっています。これは人口の構成ピラミッドからもきているのですが、先行き不安から耐久消費財に対してお金を出せない、あるいは自分の財産管理のために金融商品になかなか投資できないという状況があります。

販路拡大の努力はしなければいけませんが、現状では困難です。そこで、もう一つ重要となるのがコスト削減です。そうすれば、利益率は高まります。では、コスト削減には何が必要でしょうか。こういうことを言うと企業の方に嫌がられるかもしれませんが、アメリカの証券会社の人達と話した時に出た解答は、利益に対して人員が多すぎるということです。つまり、雇用を減らせと。アメリカではその結果、派遣社員とパートタイマーを多用しています。これについては、日本の労働省も人材派遣業の職務範囲を拡大する改正案を出しました。したがって、今までより広い用途で派遣社員が使えるようになります。これはアメリカに対応する改革となっているはずです。

それともう一つ、会計制度の改革が非常に重要ですから、アメリカの会計制度改革についてもお話ししておきます。アメリカ財務会計審議会は、99年を目処に連結決算制度を見直します。現行の制度では、発行済み株式の50%超を保有する子会社だけを連結対象としていますが、改正後は、出資比率が50%を超えなくても、役員を一人でも派遣していれば実質的に支配権を持つとみなし、連結決算に加えると言うのです。これがアメリカ国内にとどまればいいのですが、アメリカ財務会計審議会とSEC(Securities and Exchange Commission、証券取引委員会)は、この改正を国際会計基準に採用するように関係機関に働きかけています。これに伴って、一段と厳しい経営情報や財務諸表等の開示が求められます。大蔵省関係者によると、これに対応する動きは既に取っているようです。わが国でもやらざるを得ないということでしょう。

日本の会計審議会は、2000年3月期から単独主体から連結主体に改めると共に、実質支配権を考慮して連結対象を判定することになっていますが、その基準は、「過半数の取締役を継続的に派遣」としております。要するにアメリカの現行の会計基準です。しかし、SECはこれでは駄目だと言っているわけです。既に金融市場はグローバル化しております。こんな情報開示では不十分であると。何故かと言えば、日本では、不良資産を連結対象ではない関連会社に移して、実態を公表しないケースが多いからです。アメリカの機関投資家達は非常に不満を持って見ています。もう一つ、利益を子会社に移転して本体の利益率を抑え、それによって法人税率を下げるというやり方を取っている企業も見受けられますが、これも、もう通用しません。アメリカの機関投資家はそれを許しません。厳しく経営情報開示とROEの向上を求めてきます。

アメリカの新基準が日本で採用されると、どういうことが起こるでしょうか。まず金融機関やノンバンク等が抱える不良資産の償却が加速されますが、同時に期間利益率は相当に圧迫されます。これに対してアメリカの機関投資家はどう対応するか。おそらく、一層のコスト削減を求めるでしょう。そのうえ、子会社をたくさん作る日本の状況は、先程申し上げた会計制度の問題が多数あるわけでして、そこに会計制度が改正されますと、そういった子会社は整理せよという圧力がかかります。つまり、利益を出せという圧力が市場から強まります。こうなると、グループ全体で総力あげて利益を出さないといけません。今朝の日経朝刊に、上場企業、店頭公開企業など三千数百社を対象に、日本特有の株の持ち合い制度を今後どう見るか、通産省が昨年11月にアンケート調査した結果が出ていました。それによりますと、経営陣は一般論として、「この制度はもたないだろう」とおっしゃいます。ところが、自分の会社はどうかと質問されると、「持ち合い制度は維持する」とおっしゃるわけです。これは、客観的には不可能で、認識が甘いです。三重野氏がおっしゃるように、危機意識が足りません。実際には、正面から経営努力をする、新商品を開発する、コスト削減するといったことが求められます。

それから、金融商品について申し上げますと、現在の日本の証券市場を前提とする限り、日本企業の出す配当率は非常に低いものです。つまり、高利回りの金融商品は作りにくいということです。アメリカのようにROEが20%もあれば、いろいろなオプションを出して高利回りの商品が出せますが、日本の企業では、まず無理です。機関投資家の要求を聞いて、配当率とROEを高める努力をしなくてはいけません。そうすることで初めて、日本の証券市場、あるいは金融商品が魅力あるものになります。そういう努力が必要です。商品開発と企業経営の合理化はセットです。これをあるメーカーの幹部の方達に申し上げましたら、「ビッグバンは金融機関だけじゃなかったんだ、えらいことになったなあ」とおっしゃいましたが、もうやるしかありません。後戻りはできません。不可逆です。政治決着で金融ビッグバンに待ったをかけることはできるかも知れませんが、その時は、日本経済は奈落の底に転落するでしょう。もう、突き進むしかないです。経営陣には、このなかで活路を見出す努力を、イノベイティブな発想でやって頂くしかないのです。

これに関連して、納税もアメリカの制度等との整合性が求められ、相当厳しくなります。法人への番号付与と納税者番号制の導入をわが国でも大蔵省が考えています。法人への番号付与に関しては、商標登記簿のデジタル化と、あるいは、現在税務局が島ごとに持っているデジタル化した管理データを相互接続するやり方の2通りが考えられるのですが、まだ結論は出ておりません。それから個人の番号付与、納税者番号制について、アメリカ、カナダは社会保険番号を納税者番号として利用しています。スウェーデン、デンマークは住民登録番号を納税者番号として利用しています。日本も総合課税の改革をやらないといけないので、これを導入すれば法定資料の統合が可能になるでしょう。現在の制度は、税務処理に時間とコストがかかる構造なので、これを改革していくのですが、日本はどれを採用するかわかりません。社会保険番号か、それとも住民台帳の番号を使うか。いずれにしても、その番号は、電子商取引の認証のデータベースとしても使えるようになります。ただし、公的なものを民間利用させる場合、プライバシー保護のため、個人情報保護法の制定が必要不可欠です。残念ながら、わが国はこの整備が欧米に大変遅れています。私も自治省の方々と、「これを来年度やりましょう」と話し合っております。銀行などは、「契約時はあなたの納税者番号も書き込んで下さい」と言われるようになるでしょう。そうやって個人データを集めて、消費者情報をデータベース化していくでしょうから、法制化は必要不可欠であろうと認識しています。

現在の証券市場で電子商取引に使われる情報開示システムとして、アメリカのSECが持っている“エドガー・システム(Edgar System)”があります。機関投資家はインターネットを通して企業の財務諸表等の経営情報を全部縦覧することができるようになっています。エドガー・システムはアメリカ政府が管理していますが、運営自体はレキサス-ネキサス(LEXIS-NEXIS)社がやっています。彼らは運営を任され、さらにその情報に付加価値をつけ、データベースとして一般向けに販売することを許されています。日本でもこのようなシステムを作る必要があるかも知れないと、現在、大蔵省証券局は検討に入っています。現在のところ、“エディネット(EDINET)”と仮称して、報告書を出しております。どういう運営主体になるかはわかりませんが、アメリカのように民間企業に委託して、それから後は外郭団体に委託することが考えられます。これは国民の世論と、今後の議論を待たなければいけないでしょう。このシステムは、電子商取引のデータベースとして使えます。企業の電子認証をする時のデータベースとして、「この企業の財務は大丈夫だ」という具合に使えるわけです。その際も、情報開示および情報を保護する法律が、法的条件として整備されなければいけないでしょう。

さて、こういう金融市場の大きな動きは、企業組織に今後大きな影響を与えていくと思います。アメリカで金融機関の管理が自由化されたのが70年代、イギリスではビッグバンが80年代ですが、その当時アメリカやイギリスの金融機関は、そのままの業態では存続が非常に厳しい環境に置かれていました。そのなかで、金融商品開発とともに電子マネーが、イノベーションの一環として今日に至っています。電子マネーが本格化するにつれて、「金融政策に大変な影響を及ぼすのではないか」「いや大したことない」等と、各国政府にはいろいろな意見がありました。そこで日本は各国の調査をして、「電子マネーは小口決済の電子化であるから、現行の金融システムに大きな影響を与えることはないだろう」という見解を日銀と大蔵省が示し、ゴーサインを出したわけです。

既に申し上げましたように、アメリカでは銀行離れがどんどん進んでおります。ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo Bank)のニグ(Nigg)上級副社長はおっしゃっています。「このままでは銀行は大変なことになる。かと言って電子マネーの発行益が出るかと言うとそうでもない。まあ、トントンだろう。しかし、これをやらないと、銀行は消費者との接点を失うことになりかねない」、そういう危機意識です。ファミリーマートの方も大蔵省の会議でおっしゃっていました。「我々は電子マネーを発行して収益を上げようとは思っていません。むしろ、我々はそれで、消費者情報をデータベース化します。それが一番の狙いです」と。最近、セゾン・グループはファミリーマートを伊藤忠商事に売却されました。伊藤忠は、電子マネーの対応について、三菱商事や丸紅に比べて若干遅れていたように思います。しかし、ファミリーマートという非常に強力な拠点を確保することで、一気にこれを推進することが可能になるだろうと思います。

このように、電子マネーは銀行同士の戦いではなく、ライバルは山ほどいるわけです。金融機関が金融だけで生き残るのは、もう不可能だと思います。いろいろなものがクロスオーバーするなかで、新たなものができなければいけません。アメリカ大統領補佐官のマガジーナさんもそういうことをはっきり言っています。「電子マネー、あるいは電子商取引によって、既存の19世紀、または20世紀的な産業分類や関連を壊したい。そして新たな経済秩序を作りたい。それは政府がやるべきことではなくて、民間が中心になってやるべきだ」と。その新しい経済をアメリカでは“ニューエコノミー”と言っていますけど、「そういうものを我々は期待しているのだ。その条件を整えるのが政府の仕事だ」ともおっしゃっています。銀行はそのなかで積極的に戦略を展開しなければいけません。通信事業者も商社も小売店もそうでしょう。

電子マネーに絡んで、ニグさんはICカードに関連して、興味深い発言をしています。「ICカードは未来のデスクトップになる。ICカードを持ち運び、どこでも個人認証に使ったり、通信媒体として使えるようになる」と。フランスのジェムプラス(GEMPLUS)とフランステレコム(France-Telecom)などが共同で、e-COMMというECの実験をやっております。彼らは基本的にインターネット対応はSET対応で行くとおっしゃっています。それから、「SETだけでは足りない。我々はセキュリティにカードを使う。カードに暗号鍵を持たせて、SETを対応させる」とはっきりおっしゃていました。つまりICカードは、携帯電話の番号とかクレジット・カードで引き落としとか、SETの暗号とか、そういうものに使える多機能カードであることに価値があるわけです。この写真はジェムプラスが作った電話用カードです。こういう形で、電話ビジネスも変わっていくだろうと思います。 これに関連して申し上げますと、最近、携帯電話の世界標準化がなされております。私も郵政省の通信のグローバル化の委員をさせて頂いております。日本の通信事業者、メーカーの方がたくさんいらっしゃるなかに、1社だけ外国企業の代表がおられました。エリクソン(ERICSSON)という、ヨーロッパで携帯電話のかなりのシェアを持っているスウェーデンの会社です。不思議に思っていましたら、「ヨーロッパと日本は携帯電話の次期仕様について、NTTドコモの仕様を採用する」という新聞報道を見て、「なるほど、これだったのか。NTTさんも考えてらっしゃる。これでアメリカを包囲するのか」と感心したわけです。ノキア(Nokia)というノルウェーの会社も、これに同調して、NTT・ノキア・エリクソン連合が形成されたわけです。これは相当なシェアを持っています。そこで携帯の仕様が決まるわけですが、今後は携帯電話を個人用のATMとして使い、電子マネーをカードの中にダウンロードしたり、預金に戻すことが可能になるかも知れません。

ここで、ビッグバンと銀行の関係についてまとめておきます。とにかくビッグバンは大変なことですが、同時に絶好のチャンスでもあると前向きに考えなくてはいけません。すなわち、これまでは何をするにも、金融新商品の開発も、業界規制や大蔵省の管理があって非常にやりにくかった。そのためグローバルな市場との対応関係ができていませんでした。しかし、それが可能になるわけです。新たなデリバリー・チャネルや市場の獲得が可能になり、消費者情報のデータベースを構築して、ワン・トゥ・ワンの新たな金融商品を開発することができるし、また、しなければいけません。また、パーソナル・バンキングが重要になってきます。さらに、金融業の金融情報をベースにしながら他業種とコンソーシアムを組んで、旅行代理店とかコンビニといった複合的な分厚いネットワークを構築し、その中で、供給サイドだけではなく、消費者との対話の経路を持っておくことが重要だろうと思います。私の研究室の院生で、コンビニの分析をした者がおりますが、コンビニはコミュニティ空間の一つとしても分析できるわけです。そこら辺の情報をどう反映させるかが重要になってくると思われます。

先程ワン・トゥ・ワンと申し上げましたが、このワン・トゥ・ワン・マーケットと消費者が中心になった市場とを一致させることは今のところ不可能です。ワン・トゥ・ワン・マーケットは、現段階では供給サイドのロジックだと思います。この間の調整をどうするかが、今後の課題となりますが、ここでは現状のワン・トゥ・ワン・マーケットについてお話しようと思います。例として、アメリカの放送事業者の試みについてお話致します。銀行などにも非常に参考になる動きであると思います。

MS-NBCは、マイクロソフトとNBCが提携して作ったケーブルTV会社です。それからニューヨーク・タイムズ、CNN、アメリカン・オン・ライン(AOL)の試みを紹介しますと、放送に使ったニュース・ソース、映像情報、テキストをデータベースに入れて、Webで新聞を作っております。現在はサービス期間中として無料で流していますが、例えばVISAキャッシュやモンデックスによってインターネットで少額の電子マネーのやりとりができるようになれば、個別化した市場として立ち上げていきたいと言っています。MS-NBCはすでに25万人のIPアドレスを確保して、個人から同意を取っています。例えば、必要な情報を25項目ほどリクエストしたら、検索ロボットを使ってそのデータを取り出して編集し、毎朝、インターネットで情報提供をするわけです。購読料は、月額でせいぜい10ドルくらいにして、後は広告収入で賄うということです。昨年11月にアメリカに行って、ニューヨーク・タイムズのローゼンブラム(Rosenblum)という方にお会いしたところ、「マスメディアは、このままでの存続は難しいと考えている。したがって我々もワン・トゥ・ワン・マーケットを目指し、既にその準備は着々と進めている」とおっしゃっていました。放送部門も合理化をかなり進めて、ビデオ・ジャーナリストを多用しています。つまり、記者とカメラマンの一人二役です。現在は編集過程は別工程になっていますが、いずれはこれも、その人がこなすそうです。「それはきついんじゃないか」と聞きましたら、「確かにきついけれど、そうしないと番組の制作費は出てこない」そうです。というのも、多チャンネル化が進んだために、広告収入がそれほど確保できないためです。1時間当たり100万円くらいで作らなければいけないのがアメリカの放送業界の現状です。翻って日本の場合も、現在、CS放送の1時間枠を50万円で作らないといけません。毎日新聞が今度CSを立ち上げますが、「これはビデオ・ジャーナリストを多用するしかない」と、幹部の方がおっしゃっていました。朝日新聞のニューススターの社長も、そうおっしゃっていました。「しかし、労働組合との話し合いがその前にあるんだ」ともおっしゃっていました。

こういう状況のなかで、ワン・トゥ・ワン・マーケットを立ち上げるのに必要なテクノロジーが、先程も申し上げた、パーソナライズド・インフォメーション・データベース、それから、それを検索して商品を作り上げるインテリジェント・エージェントです。これはNTTさんがすごい技術を持っていらっしゃいます。それから、セキュア・オンライン・システムです。これで暗号、そして認証を使った、優れたセキュリティのネットワーク組織ができるのです。昨年11月にコロンビア大学のパブリック(Pavlik)教授にお会いしたところ、「アメリカでは、この環境に適応できない企業は徐々に淘汰されていく。合い言葉は“ワン・トゥ・ワン・マーケット”だ」とおっしゃっていました。「だけど、プライバシーの問題があるのではないか」と私が聞きましたら、「確かにヨーロッパではそうだろう。しかしアメリカ人はそれくらいのプライバシーは放棄してもいいと考えている。それよりも、利便性と企業にとっての収益性が問題である。ヨーロッパの秩序とは違う」ということを言われました。

そこで、ウェブ・キャストです。放送事業の多様化について言いますと、これまでは『ブロードキャスト・システム』、要するに地上波放送、あるいはBSしかなかったところに、ケーブルとCSが出てくることで『ナロウキャスト』ができました。つまり、ある程度対象を区切って、その対象に合わせた情報を優先的に流す放送チャネルです。アメリカにポイントキャストという会社がありますが、Webは正にワンポイントに絞り込んで、その人その人に対応するわけです。今後、放送事業はこういう形になるだろうと思います。

何故マスメディアに言及するかと申しますと、この現象は他のビジネスについても言えることだからです。マスメディアという最も規制が強く、かつ幅広い人たちを相手にするビジネスでも、こういうことが起こっています。ましてや他の業種では、もっと対応しなければいけません。そういう意味で、いい例だと思って取り上げさせて頂きました。既に日本の放送事業、あるいは新聞事業でも、この動きが始まっております。

さて、電子マネーへの対応が非常に重要になっています。と申しますのは、電子マネー発行そのものではなかなか利益は出ませんが、データベース構築の手段としては非常に重要ですし、さらには、電子マネーをブランド確保、消費者との接点として使う。正に花村社長がおっしゃられたように、メディアとして重要だからです。そこで、電子マネーがこれまで推移してきた状況を、簡単におさらいしておこうと思います。

まずアメリカでは、議論がいろいろありました。その結果、アメリカ経済を支えるのは情報産業とエレクトロニック・コマースだから、インターネットをベースにした新しい空間を作っていこうとなりました。そして、そのための決済手段として電子マネーの開発を進めてきたわけです。しかし、バンク・オブ・アメリカ、VISAインターナショナル、マスターカード・インターナショナルなどでも、はっきり言って、現在のところ、インターネット対応での電子マネーは芳しい成績を収めていません。そこで方向転換を目指しています。「ICカードがベースだ」という先程のニグさんの言葉は、そこから出ております。彼はJAVAカードをベースに考えておられるようです。このような多機能カードでは、ICチップに、少額の決済手段、クレジット・カード機能、社員証などの本人照合機能などを入れ、それからインターネットでSET対応の機能も入れます。インターネットと対応するものとしても、そういうICカードを必要だと認識するようになってきました。

一方ヨーロッパはどうかと申しますと、インターネットは日本より遅れています。彼らは70年代から電子マネーの研究をしてきましたが、これはあくまでもICカード単体で使うものでした。やっと昨年くらいから、本格的にインターネット対応しようとしているのが現状です。そもそもヨーロッパでは、まず磁気ストライプ型カードを捨てて、それから紙幣の偽造が多いために、もっとセキュリティのよい通貨に変えたいという要望がありました。それから中国では、紙幣の偽造が非常に多いうえに、紙幣の紙質が悪くて、貨幣洗浄機で洗うと溶けてしまうという事情があります。そのため、メンテナンス・コストが低いからと、中国政府もICカード型の電子マネーの対応を進めています。この写真はモンデックス、ゲルトカルテ、そして、ルフトハンザのボーディング・パス機能を持ったICカードです。

このように、ヨーロッパはインターネットよりICカード中心できています。今までは、例えばドイツの場合ですと、金融寡頭制と言われるくらい金融機関が強かったです。そのため、インターネットでの電子マネーを開発すると、通信事業者など他の業種がどんどん出てくるので、これを脅威に感じて、余りやりたくないという意向がありました。しかし、EU委員会が昨年4月にグリーン・ペーパーを発表し、ヨーロッパの産業のために、遠隔購入を拡大してイノベーションを促進するために、インターネット対応の電子マネーの開発・普及に力を入れようとなったわけです。その1カ月後にフランスでe-COMMが設立され、今年3月に第二フェイズの実験に入ります。ここでは、ICカードとインターネットをミックスした実験を45万人規模でやることになります。彼らは、「我々にはミニテルがあったが、あれはジュラシック・ウェブだから、もういらない。全部廃棄する」と言っています。

このヨーロッパの動向を受けてアメリカの金融機関は、PCバンキング、インターネット・バンキングだけでなく、まずICカードを押さえようとなってます。マスターカードはモンデックスの経営権を取得し、VISAはJAVAカードを用いたスマート・カードの開発に着手したわけです。 もちろん、カード・ベースで終わらせず、これを多機能カード化して、さらにインターネットにアクセスする。その方が、安全性が高いわけです。今後のデファクト・スタンダードの動向としては、JAVAカードとMULTOS、そしてNTTさんに日本の電子マネーとして頑張って頂きたいです。NTTは重要なプレーヤーになると思います。JAVAカードにつきましては、JAVAワールドという雑誌の3月号に日本総研の山本精一さんが論文をお書きになっていますので、ぜひ読んで頂きたいと思います。 MULTOSの日本での試みについて申し上げますと、大阪のマイカル・カードがMULTOSで実験を開始し、32ビットのCPUを使った、かなり高機能の多目的カードを発行することになっています。今後の課題は、非接触型カードとの複合化です。つまり、マイクロ・プロセッサーを共用し、非接触と接触の両方を一つのカードで対応し、しかもインターネット対応もできるものです。

非接触型カードにはいろいろあるのですが、ヨーロッパで聞いた話では、ジェムプラスやシュルンベルジュは、接触型の方が安全性が高いと考えていて、銀行では接触型を、交通機関などで非接触型を使っていこうではないかということです。この写真は、ザルツブルクで使われているザルツブルク・プラスという電子マネーです。旅館、モーツァルトの生家といった観光名所、ホーフェンザルツブルク城でのコンサートなど、全部この非接触型ICカードで対応できます。実際に私も使ってみましたが、係員も慣れたものでスムーズに対応してくれました。年々、この発行数は倍々ゲームになっております。これの費用分担については、ザルツブルク市とメーカー、商店街が協力しており、かなりのメンテナンス費用を市が持っているそうです。ザルツブルク市の資源は観光ですから、観光のために一致団結して頑張ろうというわけです。自治体と企業と商店街の協力によって、一時落ち込んだ観光客数が最近増えているそうです。

ICカードの多機能化について申し上げておきますと、今後重要になるのは、健康保険カードや住民基本台帳カードといった行政との連携です。社会保険庁は99年より健康保険証をICカード化して配布します。このカードには保険番号だけでなく、診断結果、病歴、投薬などの患者情報も入力する方向で検討されています。これによって、重複検査、重複投薬を防ぎ、医療コストの削減が可能になり、財政負担を軽減します。高齢化が進行するなかで、これは重要になってくると言えます。一方住民基本台帳カードについては、自治省が住民票コードをICカードに格納する方針を固めました。2000年には市町村単位で発行し、仕様も全国で共通にします。3300の自治体をインターネットで接続する自治体総合行政ネットワークの委員長を私は務めているのですが、例えば鹿児島に住民票のある東京在住の大学生が、文京区役所でこのカードを使ってインターネットを通じて鹿児島の住民票を発行してもらうということを構想中です。これには岡山県庁の動きが早く、岡山では今年中にインターネット対応を完了する予定で、おそらくICカードも発行なさるでしょう。自治体によっては、医療診断カードと住民カードを統合する方針の所もあるでしょう。 このICカードが発行されて、電子マネー機能とミックスされれば、電子マネーが相当普及することが考えられます。しかし、ここで大きな問題があります。電子マネーは行政サービスに対する支払い手段としても有用ですが、現行の法律では、行政情報と民間のものを統合したものは作れません。行政情報、プライバシーの保護等ありまして、明確に区別されております。地域密着型の地元金融機関や住民からのニーズは間違いなくあるのですが、これは国会で議論して頂くしかありません。今のところは、「多機能化を図る方向で検討中です、民間企業サービスにチップの空き領域を開放することは現在の法律ではできませんので、慎重に対応しています」としか申し上げられないのが現状です。

サイバー・スペースに関連していろいろな制度問題が重要になってくるわけです。その先駆的で、しかもまとまった法律がドイツで作られました。昨年7月4日にドイツの議会で可決され、8月1日より施行されましたマルチメディア法、正式名称は「情報及び通信サービスの枠組みを定める法律」です。マルチメディア法と言っても単体のものではなく、8つの法規、あるいは法改正から成っているものです。ここではサイバースペース、あるいは電子マネーとの関係で重要と思われるものだけピックアップして紹介させて頂きます。

まずテレサービス情報保護法です。例えばアメリカや日本では、消費者の情報を集めてデータベースに格納し、その人のプロフィールを確保して、それを基にその人のニーズに合わせた商品供給をしようとしています。例えば、金融商品、あるいは新聞を供給することです。もちろんこの情報は厳重に管理され、他に流出するようなことがあってはいけませんが。このようなビジネスは、この法律の枠ではやりにくいです。不可能ではないけれど、かなり制約されたものになることがわかります。具体的には、「同一ユーザーの多種の個人情報は、それぞれ区別して保存・使用すること。これらの情報を統合して個人のプロフィールを明確にすべきではない」とあります。特にプライバシーでは、政治的信条などが見える形にすべきではないと定めています。これはドイツの歴史的背景もあろうかと思います。そして民間による悪用も想定して、これはやめようという方向です。それから、第三者への伝達は禁止です。日本でも個人情報が他者に流出して新聞を賑わせていますが、そういうことは厳禁です。それから、自分についての情報がどう加工されているのか、消費者が開示請求権を持っています。請求があった時には即座に開示し、そして要請があれば、即座にやめなくてはいけないことになっています。

次にデジタル署名に関する法律(SigG)は、認証絡みで重要です。ドイツは認証局の立ち上げを決定し、電子商取引や電子マネーを積極的にやろうということになっています。その際には、公開鍵方式を採用します。これは秘密鍵と公開鍵の両方を合わせないと暗号が解けず、元の文章が見えない、という方式です。日本のFISCやECOMの報告書、あるいはアメリカでは、認証局は秘密鍵と公開鍵の両方を扱うことになっています。つまり、秘密鍵のプライバシーがいつでも認証局によって開けて見られることを意味します。それをドイツは止めろと言っています。秘密鍵は個人がICチップのなかに格納して持っていろと。インターネットで使う時は、日立などが作っている読み取り機に入れてアクセスして、秘密鍵を使うわけです。それから、PCのハードディスクの中に秘密鍵を入れておくとウィルス等でやられる可能性がありますので、ドイツはそういうセキュリティも考えています。認証局の責任負担を軽減する意味もありますが、プライバシーの保護の問題でもあります。これは、日本やアメリカの認証局のデザインとかなり違います。昨年7月以来、アメリカとEUは水面下で、この問題を含めたエレクトロニック・コマースの協議をやっています。しかし、実はこの協議は決裂寸前の状態です。プライバシーの保護に関してEUは、アメリカに同調できないという方針を崩していません。だからこのままだと、アメリカは日本と協力して別の市場を立ち上げざるを得ません。EUはドイツのマルチメディア法のスタンスです。現在も折衝は続いていると思いますが、どうなるかまだよく見えない状況です。

それからSigGでは、認証機関の能力や信頼性の確保について担当当局の監督が必要だろうと、政府の監督を仰ぐことになってます。担当当局が選任した検査人員が、抜打ちの実施状況の検査を行い、それにパスしないと認証機関の免許も取り消されます。

ドイツではマルチメディア法が相当影響力を持ってくるでしょう。EUの審議官に昨年11月にお会いしたら、「ドイツが世界に先駆けてマルチメディア法を作ったことは、EUにとっても重要な意味を持つ。恐らくこれがベースになって、EUではマルチメディア指令が出るだろう」と言われました。認証局の秘密鍵を扱うかどうかは別問題ですが、とにかく日本やアメリカから見るとかなり厳しい法律が出てくるだろうと思います。こうなりますと、ワン・トゥ・ワン・マーケットに対する日本やアメリカと、ヨーロッパのスタンスはかなり違うものになります。秘密鍵の寄託(キー・エスクロー)もかなり違います。ただし、ここにドイツの戦略性があります。アメリカでもシリコン・バレー等では、「キー・エスクローをやめろ。認証局が秘密鍵を扱って、それを政府がチェックするようなことはやめろ。暗号は民間に任せて、政府は出るんじゃない」と言っています。例えば、サンノゼ・マーキュリーなどがそういうことを言っています。ですから彼らがドイツの認証局で認証を受ける可能性があります。あるいは日本の消費者も、「認証局が秘密鍵を扱うなら、いつ見られるかわからない。ドイツで認証を受けた方がいいな」となるかも知れません。もちろん、犯罪を起こそうという人がそっちに行く可能性もありますから、一長一短あるわけですが。

電子マネーの制度問題で重要なのは、先進諸国10カ国が昨年4月に出した報告書です。これは、法律や自主規制の枠組みに関するガイドラインのたたき台です。「消費者保護に関しては、消費者も業界も対策は十分に取って下さい」と言っていますが、「それだけでは不十分なので、ベースとなる法的な枠組みは、政策当局が整えるべきだ」と言っています。電子マネーを使う人たちは、発行体にお金を払って電子マネーを発行してもらうわけですが、その発行体が倒産した時にお金が返ってこない可能性があります。それが返ってくるように、預金保険を作ろうというのがヨーロッパの基本方針です。しかし、アメリカはこれをやりません。自己責任の原則、これが市場のルールだということです。私が所属する大蔵省の懇談会の1月の中間報告も、預金保険を適用せずに事業者の参入を容易にしようという、アメリカのラインで固まっています。 それから申し上げておきたいのは、クロスボーダー問題が重要だということです。電子マネーに関するクロスボーダーには、二つのシナリオがあります。一つ目は消費者と発行者は同じ国で、小売店およびその金融機関が別の国になるケース。二番目に消費者と発行者が別の国になるケースです。特に後者が非常に困難な問題を投げかけています。 ICカードの場合、クロスボーダーが発生する可能性は非常に少ないのですが、今朝の日経の1面に、モンデックスが多国籍で使えるカードをリリースすると出ておりました。インターネットの場合、クロスボーダーはかなりの問題になります。つまり、電子マネーのクロスボーダー発行は、国家の法律や規制の、限界や曖昧さを顕現化させる可能性があります。電子マネー契約の法的有効性に関する不確実性は、クロスボーダー利用の阻害要因になります。また、犯罪活動を捜査、訴追する権限、管轄の曖昧さが生じるかもしれません。したがって、三重野氏がおっしゃったように、法制の平準化が必要不可欠になります。

しばしば、「須藤が言っているほど、エレクトロニック・コマースは進まないんじゃないか」などと言われますが、私は、今すぐに進むと言ったことは一度もありません。こういう制度問題が片付かない限り進まないでしょう。マガジーナさんも、「各国の協力によって、民間の努力によって、5年以内にこれを達成しようじゃないか。それができた時に、エレクトロニック・コマースとサイバー・ビジネスが爆発する」とおっしゃっています。悲観的なことを言われる論客もいらっしゃいますが、私は、そういう方向で制度問題をちゃんと勉強して頂きたいと思います。今は、うまくいかなくて当たり前です。けれども、順々に条件を整えていますから、整った時にはサイバー・ビジネスはかなり普及するだろうと思います。

基本的に取引関係では、自己責任原則を市場のルールとして徹底するべきです。自己責任を持たないということは、監督を受けるということになり、その結果、規制が入って動きが取れなくなります。しかも各国の個別の理由で規制がかかるので、世界中でぎくしゃくした関係が生まれて、シームレスな取引関係が形成できなくなるだろうと思います。しかし、行政や立法府が全く関与しないというわけではなく、あくまでも基盤を整えるという役割があると思います。それはつまり、消費者保護でしょう。消費者主権が市場で発揮されるための条件として、消費者保護を徹底的にやるべきです。供給側から見ると、非対称な保護になるかも知れませんが、消費者は現行の市場のルール下では弱者です。これからは、弱者が弱者でなくなる条件を作ることが必要になると思います。

具体的には、セキュリティとプライバシーに関して、暗号の問題を申し上げましたが、ここではサンタクララ大学教授のデヴィッド・フリードマンの言葉を引用します。これはシリコン・バレーの雰囲気を伝える言葉です。「政府に暗号技術への介入権を与えることはプラスの芽をつんでしまう。シリコン・バレーはニューエコノミーを立ち上げようとしている。邪魔をするんじゃない」、一方国防総省などは、「しかし、セキュリティや犯罪の問題点から、これらは、やはり政府が対応しなければいけない」とおっしゃっています。両方とも大義名分があるのですね。アメリカ議会では今、両方の法案が提出されております。互いに叩き合っている最中で、もう少し時間を必要とするかも知れません。

最後に大蔵省の問題についてです。最近の電子マネーに関する法律について簡単に申し上げます。1月23日、大蔵省の「電子マネー及び電子決済の環境整備に向けた懇談会」において、中間的な論点整理が発表されました。そこでは、「取引ルールを自主的に民間ベースで作って頂きたい」と言っております。責任分担についても、消費者がどこまで責任を持つのか、供給側がどこまで責任を持つのかを明確にしなくてはいけません。また発行体は情報開示をしなければいけません。「そうしない限り、消費者に使ってもらえませんよ」、と言っています。現在は実験的プロジェクトですので、必ずしも情報開示や説明義務が徹底しておりません。これについては、ガイドライン的なものを業界で作って頂く必要があると思います。例えば電子マネー発行体の適格性では、資金運用を制限せざるを得ません。扱ったお金をリスキーな金融商品に投資して、破産して、資金を返却できないとなったら困るわけです。したがって、公共債や信用ある企業の社債、預金で運用するということです。その他、破綻時の対応などは、7月までにまとめる報告書を読んで頂きたいと思います。このように、制度は着々と準備されていますので、実験をこれに並行してやってもらわなくてはいけません。この制度調整と実験があいまって、恐らくあと1、2年後に、私は大きな変化が市場に起こるだろうと思っています。これは金融ビッグバンの動きと連動いたします。ここにお集まりの企業の方、パネリストのお三方のご議論に、私の話がお役に立てれば幸いです。

どうもありがとうございました。
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