Business & Economic Review 1999年06月号
【OPINION】
日本版FASBの設立を
1999年05月25日 調査部 翁百合
現在、国際会計基準委員会(IASC)が極めて重要な提案を行っている。すなわち、1998年12月に国際会計基準委員会の戦略作業部会から公表された「IASCの将来像」によれば、環境変化に対応するため、各国会計基準設定機関とIASCの共同作業をベースとして、新たな国際会計基準を設定することが提案されている。組織的には、従来の起草委員会を基準開発委員会に置き換え、各国基準設定委員会の代表をこの基準開発委員会のメンバーとし、自国の利害から中立的な立場で議論していくことを提案している。
国際会計基準の流れは日本の企業経営にも大きなインパクトを与えるものであり、金融市場のグローバル化が進むなかで、今後日本は積極的に基準策定の動きにかかわっていく必要がある。実際、主要国は、国際会計基準設定の場への積極的な参加に注力している。例えば、98年にドイツでは、IASCの新たな動きを踏まえ、民間の会計基準設定主体を設立するという思い切った対応をとっている。このドイツの新しい会計基準設定主体はアメリカのFASBのドイツ版とも言えるものである。
アメリカでは、既にFASB(財務会計基準審議会)と呼ばれる民間の独立した機関が、会計基準を設定している。FASBは、73年に民間セクターに独立した機関として設立された。アメリカでは、SEC(証券取引委員会)が、法律上は、財務会計基準を設定する主体と位置づけられているが、SECは、公共の利益のために民間セクターでも十分その力を発揮できるということで、その機能をFASBに委譲するかたちをとっている。このため、FASBが財務会計基準を設定し、SECおよびアメリカ公認会計士協会がこれを公式にオーソライズしている。
FASBは公認会計士5名、学識経験者、産業界出身各々1名の計7名の常勤メンバーから構成されており、メンバーの任期は5年間となっている。また、およそ40名のプロフェッショナルがスタッフとしてFASBを支えている。資金源はFAF(財務会計基金)とよばれる独立の組織で、これは会計士、産業界、金融界から資金支援を受けている。
FASBの使命は、財務会計基準を策定し、改善すると同時に、市場関係者や監査役など財務諸表の使用者に対して啓蒙教育活動をすることである。FASBは、財務会計基準が、経済の効率的な資源配分のために不可欠なものであるとの認識に立ち、次のような行動をとるとしている。すなわち、(1)比較可能性と一貫性に着目して、財務会計の使いやすさを改善する、(2)経済環境の変化やビジネスの手法の変化を反映した基準を作る、(3)財務報告書に何らかの欠陥があれば、早急に対応する、(4)財務会計の質を向上させるための国際的な動きを促進する、(5)財務諸表に含まれる情報の一般の理解を深める、といった行動である。
これらの行動をとるために必要な行動規範としては、(1)意思決定の客観性を確保すること、(2)会計基準の構成要素に関して慎重に検討すること、(3)費用便益を考えて明らかに便益が大きい基準を作ること、(4)財務報告書の一貫性を尊重し、変化による混乱を最小限にとどめること、といった点をあげている。
翻って、わが国の会計基準設定主体である大蔵省の企業会計審議会の体制には、次のような問題がある。
第一は、審議会という場であるため、学識経験者や実務家を集めてはいるが、いずれも非常勤のメンバーであるという点である。審議会という場であるためにメンバーは、会計基準の設定にあたっては、行政サイドの提案に基づき、意見陳述をするという活動の枠内にとどまらざるを得ない。金融市場の急速な構造変化をむしろ先取りするかたちで、しかも体系的に会計制度を対応させていくうえで、また常勤メンバーを基準開発委員会に送り、わが国の実状を踏まえながらIASCと呼応しつつ国際会計基準策定に積極的にかかわり、これをわが国の会計制度に反映させていくといった戦略的対応をとるうえで、審議会組織では対応が難しい。
第二は、同審議会は、金融行政の一角を担う大蔵省の中に位置づけられ、また省庁再編後も金融庁の中に位置づけられる予定であるため、常勤ポストを設置したとしてもメンバーの中立性が担保されにくいことである。上述のように、海外ではIASCの動きを踏まえ、会計基準設定主体への民間シフトの動きが強まりつつある。民ができることは民がやり、行政の活動を最小限にとどめる、という行政改革における官民活動分担の考え方からみても、こうした方向が望ましいと思われる。実際、行政改革委員会・官民活動分担小委員会が1996年に発表した、行政関与の在り方に関する基準では、「市場のルール作り」については、行政が関与しなければならない理由および当該関与が必要最小限であることを説明する必要がある、としている。
以上の国際的な流れや官民活動分担の流れを考えると、日本においても、日本版FASBの設立が早急に望まれる。FASBには、高い専門性と中立性が求められることから、学識経験者に加えて、公認会計士・投資家・企業財務などの実務経験者を常勤のメンバーとして選出するべきである。さらには常勤の専門スタッフを置き、内外の市場情勢に機敏に対応し、体系的な基準改定と、国際的な対応を図ることが必要である。従来日本の企業や市場は、国際会計基準を外部からの衝撃として捉えてきたが、こうした新たな独立した組織の設立は、国際会計基準設定にわが国が積極的にかかわり、国際的責任を果たしていく立場を明確にするものである。公認会計士協会のみならず、産業界や金融界も全面的にこうした動きをバックアップしていく必要がある。企業や市場関係者が会計基準策定に積極的にかかわることは、自らの経営改革や市場改革へ取り組むことにつながっていくであろう。さらに、税務当局や、金融当局などと対等に会計基準をオープンな場で議論していくことは、わが国のトライアングル会計(商法、証券取引法、税法がそれぞれ異なった目的を持って会計制度を規定しており、実務においてはそれが互いに影響を及ぼし、規定しあっている、多くの批判は税務会計に規定されがちであるというもの)と呼ばれた会計の問題点を克服するきっかけにもなることが期待される。