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Business & Economic Review 2000年05月号

【OPINION】
急がれるわが国IT政策の本格展開

2000年04月25日 藤井英彦



  1. 拡大するアメリカの電子商取引

    アメリカの電子商取引がハイペースで拡大している。電子商取引をB to C(企業対個人)とB to B(企業間)の二者に分けてみると、とりわけB to B取引の拡大ペースが著しく、B to C取引が、97年50億ドル、98年190億ドルから99年に300億ドルへ増加するなか、B to B取引は、97年の400億ドル、98年1,600億ドルから99年には2,400億ドルに達した模様である。

    アメリカで電子商取引が、このところ飛躍的拡大を遂げている経緯を整理してみると、直接的な原動力として次の2点を指摘することができる。

    第一は、新たなビジネスモデルの登場である。従来、電子商取引は、メーカーと消費者をダイレクトに繋ぎ、卸小売業等の流通業者を省く中抜き取引の拡大が中核的存在とされてきた。しかし、昨年来、中間段階の拡充をコアコンピタンスとする新たな事業形態、すなわち、情報仲介業が登場し、これが電子商取引市場拡大の主力エンジンとなっている。情報仲介業は、売り手や買い手に関する膨大かつ詳細な情報を収集・管理・分析・加工し、ユーザー・ニーズに合わせて提供する。その結果、これまで電子商取引のさらなる拡大を阻害してきた問題、すなわち、インターネット上に情報は豊富にあるものの、そのためにかえってユーザーが必要とする情報の入手が困難という課題の克服が可能になった。今日、アメリカでは、電子商取引の飛躍的拡大をもたらす立役者として情報仲介業、あるいはこうしたビジネスモデルに対する注目が急速に強まっている。

    第二は、新たな通信インフラ、すなわちDSL(Digital Subscriber Line、デジタル加入者回線)方式の普及が、昨年央以降、本格化してきたことである。そもそも、この方式には多くのメリットがある。具体的には、(1)既存の電話回線を使用するため、ケーブルモデム等の他方式と異なり、新規の設備が不要である。(2)一本の回線で、従来の音声通話とともに、インターネット等でのデータ通信が同時に可能である。(3)通信容量が大きいものの、料金は総じて低水準であるうえ、一般に定額制が採用されている、等が指摘されよう。昨年入り後、各事業者がDSLサービスの提供を本格化させるなか、利用者が急速に増加し始めており、事業者サイドでも、一段のサービス充実とユーザー拡大を目指して、今後数年間にわたり旺盛な設備投資が計画されている。

  2. アメリカ政府の推進策

    さらに、アメリカ政府が、デジタル経済を21世紀の同国経済を支える戦略分野と位置付け、総力を挙げて積極的に諸施策を推進していることも看過できない。具体的には、電子納税制度の導入や政府調達システムの電子化等、電子政府実現に向けた“Access America”プロジェクト、あるいは通信速度や通信量を現状対比100倍から1000倍の水準まで引き上げ、機能強化を図る次世代インターネット構想に基づく研究開発・実用化プロジェクト等、政府が推進母体となって主体的に政策を展開している。

    それに加えて、アメリカ政府は、民間セクターに対しても、様々な政策メニューを通じて積極的な働き掛けを行い、デジタル経済の発展を後押ししている。主要な政策を指摘すれば次の通りである。

    第一は、税制面からの優遇策である。アメリカではインターネット非課税法(the Internet Tax Freedom Act)が3年間の時限立法として98年10月に成立し、インターネット接続に対する課税、あるいは電子商取引に対する新規課税や差別的課税が禁止されている。さらに本年2月には、インターネット非課税の恒久化法案が超党派で議会に提出される一方、クリントン大統領がインターネット課税に対する反対姿勢を鮮明に打ち出している。こうした動きの根底には、アメリカ経済が記録的な高成長を謳歌し、それを映じた税収増加を主因に財政赤字問題の抜本的解決が可能となった原動力はインターネット関連産業の勃興にあるうえ、さらに今後を展望しても、その成長・発展なくして現在の好循環の維持も21世紀における国際競争力の維持・強化も困難であるとの認識のもと、揺籃期の同産業に対する課税強化は断固回避される必要があるとの判断がある。

    第二は、教育システムの拡充である。発足当初からクリントン政権は、単なる教育改革にとどまらず、情報産業の底上げに向けた労働力の質的向上を目指して情報リテラシーの向上を主眼とする教育技術(Education Technology)の強化を重点課題としてきた。とりわけ近年では、情報産業での労働力不足問題が一段と深刻化しているうえ、所得格差や就業機会の有無等の情報化進展に伴う格差、いわゆるDigital Divide問題の解消が主要な政治課題と位置付けられるなか、情報化から立ち遅れた地域や貧困層を対象とする助成措置が積極的に打ち出されている。代表的なシステムとしてPT3やE-Rate、CTCがある一方、こうした政府の情報教育拡充政策を受けた民間サイドの動きとしてSIFを指摘することができる。具体的には以下の通りである。

    まず、PT3はPreparing Tomorrow's Teachers to use Technologyの略で、94年のアメリカ学校向上法(Improving America's Schools Act of 1994)に基づく施策であり、教師の情報関連技術習得・向上に向けて学校や学区等が行うプロジェクトに対して財政補助を行う制度である。もっとも、画一的なプログラムがあるわけではなく、実際に資金供与を受けるためには、プロジェクトの主体、目的、方法、効果等についてアメリカ連邦教育省に対して具体的に申請して合格する必要があり、教育の分野にも競争原理が導入されている。さらに、本制度は、単にひとり連邦政府が活動するものでなく、連邦政府が、州政府や各学区のみならず、民間企業や大学、あるいはNPOと協働して推進するプロジェクトであるうえ、資金面でも民間が過半を拠出する等、まさに官民一丸となった事業である。

    次に、E-RateはEducation-Rateの略で、96年の改正連邦通信法(Telecommunication Act of 1996)に基づく施策であり、財政基盤の弱い学校のインターネット接続料金へ財政補助を行う制度である。具体的には、各学校の財政基盤の弱さに応じて、接続料金の2割から9割の補助が行われ、投入された資金は99年までの累計で総額47.2億ドルに上る。対象となった学校は5万校に及び、この結果、インターネット接続校は、今日、全体の9割超に達している。

    最後に、CTCはCommunity Technology Centerの略で、本年2月、クリントン大統領は同センターの大幅増強をDigital Divide問題解決の目玉と位置付け、今後、積極的に推進していく方針を打ち出している。具体的には、現在、全米に117カ所あるCommunity Technology Centerを、低所得層の地域や地方圏を中心に千カ所へ一挙に増やし、同機関での学習を通じて、良質の就業機会を得られない人々や低所得層の児童等を主な対象に情報リテラシーの向上を目指す。このために、民間から同センターへの資金やコンピュータ提供に対して今後10年間で総額20億ドルの減税措置を講ずる一方、センター創設資金として2001年度予算に1億ドルが計上されている。

    一方、民間サイドについてみると、SIFはSchool Interoperability Frameworkの略で、全米の学校教育に使用されるアプリケーションやコンテンツ等について規格の統一を図ろうとする民間主導の動きである。無論、州政府や各学区、あるいは連邦教育省との緊密な連携が図られつつも、推進メンバーをみると、マイクロソフト社やオラクル、あるいはIBMやアップル等、錚々たるIT企業が名を連ねている。これまでの経緯と今後のスケジュールをみると、97年から民間企業と行政サイドとの意見交換が始まり、99年11月にSIF1.0暫定版が公表され、ニューヨークとミネアポリスの2学区でパイロット実験が行われてきた。その実験結果に基づく連邦教育省や州政府、教師、ベンダーの検討を踏まえ、今春にもSIF1.0版が正式に公開され、今秋以降、SIF1.0版に基づくアプリケーションが発表される予定である。なお、SIF団体は、現時点でSIFモデルが国際規格になることは困難としつつも、将来展望として、そうした志向を鮮明にしている。

    第三は、規制緩和および独占禁止政策の強力な推進である。有名なマイクロソフト社に対する司法省の独占禁止法違反訴訟以外にも、市場競争原理の確保に向けた努力が積み重ねられてきている。いくつかの具体例を指摘すれば次の通りである。

    まず、前述のDSLについて、そのサービス提供の経緯をみれば、96年の連邦通信法改正によって業際規制が廃止され、放送・通信・CATVの融合や相互の市場参入が可能となった結果、一挙に進展したものである。すなわち、CATV企業がケーブルモデム方式の高速・低価格サービスを武器としてインターネットサービスに参入し、そのため、電話会社サイドでは、対抗上、DSLサービスの実用化に迫られたものであり、技術環境の変化を的確に捉えた経済的規制の撤廃によって市場競争原理が実現された典型的事例と位置付けられよう。さらに昨年11月には、アメリカ連邦通信委員会(FCC)が地域電話会社に対してDSLサービス専門会社への電話回線の開放を義務づけたうえ、12月には、同委員会の要請、あるいは州政府や事業者からの圧力が強まるなか、AT&T社がインターネットサービスプロバイダーに対して自社のケーブルTV網およびワイアレスシステムを無差別に開放する方針を明らかにし、一段の市場競争原理の徹底が図られている。

    一方、合併に関する厳格な独占禁止政策の実例として、南部を本拠とするSBCコミュニケーションズと、中北部を拠点とするアメリテックという有力地域電話会社同士のケースをみると、アメリカ連邦通信委員会は、99年10月の合併承認に当たり、1年3カ月にわたる審査を踏まえ競争促進を確保する観点から、(1)DSL等の高速インターネットサービスは別会社形式で公正な競争条件の下で提供、(2)両社の独占地域における新規参入者の回線利用料金は現行最低料金の75%以下、(3)合併完了後30カ月以内に現行事業エリア以外の30エリアで通信事業を開始し他社と競争する等、30項目に上る条件を定め、合併完了後3年間にそれらの条件にひとつでも違反した場合、最高22億ドルの罰金支払いの義務を賦課している。

  3. 深化・拡大するIT革命の影響

    電子商取引市場の拡大は、単に経済的側面にとどまらず、各方面に影響をもたらし始めている。

    まず、州サイドで新たな経済パラダイムに適合する統治機構のあり方を模索する動きが強まっており、今年2月には、全米知事会が「新たな連邦主義(New Federalism)」を旗印に改革を提言し、全米知事会が創設されて以来、初めて連邦上院議員との会議が開催された。その根底には、IT革命の進展に伴って、州政府から各自治体へという地方への遠心力と、州政府から連邦政府へという中央への求心力とが同時に強まるなか、連邦政府~州政府~自治体を機軸とする現行のアメリカ統治機構は抜本的な見直しの時期を迎えているという危機意識が各州政府に浸透してきたという事情がある。すなわち、インターネット、電子商取引の普及に伴って地域間競争が激化するなか、州政府サイドでは、その機能や権限を、民営化やPFI導入等による市場への分権、あるいは、より住民に密着した各自治体やNPOへの分権を推進する必要が生じる一方、州際取引のみならず経済活動のグローバル化が一段と進展し、少なくともアメリカ国内における統一的な産業政策や環境政策、あるいは消費者保護政策や税制等への要請が強まっており、こうした相矛盾する命題を克服しない限り、各州・各地域経済の停滞は不可避であるという深刻な問題に各州政府が直面している。

    次いで、3月には、アリゾナ州民主党大統領予備選で初めて導入された電子投票が成功を収め、直接民主制のルートが拡大する兆しがみられる。ちなみに、投票総数は、前回96年予備選の1万3千人に対して今回7万6千人に上り、そのうち過半の3万9千人が電子投票を行っている。投票率上昇の有効打としての評価が高まるなか、11月の本選挙でもカリフォルニア等、数州が電子投票の準備を進めている模様である。

    さらに、目をアメリカから欧州に転じてみると、まず今年2月には、英仏両国の協力によって電子労働市場が創設された。ジョウェル・イギリス雇用相によれば、今回のスキームは雇用の国際的流動化を受けた措置であり、英仏両国の労働者に対する相手国内での雇用機会の提供を目的とし、今秋には、この新たな国際電子労働サイトが提供する募集件数は30万規模に達する見通しとされる。IT革命の本格化を映じて、具体的な政策展開が国の枠を越えて展開され始めた萌芽とも捉えられよう。

    加えて、3月には、これまでインターネットの活用を原動力とするアメリカ型経済成長モデルの導入に必ずしも積極的ではなかったEUが、リスボンでの首脳会議を経て、“e Europe”の実現をスローガンに一日も早くデジタル経済を確立し、アメリカへのキャッチアップを実現することを加盟国全体の課題と位置付けるという大幅な政策転換を打ち出している。今回、公表された行動計画によると、単に通信料金の引き下げや電子商取引本格化に向けた環境整備を時期を定め早急に推進するだけにとどまらず、情報リテラシーを備えた労働力の質的向上策や、大学や研究機関のR&D基盤強化等を通じた技術開発力の引き上げ、さらに経済構造改革も含めた網羅的・包括的な政策遂行と定期的な計画進捗度のチェックという強力な計画遂行体制となっている。これは、EU各国がIT革命への適応を生き残りに不可避の選択と見定めるなか、EUが一体となって域内経済の活性化に本腰を入れ始めた証左といえよう。具体的に主な施策をみると、(1)2000年末までに電子商取引関連法制の整備とインターネット接続料金の引き下げ、2001年末までに通信市場の完全自由化と全校ネット接続、さらにEU共通特許制度の整備および研究機関相互の高速通信ネット構築、2002年末までに全教師のIT技能修得、2003年末までに政府調達手続きや公的手続きの電子化、2005年までに金融サービス市場の統一、等について明確なタイム・スケジュールを設定する一方、(2)インターネットに接続した地域密着型のトレーニングセンターを設置し、さらに、(3)電力やガスのエネルギー分野、あるいは鉄道や航空の運輸分野等、公益事業での自由化を一段と積極的に推進すること、等が盛り込まれている。

    こうした動きを総括してみれば、IT革命とは、単にひとつの国のなかでインターネットを通じた電子商取引等、新産業やニュービジネスが勃興し経済成長が高まるだけにとどまらず、そのうねりは国境を容易に越え国際的に大きな影響力を持つ一方、近現代における政治・経済・社会の基本的スキームとなってきた国民国家システムを含め、人々の生活のあり方を根底から覆すエポックメイキングなショックである。

  4. 急がれるわが国IT政策の本格推進

    翻ってわが国の現状をみると、このところIT投資が盛り上がる等、企業サイドを中心にIT革命への適応に向けた取り組みが本格化している。しかしながら、それ以外の分野についてみると、(1)通信インフラでは、わが国でも昨年12月、DSLサービスが開始されたものの、1年間は試験期間とされ、サービス提供区域は東京都、大阪府、大分県のそれぞれ一部に限定されているうえ、料金水準についても割高である。(2)税制面では、政府税制調査会でネット課税導入の方向で検討が始まったばかりである。(3)教育面では、インターネットに接続可能な学校は99年時点で小中学校が32%、高等学校でも64%にとどまる等、総じてIT革命への対応ペースは緩慢なものにとどまっている。

    さらに、わが国電子商取引市場が少なくともアメリカ対比でみる限り小規模にとどまっているのに対して、アメリカでは情報仲介業という新たな事業スタイルが電子商取引拡大の起爆剤として急成長している。こうした現下の状況に、ビジネスモデル特許が国際的にも一段と定着しているという情勢変化を加味してみると、現時点での電子商取引の立ち遅れが中期的なわが国経済成長力の喪失に繋がる懸念が大きい。EUの政策転換をみるまでもなく、IT革命下における勝利の鍵はスピードにある。本格的なIT産業立ち上げに向けた強力な政策の断行は喫緊の課題となっている。
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