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Business & Economic Review 2000年2月号

【OPINION】
ペイオフ解禁に向けた環境整備を急げ

2000年01月25日 調査部 翁百合


金融審議会はペイオフ解禁後の新たな預金保険制度および金融機関破綻処理制度の在り方について最終報告をまとめ、12月21日に蔵相に答申した。この答申は予定通り2001年4月にペイオフを解禁することを前提としているが、政府・与党の一部には、ペイオフ解禁延期論も盛り上がっている。われわれは、次の理由から、ペイオフ解禁を延期すべきではないと考える。

第一に、ペイオフ解禁を延期すれば、21世紀の新たな金融システムと整合的な「小さな預金保険制度」の実現が困難となる。ペイオフ解禁は、大口預金者に自己責任を問い得る環境を作り、金融市場に市場規律、自己責任原則を貫徹することによって、預金・貸出以外の資金調達・運用手段や決済手段の多様化を図り、利用者の利便性の向上や日本全体の金融の効率化につながる。

第二に、ペイオフ凍結をいつまでも続ければ、結局高いコストを国民が払うことになる。預金全額保護といった措置は、きわめて特例的なものであり、既に多額の国民負担が顕現化している。現状60兆円もの公的資金の枠組みが用意され、それでも不十分ということで10兆円の積み増しが予定されているが、ペイオフ解禁延期によってさらにこの枠組みが広がり、国民の負担を増加させることは避けなければならない。

第三に、予定通りの解禁に向けて、金融機関は経営健全化に向けて努力を重ねており、この旗を現段階で下ろすことは適当ではない。現に、海外の有力格付け機関は、ペイオフ解禁を全面延期すれば、邦銀の格付けを引き下げる方向で見直すことを検討中と伝えられ、ジャパンプレミアムさえ発生しかねない状況となっている。
しかし、ペイオフ解禁実現のためには、数多くの課題が残っていることも事実であり、次のような環境整備が不可欠である。

第一は、日本版P&A(資産負債承継)という望ましい破綻処理方式を実現するための監督体制の整備、なかでも事前準備の確保である。まず必要なことは、早期是正措置を見直すことによって、金融機関の自己資本が非常に低くなった場合(例えば2%)は、当該金融機関が資本再建を図ることを促すと同時に、P&Aを自己資本が丁度ゼロを下回った段階で実施することが可能となるように、事前準備に入れるような監督体制を構築することである。実務的にも、承継金融機関選定時における秘密保持の確保、当該金融機関の自己資本毀損度の正確な把握、承継金融機関を見つけるための様々な工夫(例えばロスシェアリングルールの具体的な内容設定)名寄せの実現に向けての金融機関サイドの準備、といったことが極めて重要になろう。このような実務的な検討によって、正味資産ゼロの段階での「早期処理」と、破綻時に預金者が直ちに預金が使えるかたちでの「迅速処理」が確保されなくては、大口預金者に自己責任を問い、かつ安定性を確保できるような金融システムは築けない。

第二は、比較的曖昧な扱いとなっている決済性預金の保護の在り方を早期に明確化することである。そもそも、決済機能の保護のためには、第一の条件整備として挙げた早期処理と迅速処理が担保されれば、足りるはずである。これが担保されないことを前提に、決済性預金を保護するという措置をとることは本末転倒の議論であるといわざるを得ない。また、預金保険制度は本来少額預金者保護のためのしくみである。したがって、決済性預金保護のコストを誰が負担すべきかという議論は、慎重になされるべきであり、仮にこれを負担するのが、受益者の一部である金融機関だとしても、結果的に弱い金融機関を救済するために優良な金融機関がコストを負担する奉加帳であるとの批判も免れ得ないであろう。また、そのコストは最終的に預金者や借り手に転嫁される可能性もある。
仮に、今回の答申に従って時限的な措置として、決済性預金を保護するとしても、それは金利ゼロの預金に限るべきであり、また期間についても2年という明確な期限を設けるべきである。その間に、監督当局に対しては早期処理と迅速処理の実現に向けて、また、金融機関に対してはスイープ勘定(一定の時刻に決済性預金を一時的に投資信託やオフショア口座に振り替えるキャッシュマネジメントサービス)などの新たな決済サービスの実現に向けての努力を促す必要がある。さらに、金融当局も、流通業などによる決済銀行設立といった新しい金融ビジネスを積極的に認めたり、スイープ勘定を実現するための環境整備(たとえば、証券決済システムの効率化や資金調達・運用手段の多様化、法的な環境整備)、企業の資金調達手段であるCP(コマーシャルペーパー)の使い勝手の向上やコミットメントラインの中小企業による利用拡大、個人の運用手段の多様化(国債の制度設計の多様化など)、を促進することが求められる。こうした措置は、預金という商品の特殊性(身近な貯蓄手段であるとともに、決済手段であり、しかも資金仲介手段であるという三位一体性)を相対的に低下させるが、それによって、預金を取り扱う金融機関のシステム維持コストも結果的に押し下げ、この結果、金融システムの活性化と安定化の双方が図られることにつながる。

第三は、金融債の取り扱いについて、基本的な議論を行う必要がある。今回保護預かりの個人向け金融債を預金保険の対象とすることが提言されているが、長期信用銀行制度という制度問題と切り離して議論できるものではない筈である。銀行社債が解禁され、個人向けの取り扱いを始めている銀行もある中、既に歴史的使命を終えている長期信用銀行制度について、議論をし、金融債という特殊な社債の位置づけを問い直すことが求められている。

第四は、郵便貯金の将来像の明確化である。民間金融機関の預金は、原則として1千万円超は保護されなくなり、預金分散の動きが始まる。まず表面化する現象として、地方などでは安全性を重視する観点から、官営の郵便貯金へ資金シフトが起こることが想定され、民間金融機関の資金仲介を遮断する効果(ディスインターミディエーション)を持つであろう。
同時に、今後大きな問題となるのは郵便振替、郵便為替といった決済機能である。例えば、郵便振替口座は、企業でも個人でも自由に開設することが可能であり、金利は付されないが限度額が設けられていない。郵便振替は、公共料金の振替や通信販売の代金払い込みなど、個人が対企業または対個人の関係において多く利用しているが、企業間取引についても何ら制限はない。特に重視すべきは、その支払いについて、郵便振替法によって、国家保証がある点である。また個人は、郵便貯金総合通帳「ぱるる」を持つことによって、送金機能付きで通常貯金の金利を享受することが可能であり、通常貯金の金利は、原則として普通預金の平均的な金利水準(または普通預金の平均的な金利水準と市場実勢を勘案して定めた水準との平均値)に1%程度上回る金利水準を目安として設定するというルール(平成6年)が存在する。今回の金融審議会の答申では、時限的に民間金融機関の決済性預金が保護されることが想定されているが、その際、どの範囲まで、どの程度の金利を付すのか、それともゼロ金利の決済性預金のみを保護するのか、どの程度の保険料を課すのか、といった問題を考える際、郵便貯金との関係を無視して結論が出せるものではない。

このように考えると、21世紀の新たな金融環境における郵便貯金については、公社化の際、将来民営化するのか、それとも民間金融機関の補完としての位置に止まり、その業務範囲を著しく限定するのか、といった二つの方向について、ビジョンを示すことが求められている。

第五は、最も重要な課題であるが、金融機関自身の早期健全化である。特に遅れていると指摘されている信用組合の破綻処理や資本増強については、現状手当てされている金融再生関連法や金融機能早期健全化法を適用することによって、2000年の早い段階から都道府県の当局と新たな監督当局となる金融監督庁による合同検査を始め、公的資金を用いて再編を早期に促すことが求められよう。

以上のような点の他にも、当然のことながら、預金者に対するわかりやすいディスクロージャー、預金者自身の自己責任意識の確立などの数多くの本質的な課題もある。勿論最終的に2001年4月の段階での経済情勢や金融システムの状況、前述のようなP&Aの実現体制の確立など数多くの条件が整うことを見極める必要があることはいうまでもない。ただ、万が一こうした条件が整わず、金融システム全体を混乱に陥れそうな破綻事例が出る場合には、例外的に預金の全額保護や特別公的管理(一時国有化)を適用するシステミックリスクエクセプションも法律上用意できる。したがってペイオフ解禁延期という手段をとらなくても危機的状況には対応が可能なはずである。むしろペイオフ解禁までに残された期間に、上述のような様々な課題に向けて、官民ともに全力で取り組み、日本の金融システムの活性化、日本経済の閉塞感の打破につなげることが肝要である。
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