Business & Economic Review 2000年09月号
【論文】
「ニュージーランド構造改革」の経済分析-改革は経済成長を誘発したか?
2000年08月25日 新美一正
要約
「構造改革の先進国」といわれたニュージーランドでは1999年秋の総選挙で改革の見直しを掲げた労働党が政権を奪回し、15年にわたる改革の見直しが進み始めている。本稿は、ニュージーランド構造改革にかかわる従来の研究が陥りがちであった「経済か福祉か」という単純な二元論を排し、「構造改革が経済成長を実現したか」という基本的問題意識に立って、構造改革とニュージーランド経済の体質変化の関係を実証的に分析したものである。
ニュージーランドの構造改革は、ほとんど全ての経済領域におよぶ包括的かつ徹底的なものであった。財政収支の好転やインフレの沈静は改革の成果だが、一方で、国の対外債務自体は増え続けており、経常収支の赤字基調や構造的高失業などは一向に解消される兆しがない。「ニュージーランドの目覚ましい改革」というキャッチフレーズは、多分に恣意的かつ誇張されたものといわざるを得ない。
構造改革をはさんだニュージーランドの全要素生産性(TFP)の変化を計測すると、必ずしも統計的に有意ではないものの、改革以降は若干の改善傾向が検出される。規制緩和の進んだ公益セクターおよび農業部門の生産性向上は顕著であり、自由化・規制緩和を基軸としたマイクロ的構造改革がそれなりのプラス効果を発揮していることは明らかである。しかしながら、構造改革の恩恵は一部のセクターに限られており、輸出志向の製造業セクターの生産性は伸び悩んでいる。この結果、構造改革の成果は全体的な利潤率を押し上げ、自律的な投資を誘発するほどの効果を発揮できておらず、ニュージーランド経済は外資の流入に依存する傾向を強めている。
構造改革が経済成長の誘発という意味で十分な成果をあげていないのは、改革が多分にマイクロ的な自由化・規制緩和政策に偏り、ケインズ的な有効需要創出策に代表されるマクロ経済政策による補完が全く機能してこなかったためである。改革の見直しを掲げた労働党政権の登場は、構造改革一本槍の経済政策の修正を通じて中長期的にみた同国の経済成長にむしろプラスの影響を与える可能性が高い。「改革路線の放棄」が同国の経済低迷に直結するという、わが国の一部マスメディアないしエコノミストの見方はやや的外れである。
外部環境・経済体質が全く異なるわが国にとって、ニュージーランド構造改革の外形的な模倣は有害無益である。むしろわれわれが同国の改革から学ぶべき最大の教訓は、改革に際しては常にバランスの取れたポリシー・ミックスが必要であること、改革が民主化された手続きに沿って国民の合意の下で行われなければ、改革に伴う社会的コストが甚大なものとなること、の2点である。