Business & Economic Review 2000年06月号
【論文】
金融自由化と銀行システムの効率性変化-韓国銀行業のケース・スタディ-
2000年05月25日 新美一正
要約
本稿の目的は、金融自由化が銀行経営者のモラル・ハザードを誘発し、所期の目的とは逆にかえって金融セクターの効率性を低下させてしまうという「フランチャイズ・バリュー仮説」の現実的な妥当性を、韓国銀行業セクターを対象として定量的に検討することにある。具体的には、1990年代における韓国銀行業の財務データに基づく生産フロンティア推定を中心に分析を進めるが、その際、確率論的パラメトリック推定(SFA法)と線形計画法によるノンパラメトリック推定(DEA法)とを併用して推定の頑健性を高めているほか、効率性をクロスセクショナルに評価するだけではなく、Malmquist全要素生産性指数(MPI)を算出して時系列的に見た効率性の変動パターンについても考察するなど、既存研究にはないいくつかの新しい試みを行っている。また、推定結果の評価に際しては、日本の都市銀行を対象に同様の分析を行った新美との比較検討を行っている。
計測結果によれば、まず、生産フロンeィアと乖離で定義される技術非効率性スコアに関しては、計測期間の中盤にいったん向上するものの、その後は一転して急低下する傾向が検出された。こうした変動パターンには推計方法間で大きな差がない。また、技術効率性悪化の主要な原因の1つは、需要に比べて過大な規模で操業していることに起因する規模効率性の悪化であった。直近(97年)時点における技術非効率性スコアには、最上位行と最下位行とで約50%ポイントの差がついている。2倍近い効率性格差が生じている以上、効率性下位行の自力による経営再建はもはやきわめて困難であり、98年以降進められている政府主導の銀行再建策はやむを得ない政策選択肢だったと考えられる。
一方、フロンティア自体の時系列シフトを示す技術変化率については、推定方法による差がかなり大きく、必ずしも信頼に足る安定的な計測結果は得られなかった。ただし、計測結果を総合すれば、年率2~3%ペースの技術進歩と、若干それを下回るペースの全要素生産性(TFP)の成長が存在していた可能性が高い。しかしながら、計測期間内における韓国経済の成長ペースから見て、この程度のTFP 成長はとくに突出したものとはいえず、その意味では金融自由化が韓国銀行業セクターの効率性を引き上げたという明示的な確証は得られなかった。
1990年代を通じて、計測対象15行のうち10行の貸出残高はGDP成長率をかなり上回る年率10%超ペースの増加率を記録しており、韓国銀行業が横並び意識を強く反映した貸出競争状態に陥っていた疑いはかなり濃い。計測期間後半において検出された経営効率格差の拡大は、こうした貸出競争が期待に見合う成果を上げられず、意図とは逆に事後的な経営効率性の格差拡大につながった可能性を示唆する。以上の計測結果は、同時期におけるわが国銀行業セクターの動向とかなり類似しており、また「フランチャイズ・バリュー仮説」の示唆とも整合的である。
本稿の計測結果から判断する限り、韓国の銀行システム危機は拙速な金融自由化が招いたコーポレート・ガバナンスの空白に誘発された側面が大きい。経済危機を契機に、韓国では「市場による規律」を重視した金融システムの再構築が急がれているが、その際の最大の課題は、公的資金導入過程で膨張した政府部門の銀行持ち株比率をいかに縮小させるか、という問題である。しかし、ガバナンス面における構造改革がなお途上段階にあることを考えると、拙速な公的関与の縮小は、かつてと同様のガバナンス空白状態を引き起こす可能性がある。市場機能の強化という改革の基本目標実現に向け、適切な健全性規制の維持、不公正取引の是正など、公的部門が果たすべき課題は未だ数多いように思われる。