Business & Economic Review 1998年02月号
【OPINION】
「雇用ビッグバン」の推進を
1998年01月25日
1997年夏場以降わが国経済は混迷状態に陥っている。その契機となったのは、消費税率引き上げを皮切りとする総額8兆3000億円に上る国民負担の増加であり、秋以降に発火した金融不安が事態を一層悪化させることになった。しかし、当初予想された国民負担増大のマイナス影響を上回って景気が悪化し、さらに株価の下落を通じて金融不安を高めることになったそもそもの原因はといえば、情報革命や規制緩和・行政改革といった94~96年の景気回復をリードしてきた構造改革の動きが、97年度に入って大きく停滞していることを看過することはできない。そして、構造改革が失速しつつある根底には、官民を含めたわが国雇用システムの閉鎖性・硬直性が横たわっている。
すなわち、わが国企業の情報化投資は、依然アメリカに比べはるかに整備が遅れているにもかかわらず、一時の勢いが急速にペースダウンしてきている。これは、一部の先端的企業は情報ツールを飛躍的な生産性向上につなげている半面、多くの企業では本来ホワイトカラー業務の革新に有効な手段である情報機器の導入が自己目的化し、仕事の仕組みを変えずに横並び的・盲目的に導入する結果、むしろコストアップ要因になっているためである。そして、このようにわが国企業の多くが情報ツールの十分な活用ができないのは、依然として主流である年功序列的慣行や画一的勤務形態にみられる硬直的・閉鎖的な雇用・労働システムが、ホワイトカラー業務の抜本的改革の妨げとなっている点に、その根因を求めることができよう。
一方、規制緩和・行政改革の動きが衰えつつあるのも、公務員の閉鎖的雇用制度に根因がある。移動体通信市場の頭打ち、大型小売店出店数の増勢鈍化、などこれまで景気を刺激してきた規制緩和効果が一巡しつつある一方で、経済的規制は全廃という原則論にそった規制緩和・撤廃はいっこうに実現されていない。こうした規制緩和停滞の直接的原因は、省益の縮小につながる行政改革への官僚の抵抗があるが、その根底には、閉鎖的・硬直的な現行公務員雇用制度が、民間との自由で活発な雇用移動を制約することになっている点が大きい。公務員法が築いてきた官民間雇用移動の壁が、「市場の時代」の到来に際して必要な官僚の意識改革を遅らせる大きな要因になっているほか、行政組織内で有用な特殊技能に長けてはいても、民間に新たな活躍の場を容易に見出せない公務員を多く生み出すことになっているからである。
なお、金融不安の高まりのひとつの要因としても、金融機関の硬直的な雇用・労働システムを指摘できる。金融不安勃発の主因はいうまでもなく不良債権処理が遅々として進んでいないことにあるが、ビッグバンを乗り切るのに十分な新しい経営戦略を打ち出せていないという金融業界全体の閉塞感が、事態を一層悪化させている。この背景としては、いわゆるゼネラリストを評価し専門性の高い多様な人材の育成・受け入れには消極的であった人事システムが、真に必要な改革を遅らせてきたことを指摘できよう。
このように、閉鎖的・硬直的な現状雇用システムが打開されない限り、必要な構造転換は一向に進まず、わが国経済の混迷状態は今後一層深まることは不可避である。その行きつく先は企業倒産の多発と大量の失業者の滞留、そしてひとり政府の肥大化である。右肩上がりの成長の終焉、欧米先進諸国へのキャッチアップ過程完了、など戦後経済システム存立の前提が崩れ去った今、雇用調整助成金の拡充や公共事業の追加、さらには護送船団方式の維持といった、これまでとられてきた業界救済型雇用安定化政策は、問題の先送りか、そもそもすでに有効に機能しなくなっている。結局「市場の時代」においては、経営内容の悪い企業や事業は整理されざるを得ないのである。しかし、真の問題は企業倒産の多発や不採算部門の切り捨てではなく、将来性のある新しい企業や事業がなかなか生まれてこないことにあり、その根因はすでに指摘してきた通り、閉鎖的・硬直的な雇用システムがネックとなって必要な構造転換が一向に進んでいないことにある。
このようにみてくれば、現状わが国の閉鎖的・硬直的な雇用システムの打開を通じて、構造改革を推進していくことにしか、わが国経済の真の再生と失業問題解決の途は残されていないことがわかる。つまり、官民全てにわたる雇用システムのオープン化・柔軟性向上を実現する「雇用ビッグバン」を断行することが、もはや帰らざる河の流れであり、かつ喫緊の課題となっている。具体的には、以下の3点に早急に取り組むことが求められよう。
第1は、労働移動の障害となっている諸制度の見直しである。まず、転職の大きな障害となっている、企業年金制度や退職金制度の見直しが必要である。現行の企業年金は転職すればその受給権を失うことになっており、アメリカの401Kプランにみられるような確定拠出型制度の導入などにより、年金のポータブル化を実現することが労働移動を促進するために不可欠である。また、退職金に対する個人所得税が同一企業内で長期雇用されるほど有利になっていること、そもそも現行退職金制度が長く勤めるほど金額が急増する仕組みになっていること、などは早急に改める必要があろう。加えて、人材派遣業・職業紹介事業の徹底した自由化を通じた「労働流通市場」の整備が急がれる。すでに、職業紹介事業はネガティブ・リスト化され、人材派遣業も原則自由化の方針が打ち出されているが、公共職業安定所の民営化まで踏み込んだ自由化を徹底し、人材派遣業の自由化スケジュールを前倒しで行うことが求められよう。
第2は、持ち株会社制度下の分社化を通じた雇用・賃金形態の柔軟性向上である。現状のわが国企業組織では、本来質的に異なる業務を同一組織内で抱え、人事・雇用体系も基本的には共通化しているケースが多い。これを持ち株会社制度下で分社化し、それぞれの事業に最適の人事・雇用形態が選ばれるようになれば、事業の戦略性・柔軟性が飛躍的に向上することになろう。さらに、持ち株会社下の分社化企業の分離・合併を通じた事業再編が容易になることで、産業構造転換と事実上の雇用移動を同時達成することが可能となる。こうした点に着目して、個別企業が持ち株会社制度を積極的に活用することが望まれるとともに、政策面でも連結納税制度の導入等持ち株会社設立が税制面で不利にならないよう対応することが不可欠である。加えて、労働時間など労働基準の弾力化により、SOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)など新しい勤務形態を含む雇用・賃金形態の柔軟性向上につながるような方向で、労働基準法等を改正することも必要である。
第3は、上級官職への民間人の登用、公務員の兼業規制の大幅緩和など、公務員法改正・運用弾力化を通じた官民間労働移動の活発化である。アメリカでは、日本の国税庁にあたる内国歳入庁に民間人で構成する理事会を設け、これに人事権や予算権を付与して官業の効率化が試みられる方向にある。わが国でもこうした「人材の民活導入」を活発化する半面、民間企業もPFI導入や政府金融機関の業務縮小などに伴う政府機能の肩代わりに際し、公務員を積極的に受け入れることが必要である。こうして官民間での人材の相互移動が活発化されれば、公的企業の民営化や執行機関のエージェンシー化など、政府機能のアウトソーシングがより円滑に進められることが期待できる。この結果、あらゆる政府の仕事に民間活力が積極的に導入されれば、「効率的で小さな政府」が実現し、構造改革が強力に推進されることが可能になろう。
一方、規制緩和・行政改革の動きが衰えつつあるのも、公務員の閉鎖的雇用制度に根因がある。移動体通信市場の頭打ち、大型小売店出店数の増勢鈍化、などこれまで景気を刺激してきた規制緩和効果が一巡しつつある一方で、経済的規制は全廃という原則論にそった規制緩和・撤廃はいっこうに実現されていない。こうした規制緩和停滞の直接的原因は、省益の縮小につながる行政改革への官僚の抵抗があるが、その根底には、閉鎖的・硬直的な現行公務員雇用制度が、民間との自由で活発な雇用移動を制約することになっている点が大きい。公務員法が築いてきた官民間雇用移動の壁が、「市場の時代」の到来に際して必要な官僚の意識改革を遅らせる大きな要因になっているほか、行政組織内で有用な特殊技狽ノ長けてはいても、民間に新たな活躍の場を容易に見出せない公務員を多く生み出すことになっているからである。
なお、金融不安の高まりのひとつの要因としても、金融機関の硬直的な雇用・労働システムを指摘できる。金融不安勃発の主因はいうまでもなく不良債権処理が遅々として進んでいないことにあるが、ビッグバンを乗り切るのに助ェな新しい経営戦略を打ち出せていないという金融業界全体の閉塞感が、事態を一層悪化させている。この背景としては、いわゆるゼネラリストを評価し専門性の高い多様な人材の育成・受け入れには消極的であった人事システムが、真に必要な改革を遅らせてきたことを指摘できよう。
このように、閉鎖的・硬直的な現状雇用システムが打開されない限り、必要な国「転換は一向に進まず、わが国経済の混迷状態は今後一層深まることは不可避である。その行きつく先は企業倒産の多発と大量の失業者の滞留、そしてひとり政府の肥大化である。右肩上がりの成長の終焉、欧米先進諸国へのキャッチアップ過程完了、など戦後経済システム存立の前提が崩れ去った今、雇用調整助成金の拡充や公共事業の追加、さらには護送船団方式の維持といった、これまでとられてきた業界救済型雇用安定化政策は、問題の先送りか、そもそもすでに有効に機狽オなくなっている。結局「市場の時代」においては、経営内容の悪い企業や事業は整理されざるを得ないのである。しかし、真の問題は企業倒産の多発や不採算部門の切り捨てではなく、将来性のある新しい企業や事業がなかなか生まれてこないことにあり、その根因はすでに指摘してきた通り、閉鎖的・硬直的な雇用システムがネックとなって必要な国「転換が一向に進んでいないことにある。
このようにみてくれば、現状わが国の閉鎖的・硬直的な雇用システムの打開を通じて、国「改革を推進していくことにしか、わが国経済の真の再生と失業問題解決の途は残されていないことがわかる。つまり、官民全てにわたる雇用システムのオープン化・柔軟性向上を実現する「雇用ビッグバン」を断行することが、もはや帰らざる河の流れであり、かつ喫緊の課題となっている。具体的には、以下の3点に早急に取り組むことが求められよう。
第1は、労働移動の障害となっている諸制度の見直しである。まず、転職の大きな障害となっている、企業年金制度や退職金制度の見直しが必要である。現行の企業年金は転職すればその受給権を失うことになっており、アメリカの401Kプランにみられるような確定拠出型制度の導入などにより、年金のポータブル化を実現することが労働移動を促進するために不可欠である。また、退職金に対する個人所得税が同一企業内で長期雇用されるほど有利になっていること、そもそも現行退職金制度が長く勤めるほど金額が急増する仕組みになっていること、などは早急に改める必要があろう。加えて、人材派遣業・職業紹介事業の徹底した自由化を通じた「労働流通市場」の整備が急がれる。すでに、職業紹介事業はネガティブ・リスト化され、人材派遣業も原則自由化の方針が打ち出されているが、公共職業安定所の民営化まで踏み込んだ自由化を徹底し、人材派遣業の自由化スケジュールを前倒しで行うことが求められよう。
第2は、持ち株会社制度下の分社化を通じた雇用・賃金形態の柔軟性向上である。現状のわが国企業組織では、本来質的に異なる業務を同一組織内で抱え、人事・雇用体系も基本的には共通化しているケースが多い。これを持ち株会社制度下で分社化し、それぞれの事業に最適の人事・雇用形態が選ばれるようになれば、事業の戦略性・柔軟性が飛躍的に向上することになろう。さらに、持ち株会社下の分社化企業の分離・合併を通じた事業再編が容易になることで、産業国「転換と事実上の雇用移動を同時達成することが可狽ニなる。こうした点に着目して、個別企業が持ち株会社制度を積極的に活用することが望まれるとともに、政策面でも連結納税制度の導入等持ち株会社設立が税制面で不利にならないよう対応することが不可欠である。加えて、労働時間など労働基準の弾力化により、SOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)など新しい勤務形態を含む雇用・賃金形態の柔軟性向上につながるような方向で、労働基準法等を改正することも必要である。
第3は、上級官職への民間人の登用、公務員の兼業規制の大幅緩和など、公務員法改正・運用弾力化を通じた官民間労働移動の活発化である。アメリカでは、日本の国税庁にあたる内国歳入庁に民間人で告ャする理事会を設け、これに人事権や落Z権を付与して官業の効率化が試みられる方向にある。わが国でもこうした「人材の民活導入」を活発化する半面、民間企業もPFI導入や政府金融機関の業務縮小などに伴う政府機狽フ肩代わりに際し、公務員を積極的に受け入れることが必要である。こうして官民間での人材の相互移動が活発化されれば、公的企業の民営化や執行機関のエージェンシー化など、政府機狽フアウトメ[シングがより円滑に進められることが期待できる。この結果、あらゆる政府の仕事に民間活力が積極的に導入されれば、「効率的で小さな政府」が実現し、国「改革が強力に推進されることが可狽ノなろう。