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Business & Economic Review 1999年09月号

【論文】
急がれる抜本的医療保険制度改革

1999年08月25日 飛田英子


要約

医療費の膨張を背景に、わが国の医療保険制度は破綻の危機に瀕している。すなわち、(1)経済の低成長が定着するもとで、医療費の拡大基調を容認するシステムの見直しが不可避となっている、(2)医療費負担の増大を背景に、医療保険制度に対する国民、とりわけ勤労世代の信頼が大きく揺らいでいる、(3)医療供給体制の未整備や医療過誤の多発等、医療の質に対する国民の不満が高まっている等、わが国の医療保険制度は国民の信頼を大きく損ねているだけではなく、システムとしてのサステイナビリティー(持続可能性)を失っている。

医療費の増加要因を、(1)70歳以上を対象とする老人医療費、(2)診療報酬明細書(レセプト)件数、(3)レセプト1件当たり医療費、(4)薬剤費、の4つに分けてみると、(1)老人医療費の寄与がもっとも大きく、(2)レセプト1件当たり医療費、(3)レセプト件数がこれに続いている。これらの背景には高齢化の進行や医療技術の向上、医療保障の制度的拡大等があることを考えると、医療費の増加は構造的な要因による部分が大きいと判断される。

現在、政府によって医療保険制度改革が進行中である。この内容をみると、制度改革の主目的が、高齢者に対する保険料賦課や診療報酬の定額払い制の導入等、需給両サイドにおけるコスト意識の高揚を通じた医療費の抑制にあると考えられる。

しかしながら、このように価格を主なコントロール手段とする政策には、一時的な効果しか見込めないことは明らかである。医療費の構造的な増加圧力に対応するためには、医療サービスの需要・供給双方の構造分析を行ったうえで、これらの結果を踏まえて、現行保険制度を根底から変革することが不可欠である。

そこで、需給両サイドの構造分析を行ってみた。その結果を整理すると、まず、需要サイドの構造分析からは、(1)価格政策は医療費の抑制に対して限定的な効果しか持たないこと、(2)医療サービスが必需財であり、その供給に際しては公的なコントロールが必要なこと、(3)健康維持のためには予防医療がポイントになること、が明らかになった。

一方、供給サイドの分析からは、(1)わが国の病院では医師、看護婦および事務職員が過剰雇用されている、(2)病院と診療所の間の機能分化が不明確であることを背景に、病院の効率性が損なわれている、(3)時系列的にみると病院の生産性が後退しており、これは全国共通な要因、すなわち医療保険制度の歪みに起因している、との結論が得られた。

上記構造分析の結果を踏まえて医療保険制度改革の具体的方向性を示すと、以下の通りである。
・ 診療報酬体系については、混合診療を組み合わせた定額方式が考えられる。すなわち、診療内容を標準的な症例に細分化し、各症例毎に一定の報酬価格を設定する。定額ラインを超える部分については自己負担となるが、これについては民間保険の活用により各自がリスク・カバーする。 また、予防医療が重要なポイントになることから、健康診査や健康指導、健康教育等の保健事業に関する給付を充実させることにより、罹病率の低下を図ることが求められる。具体的には、予防医療に関する自己負担をゼロにするとともに、各保険者の保健事業に関する条文に罰則規定を盛り込むことが考えられる。加入者の罹病率を著しく低下させた保険者に対して保険給付費を一部償還することも、予防医療普及の一案として考えられよう。

・ 薬価基準については、薬剤定価・別途給付基準額制度が望ましいと考えられる。すなわち、薬理・薬効が同じ薬剤をグループ化し、各グループ毎に一定の上限価格を設定する。そして、上限価格の範囲内では定率負担(診療費と同じ2~3割が適当と考えられる)、上限価格を上回る部分については原則として全額自己負担とする。なお、診療費との関係については、薬剤価格の透明性を確保する観点から、診療報酬とは別建てにすることが望ましい。

・ 高齢者医療制度については、公的介護保険や年金制度との整合性の観点から、65歳以上の高齢者を対象に独立した制度を創設することを提案したい。これは、将来的には年金、高齢者医療および介護の3分野を一元化し、的確で効率的な高齢者福祉サービスの提供体制を構築するためである。とりわけ医療と介護については、両制度の一本化が早急に検討されるべきである。 自己負担については、コスト意識を高める観点から、診療報酬、薬剤費ともに定率の負担が不可欠である(勤労世代より低い1~2割が適当と考えられる)。その際、低所得者に対する配慮や負担率の年齢格差(例えば、65~74歳は2割、75歳以上は1割)等を考慮する必要がある。 財源については、負担の中立性や制度のサステイナビリティーの観点からみると、広く薄くとる税金方式の方が保険方式より優れている。ちなみに、介護保険と高齢者医療を一体化し、財源を消費税に求めた場合、税率は2000年度時点で約7%必要との試算結果が得られる。

・ 医療提供体制については、病院と診療所の機能分化の明確化、医療機関同士や介護施設との連携強化、医療機関を監視する中立的な第三者機関の設置、等が求められる。

以上の改革案は、短期的には経済に対して痛みを与える公算が大きいが、中長期的には、医療費の増加が抑制されるとともに保険制度に対する信頼が回復する結果、国民負担の抑制と将来不安の解消を通じて経済に対してプラスに働くことが期待される。ちなみに、改革の効果を試算すると、高齢化がピークに達する2025年における国民負担(対GDP比率)は5.8%と現状水準を若干下回るのに対し、改革を放置した場合では、7.5%に上昇するとの結果が得られる。わが国の医療保険制度が破綻寸前の状態にあることを考えると、利害関係の調整に終始するのではなく、中長期的な視野に立った改革の断行が期待される。
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