Business & Economic Review 1998年03月号
【論文】
中国のエネルギー輸入拡大に伴うわが国安全保障への影響
1998年02月25日 石田賢
要約
1993年から中国は石油の純輸入国に転じた。改革・開放政策を推し進める中国がこの成長を維持するためには、国内の石炭開発や新規エネルギー開発だけでは対応しきれない。中国はエネルギー資源を今後ますます海外に依存せざるを得ないと見込まれる。このため、(1)海洋資源の期待に伴う領有権主張の高まり、(2)中東外交の活発化に伴う国際秩序の混乱(中東への武器および核技術の輸出など)、(3)中央アジアの石油、天然ガス資源の争奪戦が民族紛争を引き起こす可能性、など中国のエネルギー政策に伴う混乱が予測され、これらは日本およびアジア諸国に直接・間接の影響を及ぼすことが考えられる。
わが国として中長期的には、(1)中国、アジアとの経済関係を重視した多国間協力を精力的に推し進めること、(2)米中日3カ国間での安全保障の構築のための会議を定期的に開催し、積極的に進めること(原子力輸出問題にはロシアを加える必要)、(3)中国に対してわが国の環境制御技術や省エネ技術の移転を積極的に実施すること、など3点が中国を国際システムの一員に組み込むために重要であり、わが国安全保障のうえで主要な対外政策として位置付けられなければならない。
現段階では米中のほか欧州および日本・アジア諸国の勢力が存在し、国際組織、多国間の経済および産業協力が網の目のように張り巡らされ、大きな衝突を回避する安全弁が形成されつつあることから、短期的には偶発的な衝突に対しての対応策、すなわちアジア各国間で危機管理システムを構築することが重要である。
はじめに
1993年から中国は石油の純輸入国に転じた。改革・開放政策を推し進める中国がこの成長を維持するためには、国内の新規エネルギー開発や省エネだけでは対応しきれない。持続的な経済発展はエネルギー需要の増大を伴うものであり、エネルギー資源を今後ますます海外から調達せざるを得ないと見込まれる。今後、どの程度のエネルギー量をどこから調達するのか、その動きによりわが国およびアジア諸国の安全保障への影響はどのようなものなのか、など重要な問題が含まれる。
中国が国内エネルギー供給の不足分を海外から調達する場合、経済的にコストが低いことはもとより、その取り扱いが技術的に容易であること、また中国国内では交通用や輸送手段としての自動車が増大するなどエネルギーの需要構造に変化が見込まれること、さらに石炭の大量消費が環境汚染を深刻化していることなどから石炭消費を拡大しにくいこと、など諸々の理由から、今後中国の石油輸入は政策的に抑えきれず、一層拡大していくものと見込まれる。
加えて、アジア最大の産油国であるインドネシアまでが2000年以降、石油輸入国に転ずる見通しであり、アジア諸国も経済成長に比例して、中東原油への依存を高めせざるを得ないと見込まれる。ちなみに中国の一次エネルギー供給見通しにおいて、2010年までに石油生産量は3億2,580万トン(650万b/d)まで増加が見込まれるものの、それでも国内需要を満たすことはできず、その時点で石油輸入量は1億3,180万トン(260万b/d)に達すると予測されている。石油輸入量は現在のわが国の半分強の水準に達するわけである。
21世紀初頭においても中国が経済成長の持続を最優先するであろうことを前提に、中国の石油輸入拡大とエネルギー確保への動きに伴い、わが国安全保障への影響およびその対応策について展望してみたい。
1.中国のエネルギー輸入問題の本質
中国がエネルギー輸入国に転じたことは、様々な問題を派生すると見込まれる。 図表1に示したように、日本、中国などアジア・太平洋圏の石油需給バランスはすでに崩れており、2000年以降そのギャップが拡大傾向を強める見通しである。内訳は、中国が2005年頃に200万b/d前後の輸入水準に達しているものと見込まれ、残りの1,570万b/dは日本を中心とした他のアジア・太平洋圏の石油輸入である。
中国の石油輸入先はほとんど中東諸国に依存するため、中東諸国との経済的・軍事的な緊密化等を生む一方において、イラクなどを経済封鎖しているアメリカとの間に亀裂を生じかねない。
このように中国の石油輸入は国際石油需給の問題だけではなく、中東情勢や米中関係に影響を及ぼし、この結果、日本およびアジア諸国にも影響を与えずにはおかないと考えられる。
(1) 洋資源の期待に伴う領有権主張の高まり 97年4月24日、ロシア、中国など5カ国が国境兵力の削減に合意したことは、中国の防衛という意味で象徴的な出来事である。この合意により(1)国境から100kmの範囲の兵力の上限をそれぞれ約13万人とする、(2)軍事的不可侵、(3)戦略兵力などは削減の適用外、(4)相互に監視データを交換、などが謳われている。これによりモンゴルを除く中・ロ国境線約7,000kmにわたり、中ソ兵力の削減が実施される。
旧ソ連邦の崩壊と中・ロ国境兵力の削減により、北方の圧力を回避したことから、中国の関心は南方に向けられ始めている。このことが海軍の増強に動くきっかけとなり、南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、将来的にはペルシャ湾に至るシーレーンの確保に乗り出すのではないかという周辺国の懸念材料となっている。南沙諸島での小競り合いは、海洋資源だけではなく、シーレーン確保にかかわるだけに、周辺諸国の神経が過敏にならざるを得ない。
96年末、中国共産党の江沢民総書記は、北京で開かれた人民解放軍海軍の党代表会議出席者と会見し、「領土保全、祖国統一と海洋権益の保護、周辺国との安全維持に海軍は重要な責任を負っている。さらに一歩、海軍の全面的な建設を強化せよ」と呼び掛けた。これは中・ロ国境兵力削減に合意したことと軌を一にしている。
こうした情勢変化のなかで、中国の経済力の向上が軍事支出の大幅な上昇を可能にしている。軍事技術関連費は科学技術費に包括して計上されているなど、中国の軍事支出には不透明さが付きまとっている。中国国内では軍関係者がGNPの一定比率を軍事費にすべきとの強行意見もある。このため台湾の推計では、中国の国防費は公表の2.5倍に達するとの見解もある。
中国が中東原油を輸入することになるとしても、シーレーン確保のために海軍を増強するかどうか、という点についてはまだ不透明である。現状のシーレーンはアメリカ海軍によって守られていることから、中国がペルシャ湾からの安全航行をアメリカに依存するかどうか、あるいは中国一国が自分の国のエネルギー確保のためだけにペルシャ湾までの海軍を増強するとすれば、その費用は莫大なものとなり、あまり現実的ではない。
中国の海軍力は、ロシアとの技術協力に左右される。最近、中・ロ首脳外交により両国の軍事面における緊密な関係は進展し、アメリカ、NATOとの対抗勢力として明らかに動いている。中国からみればロシアには原子力技術、先端兵器があり、一方それらを欲する中国に外貨資金が貯まりつつあることが、相互依存関係を成り立たせている。
97年4月18日、江沢民総書記はロジオノフ・ロシア国防相と会談し、双方は軍事協力の強化で意見が一致した。最近、軍事・原子力分野などで中・ロ協力が行われたのは以下の通りである(図表2)。
中・ロ軍事協力ではまず海軍面では、新鋭ミサイル駆逐艦や潜水艦の購入が注目される。ロシア製新鋭ミサイル駆逐艦は米海軍の脅威になることから、アメリカはロシアへの経済援助の見返りとして、ロシアが中国へそれらの売却を見合わせるよう交渉中と伝えられている。
その他とくに注目されるのは、「スホイ27」200機のライセンス生産である。ロシア製スホイ27はマッハ2.8、1,500kmの航続性をもち、アメリカの太平洋艦隊のみならず、わが国にも直接的な脅威となりうる性能を持っている。しかも、すでに広東省など沿岸部に一部配置されており、南沙諸島や尖閣諸島など領有権が絡む地域に睨みをきかせている。それが近い将来増産され、中国沿岸部に配備される見通しである。
現在の中国の海軍力増強がどの程度のレベルであるかについて言及するならば、たとえ香港に最新鋭潜水艦や新鋭ミサイル駆逐艦が配備されたとしても、マラッカ海峡を超えインド洋を経てペルシャ湾まで影響力を持つ実力はない。ロシアから購入する最新鋭潜水艦は6,000kmの航続性と45日間補給なしで運航できる性能を備えているが、マラッカ海峡を超えるには燃料、食糧等を補給するロジスティクスが整備されなければ、ペルシャ湾まで航行することはできない。中国の海軍力をロジスティクスの面からみると、その制海域はまだ狭い範囲にすぎず、21世紀初頭の段階までは中国沿岸海域に影響力を持つに止まると考えられる。
97年7月1日に香港が中国に返還されたことにより、中国は香港の軍港を手に入れたことになり、海洋権益への意識が増幅されつつある。東シナ海、南シナ海さらにはマラッカ海峡を睨む拠点として、香港の軍事的位置付けは高まると予想される。
中国海軍が駐留している香港・九竜半島のストーンカッターズ島海軍基地は以前から整備されており、ここに空母(現在中国は保有せず)か大型ミサイル駆逐艦を配備するならば、南シナ海(西沙諸島、南沙諸島)および東シナ海の領有権に強い意志表示をすることになる。ストーンカッターズ島海軍基地の水深では空母が寄港するには浅すぎるといわれているが、ロシアから購入する新鋭ミサイル駆逐艦や最新鋭潜水艦が、近い将来香港に配備されることは十分考えられる。しかも中国が第十次5カ年計画(2001~2005年)に予定していた空母の建造は、計画を早め2000年までの完成に繰り上げられている。
このように中国の「南方政策」の動きをシーレーン確保にみると、空軍を除いてまだ入り口の段階に過ぎない。ただし、中国が海軍の増強に意志表示しただけでも、南シナ海(西沙諸島、南沙諸島)および東シナ海の海洋資源開発が絡み、周辺諸国との地域紛争の火種を蒔くことになる。特に南沙諸島に代表されるように、ここでは中国、フィリピン、台湾、ベトナム、マレーシア、ブルネイの6カ国が一部または全部の領有権を主張しており、97年に入ってからも紛争が絶えない。最近ではとくに中国とフィリピンの間で南沙諸島をめぐる領有権争いが頻繁に発生している(図表3)。
歴史的に陸軍中心の国家が海軍に転換することはほとんど難しいといわれるが、中国が海洋権益への関心を高め、海軍力を若干増強するだけで、無防備に近いアジア諸国に与えるインパクトには大きいものがある(図表4参照)。
中国は過去に西欧列強などに力でねじ伏せられたという苦い経験を持つことから、過剰に軍備への依存を強めることと軍事力に関してデータが不透明であるという要因が重なり、周辺各国にとって不気味な存在であることは否めない。中国が海軍力(アメリカ・国防省軍事専門家によると現在の中国の海軍力はアメリカの70年代の水準)をさらに増強し、一方において国内向けには愛国主義に訴えるならば、周辺海域とシーレーンをめぐりアジア各国との間で重大な安全保障問題を引き起こす可能性がある。
このときの最大の懸念は、中国の海軍力がまだ低い水準であるにもかかわらず、中国が実力以上に周辺諸国を威嚇し、一方周辺諸国が中国の実力を過大視して過剰反応したとき発生しかねない偶発的な武力衝突である。この可能性は払拭することはできない。
(2) 中東外交の活発化に伴う国際秩序の混乱
85年に米中原子力協力協定が締結されたものの、その後ほとんど進展を見せていなかった。96年10月、米中高官レベルで核関連技術の拡散防止について定期協議を開催することに合意したが、具体的な話し合いは表だった動きにはならなかった。反対に97年8月、中国がパキスタンに建設中の原子力発電所用にコンピュータ制御システムを輸出し、アメリカはこうした中国の核関連技術の移転に強い懸念を表明してきた。
97年9月、中国国務院は「中華人民共和国核輸出管理条例」を施行した。これにより中国は中東やパキスタンなどへの核関連技術や部品の輸出を規制することになり、従来よりアメリカが求めていた核拡散防止にようやく呼応した姿勢を見せはじめた。
さらに97年10月、米中間で原子力平和協定が批准され、中国は(1)国際原子力機関(IEA)の査察対象外の外国の核関連施設に中国が技術協力しない、(2)テロ支援国家に指定しているイラン、イラクなどへの核協力中止、などに合意した。ここへきてようやく米中間における原子力平和協力に向けて、具体的な前進をみせ始めた。ただしアメリカは中国が原子力平和協定に批准したものの、本気で実行するかどうか、今なお疑念を抱いたままではある。
今回の中国側の対応により、中国が自ら核拡散に一定の歯止めをかけたことから、今後、一部の中東産油国との核協力関係が現在以上に緊密化する可能性は低くなるとの期待もある。中国が武器輸出を重要な外貨獲得源とし、中東諸国が核開発への意欲や大量殺戮兵器の保有によりアメリカと対抗するという誘惑(根底にはイスラム社会対欧米資本主義)を根強くもつ限り、米中間の駆け引きが中東を舞台に投影されることは避けられない。 中国はアメリカとの原子力平和協定において、テロ支援国家などへの核協力をしないことに合意したことから、その見返りとして、アメリカから原子力発電設備の導入の約束を取り付けた。これは中国の原子力建設計画が予定通り進むと同時に、その二十数基がアメリカ企業のビジネス・チャンスの対象となったことを意味する。
いずれにしても中国は中東原油の安定供給を受けるために、アメリカの経済封鎖を受けているイラン、イラクへ核を除く武器輸出などで接近し、中国のイスラム社会におけるプレゼンスを高める行動をとるものと考えられる。アメリカが世界で最も大量の武器輸出をしていることから、中国だけを制限することはできない。このため、石油資源と武器輸出市場としての魅力を持つ中東諸国は、米中の思惑が絶えず交錯するのである。
中東諸国の国境線は第一次大戦後、欧州列強が自分達の都合で引いたものであり、この地の歴史や民族関係を反映したものではないことが、地域紛争を起こしやすくする。90年の湾岸戦争のとき、イラクがクウェートを自国の領土である、と主張したことは記憶に新しい。
以上のように、今回の米中原子力平和協定により中国からの核拡散に一応の歯止めがかけられたことから、最悪の事態は回避された。ただ中東向けに中国などからの武器輸出が続くなかで(図表5)、米中の勢力争いの狭間に中東諸国が置かれた場合、分断された民族が米中いずれかの肩入れにより独立運動に走り、紛争の火種が噴出するのは歴史の示すところではないだろうか。
(3) 原子力発電所の稼働に伴う危険性
中国の場合、原子力発電所の稼働に伴う危険もある。
中国の石炭消費はエネルギー消費の4分の3を占めており、それが朝鮮半島、日本列島に酸性雨を降らせ、森林被害など生態系を崩している。また二酸化炭素の大量排出が地球温暖化をもたらしている。中国の経済成長を維持していくには、このまま石炭消費を増やしていくか、少しでも石炭消費を抑えて、代替エネルギーとして水力、原子力へのシフトを強めるか、いずれのエネルギー政策を選択するかが問題になる。
中国の石炭開発が内陸部であるため沿岸部までの輸送コストがかかること、年々採炭条件が悪化しコスト上昇に見舞われているなど、水力、原子力など代替エネルギーの開発に重心を移してきている。
(社)日本原子力産業会議の年次報告によれば、96年末現在、中国の原子力発電所は広東省・大亜湾と浙江省・泰山の3基(226.8万kw)が稼働しており、1基(60万kw)が建設中、15基(1,286.8万kw)が計画に上がっている。中国核工業総公司(CNNC)の発表によれば、2005年までに発電能力は約900万kw、2010年には2,000~2,500万kw、2020年には4,000~5,000万kwに増やす計画である。なお、計画中の立地箇所は、北京市、遼寧省、広東省・大亜湾/陽江、浙江省・泰山/三門湾などである(図表6参照)。
中国の華南地方ではエネルギー需要が旺盛であり、原子力発電所の建設計画も多い。中国の原子力発電所のなかには、異なるメーカーに発注されたパーツから組み立てられているケースもあり、ひとつのシステムとしては完成度が低くしかも管理体制が弱いため、事故を起こしやすいことが専門家により指摘されている。
ここで危険なのは原子力発電所の事故の発生とそれによって偏西風に乗ってくる放射能汚染の可能性である。最近の酸性雨の研究においても、中国・華南地方の工業化とモータリゼーション等による二酸化炭素が偏西風に乗って、わが国に酸性雨をもたらしていることが解明されている。このことは、華南地方の原子力発電所にチェルノブイル級の事故が発生した場合、地理的にみて放射能は偏西風に乗って朝鮮半島、日本を汚染する可能性が大きいことを示唆している。
このように中国における原子力発電所計画が遂行された場合、わが国の安全保障に少なからぬ影響を及ぼすことが予測される。
(4) 中央アジア等の資源争奪戦に伴う少数民族問題
中国が石油輸入の拡大策のひとつとして、中央アジアからパイプライン調達する動きがある。旧ソ連邦の崩壊に伴うトルクメニスタン、アゼルバイジャン、ウズベキスタンなどの独立により、それらの国の石油、天然ガス資源を巡り、日欧米中の争奪戦が展開されている。ただし、日本はかなり出遅れている。
アメリカ石油メジャーはこの地域の開発競争に乗り遅れまいとクリントンの中東政策を動かし、イラン、イラクへの経済封鎖を緩めるなど政策に変化の兆しが表れている。中央アジアの石油や天然ガスを運び出すには、パイプラインの敷設ルートがイラン、トルコなどを通過するため、イスラム諸国の協力を得ることが重要な問題だからである。最近イラクが再び対米強行路線を取り始めている背景には、アメリカの政策変化があったからに他ならない。
アメリカ・国務省筋では、「カスピ海原油を石油需要が旺盛な中国に回す方がアメリカの国益になるとの意見が多い」(日本経済新聞1997.6.19)とみている。アメリカの意図としては、中国に中東への武器輸出やイスラエルの先端技術への接近に歯止めをかけ、中央アジアやシベリアへの接近を許容するほうが得策とみているわけである。
中央アジアなどから中国が石油・天然ガスをパイプライン輸送するには、図表7に示すように、莫大な建設費を費やさなければならず、中国の経済力をそぐことにもなると考えられる。中国としても中央アジアからパイプラインを敷設するとなれば、少数民族の独立運動が起こっている新彊ウイグル自治区を通過しなければならない。この地域ではテロ活動も予想されるうえ、天山山脈を超えて消費地の沿岸部まで6,000kmのパイプライン敷設が必要である。
中東諸国に対してと同様、アメリカがイスラム社会への懐柔策により中央アジアの資源争奪に積極的に動き始めたことから、中国にとっても中央アジアの資源開発に手を出しやすい環境が整いつつあるものの、これは国内の民族統合と経済発展のいずれを選択するか、という両刃の剣という関係にある。すなわち、中央アジアからのエネルギー輸入が中国内陸部の少数民族の独立運動を刺激し、しかも石油供給を受ける中国沿岸部に偏った経済発展は、内陸部との経済格差をさらに広げ、漢民族による支配体制への不満を大きくすることになる。
アメリカがイスラム諸国に懐柔策を取り、また中国が経済成長とそのためのエネルギー確保を優先した以上、中国国内の50を超す少数民族、とりわけイスラム教徒が多く住む新彊ウイグル自治区に独立の機運をさらに盛り上げることになろう。すなわち、欧米諸国および中国による中央アジアからのエネルギー確保は、中央アジアに資金が流れ込み、中央アジアが第二の産油国として経済的な豊かさを持つことを意味する。
この結果、経済力を持った中央アジアに求心力が生まれる。中央アジアは中国と国境を接しているだけに、同じイスラム系民族である新彊ウイグル自治区の人々に今まで以上の独立機運が起こり、中国政府に直接的なダメージを与えるものとなろう。
2.わが国安全保障の構図
(1) わが国安全保障への影響要因とその可能性
わが国安全保障に与える影響要因を具体的に整理したのが図表8である。中国のエネルギー輸入の拡大に伴うわが国への安全保障問題は、大きく2つのパターンから発生する。
第1のパターン(I~IV)は、中国自らエネルギー供給源を確保しようとすることから起こる。これは中国国内では石炭開発や原子力計画であり、海外では中東で石油開発権を握ることに伴い、インド洋、ペルシャ湾に至るシーレーンの確保へ動くことである。また、南沙諸島などの石油資源を巡る領有権争いなどである。
第2のパターン(V)は、中東諸国で米中代理紛争が勃発する可能性である。中国が中東原油とのバーターで兵器輸出を続け、中東諸国との相互依存関係を構築していく結果、米中の利害対立が中東を舞台に顕在化し、代理紛争が起こったときである。軍事的に自信を持ち始めた中東諸国が、反米感情を再燃させて地域紛争を誘発し、わが国に直接的・間接的な影響が及ぶ可能性である。
これらの可能性のなかで、わが国に近い将来重大な影響を及ぼす要因はIVの南沙諸島の領有権を巡る中国とアジア諸国の確執であり、Vの突発性の地域紛争である。
(2) わが国安全保障への二国間の対応
これまで述べてきたように、中国の石油輸入拡大に伴い、いくつかの可能性があり、その時わが国としてどのように対応すべきであるのか、検討してみたい。二国間の対応という危機管理には、国内問題と対外問題の2つの側面がある。先のペルー日本大使館人質事件においても2つの側面がみられ、国内問題では具体的行動からその法的な解釈まで大混乱に陥ったことは記憶に新しい。ここでは日本国内の危機管理のあり方ではなく、まず二国間におけるわが国の対応のあり方を検討する。
1) 中国による中東への原子力協力、兵器売却によりアメリカとの関係が複雑化もしくは悪化する可能性への対応 この問題がわが国の安全保障に具体的にどのような波及・影響をもたらすか、予見することは難しい。ただ言えることは、核軍縮の動向は世界でもっともデリケートな問題であり、核問題で米中間に軋轢・緊張が生じたとき、わが国は極めて微妙な立場に置かれる。
米中間の原子力平和協定は85年来なかなか進展していなかったが、97年9月、中国国務院は「中華人民共和国核輸出管理条例」を施行し、さらに同年10月原子力平和協定が合意に達したことから、アメリカがテロ国家とみなしている国に対して核技術や核関連部品などの輸出に一定の規制・管理がようやく施行された。
中国を含むアジアの原発安全管理には「アジア共同体」構想として、94年に設立されたアジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)による管理が浮上している。同構想では、アジア域内の原発事故を未然に防ぐため安全基準作りや放射性廃棄物の貯蔵・管理方法を共同で進めていくことも盛り込まれている。この協力会議が米中間の原子力平和協定を補完する役割が期待される。
わが国としては、米中間の原子力平和利用協定を枠組みとして、中国に原子力発電所の安全管理に「アジア共同体」構想への参加を促し、中国の中東諸国に対する核関連技術の移転への監視と不透明な原発管理に国際的な規制を適用することに注力しなければならない。多国間協力の構築には長い時間がかかるものであるが、わが国は中国との二国間で、短期的にはODA(政府開発援助)による代替エネルギー開発などハードの援助だけではなく、原子力の安全管理に必要なノウハウ・技術を積極的に中国に提供していくことが求められる。
2) 石炭消費の拡大により、酸性雨の可能性への対応
中国の環境問題は、わが国への影響ということでここでは大気汚染だけを挙げているが、工場廃水から廃棄物処理までほとんど手がつけられていないのが現状である。中国で起こりつつある現実は、環境問題の発生という生易しいものではなく、人口圧力と経済優先による生態系の破壊、といったほうが適切と思われる。
わが国に降る酸性雨の場合、中国沿岸部の工場や家庭から排出される二酸化炭素がどの程度影響しているかについて、数パーセントにすぎないと分析する中国側と3分の1以上と分析する日本側との見解には大きな隔たりがある。しかしこの問題は、森林被害の重大さと地理的な広がりを勘案するとかなり深刻である。わが国への影響というミクロ的な見地ではなく、地球規模で対応が迫られている。
中国のエネルギー供給構造において、石炭への依存が極端に高いこととエネルギー効率の悪さが重なり、山西省・太原など産炭地の火力発電所による大気汚染は最悪の状況になっているといわれる。代替エネルギーとしての水力開発は中国のエネルギー事情の切り札にはならず、原子力発電所の拡大も事故の恐れと核技術の輸出という二重の意味で、石炭消費以上にリスクが大きい。わが国としての対応は、増大する石炭消費により排出される大気汚染物質だけでも、総量として減少させることに尽力することである。
わが国は環境制御にかかわるハードからソフトに至る技術を持っており、中国に対して幅広い協力関係を結ぶことができる。すなわち、わが国から環境管理技術を中国へ単に輸出するだけではなく、付随して技術者を派遣する、さらには中国から技術研修生を受け入れる、など多方面の協力を推進していく必要がある。これらは現在国および自治体レベルでバラバラに中国との協力関係が結ばれており、必ずしも効率的とは言えない。日本全体として、この問題の解決に積極的な行動が必要である。
3) 南沙諸島など領有権をめぐり石油開発権や漁業権でアジア諸国の紛争の可能性への対応
南沙諸島など未解決の領土問題は、石油資源の可能性があるだけに、中国としては強く領有権を主張している。南沙諸島の領有権は複数の国と地域が絡んでいるだけに、その帰属が近い将来解決される見通しは全くない。しかも中国がロシア製新鋭ミサイル駆逐艦やスホイ27戦闘機を購入する限り、南沙諸島での緊張状態は高まらざるを得ない。
欧米列強に力で押さえ込まれたという過去に苦い経験を持つ中国は、今後とも軍事力を増強することに執着するであろう。一方において、中国はすでに大国であるという先入観がアジア諸国に強いため、中国の軍備の増強に対して、アジア諸国は過剰反応しやすい。こうした要因が重なり、偶発的な紛争が発生する可能性はある。
ただし、中国が海軍・空軍力を強化しているとはいえ、マラッカ海峡を越える燃料・食糧などのロジスティクスが完成しているわけではなく、戦略としての有効性は当面低いことを日本およびアジア各国は認識する必要がある。
したがって、日本は中国に対しては不透明な軍事情報の開示を求め、一方において日米防衛ガイドラインに対して中国側の不信を払拭すべく、日米中3カ国による民間レベル(当面は学者)での協議を始めるなど、アジア全体の安全保障を構築するるための将来ビジョンをどのように考えるか、情報発信していく必要がある。 理想論かも知れないが、日本は南沙諸島など領有に関係しないところでは第三者として、中国と関係各国が南沙諸島を共有することとし、中国に対して共同開発を提唱していくべきであろう。
(3) 国際協調システム構築の必要性
今後中国の石油輸入拡大を契機として発生しうる危機を回避するには、二国間を越え国際協調システム構築の必要性を増している。とりわけ、中国の核開発問題と少数民族の独立運動においては、多国間による協調と調整が重要となる。
わが国として中長期的には、経済・軍事・技術面において中国を多国間協力関係のなかに組み入れる努力が求められる。具体的には、
1. 中国、アジアとの経済および技術協力において、地域格差是正を重視した相互依存関係(関税率の引き下げ、日本市場の開放など)を協力的に推し進めること、
2. 日米防衛ガイドラインについては、米中日3カ国間での安全保障の構築のための会議を定期的に開催し、中国並びにアジア諸国の不信感を払拭すること、
3. 中国の核開発技術の拡散と不透明な原発管理技術に国際的な枠組みを適用すること、 など3点が中国を国際システムの一員に組み込むために重要であり、わが国安全保障のうえで中軸となる対外政策として位置付けられなければならない(図表9参照)。
一方短期的には、現段階では米中のほか欧州および日本・アジア諸国の勢力が存在し、国際組織、多国間の経済協力が網の目のように張り巡らされ、大きな衝突を回避する安全弁が形成されつつあることから、突発的な衝突に対しての対応策、すなわちアジア各国間で危機管理システムを構築することである。突発的な紛争を多国間で回避するには、第1に、ある国の軍事行動に不穏な動きがあるとき、周辺各国は早急に警告を発し、武力衝突を事前に回避すること、第2に、ある国の軍事勢力が他国の海域等(共有海域を含む)を侵犯したとき、当該国は関係各国に通告し釈明すること、第3に、万が一武力衝突が発生したとき、即座に各国のリーダーが直接連絡できるホットライン・システムを構築すること、など、こうした具体的な国際ルール作りをアジア域内では急がなければならない。