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Business & Economic Review 2000年12月号

【OPINION】
IT対応型知的財産権制度の構築を-求められる新たな競争政策の枠組み

2000年11月25日 藤井英彦


1 .IT革命の進行

わが国でも、企業サイドで情報関連投資が盛り上がる一方、個人サイドではiモードを中心にネット利用が可能な携帯電話が急速に普及する等、IT革命が本格的に始動している。こうしたなか、通信料金の低廉化や、CATVやDSLを中心とする高速インターネット接続サービスの拡大等、通信インフラ整備の問題は、2000年7月の九州沖縄サミットでの日米合意を契機としてこれまでの議論が具体化の段階に入っているうえ、政策面でも、世界最高速の通信網整備を目指したIT基本法案が今秋の臨時国会で成立すると見込まれる等、ITインフラ整備に向けた対応が本格化するなか、今後、早急に実現される方向である。

しかし、これらは、単にインターネット利用の基盤整備に当面の目処がつき、わが国も漸く国際的なIT競争のスタート位置に就いたということに過ぎない。わが国経済がIT革命で成功を勝ち取るには、次なる課題、すなわち、(1)新たな技術やビジネスモデルを開発し、(2)特許権等、知的財産権の確保を通じて、それらの利益保護を図りつつ、(3)加えて、競争政策の強化・徹底を通じた市場競争原理の確保と併せ、新市場やニュービジネスを創出する、いわばIT時代に即した技術立国型経済発展モデルの確立・定着を早急に図る必要があり、とりわけ、画期的なソフトウェア等の技術開発力の強化や、魅力的なコンテンツ等の創作力の活性化は喫緊の課題である。

そうした観点から現下のわが国経済をみると、アニメやゲーム等、アミューズメント分野を中心に、コンテンツの創作力については国際競争力を備える分野もあるのに対して、技術開発力についてみると、総じて、大学をはじめとして研究体制が整備され、研究成果も世界的にみて高水準であるものの、そうした研究成果を実用化し、産業やニュービジネスを創出する動きは、必ずしも積極的でない。例えば、わが国のコメ遺伝子研究は国際的に最高水準にあるものの、その遺伝子の解明事業、すなわち、イネゲノム・プロジェクトについてみると、その研究水準の高さが生かされず、逆に、アメリカに先行される事態が発生している。これは、今日のゲノム解析が高速コンピュータ等の活用を前提としたものとなり、資金力が解析力を左右する決定的要因となった結果、わが国対比、産学連携が強いアメリカでよりスピーディーに解析作業が進展した結果である。

さらに、そうしたアメリカ経済の強さは、TLO制度やSBIR制度等、技術力強化に向けた産学連携の枠組みが、80年代以降、次第に整備されてきたことに加え、研究が成功すると、特許権等、知的財産権の保護によって投下資本が円滑に回収され、その利潤の再投資を通じてさらなる研究開発が促進されるという、研究開発と事業化の好循環に起因する面も大きい。IT革命への対応が、単にソフトウェア産業や電機製造業をはじめとするIT業種のみならず、非IT業種でも生産性向上や競争力強化に不可欠である点を加味してみれば、そうした研究開発と事業化のメカニズムをわが国経済にビルトインすることは、IT産業の成長を機軸とする今後の中期的経済発展を実現するうえで不可欠であり、技術開発力のさらなる強化と同時に、知的財産権の適切な保護を実現する制度的枠組みの構築は、とりわけサイバー・ビジネスの模倣が容易ななか、早急に着手すべき緊要性の高い政策課題である。

しかし、近年の内外動向をみると、知的財産権が侵害されたり、独占や寡占等、いわゆる市場の失敗が現実化する等、現行制度が抱える問題点が顕在化し始めており、IT革命の本格化に伴って逆にIT型経済成長が阻害されるリスクが強まっている。具体的には、従来から指摘されてきたコンピュータ・ソフトの違法コピー増大のほか、次のような例を指摘できよう。

第1は、インターネットによる音楽配信サービスの普及である。アメリカでは、CD購入でなく、インターネットを通じた音楽取引、すなわち、サイトから音楽データをダウンロードするサービスが拡大するなか、著作権料を支払うことなく音楽データを複製する動きが強まっている。そうしたなか、レコード会社や著作権団体は著作権法違反として提訴に踏み切っており、一部には、有力事業者のMP3コムが2000年4月のニューヨーク連邦地裁判決に従いレコード会社との和解に応じる等、著作権侵害阻止に向け積極的に対応しようとする動きもみられるものの、一方では、Napstar社が、5月にサンフランシスコ連邦地裁が下したサイト閉鎖判決に対して控訴し、7月にサンフランシスコ連邦高裁が地裁判決の凍結命令を出した結果、少なくとも訴訟が結審するまで当該サービスの継続が可能となる等、著作権保護の実現は必ずしも容易ではないのが現状である。加えて、Napstar社のサービス利用者をはじめとして、このところ、個人間の音楽データ交換ソフトであるGnutellaを利用して、Napstar社等のサイトを経由せず、直接、個人間で取引する動きが拡がり始めている。仮に、こうしたソフトが浸透した場合、レコード会社等が著作権侵害行為の停止および損害賠償を請求しようとすれば、音楽データを交換した個々人の特定が不可欠となり、事実上、著作権侵害が放置される懸念が大きい。

第2は、ビジネスモデル特許の浸透である。とりわけ有名なケースとして、逆オークション取引、すなわち、航空券やホテル・チケットの価格を、サービスを提供する各事業者が決定するのでなく、逆に、消費者等、ユーザーが価格を提示し、それに各事業者が応札して契約が成立するという従来の商慣行と正反対のビジネスモデルについてみると、その特許権を持つ米プライスライン社は、99年10月、米マイクロソフト社の関連会社でチケット販売の仲介等を業務とするエクスペディア・コムに対して特許権侵害訴訟を提起した。さらに、書籍等、大手ネット販売業者であるアマゾン・コムのワン・クリック特許、すなわち、ユーザー情報を記録することで、リピート・ユーザーは、再度、顧客情報を登録し直すことなく1回クリックするだけで希望商品の購入が可能になる方法の特許についてみると、その権利侵害訴訟において、シアトル西部連邦地裁が、99年12月、被告米大手書店バーンズ&ノーブル社に対して業務差し止めの仮処分を下した結果、同社が同業務から撤退する事態が現実化している。仮に、こうしたビジネスモデル特許の効力が広く認められる場合、特許権者は独占的地位の確立が容易になり、市場競争が排除されるリスクが大きい。そうしたなか、アメリカではビジネスモデル特許申請の動きが強まっており、99年には年間で合計2,658件に上る申請がアメリカ特許庁に提出されている。

第3は、コンピュータの高度な解析力を駆使したゲノム研究に象徴されるIT活用による新市場の登場である。こうした研究成果に特許権が認められた場合、今後、期待される画期的な治療法や医薬品の製造・使用が独占され、人類の共通財産とならないのではないかとの懸念が、従来、指摘されてきた。もっとも、人間の全遺伝情報の解読については、国際的プロジェクトであるヒトゲノム計画を推進してきた日米欧の研究機関と、米民間ベンチャー企業のセレーラ・ジェノミスク社との協調体制が最終段階で成立した結果、2000年6月、ヒトの全遺伝情報を構成する30億に上るDNAの塩基配列構造の発表が共同で行われ、少なくとも本件について、特許権による市場独占の懸念は当面杞憂に終わることになった。さらに、ヒトゲノム計画サイドの成果はホームページ上に無料公開され、インターネットで検索可能である。

しかし、米セレーラ・ジェノミクス社は、その解読データがヒトゲノム計画対比より詳細とみられるなか、それまでの製薬会社等、各国契約先企業のほか、共同発表の直後には豪政府と契約を締結する等、情報提供先を未だに限定している。さらに同社は、今後、そのヒトゲノム情報を、世界の研究者に無償公開する方針を明らかにしているものの、米ワシントン大と米モンサント社が2000年4月に発表したイネ・ゲノム解読情報のケースに即してみると、研究者に無償公開したうえで、研究者が当該情報をもとにした発明で特許申請を行う場合、モンサント社は特許使用権を研究者と交渉する権利を持つこととされ、同社の優先的地位が確保されるスキームとなっている。加えて、世界医師会の調査によると、欧米の一部の国々では、国内医薬品製造業の保護・育成に向け、特許要件緩和等の動きがみられる模様である。

2 .課題克服への取り組み

このように知的財産権を巡る環境が輻輳化傾向を強めるなか、様々な取り組みが内外で始まっている。そうした動きを、技術革新、国際協調、国内法制改革の3つの面からみると、次の通りである。

まず技術革新では、無断複製を排除するソフトウェアの開発が中心である。例えば、高速インターネット時代の到来を目前に控え、音楽以上に情報量が多い映画でも、そのネット配信の商用化が射程距離に入るなか、暗号化技術の確立、あるいはアクセスの時間や回数に応じて課金するソフト開発に向けた動きが一段と強まっている。ちなみに、アメリカ・ソニーでは、暗号化技術等を駆使した映画のネット配信サービス開始に向け、その実証実験を年内に開始する予定である。

次いで国際協調についてみると、IT革命に伴い権利関係が世界的規模に拡大するなか、各国政府間の連携強化や国際機関の活躍等、様々な動きが指摘される。まず、上記ヒトゲノム解明プロジェクトで、米クリントン大統領と英ブレア首相の呼び掛けをはじめとして様々な国際的要請が強まるなか、米セレーラ・ジェノミスク社が、それまでの、日米欧の研究機関が推進していたヒトゲノム計画と一線を画し民間企業として営利追求に徹する姿勢を軟化させ、ゲノム情報の公開等、協調路線に転じた成功事例がある。

さらに、こうしたゲノム関連発明やビジネスモデル特許では、過度に権利範囲を広範に認めた場合のデメリットに対する認識が次第に浸透するなか、2000年6月に開催された第18回日米欧三極特許庁専門家会合において、日米欧3特許庁は、特許権成立要件の厳格化で合意に達した。すなわち、特許権成立要件のひとつとして、ゲノム関連発明では機能または特定の実質的な有用性が、ビジネスモデル特許では技術的発見が、それぞれ不可欠とされ、単なる塩基配列等、遺伝子情報の解明や、公知のビジネスモデルをコンピュータによって単純に自動化しただけの発明には特許成立を認めないこととされた。

一方、国際機関の動きをみると、95年には世界貿易機関(WTO)の知的財産権の貿易関連に関する協定(TRIPS)が締結され、加盟国は知的財産権保護の義務付けに合意した。その結果、先進国では96年から、途上国では2000年から、本条約の履行義務が発効しており、知的財産権保護が国際規模で順次進展している。さらに、国連食糧農業機関(FAO)は、植物遺伝資源の保全と適切な利用促進を目的する新たなスキームを策定し、年内合意に向け精力的に取りまとめ作業を遂行中である。具体的には、遺伝資源を管理する国際組織を新設し、その遺伝資源をもとに新種のバイオ作物等が開発され、特許権が成立した場合、特許料の一部を原産国に配分する仕組みとされ、協定不参加国には遺伝資源を提供しないことでスキームの実効性強化を図る方針とされる。

最後に、わが国の法律制度についてみると、まず著作権分野では、公衆への送信権という新たな権利の創設によってインターネットを通じた音楽等、著作物の流通拡大への対応強化を図ろうとする新条約が、96年12月、国際知的所有権機関(WIPO)で締結され、それを受けて著作権法が97、99年に改正となり、デジタル・コンテンツに関する著作権保護スキームの整備が進展している。

一方、特許権制度では、わが国でもビジネスモデル特許が認められるかという懸念が台頭するなか、特許庁は、99年12月、「ビジネス関連発明に関する審査における取扱いについて」を公表し、わが国でもビジネスモデル特許はソフトウェア関連発明の一形態として位置付けられる特許であり、自然法則を利用した技術的思想の創作としての進歩性の有無を条件に特許権成立の可否が審査されることを明確に打ち出した。

さらに、独占禁止法の分野では、まず99年7月に、公正取引委員会が、特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上のガイドラインを策定し、独禁法23条によって特許権の行使は独禁法の適用対象外であるものの、権利濫用の場合、同条は適用除外とされる原則が明確に打ち出され、その具体的運用指針の明示によって特許権の保護と競争原理の確保を同時達成する体制が確立された。次いで、2000年5月には、独占禁止違反行為に係る民事的救済制度が導入され、従来、原告要件とされてきた公正取引委員会への限定が解除され、企業や個人も独禁法違反行為の是正を権利侵害者に対して直接請求できるルートが整備されることになった。

3 .問題の根因

しかし、こうした様々な取り組みが積み重ねられているものの、現時点でも、未だ輻輳化した知的財産権問題が解決に向かっているとは言い難い。その要因を整理すると、次の3点に集約することができる。

第1は、知的財産権制度と経済実態との乖離である。例えば、著作権制度に則してみると、そもそもこの制度は、書籍等、物理的創作物を頒布する等、流通ルートの管理がその主たる対象であり、物理的媒体以外に著作物を移転する方策がなかった時代の産物であり、上記、MP3によるネット音楽配信の問題は、その経済実態との乖離を示す端的な事例であろう。

さらに、わが国でも、2000年12月からデジタルTVの本放送が開始され、デジタル信号による双方向通信の普及が見込まれるなか、音楽や映画のみならず、あらゆる著作物、デジタル・コンテンツが権利侵害の危険に晒されよう。すでにアメリカでは、CATVを中心にデジタル放送が普及するなか、近年、NBC放送やABC放送、あるいはCNN等、これまで主要メディアに位置してきた大手TV 局や新聞の伸び悩み傾向が強まっている。世界的名声を博してきたブリタニカ百科事典の書籍販売縮小と無料検索可能なサイトの立ち上げも、従来型コンテンツの市場支配力低下を示す典型的事例のひとつと位置付けられよう。そうした情勢下、アメリカではインターネットTVが急速に普及し始め、今後、パソコン対比、より使い勝手の良いデジタルTV等の情報家電が普及し、IT市場が飛躍的拡大を遂げると見込まれており、大手プロバイダーのAOL社は、先行する米マイクロソフト社のウェブTVを追い駆け、年内にも、電子メールやインターネット利用等、双方向通信が可能なネットTV事業に参入する予定である。

IT革命の進展を映じた構造的な情勢変化を踏まえてみれば、上記、WIPO新条約を契機に各国で著作権法が改正され、デジタル・コンテンツに対する権利保護のスキームが整備される方向であるものの、個人間取引の規制は事実上困難であるうえ、データ複製をしなくても、ブラウザーで視聴するだけでも権利侵害の疑義が濃厚である等、ループホールの拡大が見込まれるだけに、著作物の頒布権や複製に焦点を当てる現行著作権法のスキームの見直しとあわせ、暗号化技術等、新たな著作物の利用形態に対応する技術開発と実用化の推進を通じた著作権保護スキームの強化は喫緊の課題である。

第2 は、権利範囲が必ずしも明確でなく、対象によって広狭まちまちなことである。例えば、ソフトウェア・プログラムでは、条件が充足される限り、著作権、特許権とも成立するのに対して、データベースについては、創作性がない限り、原則として著作権法や特許法等の対象外である。現行制度からみれば、当然の帰結であるものの、インターネット取引の拡大を見越して、このところわが国でもデータセンターの建設ブームが盛り上がる等、IT市場の中核的存在として注目が強まっているデータベースを知的財産権の埒外に放置しておくのはいかにもアンバランスとの謗りを免れまい。

一方、上記、ビジネスモデル特許やスクリーニング特許に象徴されるニュータイプの特許権にみられる通り、IT革命の勃興やそれに伴う新市場の台頭に応じて、新たに保護すべき知的財産を積極的に認めていくことは必要であるものの、生成途上の分野であり、技術革新ペースが総じて従来分野対比速いうえ、それぞれ高度の専門性が要求されるため、市場環境や権利対象の位置付けがどのように変わるか、将来予測が困難である一方、個別事案の審理に時日を要する等、適切な権利範囲の特定に支障を来している。こうした分野では、とりわけ、法文上、あるいはガイドライン等によって、具体的かつ永続的ルールをアプリオリに明確化しようとする取り組みには限界があり、個別紛争処理ルートの拡充が重要な課題となる。

こうした情勢変化を踏まえてみれば、改めて知的財産権制度の趣旨に立ち戻り、そのスキームを再構築する必要が大きい。そもそも、知的財産権制度は、有体物に関する所有権制度をベースにした法制であり、わが国では、著作物を対象とし文化庁が管轄する著作権法と、特許や商標、意匠、実用新案を対象とし、特許庁が管轄する工業所有権に二分されてきた。しかし、畢竟(ひっきょう)、知的財産権制度が、知的所産のうち、公権力によって保護すべき経済的価値を対象にするという原点から捉え直してみれば、著作物権での新規性や特許権の進歩性は権利成立審査上の具体的な判断基準に過ぎない。こうした観点に立てば、データベース等の包摂による対象範囲の拡大、審査・紛争処理機関の充実、私的救済ルートの創設等を通じた現行知的財産権制度の強化は焦眉の急である。

第3は、市場競争等、他の利益との対立である。この問題では、ヒトゲノム問題が象徴的である。ヒトゲノム問題では、倫理上あるいは人道上の観点から、研究成果は人類共通の財産としてひろく活用されるべき等の指摘があるものの、経済的メリットを一切否定した場合、インセンティブ減退や費用不足によって、逆に研究開発に深刻なダメージを及ぼす懸念が大きい。その意味で、問題の核心は、研究開発者サイドに知的財産権と経済的メリットの享受をどこまで許容しつつ、他方、その権利独占による弊害を排除し、研究成果の幅広い利用や、市場競争メカニズムを通じた一段の研究開発促進をどのように実現するかという利益衡量にある。

そもそも知的財産権制度は、天賦の権利であり何等の掣肘も受けない自然権としてのひとつであるとする立場もあるものの、知的財産の適切な保護によって豊かな社会の実現を最終目的とする経済法であり、インセンティブ・スキームとして生成・発展してきた。こうした経緯を踏まえてみれば、IT革命下、経済・社会の構造変化や技術基盤の飛躍的進歩に応じて制度を不断に見直し、新たな枠組みを整備していく必要がある。

具体的には、まず対象分野を、市場独占の形態によって二分、すなわち、(1)技術進歩や発明によって当該製品・サービスの提供を別ルートで達成可能な分野と、(2)そうではなく、ヒトゲノム分野での塩基配列情報をはじめとして、別ルートの発明が不能か、あるいはきわめて困難な分野に切り分け、それぞれ異なる制度に乗せるべきである。

別ルートの開拓で代替可能な分野では、排他的独占権を認めても、権利内容の公開によって次なる技術革新の基盤が形成される、等の経路を通じて市場競争メカニズムが機能する限り、従来の知的財産権同様のスキームとして大きな問題はない。もっとも、この場合でも、著作権等、権利管理団体に独占を許容するか否かは別途の問題である。従来と異なり、ネット配信によって著作権者が直接読者等に作品を提供できる今日において、著作権料の設定等、価格規制のみならず、参入規制についても、権利管理団体の独占は見直すべきである。

一方、別ルートの開拓が不能、あるいはきわめて困難な分野については、単純に市場競争に依存するだけでは、独占や寡占等、市場の失敗に陥る懸念が大きい。そのため、従来、公益事業分野で適用されてきたスキーム、すなわち、地域独占を許容し市場参入を規制しつつ、公益事業者には、利用者に対し差別的取り扱いが禁止されるユニバーサル・サービスの提供義務と価格規制を賦課する仕組みを応用する。こうした条件を賦課する理由は、まず、別ルートの開拓が不能な場合、ユニバーサル・サービス、すなわち、権利の利用を権利者の恣意に委ねず、希望者は原則無差別に利用可能とするのは、知的財産権の制度目的からみて当然であり、議論の余地は小さい。

次に、価格規制の導入は、別ルートの開拓が可能な場合、ライセンス料金が高価であればあるほど、技術開発に対するインセンティブが強まるのに対して、別ルートの開拓が不能な場合、ライセンス価格は高留まりしやすく、独占利潤の集中によって資源配分の歪みが深刻化する懸念が大きいためである。さらに、料金水準を決定する具体的な価格規制方式については、単純な総括原価方式は、研究開発コストや設備投資過多による資源配分の歪み、いわゆるアバーチ・ジョンソン効果や、高コスト問題の温床となる懸念が大きいため、プライス・キャップ制度等、近年の市場独占管理理論を活用することで回避すべきであろう。

なお、わが国では、著作物等の基幹ルートを握る放送・通信分野の業法について、このところ改革機運が高まっている。上述の通り、アメリカを嚆矢に放送と通信の融合が本格化し、デジタル・コンテンツの流通や新たなサイバー・ビジネスが拡大するなか、様々な問題が表面化しているという現下の情勢を踏まえてみれば、こうした業法改正においても、知的財産権の保護と市場経済メカニズムの機能強化を同時に実現・強化するスキームに改変する必要がある。

加えて、市場原理からみた知的財産権への制約という観点では、(1)一企業だけでは製品製造が困難なため一群の特許を共同して利用する特許プール、(2)業界等、関係企業が集まって、製品の規格やビジネスモデル等について統一を図る標準化問題、(3)さらに成立済みの特許権について互換性を得るために必要最小限度の複製等を認めるリバース・エンジニアリング、等についても、技術進歩や経済社会動向を踏まえつつ、ガイドラインの策定や個別事案毎の解決を通じて適切な制約条件を決定していく必要がある。

4 .具体的推進体制

このようにみると、ハイペースの基盤技術進歩と経済社会情勢の急速な変化に対する弾力的な対応力を備え、競争原理等、対立する利益を阻害しない新たな知的財産権制度を早急に構築するためには、米欧各国との協調や国際機関への協力強化等、国際的な連携強化に加え、国内サイドでは、(1)法律の整備、(2)紛争解決ルートの拡大、(3)実施体制の強化、の3点を軸とする具体的推進体制の早急な整備が重要な課題である。

第1は法律の整備である。 具体的にはまず、知的財産権制度の範囲を、創作性のないデータベース等、保護すべき経済的価値を持つ知的所産に拡大する一方、今後一段の進展が見込まれる経済のIT化を踏まえ、頒布権や複製権等、有体物をベースとする法律構成を、ブラウザーやネットTVによる実演の視聴等にも対応できるよう、無体物をベースとする構成に改変する。

次いで、知的財産権の権利濫用によるデメリット排除に向け、法律あるいはガイドラインでの明文化に加え、アメリカで生成・発展してきた次の諸法理の導入を通じて、独占禁止法を中心とする競争促進制度との調和を図る。すなわち、(1)正当な利用であれば著作権侵害に該当しないとするフェア・ユース法理、(2)特許権等、知的財産権者が、独占禁止法に反する排他的独占権を行使した場合、知的財産権の侵害行為に違法性はないとするミス・ユース法理、(3)さらに独占事業者が保有する資源のうち、他の事業者が事業継続に不可欠な資源については、独占事業者の意思によらず、他の事業者の利用を許容すべきとするエッセンシャル・ファシリティー法理、等である。

もっとも、わが国では、明文規定のない場合、権利保護に消極的な実定法原則が依然根強いものの、IT革命の本格化に伴って一段の技術革新が見込まれ、今後の経済・産業・社会情勢の変化が予測困難ななか、実定法原則の墨守は、権利救済上、深刻な問題を招来する懸念が大きい。さらに、わが国著作権法でも、引用や教育目的での利用等の場合、著作権の制限が明文で認められているため、これを根拠に、フェア・ユース法理は対象の限定列挙によってすでに導入済みである点からみると、逆に、列挙されていない場合は、著作権の制限は不可との見方も法律解釈のひとつとして可能であるものの、経済社会の歴史的変動期にある点を踏まえてみれば、より柔軟な対応が求められるといえよう。

ちなみに、フェア・ユース法理を明文で規定するアメリカ著作権法をみると、その判断基準として、(1)商業用か、非営利か等の使用目的、(2)当該著作物の性質、(3)当該著作物全体に関して使用された部分の量および実質性、(4)当該著作物の潜在的マーケットまたは価値に対する使用の影響、の4点が明記されているなか、現実の運用や判例では、(4)の認定を中心に弾力的な判断が行われている。一方、ミス・ユース法理やエッセンシャル・ファシリティーの法理についてみると、これらは、アメリカ連邦法に依然明文規定はなく、引き続き判例法上確立されたルールとして利用されており、個別事案に即した運用が特徴である。

第2は紛争解決ルートの拡大である。

まず独禁法分野では、前述の通り、公正取引委員会を原告とするこれまでのルートに加えて、企業や個人等、私人による独禁法違反行為の排除請求や損害賠償請求のルートが認められた。これは、原告適格を公正取引委員会に限定するよりも、むしろ私人にも拡大したほうが、社会経済的コストの低下に寄与する一方、公正取引委員会サイドでは、その分、負担が軽減され、より効果的な業務の遂行が可能になる、という国民経済的メリットに着目したものである。そうした観点からみれば、特許権についても、無効請求権を特許庁に限定せず、私人にも訴訟適格を認める等、知的財産権分野でも、新たな紛争処理ルートを創設する意義は大きいだろう。

加えて、99年の特許法改正によって、特許権の無効判断は特許庁の専管事項という位置付けが修正されたとの解釈が可能になるなか、2000年4月には、最高裁判所が、特許権無効が明確な場合という制約条件をつけたうえで、特許権成立可否の審理に対して積極的な姿勢を明確に打ち出す等、司法サイドからも、紛争処理ルート拡大を目指す動きが強まっている。

さらに、わが国も巻き込んだドメイン取得を巡る内外紛争増大をはじめとして、現下の情勢を踏まえてみれば、訴訟より、コストが安く、迅速な結論が得られやすい斡旋、調停、仲裁等の私的紛争処理手段、いわゆるADRを広く導入すべきである。これによって、特許庁や、特許裁判を専管する東京高裁への負担軽減が図られ、審理・審判や訴訟のスピードアップも期待できる。

第3は、こうした新たな知的財産権制度のもと、拡大される紛争解決ルートの実効性確保に向けた実施体制の強化である。

具体的には、まず人員の拡充が必要である。司法サイドをみると、内外を問わず紛争が増大し、その果たすべき役割が一段と重くなるなか、担い手たる裁判官や弁護士等、司法関係者についてみると、ひとりひとりは優秀であっても、総数が少ないため、紛争が長期化・高コスト化しすやく、公的インフラである司法サービスが不十分ではないかとの批判に長らく晒されている。その結果、一部では、国内の事業者がアメリカで訴訟を提起する等、海外の司法サービスを選好する傾向もみられる。ちなみに、司法関係者の人数を日米で比較してみると、アメリカの100万人余に対して、わが国は9万人弱であり、10分の1にも満たない。一方、特許庁サイドをみると、わが国特許庁の職員数は90年の2,348人から99年には2,534人に186人増加したものの、アメリカ特許庁の5,860人に比べると、その4割強に過ぎない。その結果、裁判所や特許庁が紛争処理ルートの拡充を志向しても、厳しい物理的制約条件のもと、そうした取り組みが限界に直面する懸念が大きい。

こうした点を踏まえてみると、司法試験合格者数の増加やロースクールの設置等、中期的基盤整備に加えて、弁護士以外にも一部の法律的事務を可能とし、弁理士や各企業の法務セクションで経験を積んだ人材等、潜在的法曹の積極的活用を図っていくことが、当面の状況を乗り切っていく現実的対応として有効な方策であろう。

こうした改革に対しては、ADRといえども、紛争処理に関与する場合、その実態は法律関連業務であり、わが国では弁護士法72条に違反するとの批判もあろう。しかし、アメリカの場合、ADRが行う斡旋、調停、仲裁は法律事務ではないとされ、弁護士業務侵害の問題が回避されてきたうえ、近年では、租税紛争をはじめとして、法律判断を行うための事前段階と位置付けられる事実認定について、ADRを積極的に活用する動きが強まっている。こうしたなか、96年2月、クリントン大統領は行政命令を出し、時間・コスト両面で大きなメリットのあるADRを連邦政府サイドとして積極的に活用する方針が明確に打ち出されている。こうした考え方に立脚すれば、わが国でも、高度の専門知識が要求される特許分野を中心に、特許庁や裁判所への負担軽減に向け、ADRが活躍する余地は大きいとみられる。

さらに、裁判所の体制整備も重要である。98年4月、特許事案を担当する東京高裁は知的財産権の専門部を2部に増設し体制強化が図られているものの、依然紛争処理能力が十分とは言い難い。加えて、わが国の場合、特許事案が東京高裁の専管であるため、首都圏以外の企業や個人を中心に、司法による紛争処理は使い勝手の良いシステムではない。このようにみると、わが国でも、アメリカの巡回裁判所の発想を取り入れ、特許事案を東京高裁の専管事項から外し、各地方高裁も可能にする一方、ADR等の積極的活用によって裁判所の処理能力強化を図る等の制度改正を通じて、全国どこでも容易に司法サービスを享受できる体制の早急な整備が望まれる。
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