Business & Economic Review 2000年04月号
【OPINION】
東京都の外形標準課税導入は再考を
2000年03月25日 藤井英彦
- はじめに
東京都の外形標準課税導入問題が大きな波紋を投げかけている。この問題は、個別業界に対する増税の是非という次元の問題にとどまらず、真の地方主権を実現するために国と地方の関係全般をいかに見直すかという重要な問題提起を含んでいる。
この点、日本総合研究所は、昨年8月、「外形標準課税導入の方向性」と題する提言を発表し、今後目指すべき方向性と基本的な考え方を提示した。その骨子は次の通りである(詳しくは、Japan Research Review 99年9月号参照)。
まず、次の3点から、外形標準課税制度導入の必要性を主張した。
1.地方主権の確立に向け地方自主財源を確保する。
2.応益課税の観点から、広く薄く課税が行われる法人税制への改変によって、一部の利益計上企業に税負担が集中する現行税制の歪みを是正する。
3.同制度導入によって所得に対する税負担が相対的に緩和される結果、企業の収益向上・効率化・体質強化へのインセンティブが付与される。
次に、同制度を新たに導入する場合の条件として、次の3点を指摘した。
1.公平性・中立性の確保
客観性や公平性を十分に担保する明確な基準を設定し、経済活動に対する中立性を確保する。加えて、簡素な税体系の構築や業種別・企業規模別の影響に対する配慮も不可欠。
2.税体系のなかでのバランスの維持
地方消費税や事業所税、不動産税制等、他の地方税や、法人税等国税との関係、さらに個人事業税との関係等も含め、税体系全体という俯瞰的視点から検討を行い、バランスの取れた適正な課税制度とすべき。
3.経済活力保全への配慮
わが国経済の再生・復活こそ最優先課題であるとの認識のもと、同制度導入の時期は景気の本格回復を見極めた後とする、あるいは創業期の企業や新規起業に対しては同制度の適用時期を繰り延べる、等の措置によって経済活力の保全を図るべき。
以上のような観点から今回の都条例案をみると、一自治体の判断で積年の課題である外形標準課税導入に取り組む姿勢をみせた点で一定の評価も可能であるものの、その内容をみる限り、われわれが提唱した基本的考え方・理念から大きく懸け離れたものであり、外形標準課税の名に値しないものといえよう。真の地方主権確立という大命題に立ち戻って、東京都の再考を促したい。 - 問題点
今回の都条例案の主要な問題点を指摘すれば、以下の通りである。
(1)税制の観点
1.公平性・中立性への違背
特定業種(銀行)、しかもそのうちの一部の企業にのみ課税するのは公平性という租税の基本理念に反する。また、特定業種への課税は、経済活動に対する中立性を毀損し、マクロ的な資源配分に歪みをもたらす。 課税対象の限定については、徴税コストの低廉さがその根拠の一つとされているが、そもそも対象限定の政策目的が不明確である点を踏まえてみれば、この議論は本末転倒である。また、応益課税として広く薄い課税を主眼かつ特徴とする外形標準課税制度の趣旨からも逸脱している。
2.税導入プロセスの欠如
今回の都条例案が、課税対象の限定性や課税期間の時限性等で本来の外形標準課税制度から大きく乖離しており、いわば実質的に新税導入である点を踏まえてみれば、国民への周知徹底と国会審議を経た法律成立が不可欠である。今回の都条例案はこうしたプロセスが全く欠落しており、手続き面で重大な欠陥がある。
3.地方間不均衡が拡大
東京都の税収は増加するが、法人事業税は損金算入可能であり、東京都の増税は、金融機関の収益の落ち込みを通じて、国はもとより他の自治体の税収減に跳ね返る。ちなみに、今回の措置による国税・都以外の地方税収の落ち込みは、5年間で2,250億円に達すると試算される。
法律上の疑義
4.法律上の疑義
今回の都条例案の法的根拠は、法人事業税の課税標準の特例を定めた地方税法にあるが、同法には「(現状の)負担と著しく均衡を失することのないようにしなければならない」との規定があり、法律上疑義がある。
また、業務粗利益の3%という課税標準および5年間の時限措置の根拠が薄弱である。これは税収確保だけを狙いとしたものであり、納得性に著しく欠けるだけでなく、適正性の観点からも問題が大きい。
(2)金融システムの安定、景気回復の観点
1.国家の政策目標と矛盾
現在、政府は金融機関の経営合理化・再編・統合を通じて、金融システムの強化・再構築を図っている最中である。金融機関の収益体力を奪う今回の措置は、金融システムの安定性を確保し、わが国経済の再生・復活を図るという国家の大きな政策目標に真正面から矛盾する。
2.邦銀の国際競争力の低下
金融のグローバルスタンダード経営が問われるもとで、今回の措置は、邦銀の国際競争力に影響を与えるだけでなく、その国際評価の失墜を招く恐れが大きい。
3.景気回復を阻害
現在、わが国経済の最大の課題は景気の自律回復による安定成長軌道への復帰である。仮に今回の措置が実施されれば、金融機関の貸出姿勢の慎重化や企業の選別強化、あるいは収益確保のための貸出金利引き上げ等を通じて、景気の回復傾向に水を差す懸念がある。
(3)おわりに
以上のようにみると、東京都の外形標準課税導入は、単なる都財政の再建目的で、しかも一自治体の都合により、その本来の理念と相容れない形で導入するものであって問題はきわめて重大といえよう。下手をすれば、財政再建を急ぐあまり、拙速な消費税率の引き上げや個人の社会保障負担の増大を通じて景気を失速させた97年の橋本政権の失敗の二の舞になりかねない。
もっとも、一部には今回の都条例案を都財政健全化の第一歩と評価する向きもある。しかし、都の財政再建は、都自らはもとより関係諸団体を含め、本格的な行財政改革を通じた思い切った歳出構造の見直しが大前提である。その前提を欠いた安易な増税路線では、真の財政再建は到底おぼつかないと言えよう。
さらに、今回の問題の本質は、東京都という一自治体の財政再建云々ではなく、国と地方を含めたトータルの財政健全化をいかに達成するかというフレームワークの中で、21世紀の税体系のあり方との整合性を視野に入れつつ、国と地方の相互依存関係の仕組みの抜本的改革と一体で行うことにある。
その意味で、本件を一つの問題提起と受け止め、国と地方の財政・税制上の関係を根底から見直すための「地方税財政改革会議(仮称)」を創設することによって、具体的な改革に向けての作業を本格化させるべきである。その一環として、本来の意味での外形標準課税に対する具体的議論が進展することを切に願うものである。