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Business & Economic Review 2000年03月号

【OPINION】
財政健全化法の制定を

2000年02月25日 調査部 湯元健治


わが国の財政状態は、まさに危機的状況にある。99年度末の国および地方の長期債務残高は608兆円、対GDP比で122.7%に達する見込みである他、フローの財政赤字も99年度の二次補正後では、同▲10.7%(実績見込み)と主要先進国中最悪である。このような数字は、将来の財政破綻が単なる懸念ではなく現実味を帯び始めていることを示唆しており、早晩日本国債の格下げとこれに伴う長期金利の急騰という形でマーケットが警告を発し、景気腰折れにつながりかねないとの懸念が指摘されている。

こうしたなかで、今や財政赤字問題は、衆議院選挙を控えて最大の政治の争点となりつつある。小渕首相は、「景気と財政再建の二兎は追わない、当面は景気回復に全力を尽くす」と発言しているが、野党のみならず自民党内部からも反発が高まっている。財政再建を急ぐあまり景気を失速させた橋本前政権の二の舞は避けたいという気持ちは理解できる。しかし、現時点で将来の財政赤字の膨張懸念を払拭するために何の対応も採らないで良い筈はない。過去2年間の財政大盤振る舞いの最大の問題点は、単に財政赤字が危機的水準にまで膨張したことだけではなく、国民全般にモラルハザードの蔓延と構造改革先送りの機運を植え付け始めていることにある。最近の政治主導による児童手当など福祉ばらまきやペイオフ解禁1年延期は、弱者の一律保護からチャレンジへの支援という政策理念の転換とは到底相容れない護送船団方式への逆戻りと言わざるを得ない。日本経済の自律的かつ持続的成長を図るためには、今こそ構造改革の推進と財政健全化に向けて日本丸の舵を切り替えるべき時である。

それでは、財政健全化に向けていかなる取り組みが必要であろうか。この問いに答えるためには、財政の膨張をもたらしてきた主要因が何かを改めて分析する必要がある。

第一は、公共投資の拡大である。バブル崩壊以降の景気対策の総額は120兆円を超える規模に上ったが、この結果として、年々の公共投資の規模は40兆円を超え、その名目GDP比率はバブル崩壊前の6%台半ばから2%ポイント上昇し、8%台半ばに膨張している。この水準は、米英独仏主要先進国平均(2%強)の4倍以上のレベルであり、このような高水準の公共投資が将来的に持続不能であることは、誰の目にも明らかである。

第二は、社会保障給付費の膨張である。国民皆年金・皆保険制度の下で、年金・医療などの社会保障給付は、過去一貫して経済成長の伸びを上回って推移してきた。97年度の社会保障給付費は、69.4兆円と名目GDP比で13.7%と「福祉元年」が叫ばれた73年(6.3兆円、同5.4%)の11倍以上、90年(47.2兆円、同10.8%)対比でみても1.5倍に膨らんでいる。こうした手厚い社会保障制度は少子・高齢化が急速に進展するなかで、もはやサステイナブル(持続可能)ではないことも自明である。

第三は、大幅な税収不足である。これは、景気低迷に伴う循環的な要因と経済再生を目指した大型制度減税(法人・所得税)の双方の要因が重なっている。一般政府の財政バランスがほぼ均衡していた90年度と99年度を比較すると、国税収入が▲14.4兆円(うち制度減税要因▲6.8兆円)と名目GDP比▲2.9%に達している。いずれにしても歳入と歳出のバランスが著しく失衡していることは、一国の円滑な財政運営という観点からは問題が大きい。
以上のようにみると、市場の財政破綻懸念を払拭し、国債の格下げや長期金利の急上昇を回避するためには、公共投資システム・社会保障制度・歳入構造の3分野にわたる抜本的な改革を核とした財政健全化への取り組みが不可欠である。

第一に、公共投資については、中期的な観点から他の先進諸国並の水準(名目GDP比3%以下)にまで削減することを目標に掲げるべきである。そのためには、年平均7.2%、向こう10年間で約5割強の削減が必要と試算される。
これを実現する具体的な方策として、(1)公共投資は原則的に国家的なプロジェクトに限定し、地方への補助事業はPFIに切り替える形で段階的に削減する、(2)地方単独事業は地方の再生にとって真に必要なプロジェクトに限定し、地方の自主的な判断と財源調達に基づき実行する、(3)過度の分離・分割発注から公共事業の非効率化を招く温床となってきた官公需法を廃止する、などの措置が不可欠である。このような改革は痛みを伴うものの、政治と密接に結びつく形で実施されてきた公共事業のバラマキを是正する意味で極めて重要な改革である。

第二の社会保障制度改革については、これまでの延長線上の発想を超えた大胆な改革をしなければ、少子・高齢化が急速なスピードで進むなかで、給付費の抑制はおぼつかない。社会保障給付(年金・医療・福祉その他)の伸びは、1950年度以降97年度までの47年間の年平均で14.4%増、バブルが崩壊した90年代以降に限っても同5.6%と同期間の名目経済成長率の伸びを上回って推移してきた。それでも97年度時点で、国民所得に対する比率は17.8%とアメリカ(18.7%)、イギリス(27.2%)、ドイツ(33.3%)、フランス(37.7%)、スウェーデン(53.4%)などと比べて最も低いレベルにとどまっている。しかし、わが国の高齢化率(65歳以上人口比率)が現行(97年)の15.7%から2025年には27.4%と現在のスウェーデン(17.4%)を10%ポイントも上回ることを考えると、現行制度の大枠を維持したままでは、現在36.9%に止まっている国民負担率の50%以上への急激な上昇と国庫負担の増大による財政赤字の歯止めなき膨張は必至である。このような想像を絶する厳しい状況を回避するためには、原則として、社会保障給付費の伸びにキャップをはめ、国民所得比率の上昇を極力抑制する制度改革が必要である。そのためには、年金・医療・介護の各分野ごとにキャップを設定し、それを超える可能性が高まる場合には、翌年度以降、給付の抑制・削減または新たな財源確保を義務づけるよう法定(または、国会決議)するなどの措置が不可欠である。キャップのレベルは、65歳以上の老齢人口の伸び率に合わせ、伸びの上限を当初4%程度に設定し、段階的に2%以下に抑制することが望まれる。このような改革は、公的な社会保障の対象範囲をナショナル・ミニマムに限定し、個人の自己責任・自助努力をベースとした制度を構築するという社会保障にかかわる基本理念の抜本的転換なしには実現し得ないものである。

第三の歳入構造面での対応をどう考えるべきか。ここでは、2つのケースを想定した。まず、上述したような公共投資の削減や社会保障給付の抑制をしない場合(10年間の一般歳出の伸びを年平均2.5%と想定)、10年後の財政赤字の対名目GDP比率を一定の前提(名目成長率3.5%、税収弾性値1.1、長期金利3%)を置いて試算してみると、同比率は10年後も▲8.2%と高水準を維持すると試算される。仮に、同比率を▲3%以下に引き下げるとすれば、年平均36兆円(消費税率換算10.3%)もの追加財源が必要となる。これは経済活力維持の観点からは、非常な困難が伴う。そこで、先に述べた通り、(1)公共投資を向こう10年間で5割強削減する、(2)社会保障給付の伸びを段階的に2%以下に抑制することによって、一般歳出の伸びをトータルでゼロ以下に抑制するケースはどうか。その場合には、財政赤字比率は▲5.0%まで低下するが、それでも赤字を▲3%以下に低下させることを目標とすれば、年平均13.8兆円(消費税率換算4.0%)と財政健全化のためには相当規模の税収確保が必要との結論が導かれる。いずれにしても、中期的には少子・高齢化のコストを国民全体で広く薄く負担を分かち合うことが不可欠であり、今のうちから国民的な議論を深めていく努力が必要である。

以上のような方策の実効性を高めるためには、財政健全化に向けた取り組みに対して法的強制力を持たせる必要がある。その場合、橋本前政権下で立法化され現在凍結中の「財政構造改革法」をそのまま復活させるのではなく、同法の構造的欠陥を是正した新たな「財政健全化法」を制定することが望まれる。
第一に、財政健全化法の基本的精神として、経済の再生を通じて財政の健全化を実現する旨を定める必要がある。橋本前政権の失敗は、財政再建が自己目的化してしまった結果、硬直的な財政再建目標の設定とその運営に関しても景気の動向にかかわりなく一律かつ硬直的な歳出削減を目指したことから、非効率な資源配分が是正されなかったばかりか、景気悪化を招来し、かえって財政状況を悪化させてしまったことにある。このような失敗を教訓とすれば、まず財政健全化は経済の再生を通じて中期的に実現させるという基本スタンスに基づき、景気が自律回復軌道に乗った後、健全化を10年間で達成することを目標とすべきであろう。そうした観点からは、5 5年程度の中期経済・財政見通しを作成し、これをベースに中期的な視野から財政運営を行う、すなわち財政の単年度主義を改めることが肝要である。さらに付言すれば、景気が循環的な回復局面に入りつつある現時点では、必要最小限の景気への配慮を行いつつも、財政運営は景気の本格回復が始まるまでは基本的に中立型を維持すべきである。将来的に景気後退に陥るような局面では、一時的な法の効力停止条項を盛り込み目標年次の再設定が可能となるような弾力的対応も当然必要となろう。

第二に、何を健全化のメルクマールとするかであるが、フローの赤字が対GDP比で上昇しないためには、第一段階として国と地方のプライマリー・バランス(歳入から公債の発行額、歳出から利払い・償還額を除いたベースの財政赤字)の均衡化を目指す必要がある。99年度(2次補正後)のプライマリーバランスを試算すると、国が11.2兆円、地方が10.4兆円、トータルで21.6兆円(名目GDP比▲4.3%)にも達する。プライマリーバランス均衡化の実効性を高めるには、法の拘束力が国の一般会計予算のみならず決算や地方財政計画・決算にも及ぶようにすることが重要である。橋本政権下の「財政構造改革法」がザル法と言われたゆえんは、法の拘束力が一般会計当初予算のみにしか及ばなかった点にある。プライマリーバランスの均衡化を達成した後は、第二段階としてストックの赤字削減目標(例えば、長期債務残高の対GDP比100%以下)を設定することが有効と判断されるが、ストックベースで赤字を減らしていくには、現在、国と地方合わせて総額31.2兆円(名目GDP比6.2%)にも上る公債費(償還・利払い費)の圧縮が不可欠である。とくに、国債の利払い費は過去14~15年間にわたって10兆円以上の規模に膨張しているが、長期金利が名目成長率を上回って上昇すると、国債費が発散してしまいプライマリーバランスを均衡化させても全体の赤字は改善しないという深刻な事態も予想される。これを回避するには、国債の発行年限の多様化・短期化をさらに進め、(1)借換債も含めた新規発行については原則5年以下の中短期債で行う、(2)60年償還ルールの短期化により、現金償還を進める等の措置を通じて利払い費を抑制する必要がある。国債と地方債の発行残高は総額462兆円に達しており、この利払い負担が1%低下するだけで、4.6兆円(名目GDP比0.9%)もの赤字削減が可能となる。こうした措置は、財政赤字が深刻化したアメリカでも採用され、成功を収めている。

第三は、景気が本格回復軌道に乗るまでのここ1~2年間で、前述した公共投資、社会保障、歳入構造の抜本改革への道筋を付けておくことである。これができなければ、財政健全化は絵に描いた餅に終わりかねない。これらの改革を三位一体で行うことを大前提としたうえで、公共投資のような裁量的支出は、毎年何%削減といった硬直的な運営ではなく、その時々の景気の動向に応じた弾力的な対応ができる余地を残しておくと同時に、一定規模以上には増大しないようキャップをはめる工夫が必要である。他方で、社会保障給付を含めた義務的支出に関しては、アメリカの93年包括財政調整法で採用されたいわゆる「Pay-as-you-go条項」の導入により、目標を上回る歳出増加に対しては、増加分と同額の増税または他の歳出削減を義務づけるなど財政赤字抑制の制度的メカニズムをビルトインしておくことが必要不可欠である。連邦財政の黒字化が実現しているアメリカの経験に照らせば、経済再生・歳入構造の改革による税収増加と財政規律を強力に担保する法的枠組みの双方が相まって初めて財政健全化の達成が可能となる。

以上のような「財政健全化法」は、遅くとも本年中を目処に法制化する必要がある。実際の健全化法に基づく財政運営は、信用保証協会による保証期間の終了やペイオフ解禁など経済の異常事態が終結する2002年4月をもって発効することとし、それまでの間は、上記3つの制度改革を徹底的に推し進めることが重要である。2000年度予算成立後の最優先の政策課題は、与野党が一致協力して中期的な財政健全化の道筋をしっかりとつけ、「市場の反乱」を未然に防ぐことにあるといえよう。
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