Business & Economic Review 1999年12月号
【論文】
金融自由化と銀行システム危機の経済分析
1999年11月25日 新美一正
要約
本稿の目的は、80年代以降各国で進められた段階的な金融自由化の進行と、近年における世界的な銀行システム危機の頻発との関係を実証的に検討することにある。具体的には1980年から98年にかけての53カ国の経済データを収集して分析の基礎となるデータベースを作成したうえで、金融自由化と銀行危機の発生との関係に関する定量分析を行っている。その際、従来、こうした分析領域における研究において一般的に用いられてきたロジット分析法の採用にとどまらず、主に医学・薬学分野で利用されてきたCox[1972][6]流の比例ハザード分析法(生存確率分析法の一種)を併用した点が、既存研究にはない新しい試みである。 本稿の計測結果によれば、金融自由化は銀行危機の発生確率に有意に正の影響を与えている。また、いったん、金融自由化が開始されると、瞬間的な銀行危機の発生確率(ハザード率)は自由化以前期と比べジャンプして高まる。高い経済成長率やカントリー・リスクの低さに代理された当事国の良好なファンダメンタルズあるいは十分な金融制度整備は、銀行危機の発生を有意に抑制する効果を持っているが、これらの影響を明示的にコントロールしても、金融自由化が銀行危機の発生確率を有意に高めるという結論は頑健であった。 以上の実証結果を踏まえれば、通貨・金融危機の実相を正しく理解するには、外的ショックや当事国の経済・金融システムに存在する個別的な問題点だけに目を奪われることなく、金融自由化自体が内包する銀行システム脆弱化リスクに注目する必要がある。また拙速な金融自由化の断行が、銀行業経営者のモラル・ハザードを誘発して銀行システムの安定性を阻害する可能性は古くから理論的に指摘されていたが、本稿の計測結果はこれらの主張を裏付けるものといえよう。 本稿の計測結果から導かれる政策的インプリケーションをまとめれば以下の4点である。
・ 金融自由化を断行すれば必然的に銀行システムは健全化されるわけではない。現実のデータに依拠する限り、金融自由化はむしろ事後的な銀行システムの安定性を損なう可能性が高い。
・ 銀行危機を抑制するために必要とされる金融システムの質的水準は相当に高く、その早急な実現は多くの途上国にとって現実的な政策提言とはなり得ない。
・ とりわけ、発展途上国における金融自由化は、実施の是非を含め、相当に慎重な手順を踏んで行われる必要がある。
・ 先進国における金融自由化もまた慎重な手順を踏んで行われる必要がある。しかし、その場合熟慮すべき対象は自由化の是非ではなく、銀行危機の発生を抑制し得る金融システムの質的な向上についてである。