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RIM 環太平洋ビジネス情報 1999年7月No.46

邦銀のアジア戦略再構築に向けて

1999年07月01日 さくら総合研究所 高安健一


はじめに

1997年7月に通貨危機が発生してから、すでに2年が経過した。この間に、日本とアジア諸国・地域の銀行は共に、景気の急激な落ち込み、国内金融システムの動揺、外貨調達力の低下などに見舞われたのに加え、不良債権の処理、規制緩和や国際標準への対応、外国金融機関の国内市場への進出、金融機関の整理・統合といった事態に直面した。

本稿は、このように経営環境が激変するなか、邦銀がアジア市場においてどのような対応をみせたのかを、融資残高の変化を中心に整理した上で、今後のアジア戦略の策定に際して考慮すべき事柄を、欧米銀行のアジアでの活動や、99年3月に邦銀8行から提出された「経営の健全化のための計画」などの内容を踏まえて述べるものである。

I.経済危機と邦銀の対応

通貨危機が発生して以来、アジアをめぐるクロスボーダーの銀行資金の流れは大きく変化した。この I では、借り手であるアジア主要国と、貸し手である邦銀を含む先進主要国銀行の両面から、この点について明らかにする。

1.大きく減少したアジア諸国の借入残高

アジア諸国・地域による、国際決済銀行(BIS)報告銀行(主要先進17カ国の銀行)からの借入残高(表1)は、97年6月末から98年12月までの1年半の間に、3,894億米ドルから2,979億ドルへと、-23.5%、-915億ドルの減少を記録した。借入残高を大きく減らしたのは、韓国(-381億ドル)、タイ(-286億ドル)、インドネシア(-139億ドル)、マレーシア(-80億ドル)であった。逆に、中国(+3億ドル)、インド(+5億ドル)、フィリピン(+20億ドル)では借入残高が増えた。次に、減少率をみると、タイ(-41.3%)、韓国(-36.9%)、マレーシア(-27.7%)、インドネシア(-23.7%)の順となった。なお、オフショア市場である香港とシンガポールの借入残高は、共に-40%程度と、大幅に削減された。

このように、通貨危機の借入残高への影響は、国際通貨基金(IMF)に支援を仰いだタイ、インドネシア、韓国、およびIMFには頼らずに経済再建策に取り組んできたマレーシア、(注1)そして域内の国際金融センターである香港とシンガポールで大きかった。

2.邦銀のアジア向け債権残高の変化

次に、資金の貸し手である邦銀がどのような対応をみせたのかを、都銀9行のアジア向け債権残高(円建て)の変化をみることで確認してみたい(表2)。(注2) 98年3月末と99年3月末とを比較すると、アジア向け債権の合計は14兆4,753億円から10兆6,106億円へと、26.7%減、3兆8,647億円の減少となった。すべての都銀が残高を削減したことに加え、国内外を合わせた総貸出に占めるアジアの比率が、全行ベースで5.4%から4.3%へと1.1ポイントも低下(最小の銀行で0.4ポイント、最大で1.7ポイント)し、国内を大きく上回るペースでアジア向け債権の削減が行われたことを示している。加えて、98年度上期(4~9月)と下期(10~翌3月)とを比較すると、上期に約9,700億円、下期に約2兆8,900億円が削減されている。98年中頃からの金融システムの動揺、株価の下落、外貨調達の困難化などを背景に、都銀9行が年度末に向けて、急激にアジア向け債権残高を圧縮したことがうかがえる。

表2 都銀9行のアジア向け国別債権残高の推移
Graph

98年3月末と99年3月末とを比較したとき、債権残高の減少額が大きいのは、香港(-1兆843億円)、タイ(-7,899億円)、インドネシア(-6,287億円)で、減少率ではインドネシア(-37.4%)、タイ(-34.2%)、シンガポール(-32.3%)の順となる。ただし、その中にあって、フィリピンと韓国の貸出残高は、98年9月末に98年3月末比で増大した。これは、フィリピンについては、他のアジア諸国と比較して通貨危機の影響が大きくなかったことによるものと思われる。韓国については、98年1月に国際銀行団との間で債務の繰り延べ交渉が妥結したことによる特殊要因を反映したものであり、通貨危機発生前と比べると債権残高は、実質的には減少したと推測される。アジア向け債権残高全体に占める国別の構成比をみると、インドネシア(11.6%→9.9%)やタイ(16.0%→14.3%)がシェアを低下させた一方で、韓国(8.9%→12.3%)、マレーシア(5.2→5.7%)、中国(12.2%→12.4%)、フィリピン(0.9%→1.0%)の比率が高まった。

これまでみてきた国別の債権残高の変動は、基本的にカントリー・リスクの変化を反映している(表3)。97年3月と99年3月とを比較すると、カントリー・リスクが大きく高まったのは、インドネシア(23.7ポイント)、韓国(18.7ポイント)、マレーシア(16.5ポイント)、タイ(14.2ポイント)であった。ただし、99年3月発表分では、98年9月末と比較して悪化ペースに歯止めがかかっており、香港とフィリピンについては、わずかではあるが評価が改善した。シンガポール、台湾、香港のカントリー・リスクは、通貨危機発生後もさほど変化していないが、そうした国・地域への邦銀の債権が大きく減少したのは、日本国内の要因を反映したものと思われる。中国については、評点がほとんど変化していないものの、広東国際信託投資公司(GITIC)の経営破綻などの問題が響いたと推測される。

また、通貨危機が発生して以降、邦銀は対アジア与信残高を、短期貸出を中心に削減した。期間が1年以内の与信が最も減少しており、その構成比は97年6月末から98年12月末までの間に、58.6%から48.0%へと、10.6ポイントも低下した(表4)。こうした傾向は、邦銀が融資残高を大きく減らしたタイ、マレーシア、インドネシア、韓国などで顕著であった。(注3)

3.収益への影響

アジア経済危機は、邦銀の収益にも大きな影響を及ぼした。都銀9行の決算短信に掲載されている所在地別セグメント情報(表5)を、平成9年度と平成10年度について比較すると、次のような点が指摘できる。(注4)

国内外を合わせた資産規模は、520兆円から492兆円へと、5.5%減、28兆円の減少となった。その中にあって、国内が14兆円増えた一方で、海外はすべての地域で前年度比減となり、アジア・オセアニアが-33.6%(-18兆256億円)、欧州が-41.7%(-14兆3,479億円)、米州が-18.9%(-9兆5,588億円)となった。

アジア地域では、一般企業の売上に相当する経常収益が2兆8,101億円から2兆1,784億円へと、22.5%減、6,318億円減少した一方で、経常費用の削減が3,576億円にとどまったため、経常利益は98年3月期の1,312億円の黒字から、-1,430億円の赤字に転落した。すべての都銀が98年3月期と比べて経常収益を減少させ、そのうち経常利益を確保できたのは3行のみであった。なお、経済が好調な米州では、経常利益が3,246億円から2,588億円に縮小したものの、黒字を維持した。

アジア向け資産の急激な圧縮は、それ自体、減収要因であろう。また、経常収益の落ち込みを経常費用の削減により、短期間のうちに十分にカバーするのは難しいように思える。加えて、平成10年度中に、いわゆるジャパン・プレミアム(邦銀に対する上乗せ金利)が大幅に拡大したこと、そして外貨調達そのものに困難が生じたことも、収益に影響したといえよう。都銀8行の外貨資金運用調達状況を、97年9月末(実績)と99年3月末(見込み)とで比較すると(表6)、外貨の運用は-36.2%、調達は-37.2%と、共に大きく減少した。外貨運用面では、インターバンク運用が大幅に縮小するとともに、外貨建て有価証券が落ち込んだ。外貨建て貸し出しは、2,326億米ドルから1,683億ドルへと、27.6%も減少した。他方、外貨調達は、顧客性預金には大きな変化はなかったものの、インターバンク調達の急減などにより、邦銀はいわゆる本店から海外支店への円投で外貨不足をしのぐことを強いられた。

次に、邦銀の対アジア債権残高全体の通貨別内訳をみると、円建て比率は34.1%で、ドル建てが圧倒的に多い北米(11.1%)よりは円建て比率は高いが、欧州(40.8%)よりも低い水準である。(注5) 邦銀のアジアでの貸出業務は、外貨調達上の影響を比較的を受けやすい通貨の構成になっていると推測される。

4.日米欧の銀行の対応比較

次に、通貨危機発生後の日米欧銀行の対応について整理してみたい。表7は、日本、ドイツ、フランス、英国、米国、オランダの6カ国の銀行が保有するアジア諸国向け債権残高を、97年6月末と98年12月末とで比較したものである。

(1) 邦銀

BIS報告銀行のアジア向け債権をみると、この間6カ国間での順位の変動は、米国(4位→5位)と英国(5位→4位)が入れ替わったのみであった。邦銀は、一国としては最も多い債権を引き続きアジアに保有している。しかしながら、邦銀は債権残高を-30.6%、-379億米ドルと、最も大きく減らしており、そのシェアは31.8%から28.8%へと低下した。国別に債権残高をみると、邦銀は8カ国中6カ国でシェアを低下させ、3カ国で順位を下げた。中国、インド、フィリピンなど、1年半の間に借入残高を増やした国でも、日本はシェアを落とした。

(2) 米銀

米銀が持つアジア向け債権残高は、もともと通貨危機前から日欧を大きく下回っていたが、その削減率は-37.4%、削減額は-121億米ドルに達し、日欧を上回るペースで債権残高を減らした(前出表7)。米銀は、邦銀とは異なり本国での経営が好調であるにもかかわらず、アジア向け債権の削減に動いたのである。

邦銀と比較した場合の米銀の特色として、次のような事柄が指摘できる。第1に、米銀のクロスボーダー債権(調整後)のうち、先進国向けが74.5%を占めており、新興成長国の比率は低い。アジア向けクロスボーダー債権(C)の比率は、98年末時点で6.1%であり、しかも統計上アジアに分類されている国々から中東諸国を除くと、4.8%となる(表8)。第2に、米銀のアジア向けクロスボーダー債権(C)のうち、17.9%はデリバティブ取引であり、融資残高の比率が高い邦銀とはポートフォリオの構成が異なる。第3に、マネーセンターバンク6行が対世界クロスボーダー債権(C)の83.%、アジア向け債権の78.1%を占めており、海外業務が特定の銀行に集中していることがうかがえる。第4に、アジア向けデリバティブ取引のほとんど(99.6%)をマネーセンターバンクが手掛けており、その比率はクロスボーダー債権(A)のシェア(73.4%)を上回っている。第5に、通貨危機が発生して以降、アジア諸国の金融システム再建、不良債権問題の処理、M&Aに関するアドバイザリー業務は、米国勢の独壇場となっている。

(3) 欧州銀

欧州の銀行は、90年代中頃を境に、アジア向け債権残高を積極的に増やしてきた。先進国銀行のアジア向け債権残高に占める各国・地域の比率は、95年末には日本が36.8%、欧州が38.6%、北米が9.8%、その他が14.9%であった。これが98年末には、日本が28.8%、欧州が50.2%、北米が8.7%、その他が12.3%となり、欧州が過半を超えるに至った。(注6)

各国の状況を97年6月末と98年末とで比較すると(前出表7)、英国は-3.0%(-9億ドル)、ドイツは-15.7%(-74億ドル)、フランスは-16.4%(-66億ドル)と、それぞれ債権残高を削減したが、各国の削減率は日米を大幅に下回っている。オランダについては、残高が6カ国の中で最も少ないものの、128億ドルから189億ドルへと47%、61億ドル増えた。表7には掲載していないが、デンマーク、フィンランド、ノルウェーも融資残高を増加させた。アジア戦略を強化している欧州銀行としては、ドイツ銀行、ABNアムロ銀行(オランダ)、INGベアリングズ(オランダ)、スタンダード&チャータード銀行(英国)、香港上海銀行(英国)などが挙げられる。

II.アジア戦略の再構築に向けて

1.現時点のアジア戦略

歴史をさかのぼると、米銀は82年にメキシコの対外債務問題が顕在化して以降、中南米の累積債務問題と国内の不良債権問題の処理に追われる一方で、国内市場では、邦銀をはじめとする外銀の勢力拡大や、資金の運用・調達の資本市場へのシフトなどの変化にさらされた。そうした中にあって、米銀は金融技術革新、リスク・マネジメント革命、(注7) グローバル戦略、M&A戦略などを結実させて、復活を遂げたといえよう。邦銀は今、かつての米銀のように復活への準備ができているのだろうか。アジア戦略については現状、積極的に事業を拡大する段階にはなく、事業のリストラを進めているところといえよう。都銀8行が99年3月に公表した「経営の健全化のための計画」に描かれているアジアでの事業展開は、次のように整理できよう。(注8)

国際業務のリストラの中心は、資産圧縮と海外拠点の整理・統合である。前者については、外貨調達能力をにらみながら、適正なレベルが模索されているように思える。海外拠点については、アジア地域を引き続き重視するものの、拠点は整理・統合される方向にある。表9は、都銀8行の海外拠点のうち、支店と現地法人について、2003年までの計画を含めて示したものである。97年3月末時点で173店に達していた支店は、47%減少して92店になると見込まれ、(注9) 現地法人は、157社から37%減少して99社となる計画である。(注10)

次に、資産の運用では、リスク比採算性の高い分野への取り組みや、シナジー効果の大きい取引、金融技術などの利用価値の大きい業務に絞り込む方針が打ち出されている。日系企業をコアビジネスあるいは最重要顧客として引き続きフォローするとの姿勢が明確に打ち出されており、そのために必要なインフラとしての拠点ネットワークを維持する方針である。その一方で、海外非日系企業を中心に、貸し出しの抑制を進め、アセットを伴わない形の取引、金融技術の利用価値の大きい業務の提供を志向している。他方、調達面では、インターバンク調達を減らして、顧客性預金の維持・獲得を進める傾向にある。

2. 長期的視点から考慮すべき事柄

これまで述べてきたように、過去2年ほどの間に、邦銀を取り巻く経営環境は、様々な面で大きく変貌してきた。ここでは、今後、長期的な視点からアジア戦略を再構築するに際して考慮すべきポイントを4つ、指摘しておきたい。

(1) リスク管理の強化 

アジア通貨危機が発生して以来、リスク管理の重要性が再認識されている。「経営の健全化のための計画」においても、カントリー・リスク管理の必要性が強調されている。カントリー・リスクの総量を管理するとともに、リスクの分散を図るため、評価ランク・国別与信枠の適切な設定、対象産業の分散、国別与信枠の適用期間の定期的な見直しなどを強化することが述べられている。さらには、カントリー・リスク管理を強化するための組織改革を行う邦銀もある。

今後、カントリー・リスク管理体制を強化するに際して、次の4点に配慮する必要があろう。第1は、アジア通貨危機が発生して以来、個別の国の信用リスクが短期間のうちに大きく変動したのみならず、多くの国々が同時に通貨危機に見舞われ、信用リスクの伝染(contagion)というべき事態が発生したことへの対応である。さらに、信用リスクは、新興成長諸国の債券利回りの急上昇(価格の下落)にみられるように、マーケット・リスクに転化しながら、ロシアや中南米にも拡大していった。邦銀が香港に持つ証券現地法人が、金利や為替の変動リスクを被ったことは記憶に新しい。

第2に、過去2年の間に、IMFの経済政策の妥当性という意味での政策リスク、中国の広東国際信託投資公司の事例にみられるような政治リスクやリーガル(法務)リスクが顕在化したといえよう。これらは、経済・金融統計の分析だけでは適切に把握することができないものである。

第3に、アジア諸国のカントリー・リスクにかかわる問題ではないが、ジャパン・プレミアムや外貨調達能力といった、貸し手である邦銀の調達面での困難に伴い、融資ポートフォリオの急激かつ大幅な修正を強いられるリスクがある。

第4に、BISによる信用リスク規制の改定が、アジア向け融資ポートフォリオの構成に影響を及ぼす可能性が出てきた。99年6月3日に、BISのバーゼル銀行監督委員会は、「新たな自己資本充実度の枠組み」と題した市中協議案を公表した。これは、BISの自己資本比率規制が制定されたのは88年であり、実情に合わなくなってきていることから、銀行の自己資本比率を算出する際の分母となるリスク資産の評価をより実態に近づけようとするものである。

現状、リスク・ウェイトは、OECD加盟国については、対外債務のリスケジュールを5年間していなければゼロである(表10)。ところが現時点では、トリプルBの格付けを持つ韓国はOECD加盟国なのでリスク・ウェイトはゼロだが、その一方で、格付けがトリプルAのシンガポールはOECDに加盟していないので、リスク・ウェイトは100%でカウントされている。「Financial Times」紙(99年6月10日付け)によると、新たな規制案が実施されるまでに今後2~3年を要するにもかかわらず、すでに国際金融市場でリスク・ウェイトの比率が高まる方向で改定される可能性のある東欧諸国の債券利回りが上昇したという。

(2) 企業セグメントの再検討

邦銀は、通貨危機に見舞われるまでは、日系企業をコアとしつつ、非日系企業へと企業セグメントを拡大していた。98年3月末時点での都銀9行の貸出先の構成は、(注11) 非日系企業49.0%、金融機関6.7%、公的機関4.3%、日系企業37.6%、その他2.4%であったとの指摘がある(ただし、非日系企業には、日系企業の資本が入ったものが相当含まれている模様である)。通貨危機が発生して以降、邦銀は、日本国内で取引関係があり、アジアに多くの拠点を持つ日系企業を重視する一方で、非日系企業については融資残高を調整してきた模様である。しかしながら、将来的に邦銀の貸し出し余力が回復、またはアジア諸国の資金需要が回復した場合へのシナリオを描いておくことも肝要であろう。

表11には、日本を含むアジア11カ国・地域の企業セグメントが掲載されている。このうち、日本を除くアジア10カ国・地域だけで、(1)欧米多国籍企業が約5,000社、(2)アジア各国に拠点を持つアジアのグローバル企業が約700社、(3)アジアの大手国内企業が約3,000社、(4)ミドルマーケット企業が約3万社、(5)中小企業が約4,200万社ある。中小企業が全体の98%を占めているが、(1)~(3)だけでも8,700社程度に達し、国境を超えた事業活動を行う欧米多国籍企業と地場有力企業がアジアに多数存在することがわかる。しかも、こうした企業の多くが日系企業と取引関係を持っているはずである。

アジアに拠点を持つ顧客のニーズが高度化している可能性がある。例えば、欧米の多国籍企業はアジアにおいて、リスク・マネジメント、キャッシュ・マネジメント、トレード・ファイナンス(貿易金融)をはじめとして、多くの金融サービスを求めている。現状、トレード・ファイナンスやキャッシュ・マネジメントは、主にシティバンク、ABNアムロ銀行、香港上海銀行、スタンダード&チャータード銀行などによって供給されているとの指摘がある。(注12) 邦銀としては、独自にそうしたサービスを提供するにせよ、戦略的提携を進めるにせよ、何らかの対応を示す必要があろう。

シンガポールや香港に多数設立されている日系企業の地域統括拠点に対するリスク管理ビジネスも求められようし、アジアでの資金管理を円滑にするキャッシュ・マネジメント・システム(CMS)への需要もあろう。邦銀がアジアにおいて拠点網を整理・縮小しなければならないのであれば、なおさらその穴を情報通信ネットワークを活用して埋める必要があろう。さらには、アジアにおいても、金融機関が他の業界に属する企業と共同で、EDI(Financial Electronic Data Interchange:企業間の商取引情報を電子化して交換)への対応を求められることも十分にあり得る。

(3) 金融構造の変化

通貨危機が発生してから、アジア諸国の金融構造(financial structure)の変化が加速しており、各国市場における邦銀の位置づけも変わりつつある。金融構造の変化は、3つの相互に関連し合った側面からとらえられる。第1に、金融システムの弱体化と再建の過程で、金融機関が淘汰され、数が大幅に減っている。タイやマレーシアでのファイナンス・カンパニーの整理・統合、インドネシアでの銀行の大量閉鎖、韓国での銀行の整理・統合などがその代表例であろう。

第2は、M&Aを通じての各国金融界の勢力図の変化である。シンガポール開発銀行(DBS)によるタイのタイ・タヌ銀行の買収、オランダのABNアムロ銀行によるタイのバンク・オブ・アジア銀行やフィリピンの貯蓄銀行の買収、英国のスタンダード&チャータード銀行によるインドネシアの地場銀行の買収などがその代表例として挙げられる。しかしながら、98年の銀行部門のM&Aは、9カ国で約56億米ドルであり、通貨危機前の96年とほぼ同じ水準であった。各国政府が97~98年に国有化した銀行資産は150億ドルであり、今後民営化される過程でM&Aの対象となるとの指摘がある。(注13)

第3は、日本を含むアジアの銀行の国際化戦略の後退である。シンガポールの銀行が海外戦略を強化しているのを除くならば、通貨危機発生前まで積極的に国際展開を進めていた韓国やタイの銀行も、続々と海外拠点を閉鎖している。

アジアで邦銀の勢力が、債権残高や拠点網などにみられるように退潮する中にあって、80年代中盤以降の中南米のように、欧米の銀行が金融構造の変化を主導する立場に立ちつつあるように思える。アルゼンチンやベネズエラでは、外銀が貸出残高に占めるシェアは、80年代前半には5%に過ぎなかったが、両国政府が国内金融市場の近代化に力を入れるとともに外資に国内市場を開放して競争原理を導入した結果、97年までに外資が銀行資産のそれぞれ55%、45%を保有するに至った。(注14) アジアは、ラテン・アメリカと比較して言語や文化が多様であり、規制緩和やグローバル・スタンダードの浸透レベルも国によって異なるが、金融構造は着々と変化してきている。

(4) 重点業務の選定

1) 国内業務と国際業務の位置づけ

近年、邦銀に限らず、多くの企業が業務の選択と経営資源の集中に取り組んでいるといえよう。ここではまず、国内業務と国際業務のシナジー効果について、簡単に整理してみたい。

図1は、平成10年度について、縦軸に国際業務粗利益率、横軸に国内業務粗利益率をとり、都銀9行の平均値(加重平均)、および各行の数値をプロットしたものである。平均値は、国内業務粗利益が1.68%、国際業務粗利益が1.42%である。図1で、(1)の領域は国内業務、国際業務とも平均以下、(2)は国内業務は平均以下、国際業務は平均以上、(3)は国内業務、国際業務とも平均以上、(4)は国内業務は平均以上、国際業務は平均以下であることを、それぞれ示している。

 都銀9行のうち、(3)に属するところはなく、国内業務と国際業務の間にシナジー効果が働いていないことがうかがえる。(注15)国際業務で平均を上回っている2行についても、国内業務は平均以下である。邦銀としては、理想的には(3)の領域を目指すことになろうが、戦略的に(2)や(4)を志向して、国内外を合わせた収益を極大化する道もあろう。いずれにせよ、到達点の設定と、そこに至るまでのプロセスを明確にする必要があろう。

2) アジアでの業務の選択

邦銀は、国内外の経営環境が極めて厳しくなる中で、リストラを進めている。しかしながら、その一方で、環境変化に過剰に対応(over adaption)してしまうリスクもあろう。問題は、次なる成長戦略を内在した事業の再構築が、現時点でなされているのか否かということである。通貨危機が発生して以来、資産圧縮や拠点の整理・統合のみならず、証券現地法人やデリバティブ拠点の縮小や整理、人員削減、非日系企業との取引縮小、日本の本部における国際関連部の縮小などが進んできた。

問われるべきは、次なる拡大期が訪れた時に、競争力を高めているであろうアジアの地場有力金融機関や、欧米の金融機関に、どのように対抗していくのかということである。今後の邦銀のアジア戦略については、(1)業務を絞り込み過ぎると、先述の国内業務と国際業務のシナジー効果の例にみられるように、範囲の経済性が働かなくなる恐れがあること、(2)資産削減により、規模の経済性が低下すること、(3)海外拠点の整理により、ネットワークの経済性が低下すること、(4)国内・国際関連部の縮小により、ノウハウや情報の生産・蓄積・配分機能が失われてしまうことなどが憂慮される。アジアで、欧米や地場の有力銀行の攻勢が厳しくなることが予想される中において、邦銀が優良日系企業向けの一般商業銀行業務を競い合う展開になると、長期的にアジアにおける邦銀の地位が低下することは避けられまい。また、邦銀としては、「円」を利用したビジネスの推進、あるいは資産の増加を伴わない手数料ビジネスの拡大も、選択肢の一つとなろう。

おわりに

本稿では、アジア通貨危機が発生して以降の邦銀の動きに焦点を当ててきたが、長期的な視点に立つならば、邦銀の国際業務の転換点は、90年代初めに訪れていたといえよう。それは、(1)邦銀の対外貸出に占める米国と欧州の比率が低下していたこと、(2)国際金融業務の主幹事ランキングで邦銀が後退したこと、(3)95年よりジャパン・プレミアムが存在していたことなどから理解できよう。90年代前半からの邦銀のアジア戦略の強化には、欧米市場において利ざやを稼げない、あるいは欧米主要金融機関との格差拡大の裏返しとして、地理的に近く、日本企業が多数展開するアジアを重視したという面があったことは否めない。

邦銀にとってアジアは、引き続き国際業務の主戦場であり続けよう。アジアは、長期的には、経済の潜在成長力が高く、資金の運用・調達ニーズがあり、多数の顧客が事業を展開する地域であることに変わりはない。邦銀は現在、中長期的視点から、適正な利益水準を確保していくための戦略の構築を求められている。しかし、アジア・マーケットは、通貨危機以前のように市場が保護され、マージンが高く、銀行部門のM&Aがほとんど行われないという居心地のよいマーケットではなくなっているはずである。(注16)

アジア諸国をめぐる経済・金融環境が好転し始めている。通貨危機が発生して以降、アジア諸国の資金調達活動が著しく停滞し、アジア主要10カ国・地域(香港、韓国、シンガポール、台湾、インドネシア、フィリピン、マレーシア、タイ、中国、インド)でみると、国際債(international bonds)は、96年の250件、360億米ドル、97年の199件、400億ドルから、98年には35件、113億ドルへと減少、他方、シンジケート・ローンも、96年の1,365件、864億ドル、97年の1,041件、975億ドルから、98年には345件、332億ドルへと急減した。(注17)しかしながら、99年に入ると、アジア諸国の外貨建て債券の利回りと米国国債の利回り格差が急速に縮小、マレーシアが99年5月に10億米ドルのグローバル債を発行するなど、アジア諸国は国際資本市場に復帰しつつある。また、アジア向けシンジケート・ローンが、99年1~5月に欧米主要銀行で急増したとの報道もある。(注18) ジャパン・プレミアムは、99年6月末時点ではほとんど解消している。通貨危機の発生にせよ、経済危機からの再生にせよ、変化が速く、かつドラスチックであるのが新興成長国の特色であろう。



  1. これら4カ国では、金融システムの弱体化が観察され、なかでも民間銀行の不良債権問題が深刻化した。通貨危機発生から99年3月末までの金融システム再建については、高安健一・横江芳恵「アジア経済再生の鍵を握る不良債権問題(PDF:318.0KB)」(さくら総合研究所環太平洋研究センター『環太平洋ビジネス情報RIM』1999 Vol.2、No. 45所収)参照。また、98年10月に発表された「新宮沢構想」がこれまで実際に適用されたのは、これら4カ国にフィリピンとベトナムを加えた6カ国である。
  2. すべての都銀が国別のアジア向け債権残高を公表するようになったのは、98年3月期決算より。
  3. 通商産業省が98年9月に発表した調査結果によると、35%の企業が、アセアン4、中国、および韓国における現地法人が、本邦金融機関、地場金融機関、欧米金融機関を含む民間金融機関から、何らかの形で融資条件の変更などを求められたと回答した。また、現地法人が事業計画の見直しや事業縮小などで何らかの影響を受けていると回答した企業も、同じく35%に達した(通商産業省「アジアの現地法人に対する「貸し渋り」の状況について」1998年9月)。
  4. 表5の分類での所在地別セグメント情報が公表されるようになったのは、平成11年度3月期の決算より。
  5. 日本銀行金融市場局「BIS国際資金取引統計の日本分集計結果(98年9月末現在)について」(『日本銀行調査月報』1999年2月号所収、p.82)。
  6. BIS『BIS Consolidated International Banking Statistics for End-1998』、p.
    10。
  7. この点については、御代田(1994)が優れた分析を展開している。
  8. 各行の「経営の健全化のための計画」は、金融再生委員会のホームページで公開されている。なお、90年代中盤までの邦銀のアジア戦略については、さくら総合研究所環太平洋研究センター編『アジア新金融地図-成長市場を制するのは誰か-』の第5章「邦銀のアジア戦略」(日本経済新聞社、1996年)、pp.173-223参照。p.
    174の図表44の「邦銀のアジア戦略についての考え方」に記されているように、通貨危機前までの邦銀のアジア戦略は、(1)国際金融センターとして付加価値を高めている香港とシンガポールの拠点強化、(2)投資銀行業務への積極的な取り組み、(3)全社的なリスク・マネジメントの強化、(4)アジアの市場特性、顧客ニーズに合った組織形成、という具合に整理できよう。
  9. 表9で、2003年の支店数が前年より1つ増えているのは、三和銀行がフィリピンで支店を開設する計画であるため。
  10. これに対して、米銀は26行がアジアに139の拠点を有している(ただし、駐在員事務所を含む)。ドイツ、フランス、英国、オランダを合わせると、46の銀行が218の拠点を持つ(『The
    Banker』May 1999、pp.60-66より算出)。
  11. ゴールドマン・サックス証券(1998)。
  12. Casserley(1999)、p. 47。
  13. Casserley(1999)、p. 60。
  14. Casserley(1999)、p. 59。
  15. 平成7年度から9年度についても、ほぼ同じ結果が得られる。

主要参考文献

  1. 川本明人『多国籍銀行論-銀行のグローバル・ネットワーク』ミネルヴァ書房 1995年
  2. 『金融ジャーナル』「特集:新局面を迎えたアジア戦略」(金融ジャーナル社、1998年7月号所収)
  3. ゴールドマン・サックス証券「都銀のアジア向け債権損失の影響-将来的な影響はさらに拡大する可能性も-」1998年8月18日
  4. さくら総合研究所調査部「欧米主要銀行に見る経営効率化の足跡」(『調査レポート』No.22)1999年4月
  5. 津山峻「邦銀の国際金融業務への参入について-マネーセンター・バンクは何行か」(外国為替貿易研究会『国際金融』1999年2月1日号所収)
  6. 鳥畑与一「邦銀の国際競争力について」(1)~(4)(外国為替貿易研究会『国際金融』91年11月15日号~92年1月1日号所収)
  7. 中尾茂夫「2つの邦銀論」(日本証券経済研究所『証券経済』175号、1991年3月号所収)
  8. 日本銀行金融市場局「BIS統計からみた国際金融市場-90年代における国際資金フローの変化」(『日本銀行調査月報』1999年5月号所収)
  9. 御代田雅敬『米銀の復活-リスクマネジメント革命への挑戦-』日本経済新聞社 1994年
  10. Casserley, Dominic, Greg Gibb and the Financial Institutions Team, Banking
    in Asia: The End of Entitlement, John Wiley&Sons, Singapore: 1999.
  11. Johnson, Hazel J., The New Global Banker: What Every U.S. Bank Must Know
    to Compete Internationally, Probus Publishing Company, Chicago: 1994.
  12. Leung, Nicolas, Jean-Marc Poullet and Timothy Shavers, "Asian Banking:
    After the Storm," in The McKinsey Quarterly, 1999 No. 2.
  13. Reinicke, Wolfgang H., Banking, Politics and Global Finance: American Commercial
    Banks and Regulatory Change, 1980-1990, Edward Elgar, Vermont: 1995.
  14. Standard&Poor's, "European Banks Cope with Asian Crisis,"
    in Credit Week, February 4, 1998, pp.9-13.
  15. Bank for International Settlement, International Banking and Financial
    Market Developments, various issues.
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