Business & Economic Review 1998年03月号
【OPINION】
金融システム再生への課題
1998年02月25日
年明け以降1万5千円を割れて急落した日経平均株価も、政府・自民党の相次ぐ金融システム安定化策、追加景気対策に対する期待から1月下旬には一旦1万7千円台に値を戻し、「金融恐慌突入」といった最悪の事態は回避されたかにみえる。しかし、その後の株価の頭は重く、このまま3月末を乗り切れるかどうかは予断を許さない。株価が最悪期を脱したといっても、実体経済は日増しに後退色を強めているからである。そもそも昨年秋以降金融破綻が相次ぎ、その結果として預金者の預金引き出し・投資信託の解約やジャパンプレミアムの急激な拡大、ターム物金利の急上昇といった金融不安を象徴する事態が発生するに至った根因は、次の3点に集約できる。
第1は、消費税率引き上げ等8兆3千億円にも及ぶ国民負担の増大と年金・医療・介護等の将来の社会保障負担増大に対する懸念が消費者のマインドを急激に萎縮させ消費低迷を長期化させてきたことである。この結果、景気悪化→株価下落→金融システム不安の連鎖が発生した。
第2は、アジアでの通貨・金融危機の発生が経済・金融両面でアジアとの関わりの深い日本経済及び邦銀に対する内外投資家の不安心理を増幅させたことである。この事態は株価が上昇しても基本的には変わっていない。通貨不安はひとまず小康状態を得たとはいえ、アジア経済の混迷は長期化の様相を呈している。
さらに第3に、邦銀の不良債権処理が途半ばであり、個別金融機関の経営格差が一段と拡大した結果として、金融機関に対する信用不安の高まりと株価下落→自己資本の減少→貸し渋り・信用収縮懸念の増大といった憂慮すべきプロセスが始動し出した。ちなみに、都・長銀・信託19行ベースでは、日経平均株価が1万4700円台まで下落すると、97年9月末時点で7兆5千億円あった含み益がゼロとなり、その45%に相当する3兆4千億円もの自己資本が減少する。 要するに、1月半ば以降の株価反転は各種の自己資本増強策発動による信用収縮懸念の後退と98年度大型補正予算発動に対する期待の高まりをベースとしたものであり、株価が持続的上昇過程に入るか否かは、今後実体経済が回復軌道を取り戻せるか否かにかかっているといえよう。確かに、一連の「貸し渋り対策」すなわち、早期是正措置の1年延長や保有有価証券の評価方法の見直し(原価法適用許容)といった措置は、危機を乗り切るためにはやむを得ぬ面があったことは否めない。また、土地再評価益の自己資本算入、優先株・劣後債の買い取りといったスキームが実現すれば、19行ベースで最大5兆円近い自己資本の復元が可能となり、仮に株価が含み益の消失するレベルまで下落しても、自己資本の減少分は完全にカバーされる計算になる。したがって、マクロ的にみて大規模な信用収縮が発生するといった最悪の事態は水際で回避可能と判断される。
しかしながら、その一方でこれらの措置は将来に大きな禍根を残す両刃の剣となる恐れが強い。
第1に、早期是正措置の弾力化や原価法の採用はなりふり構わぬ対症療法であって、問題先送りに過ぎない。いずれの措置も邦銀の経営体質強化に対するインセンティブを殺ぐものであり、海外の邦銀に対する評価を引き下げることはあっても改善させることには決してつながらない。
第2に、土地再評価益の自己資本算入についても時価評価を原則とすべきで、実勢を大幅に上回る公示価格で評価するならば、最初から実質的な含み損を抱えることになる。その場合、土地売却時に確実に売却損が出るのでリストラの障害ともなりかねない。しかも、銀行経営が株価変動の影響を受けやすい体質になってしまったのと同様、今後は地価の影響をもろに被ることになってしまう。
第3に、優先株・劣後債の一律買い取りは金融機関のモラルハザードを助長させかねないだけでなく、悪名高き「護送船団方式」の復活ともなりかねない。今回の金融システム安定化のための優先株買い取りのスキームは、(1)破綻金融機関の受け皿銀行(北洋銀行のケース)のケース、(2)金融不安の強まりによるシステミック・リスク発生のケース、(3)地域経済・雇用に重大な影響を及ぼしかねないケースに限定して運用されるはずだが、優良行はもとより経営基盤の弱い銀行も含めて一律適用されるとしたら、金融機関救済との批判は免れまい。自己資本の充実は個別金融機関の自助努力によるべきであり、人為的な形で市場原理を歪めることは弊害が大きく非効率な金融機関の温存につながりかねない。
しかも、これらのスキームで過度の信用収縮は回避されるとはいえ、積極的な貸出増加に結びつくことは期待し難い。金融機関の貸出基準の厳格化や信用格付けに基づく選別融資、リスク・アセットの圧縮といった行動は早期是正措置やBIS規制対応だけでなく、景気悪化に伴う与信リスクの高まりに対応したものだからである。わが国の貸出市場では従来から信用リスクに応じたプライシングができておらず、それが欧米金融機関に比べて低スプレッド貸出を横行させ、ROE(株主資本利益率)の低下ひいては脆弱な経営体質を作り上げてきた。早期是正措置導入を契機に、従来の薄利多売の経営スタイルを抜本的に改め信用リスク管理を厳格化しようという動きは、株式の含みに依存した従来型経営から脱皮しグローバル・スタンダード経営を指向するものであり、BIS規制の精神やビッグバンの流れにも適うものである。その意味で、自己資本が増強されても金融機関の貸出基準の厳格化やリスク資産の圧縮姿勢は変わらない公算が大きい。
都・長銀・信託銀行に地銀、第2地銀を加えた5業態の公表不良債権は21兆7千億円(97年9月末)で、債権償却特別勘定の積み増し等による引当率は63%に達しているが、他方で、各行の自己査定に基づく問題債権(第II~第IV分類)は76兆7千億円に上っている。景気回復期の過去3年間で比較的健全とされる第II分類のうち16.7%が貸し倒れた事実を勘案すると、景気後退が続く下ではこの比率が大幅に上昇する懸念がある。仮に、第II分類の半分が不良化する場合には、不良債権の規模は一気に倍の44兆円に膨らんでしまう。このうち引当て分を除いた残りの30兆円を業務純益(年間で5兆3千億円)を使って償却・引当するとすれば、さらに5~6年もの年月を要する計算になる。しかも、この先株式・土地の含み益に頼れないとすれば、この間の自己資本の減少に対応するには、リスクアセットの圧縮は避けて通れない道である。
以上のようにみると、仮に3月末は何とか乗り切れても、景気が力強い回復軌道を取り戻し資産デフレにも歯止めがかからなければ、問題の本質的解決にはならないといえよう。今、真に求められるのは、市場原理やグローバル・スタンダードから逸脱した金融システム安定化策で当座を乗り切ればよいといった姿勢ではなく、景気後退にしっかりと歯止めをかけ株安と金融システム不安の連鎖を完全に断ち切ると同時に新たな不良債権の発生を未然に防止することである。わが国の金融システムを再生させるためには、次の3点が基本的課題である。
第1は、「財政再建至上主義」からの訣別である。景気悪化の元凶は、政府の六大構造改革が財政赤字の量的削減に矮小化された帰結として、民間の政府・政策に対するコンフィデンスが著しく低下していることにある。昨年9月の本欄(「マンデル・フレミング・モデルが示唆する日本経済の将来」)で指摘した懸念がそのまま現実のものとなってしまった現在、財政再建の呪縛から抜け出すことが緊要である。市場では6兆円補正構想に期待が高まっているが、建設国債と赤字国債の区分廃止や財政再建目標の弾力的見直しが伴わなければ実効性は期待できない。財政再建目標自体も、日本経済の潜在的な成長力を引き出し経済成長ペースを高めることなしには到底達成は困難である。そのためには、従来型の公共事業ではなく情報通信、福祉等を中心とする未来型の社会資本整備や所得税・法人税等の大型減税実施によって民間活力の再生を図ることが重要であり、それによって初めて財政再建目標も実現できるといえよう。
第2は、抜本的な土地流動化策を強力に推進することである。政府はすでに不動産流通を促進する減税措置や容積率の緩和等各種の規制緩和を通じた土地流動化策を打ち出したほか、担保不動産の証券化を行うSPC(特別目的会社)設立に関わる税優遇や証券化商品の買い取り基金創設の意向を示している。こうしたスキームは、不良債権流動化のための重要な前進と評価できる半面、景気低迷が続く中ではその実効性に過大な期待を抱くことはできない。土地流動化の鍵は土地の利用価値(=収益性)を高めることであり、虫食い・不整形状態で低未利用となっている担保土地を有効活用することが基本となる。そのためには、政府が強力な権限を行使する形で担保土地の周辺部も含めて土地の集約化・整形化を推進していく必要があろう。土地の買い取り機能を持つ公的機関に「民間都市開発推進機構」があるが、1兆円の買い取り枠(政府保証枠)のうち94年3月から97年12月までの4年近くに及ぶ実績はわずか55件、2620億円に止まっている。買い取り実績が少ないのは、土地を集約・整備・開発することによって付加価値をつけるという機能が弱いためである。公的機関が買い上げる土地は、防災都市の構築や職住接近型の都市開発など都市構造の抜本的な再編に結びつけていくといった発想が求められる。そのためには、例えば民都機構と都市開発の技術・ノウハウ・経験を有する住宅・都市整備公団を合体させ機能強化を図るという方策も一考に値しよう。政府は、早急にグランドデザインを描き強力なリーダーシップの下、具体的なプログラムを策定することが望まれる。
第3は、個々の金融機関がグローバル・スタンダード経営への脱皮を急ぐことである。ビッグバンの荒波を間近に控えて、金融機関は横並びの発想を捨て去り、真の意味で量から質(ROEやROA等の比率)を追求する経営へのパラダイム転換が求められる。この点、土地再評価や公的資金による自己資本増強は資本の「希薄化」を招きROEの低下につながるだけでなく、必要なリストラの手綱を緩めることにもなりかねない点に留意すべきであろう。質の追求とは、フローの収益のみならず自己資本が生み出す企業価値(バリュー)の極大化を目指す経営であり、各々が自らのコア・コンピタンスを確立することで資産効率を高めていくとともに、自己資本をどのようなリスクに配分するかという戦略的リスクテイキングの発想が重要である。同時に、ジャパンプレミアムに凝縮される海外の邦銀に対する不信感を払拭するには、経営情報の積極的なディスクロージャーを通じて経営の透明性を高めることも不可欠である。市場の評価が金融機関の命運を左右する時代が到来するなかで、市場重視の経営への転換は喫緊の課題である。