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Business & Economic Review 1999年06月号

【OPINION】
電子政府実現に向けて-先行する米英の取り組み

1999年05月25日 藤井英彦


わが国経済が依然深刻な長期停滞から抜け出せないなか、海外では歴史的革命、すなわち、先史時代の農業革命や18世紀の産業革命に比肩するデジタル革命が進行中である。

こうした情勢下、国内最大の経済主体である政府部門の電子化は、いずれの国においても、単に21世紀の戦略部門創出に向けたIT産業の育成やデジタル革命への対応にとどまらず、行財政改革や公的サービスの向上等を実現する強力な原動力として重点課題のひとつと位置づけられ、様々なプロジェクトが策定・推進されている。とりわけ、アメリカでは革新的かつ意欲的な取り組みが相次いで行われ、着実な成果を収めている。一方、イギリスでは、アメリカ等の電子政府化の動きに追随するだけでなく、情報化プロジェクト遂行メソッドの国内定着と海外への浸透を通じた国際的デファクト・スタンダード形成を国家戦略として積極的に推進していこうとする動きがみられる。

まず、アメリカの電子政府実現に向けた取り組みについて、(1)電子化による行政情報の開示、(2)行政手続の電子化、(3)調達・取引の電子化、の主要三分野毎に、その経緯をみると次の通りである。

第1に、電子化による行政情報の開示では、政府から国民に対する情報提供というルートにとどまらず、国民から政府に対する情報請求という逆のルートにおいても、情報公開制度の拡充によって、インターネット等、電子媒体を通じた情報開示が積極的に推進されている。

クリントン大統領は、就任から半年後の93年9月、全米情報基盤(National Information Infrastructure:NII)構想を打ち出し、その主柱のひとつとして、情報の充実や情報提供基盤の改善、市民アクセスの拡大等、電子化による政府の情報提供の拡充を位置づけた。

さらに、96年には電子情報自由法が成立し、政府から国民への情報提供ルートのみならず、国民から政府への情報収集ルートにも電子メディアが広く活用され始めている。さらに同法は、各政府機関に対して、99年末を期限に、すでに発表された資料についても例外なく国民が自由にオンライン利用できるようシステム整備を図るよう義務づけており、行政情報のインターネット化が一段と進展する見込みである。

第2に行政手続きの電子化をみると、93年のNII構想を受け、95年以降、様々な具体的取り組みが相次いで行われている。

まず、政府が個人・法人に課している文書作成義務の軽減では、文書業務削減法(Paperwork Reduction Act)が95年に成立した。

一方、ワンストップ・サービス、すなわち一回の手続きで複数の行政サービスが提供される行政手続きの一元化・利便性向上に向けた動きについてみると、96年10月に各省庁を統括する窓口として標準連邦サービス(Commonly Requested Federal Services)が大統領府に新設され、次いで、97年2月には、第二期クリントン政権発足に当たり、電子政府実現の本格的推進を目指すアクセス・アメリカ(Access America)構想が打ち出された。こうした一連の施策を受け、税務当局に対する税金申告や社会保障庁への年金受領手続き等、様々な行政手続の電子化が推進されている。

さらに、98年10月には、95年の文書業務削減法を発展させた文書業務排除法(Government Paperwork Elimination Act)が成立し、5年後の2003年10月を期限として文書作成業務の撤廃が展望されている。

第3に政府調達・取引の電子化では、EDI(電子データ交換)方式の推進がある。クリントン大統領は、93年10月、すべての連邦政府機関に対し97年1月を最終期限としてEDIの導入を義務づけた。もっとも、この段階では一部の業務のみでも許容されたものの、95年の連邦調達合理化法(Federal Acquisition Stream-lining Act of 1995)によって大幅に拡大され、2004年までに連邦政府機関の総調達のうち95%のEDI化が義務づけられることになった。なお、同法以後に策定されたアクセス・アメリカ構想や文書業務排除法等でも、政府調達・取引の電子化がその主柱のひとつとして位置づけられており、政府・議会の積極的な推進姿勢が明確に打ち出されている。

ちなみに、こうした電子政府化を通じて業務の徹底した見直しが推進されるなか、アメリカ連邦政府職員数は着実に減少している。職員総数は、クリントン大統領が就任する前年92年の493万人から98年には423万人へ70万人減少した。軍人を除き一般行政分野の公務員に限ってみても、92年の302万人から98年の273万人へ29万人減少した。

一方、イギリスでは、政府が主体となって情報化プロジェクト遂行メソッドの定着が推進され、国際的なデファクト・スタンダードの獲得が積極的に図られている。

そもそも、デファクト・スタンダードの獲得は、基幹OSのウィンドウズやビデオテープレコーダーのVHS方式に象徴される通り、国内のみならず、国際競争での勝利に直結する。そのため、今日では様々な分野でデファクト・スタンダードの獲得競争が繰り広げられており、業務遂行のための標準化メソッドもその例外ではない。例えば、現在、ISO10303規格として、現時点では基幹部分についてのみ国際標準が認定されている代表的標準化メソッドのSTEP(Standard for the Exchange of Product Model Data)をみても、個別事業プロジェクト規格の獲得に向けて各国政府・企業の激しい競争が行われている。

加えて、こうした標準化や規格化には、製品設計や生産への参加者をグローバルに拡大する一方、設計から生産停止や廃棄まで製品のライフサイクルを通じて情報の共有化が促進される結果、製品開発の期間短縮やコスト削減、さらに資源の再利用等が可能となるメリットがある。とりわけ、情報化プロジェクトは、工業製品と異なり、新たな事業分野で過去の蓄積に頼ることが困難であるだけに、プロジェクトの立ち上げから完了まですべてのスキームや諸手続を定型化・標準化して官民の共通財産とすることができれば、試行錯誤や誤解を極力回避すると同時に、情報化プロジェクトへの参加が容易になり競争者が増加する結果、コスト圧縮と同時に、多くの事業を一挙に推進していくことが可能となり、本格的な情報化プロジェクト推進体制が整う。

こうした観点から、イギリス政府は情報化プロジェクト遂行メソッドの開発に79年以降営々と注力し、89年には初代PRINCE(PRojects IN Controlled Environments)の開発に成功した。この初代PRINCEは、その優秀さゆえに、公共工事等、IT以外の政府プロジェクトで活用されるばかりでなく、次第に、金融機関や保険会社等、民間サイドでも利用する動きが拡大していった。そうした動きを受け、93年にはITプロジェクトに限定されない一般的業務管理メソッドを目指して開発が始まり、PRINCE2が96年に完成した。

また、現在、イギリス政府が採っているPRINCE2定着に向けた推進体制をみると、単に政府との取引にPRINCE2メソッドの利用を義務づけるのにとどまらず、きわめてユニークな形態が採用されている。

第1は、コンソーシアム方式である。すなわち、(1)総合的な推進母体は内閣府所属のCCTA(the Central Computer and Telecommunications Agency)というエージェンシー、(2)教材やプロジェクト遂行マニュアルの販売は政府刊行物発行局(The Stationery Office)、(3)パソコン等の提供はイギリスIBM、(4)業務遂行のコンサルタントや人員訓練・試験等、専門的サービスは民間のAPMグループ、がそれぞれ担当する。

第2は、メソッドの普及に向け人材育成が重視されている点である。教育システムとしてOJT方式と教室方式の2つのルートが用意される一方、教育機関が全国各地に配置され、そのうえで、履修状況を最終的に確認し能力をみる観点から試験制度が設けられている。

さらに、近年では、PRINCE2が、イギリス国内にとどまらず、オーストラリア、オランダ、シンガポール、香港、ポルトガル等、国際的にも普及し始めている。加えて、内閣府所属のエージェンシーであるCCTAは、EU等、国際機関へ積極的に働き掛け、国際市場におけるPRINCE2のデファクト・スタンダード化を強力に推進している。こうした動きを踏まえてみると、イギリスは、教育システムも含め、国家戦略としてPRINCE2の普及と国際標準化を目指していると見做すことも可能であろう。

仮にそうした努力が実を結び、ISO規格等で国際標準と認定された場合を想定してみると、PRINCE2に習熟した企業は容易に海外市場へ参入可能となる結果、競争が一挙に激化し、それ以外の企業が駆逐されていく懸念は否定できない。ちなみに、前述のSTEPについて、個別規格としてISO認定を受けた規格所有権者の国籍をみると、97年時点で、アメリカが66件、イギリスが23件、ドイツが17件に達しているのに対して、わが国はわずかに1件に過ぎない。

加えて、イギリス政府は、近年、アメリカでの進展を踏まえ、電子政府化に向けた動きを本格化させている。

まず、97年11月にブレア首相が、現在提供されている公的サービスの4分の1以上について、今後5年間に行政情報の電子化を推進すると言明した。次いで、イギリス政府は本プロジェクトを“25%and beyond”と名付け、現在、内閣府所属の中央IT推進局(Central Information Technology Unit)を中心に、各省庁等関係者との協議を重ねる一方、公開討論会を開催し、コンセンサスの形成を図ると同時に、行動計画の策定を行っている。さらに99年5月以降、プロジェクトの具体的推進段階に入るなか、半年毎に推進状況がディスクローズされていく予定である。

翻ってわが国をみると、本年4月16日、「高度情報化に向けた行動計画」が閣議決定され、電子政府の実現が本格化に向け動き始めた。その根底には、産業革命以来の大量生産・大量消費型システムから、デジタル革命による新システムへの歴史的パラダイム転換が世界規模で進行するなか、その対応を誤れば国際競争からの落伍は不可避である、というわが国経済に対する厳しくも正鵠を得た現状認識がある。さらに、5月中には、情報公開法が成立の運びとなる見込みである。

しかし、進捗ペースを米英と対比してみると、まず高度情報化の推進については、統計や白書等、政府から国民への行政情報提供の面でインターネット等電子媒体の活用が進展しているものの、総じてみれば依然アクションプランの段階にとどまっている。一方、情報公開では、同法施行が公布後2年以内とされ最長2001年春まで持ち越される懸念があるうえ、公開媒体では、少なくとも法文上、インターネット等、電子媒体の活用を中心に据えるという明文規定は見当たらない。さらに、標準化メソッドではSTEP等の推進にとどまり、情報化プロジェクト推進メソッドを国家的事業として取り組む体制は未だ皆無である。

情報化時代ではスピードが企業のみならず国家の命運も左右する。いかに正しい改革であろうと、時期を失えば改革の効果は期待できず、デメリットのみ顕在化する事態すら想定されよう。わが国経済・産業の再生に向け、電子政府実現を通じた思い切った構造改革の断行は喫緊の課題となっている。
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