Business & Economic Review 1998年04月号
【OPINION】
政策金融は市場補完機能に全面転換を
1998年03月25日
財政デフレや金融システム不安に起因した景気の急悪化に直面し、政府・自民党は、遅きに失した感は否めないものの、このところ矢継ぎ早に景気対策を打ち出している。一連の対策の中身をみると、主柱のひとつである「貸し渋り対策」については、公的資金による金融機関の自己資本充実策と並んで、政府系金融機関の融資枠拡大等により97 、98 両年度分として総額25 兆円の公的融資・信用保証枠が確保されることになっている。民間金融機関が本年3 月末時点での自己資本比率の基準値達成に向けて、自己防衛的な資産圧縮行動に取り組んでいる状況下では、こうした財政投融資活用型の対策も緊急避難的措置としてやむを得ないとの見方が多く、本稿もそれに異論をはさむものではない。
しかしながら、政府系金融機関の融資枠拡大が対策に盛り込まれたことで現在の政策金融のあり方が是認され、その存在意義が再確認されたと考えるならば、それは誤りである。むしろ、今回の措置はわが国における政策金融の見直し問題がこれまで幾度も議論としては盛り上がりながら、一向に現実の抜本的改革に結びつき得ていないことのツケとみるべきものである。すでに打ち出された日本開発銀行と北海道東北開発公庫の統合・新銀行化等の方針にしても、政府系金融機関の数が減少すること以外に、行政改革の面でその意義を見出すのは今のところ難しい。また、本年4 月の改正外為法の施行を契機にビッグバンが実現段階に踏み出す今、市場原理の貫徹とグローバルスタンダード化を志向する金融システム改革との整合性の観点からも、政策金融の改革は喫緊の課題となっている。
そこで、現行の政策金融をめぐる問題点を整理すると、次の3 点が指摘できる。
第1 は、政府系金融機関の貸出金利がきわめて裁量的に決められていることである。政府系金融機関の貸出金利は、その多くが所管大臣の承認事項(開銀は届出制)となっているが、住宅金融公庫の基準金利は「財投金利-α」、その他の機関の基準金利は「長プラ」、の水準で連動することが従来、一応のルールとされてきた。しかし、最近の改定状況をみると、住宅金融公庫の基準金利は1996 年10 月以降財投金利との連動を絶ち、ここ1 年半の間は財投金利が2 %台前半まで低下するもとで3.0 ~3.1 %の水準に張り付いている。また、その他の機関の基準金利も、長プラが急低下するなかで資金調達コストである財投金利との逆転(逆鞘化)が生じたため、連動対象がしばしば財投金利に変更され、引き下げが見送られている。
こうした形で、本来市場実勢に合わせて低下すべき貸出金利が当局の裁量的な調整で下げ渋っていることが、金融緩和による景気刺激効果を減衰させている可能性が大きい。とりわけ、政策金融のシェアが大きい住宅建設の分野では、ローン金利の下げ渋りが現下の深刻な新規着工戸数の低迷を招く一因ともなっている。
さらに、裁量的な金利設定は、市場のマネーフローを攪乱させるだけでなく、市場環境以外の要素で貸出金利が変動するため、借入時期の違いによる利用者間の負担格差を生む要因ともなっている。加えて、貸出金利が政治や行政当局の意向に左右される状況下では、政府系金融機関の経営に自己責任原則やリスク管理のインセンティブを求めることすら無理な状況を生みだしている。
第2 は、政府系金融機関が伝統的な直接貸付中心の業務形態に固執し続けた結果、それにより生じる官民の競合、民間金融の淘汰が様々な副作用をもたらしていることである。政策金融の最大の存在意義は、超長期の資金を安定的に供給することとされている。デリバティブズ、証券化等、金融技術の革新が進むもとで、今や長期固定金利型の資金供給は技術的には必ずしも政策金融の独壇場とはいえなくなっている。それにもかかわらず、民間金融機関がこうした領域に積極的に進出する動きがみられない。その背景には、業態分離・護送船団行政のもとで民間金融機関側に業態内での横並び、業態間での相互不可侵等の民間企業らしからぬ体質が残っている点がまず指摘されようが、加えて政策金融が財投という低コスト資金と財政面からのコスト補填を背景に厳然たるシェアを有している結果、民間の事業開拓意欲を損なっている側面があることも否定できない。換言すれば、政策金融がその業務分野で結果的に民間金融をクラウドアウトしてきたことが、今日日本経済の再生に不可欠な社債市場やベンチャーファイナンスの発達を阻害してきた可能性がある。
第3 に、行財政改革の見地からみても、現在の政策金融のあり方は効率性の面で再検討が必要なことである。現行の政策体系のもとでは、政策金融の主な対象分野、すなわち住宅整備、中小企業育成等に関しては、政策金融以外にいくつもの異なる政策手段が併用されている。
たとえば、住宅政策の分野では、公団・自治体等公的セクターによる住宅建設(賃貸・分譲向け)、公庫、事業団、自治体等による制度融資、住宅取得促進税制等の税制面からの優遇措置等、きわめて多岐にわたっている。これは、時々の政策需要に合わせて、縦割り行政のもとで諸省庁がパッチワーク的に制度を創設・拡充してきたことによる。個々の政策がこれまで一定の成果を収めてきたことは事実であるにしても、その結果、従来の制度が複雑化し国民にとってわかりにくいものとなっていることが政策効果を減衰させている可能性がある。景気対策の一環で打ち出された中小公庫・国民金融公庫利用者の金利負担を一部補填する制度の利用率がなかなか高まらないことなどは、その典型例であろう。さらに、個々の政策のコスト・ベネフィットが相互に比較考量されることなく総花的に展開されてきたことは、今日の財政破綻を招いた一因ともなっている。
このようにみると、わが国の政策金融は次の通り、金融システム改革、行財政改革双方の観点から、そのあり方を見直す必要があろう。
第1 に、当面の措置として、金利改定を市場原理に基づいた透明性の高いものに改めることが必要である。資金調達コストを踏まえて貸出金利を設定することは、金融仲介機関経営の原点であり、この点から貸出金利は長プラではなく資金調達レートをベースに決定する方式に改め、これを裁量性を排した明確なルールとして確立する必要がある。さらに、政府系金融機関が民間並みにALM 管理(資産・負債から生じる各種リスクの総合管理)を行っていくためには、貸出債権等の期間構造に対応した資金調達が実施できるように資金調達手段の多様化を推進する必要がある。たとえば、中小企業金融公庫の資金調達は、これまで5 年物の財投貸付、10 年物の政府保証債等にほぼ限定されてきた。政府系金融機関が主体的な判断のもとで機動的に起債し資金調達できるように、法制面等の環境整備を急ぐ必要がある。
第2 に、暗礁に乗り上げた感のある行政・財政改革を仕切り直し、政策体系の総合的な見直しを通じて、政策金融の存在意義を再検討する必要がある。行政改革委員会が示した官民活動分担の理念を踏まえ、民間や他の政策で代替可能なものには「民間でできるものは民間に委ねる」、「行政費用の最小化」の原則を適用し、政策体系の整理・簡素化と行財政コストの効率化を推進しなければならない。また、破綻した国家プロジェクト・苫小牧東部開発に対する北海道東北開発公庫の1,000 億円近い融資のように、財政負担を先送りするためのつなぎ融資的のものは政策金融の対象として不適格であり、一般会計等の財政で対処すべき領域と金融で対処すべき領域とは峻別する必要がある。
したがって、各種政策の民間金融・資本市場への代替可能性評価や政策間のコスト・ベネフィット比較を行政機構外部の中立的な第三者機関に委ね、ゼロベースの改善策を策定することが不可欠である。その結果、市場で代替可能あるいは存在意義が乏しいと判断された政府系金融機関は、廃止や民営化を実施するのである。
第3 に、こうした作業を通じてもなお必要と認められる政策金融機能があれば、これに該当する政府系金融機関は業務手法を見直し、市場の金融機能を補完する機関に特化するべきである。アメリカの政策金融を連邦信用計画ベースでみると、96 年の信用供与残高は2.7 兆ドルという巨大な規模になっている。しかし、わが国の政策金融と大きく異なるのは、直接貸付の残高がこのうちのわずか0.2 兆ドルにすぎず、大宗は債務保証の形態をとっていることである。また、直接貸付の対象は連邦政府による農村、学生、中小企業等の経済的弱者に対する融資等に限定されており、通常の直接貸付は基本的に民間金融機関の領域と考えられている。もっとも、アメリカには公的金融機関がないわけではなく、むしろ市場の金融機能向上を支援する積極的な役割を果たしている。たとえば、連邦抵当金庫(Fannie Mae )等の公的住宅金融機関は、民間の住宅ローン債権を買い取り(リファイナンス)、これを見合い資産として証券化し、投資家に販売することで、民間金融機関が本来対応しにくい超長期の固定金利型ローンを提供することを側面支援している。わが国でも、政府系金融機関はこうした形で基本的に貸付業務からは撤退し、民間金融のリファイナンスや事業評価、債務保証等のリスク補完業務に特化し、市場の金融機能を高める役割を担っていくべきであり、それにより日本の金融システムがより懐が深く国民全体の利益増大にもかなう市場に変貌することが可能となろう。なお、こうした政策金融の見直しにより行き場を失う郵便貯金や公的年金資金が、自主運用拡大の一環として、新たに形成される資産担保証券市場における有力な資金供給主体の一員に加わることになれば、公的金融・財投システム全体がビッグバンと整合的な改革の途に踏み出すことにつながろう。
さらに、以上のような政策金融の見直しは、行財政コストの効率化を通じて景気対策を含めた財政政策の弾力性を回復させる一助となるうえ、金融的手法を用いた景気対策をより民間活力誘発型の仕組みに変えることにもなろう。