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RIM 環太平洋ビジネス情報 1997年4月No.37

返還直前にみる香港の将来-政治・経済・社会の焦点

1997年04月01日 さくら総合研究所 伊藤真二


はじめに
香港は、今年7月1日に英国から中国に返還される。世間の関心も日増しに高まっているが、香港返還問題の起源は、19世紀半ばにまで遡る。
アヘン戦争で清朝が英国に敗れ、1842年の「南京条約」により、中国はまず香港島を失い、続いて1860年の「北京条約」によって九龍半島も手放した。さらに、1898年の「香港地域拡張に関する条約」により、英国が新界と付属235島を中国から99年間租借することが決定し、その租借期間は、1997 年6月30日で終了とされた。
中英交渉の結果、英国政府は香港一括返還に合意し、中国政府も返還後の香港の運営を英国政府と協議し、繁栄と安定維持を約諾、1984年12月に「中英共同声明」として中英両国政府により調印された。
香港返還の枠組みは、「一国二制度」と「港人治港」の方針に基づき、香港の現行の社会、経済制度と生活様式を返還後50年間保持するというものである。中国は、1990年4月に共同声明の基本方針に沿って起草された「中華人民共和国香港特別行政区基本法」を全国人民代表大会で採択したが、その後も中国政府は、その実行と、香港の繁栄と安定を維持していくことを繰り返し表明している。
中国への返還後、「現体制は50年間不変」とはいえ、150年に及び英国の支配下にあった香港が全く体制の異なる中国の下に返還されるだけに、香港市民に限らず、国際都市・香港に関係を持つ海外の人々の間には、期待とともに漠然とした不安がうかがわれる。以下では、政治、経済、社会の観点から香港返還問題を考察してみたい。

1.政治
(1) 香港基本法
1990年4月に採択された「中華人民共和国香港特別行政区基本法」は、「香港基本法」と略称され、序言と全9章160ヵ条、および3つの付属文書から成り、返還後の香港のあるべき姿を定めた香港の小憲法といわれる(表1)。

表1 香港基本法から描く返還後の香港
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基本法は、英国植民地下の憲法である「英皇詔勅」と「皇室訓令」に代わり、故トウ小平氏が考案した「一国二制度」の下での香港特別行政区の在り方を具体化したものである。
英国植民地下に比べ、自治権が大きいだけでなく、市民の民主的権利もうたわれているが、その解釈をめぐり、今後、問題が生じる恐れもある。
解釈権は中国全人代常務委員会に帰属し、改訂権も全人代にあることから、中央政府は香港の自治に介入する余地を残し、介入する権力を保持することになる。また、中国社会自体にとって、「人治」から「法治」への移行が課題となっている点も考えると、基本法の実行性がどう確保されるかに関心が集まっている。
返還後の香港人の自由と人権については、世界的にも注目されている。基本法では第27条で、住民は言論、報道、出版の自由や結社、集会、デモの自由などを享有することが規定されているが、その自由の範囲や基準については触れていない。基本法に違反するか否かは中央政府の判断であり、基本法に抵触することを盾に規制を加えることが可能である。
「一国二制度」は台湾統一という最終目的を念頭に考えられたものであり、香港返還はその試金石と位置づけられる。同時に、その運用を間違えると統一はおろか、国家そのものの分裂につながりかねない。
そのような問題が内在している限り、基本法は必ずしも将来にわたって現制度の存続を保証しているわけではない。
97年7月1日以降、香港は中国に完全に復帰するのであり、最優先されるものは国家の統一である。中国が社会主義制度を大前提としていることから、香港住民は微妙なバランスの上で行動することになる。

(2) 香港基本法
92年7月に着任したパッテン総督の選挙制度改革案と、その後実施された民主化選挙により、政治問題をめぐって中英が対立し、中国は独自の返還準備に入った。そしてその結果、「臨時立法会」という基本法に規定のない立法機関が発足することになった。
当初、返還時の立法評議会議員は、返還後の立法機関である立法会の議員として1999年まで勤められるとされていた。
しかし、中国は、パッテン提案が中英共同声明と基本法の精神に違反するとし、95年9月に選挙が実施された現在の立法評議会を返還と同時に解散させることと決め、新しい立法会が選出されるまでの空白期間を埋めるため、臨時立法会を設立した。臨時立法会設立に対しては、香港の民主派だけでなく、当事者である英国のほか米国も反対している。
96年12月21日、初代行政長官の選出に続き、臨時立法会議員の選出も、選挙という民主的な手続きを経て行われたが、香港市民の全有権者が投票したわけでなく、実際に投票したのは中国側が発足させた「香港特別行政区準備委員会」(香港側94人、中国側56人で構成)が選んだ「推薦委員会」の委員400人である。
また、95年9月の立法評議会選挙で大勝した民主派勢力は、「準備委員会」自体から締め出されている。選挙の結果は、60議席のうち55議席を親中派が占めた。現職議員は、民主派を除く33人が当選し、95年の選挙で民主派に敗退した親中派議員9人が返り咲きを果たした。
このような中国の対応は、返還後の香港が民主化の拠点となり、影響が国内に波及することを恐れ、それを防ぐための行動ともとらえられるが、基本法に将来の直接選挙の拡大がうたわれている点から考えると、返還間際に急速に民主化を進めることで、返還後の政治体制に影響を残そうとする英国の思惑を排除したものともいえる。
中国指導部によれば、臨時立法会の活動期間は、返還後長くて1年であるが、97年に入りすでに事前活動を開始している。返還後、臨時立法会による人権法関連条例の改廃などの法律改変が、新たな政治対立の火種となる懸念もある。

(3) 初代行政長官・董建華
96年12月11日、返還後の香港の首長となる初代行政長官に、大手海運会社のオリエント・オーバーシーズ社前会長の董建華氏が、先述の「推薦委員会」により選出された。親中派であると同時に、欧米主要国など海外に幅広い人脈を持つビジネスマンの董氏は、中国側の信頼も厚く、北京の「意中の人物」として早くから本命視されていた。
中国は返還準備の段階で、香港財界を取り込むことが香港経済を安定させ、香港での政策運営を成功させるポイントだと考えていた。準備委員会の香港側委員94人のうち財界人が半分以上を占め、そのほとんどが親中派であり、「商人治港」といわれる理由となっている。
董長官の最重要課題は、香港の経済的活力をいかに保つかである。中国中央政府が恐れるのは、香港内外の企業が返還後の香港に不安を抱き、香港でのビジネスを手控えることである。返還の不安要因は政治面がほとんどで、中国指導部は香港市民が政治的になることを望んでいない。また、董長官も香港市民にあまり政治的行動をとらぬよう呼びかけている。
しかし、香港の「繁栄」は「自由」と密接に絡み合っており、親中派ビジネスマンの董氏が、影響力を行使しようとする中央政府と渡り合い、香港の高度な自治をどう守るか注目される。

2.経済
(1) 積極的不介入政策(レッセ・フェール)
これまでの香港発展の理由は優れたビジネス環境にあり、それには積極的不介入政策(レッセ・フェール)によって作り上げられた自由競争を基本とする経済体制が大きな役割を果たしてきた。
香港政庁は、経済発展には自由で健全な競争が行われることが必要であると考え、自らは、そのようなビジネス活動に最適な環境を整備することに専念して、「最小限の介入、最大限の支援」を行っている。
経済の運営は不介入主義を前提とし、民間企業の自由な経済活動による市場メカニズムの調整機能に任せた。少ない規制と低税率により、香港は世界で最も自由な経済活動の場といわれるまでになっている。
香港政庁は、住民や企業に利潤を追求させることで経済を発展させ、社会を安定させてきた。自由競争の下、社会の公平よりも経済の効率を追求してきたが、そのような政策がとれたのは香港が植民地だったからである。
権限が総督に集中し、社会福祉が無視されても議会政治が存在しないため、政策は強力に実行できる。また、軍事や社会福祉など、経済効率と直接関係のない支出が少ないことは、低税率政策の実施を容易にしている。
しかし、90年代に入ってからは民主化の進展により、政府の政策運営は難しくなってきた。庶民の利益を代表する民主派政党が現れ、植民地である香港にも民意の反映を求める声が大きくなっている。さらに、政府の策定した政策、予算案などは立法評議会でたたかれ、経済への介入や社会福祉予算を増加させる圧力が強まっている。
返還後、基本法によって香港の政治体制は、行政と立法が分離することになる。民主化が進行すれば、政府は幅広い民間の要望や利益をより一層行政に反映させることを迫られることになり、これまでのような効率的な政策の実行は、議会の牽制により、維持することが難しくなろう。
しかし、中国は香港の経済的繁栄を維持したいと考えており、経済政策面からみると、これまで通りのレッセ・フェールによる繁栄を望んでいるといえる。

(2) 中国資本
80年代以降、中国の改革・開放政策の進展は、香港経済に新たな発展の可能性を与えた。香港と中国は貿易、投資などで相互依存関係を深め、それが双方の経済発展を促進させた。
96年の貿易を香港側の統計からみると、地場輸出274億米ドルのうち、対中シェアは29%、再輸出は1,533億米ドルのうち35%、一方、輸入は1,985億米ドルのうち37%が中国からである。
また、中国側の統計で95年の香港から中国への直接投資をみると、中国の外資受け入れ額合計375億米ドル(実行ベース)のうち54%が香港からであり、貿易・投資ともに最大のパートナーとなっている。
さらに、各国企業の対中国ビジネスにとって香港はなくてはならない存在で、巨大市場中国への貿易・投資の前線基地となっている。
一方、中国資本の香港進出も改革・開放を機に急増、95年末現在、新華社香港支社(党・政府の香港における事実上の代表機関)が把握しているだけでも、中国系企業の数は約1,800社、未許可のものを含めるとその数は3,000社とも5,000社ともいわれ、投資額は累計で250億米ドルに達すると推定されている。
その活動も、当初は貿易を仲介する商社的活動が中心であったが、その後は多角化と集団化が図られ、貿易、金融、運輸、不動産など多岐にわたり、インフラ投資や企業買収、金融市場での資金調達など活発な経済活動を行っている(表2)。
香港中国企業協会の発表によると、94年末現在、香港での中国系企業の市場シェアは、貿易総額の22%をはじめ、銀行預金量23%、保険料収入21%、貨物輸送量25%、中国への旅行業務50%、建築工事12%などとなっている。
返還を控え、総資産では425億米ドルと、英国系企業の1,124億米ドルに遠く及ばないものの、中国系企業のプレゼンスが高まっている。特に、中国政府は香港の主権回復後も、金融、運輸、通信、港湾などの基幹インフラに関わる権益を英国資本が独占すること歓迎しておらず、それらの分野ではすでに中国資本が積極的に参入している。
今後、中国系企業のプレゼンスの増大は各企業の行動変化を促すものと考えられ、中国系企業をまず華僑・華人企業が取り囲み、その外側に日米欧企業が位置するビジネス構造への変化が予想される。
また、中国の商習慣が香港に持ち込まれ、従来のビジネスルールが変質し、自由競争市場の秩序が守られるかという心配も一部からは出ている。

(3) 国際ビジネスセンター
必要最低限の貿易・為替管理、ほぼ完全に自由な外資流入、内外無差別で、会社経営・商取引は規制が少なく、低税率で税負担も軽いという点で、香港は世界で最も自由な経済活動の場であるといえよう。
そして、法治主義の下で、インフラも整備されていることから、世界中から企業が香港に進出し、国際金融・貿易センターと呼ばれる地位を築き上げた。
金融面では、世界30ヵ国以上から約500の金融機関が進出する世界一の集積度を誇っており、銀行の対外取引額と外為市場の規模は世界第5位、証券市場は時価総額で同8位である。
また、貿易額は世界第8位、コンテナターミナルの取扱量は世界最大、国際空港は世界第2位の貨物処理量と同3位の旅客数を誇る。
そして、国際金融・貿易センターとして機能する香港には、香港、中国はもちろん、アジア各国の様々なビジネス情報が集まるので、外国企業にとって香港に拠点を持つことは情報収集にも大きなメリットがある。
香港が国際的にそのような地位にあるからこそ、中国としても香港が返還後の繁栄を失うようなことはしないだろう。それは中国の対外的な面子もあるが、中国には現在、香港の機能を代替できる都市がまだ存在しないからである。
たしかに、中国には国際金融センターを目指し開発を進めている上海という存在があるが、香港と上海を比較した場合、経済規模、人材・技術の集積度、インフラの整備状況など、格差はまだ歴然としている(表3)。

表3 国際金融センターとしての比較(1995年)
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また、香港の衰退が上海の発展を速めるという保証もなく、現在の香港のライバルはシンガポールである。
そして、中国という巨大国家と今後のアジア地域の経済規模を考えた場合、将来、上海が発展したとしても、上海は周辺地域と中国全土を幅広くカバーし、香港は華南地域と東南アジアをカバーするなどの棲み分けが可能であり、両者は競争的であるよりも補完的な関係になるだろう。
香港が返還後も今日のような繁栄を続けるか鍵を握るのは、金融市場ではないかと思われる。香港、中国とも、金融当局は香港ドルの安定を最優先に考え、中国側は自国の外貨準備を投入してでも香港ドルを防衛する構えだ。また、香港側も、中国政府や国有企業が香港の資本市場を乱すような資金調達は自制するように牽制している。
中国としては、香港での徴税という直接的な資金の吸い上げはできないものの、国有企業や中国系企業の活動を通して、香港の機能を大陸の経済的発展のために最大限に利用するだろう。
しかし、同時にそれを自制する努力も必要である。香港では、中国との経済一体化という大きな流れとともに、返還を控え、中国資本が台頭しつつある。中国資本優位の状況下で、中国の国益確保が優先されれば、香港が世界中の企業が集積する国際ビジネスセンターとして機能を維持することは困難になろう。

3.社会
80年代に入り、年間2万人前後で推移してきた香港からの移民数は、84年に返還が決まっても、急に増えることはなかった。その後、87年から3万~4万人に増え、89年の天安門事件のあと6万人以上に急増、その後も中英交渉の不調もあり、4万~6万人台で推移した(図1)。
85年から95年までの間に50万人以上が香港を離れており、移民先は、全体の半分以上がカナダであり、その他米国、オーストラリア、ニュージーランド、英国などである。
しかし、返還を前にして、いったん海外に移住した人が再び香港に戻ってくるという「回流」が急増している。香港人材管理協会によれば、「回流」の割合は91年には約8%だったが、92年に16%、それ以降は30%近くに跳ね上がっている。
その理由としては、移住先で永住権を所得し、いつでも香港を脱出できる「保険」を掛け終わったこと、移住先の雇用情勢が厳しいことなどが考えられ、「回流」の増加現象を直ちに香港の将来性に結び付けることはできない。
香港経済にとっては、移民数そのものよりも、頭脳流出が進むかどうかということの方が重要な意味を持つ。返還後の自由を悲観視した場合、公務員をはじめ、医者、弁護士、会計士、教員といった専門職やインテリ層の流出が懸念される。
香港市民約630万人のうち、約80万人が外国のパスポートや永住権という移民の選択肢を持っており、経営管理者、専門職、インテリ層の割合が多い。香港経済はサービス化が進み、95年時点で域内総生産の83.8%がサービス部門で構成されている。優秀な頭脳がそれを支えていることはいうまでもない。
また、香港と中国の経済格差を95年の一人当たりGDPでみると、中国で最も高い上海市と比べても、香港の経済力は11.2倍と著しく大きい。その結果、中国から香港へ莫大な人口流入圧力が生じる。
現在、中国から香港への移民は1日150人に厳しく制限されているが、移民数は着実に増え続けている。一方、不法入境者は後を断たず、返還後の治安悪化が懸念されている。香港と中国の当局は、取り締まりの強化により市民の不安を払拭しようと努力しているが、社会不安の増大が経済発展にマイナスの影響を及ぼしかねない。

おわりに
7月1日の返還を控え、香港の将来については楽観論、悲観論が入り乱れている。両者の根拠は様々であるが、ポイントは中国の対香港政策をどうみるかということに集約され、人々はそれを見極めるため、中英交渉の成り行きを見守ってきた。
96年1月に「香港特別行政区準備委員会」が発足して以来、返還準備は着実に中国ペースで進み、中国の影響力が増大している。また、人権法改廃、臨時立法会などの未解決問題の存在や、返還後の自由への不安も常に意識されている。
しかし、それだからといって楽観論が後退し、取り立てて悲観論が持ち出されているわけではない。人々は「中国政府は香港に政治的には一定のたがをはめるが、経済的な繁栄は望んでいる」と考えるからである。
そして実際には、香港の景気は96年後半から上昇基調に入り、株式や高級住宅を中心に不動産相場は最高値を更新するほど活況を呈していることから、香港経済は返還後に自信を示しているようにもみえる。
香港は国際的なビジネス都市であるため、返還後にその経済的な繁栄、とりわけ国際ビジネスセンターとしての価値がどうなるかということが最大の関心事といえよう。中国政府は威信にかけてもそれを守るだろう。返還前後に資本の逃避など突発的な事態が起こった場合、中国政府は全面的に香港を支援すると思われる。
また、最近の株式、不動産価格の高騰も中国資金の流入の思惑からといわれており、短期的には、香港経済の繁栄を重視する中国政府の姿勢が好意的にとられ、香港の将来を楽観視する要因となっている。
しかし、中・長期的には、中国政府のそのような姿勢よりも、自由市場経済の枠組みが維持されることの方がより大切である。自由経済市場が成り立つ根底には、法の支配や思想、言論、報道の自由などの存在がある。それらが中国政府の介入対象になり得る以上、香港の先行きには不透明感がつきまとう。
仮に香港の繁栄が続いたとしても、市場のルールが変質すれば、その繁栄はこれまでとは異質なものであり、香港が将来的にも国際ビジネスセンターとしての地位を享受できるかどうかは別問題である。

主要参考文献
1. Hong Kong Government「HONG KONG 1996」
2. さくら総合研究所 環太平洋研究センター「香港・広東省での事業展開」太平社 1992年
3. 菊池誠一「中国の香港 返還後の経済イメージ」サイマル出版会 1996年
4. 中野謙二、坂井臣之助、大橋英夫「香港返還-その軌跡と展望」大修館書店 1996年
5. さくら総合研究所 環太平洋研究センター「早わかり 図で読むアジア経済」 プレジデント社 1996年
6. 稲垣清「香港返還と中国経済」蒼蒼社 1997年